※本稿は、バッコ博士『教養としての建築』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
建築業界に氾濫するウソの情報
いろいろな専門領域において、新しい理論や新しい考え方が日々提案されています。その中には間違っているものもあり、それらは時間の経過の中で淘汰されていきます。最初は誰にも注目されなかった理論の正しさが時間の経過とともに実証されたり、逆にみんなが信じていた理論に穴が見つかったりします。
もちろんこれは、建築の構造に関しても同様です。ある建物が地震で倒壊してしまった理由は何か、その観測結果の解釈はそれで正しいのか、などなど、専門家の間で議論が交わされています。
そのため専門書や教科書では、しっかりとした理論的な裏付けがあるものや、まず間違いないものだけが掲載されます。まだ議論の余地があるものはコラムとして取り上げるか、評価が定まっていないことを明示したうえで掲載する場合が多いです。
しかし、昨今は個人での情報発信が容易です。ブログや動画配信など、いろいろなツールを使って自由に情報発信ができます。有益な情報が手に入りやすくなりましたが、その一方で中には間違った情報を無責任に垂れ流しているようなものもあります。
そして一番の問題は、正しい意見が主流になるとは限らず、間違った意見が正しいかの如く広まってしまう場合があることです。こうなってしまってはもう収拾がつきません。

なぜ誤情報が生まれるのか
日常的に交わされる質問について考えてみましょう。質問に対する回答はシンプルなものが好まれます。とにかくこうすればよい、絶対にこうすべきだ、という言い切りの表現です。場合によっては違う、だとか、やり過ぎると逆効果になる、というのはシンプルな回答ではありません。
インターネットの世界ではわかりやすさが優先されるので、正確な表現というのは敬遠される傾向にあります。正確な表現を心がけると、あいつは説明が下手だ、という烙印すら押されかねません。
しかし、建築の構造、あるいは耐震工学というのはそんなに簡単なものではありません。建築に限らずどの専門分野でも同じです。シンプルに回答できることもあれば、できないこともあります。それがわからず、無理にシンプルにしてしまうことで情報が変質し、ウソ・間違い・誤情報となるのです。
伝統構法の建物が地震に強いというのもその一例です。神社仏閣や古民家が現存するということは、自然災害の多い日本において、何十年、あるいは何百年と耐え続けてきたということです。一方で、最新の基準に従って建てられているはずの新築の住宅が、大地震によって無残に倒れてしまうこともあります。どうしてそのようなことが起こるのでしょうか。
「古い建物は地震で倒れない」本当の理由
伝統構法には、何か地震に強くなる秘密が隠されているのでしょうか。その理由を考えてみましょう。
まず、たくさん残っているように見えて、実はすでに弱い建物は倒れてしまって存在していないという可能性があります。今現在残っているのは、伝統構法のなかでも比較的強いものだけなのかもしれません。
また、そもそも大きな地震を経験していないということも考えられます。いくら伝統構法の建物が古いと言っても、法隆寺のように1000年以上も前からあるものはごくごく稀です。せいぜい100年から200年くらいのものが多いのです。
近辺の断層が大きくズレるのは、数百年どころか数千年に一度という場合もあります。地震を経験していないのであれば、倒れずに残っていたとしてもなんの不思議もありません。
伝統構法の建物が地震の被害を受けやすいということは、2016年の熊本地震でも立証されています。揺れがもっとも大きかった地域での調査によると、伝統構法の建物で無被害だったものは1%しかありませんでした。古いものが多いとはいえ、木造建物全体で21%、2000年以降の建物では62%が無被害だったことを考えると、被害が出やすいのは間違いありません。

もっともらしく広められていく誤情報
こうして考えると、伝統構法の建物が現在まで残っているのはたまたまなのでしょう。神仏のご加護があったわけでもなければ、何か現代の科学では解き明かせないすごい秘密があったわけでもなさそうです。
しかし、たまたま伝統構法の建物が被害を受けず、新しい建物が被害を受けた地域があると、やはり伝統構法はすごい、日本の大工はすごい、という説が流れてしまいます。そして質が悪いことに、そうした情報のほうがシンプルなために受けがいい。
では誰がその拡散を止めるのでしょうか。それはごく一部の、心ある建築士です。しかし圧倒的多数のその他の建築士は、むしろ誤情報の拡大再生産を行っています。もちろん間違った情報を広めてやろうという悪意からではなく、正しい情報を届けたいという善意からです。
目の前には伝統構法の建物が無傷で残り、新しい建物が倒壊している。そうした状況において、「伝統構法は別に強くないんですよ、なぜならこういう理由がありまして」と一般の人に納得してもらうのは簡単ではありません。どうしても長々とその理由を説明しなくてはならなくなります。
それよりも、「日本の長い歴史の中で生まれた伝統構法はやっぱりすごかったんですね」という一言のほうがシンプルでわかりやすい。そうして、心ある建築士からの貴重な情報は少数派のキワモノの意見として埋もれていくのです。
「法隆寺は地震に強い」から学べること
耐震が難しいのは、その建物が地震に耐えられるかどうかの答え合わせが数十年、あるいは数百年に一度しかできないことです。また、建物ごとに条件がまったく違うので、答え合わせ自体が難しい。
そのため、大地震が起こるまでは間違った情報を流し続けてもばれませんし、仮に起こってもばれない可能性が高いのです。なんともウソがまかり通りやすい状況がお膳立てされているものです。

未知ゆえに間違うことはあります。ですが、無知ではいけません。この記事を読んでくれている方の多くは、「いい国(1192年)つくろう鎌倉幕府」と習ったことでしょう。しかし今では「いい箱(1185年)つくろう」と習います。常識は常に変化しているのです。
また、前提となる基準や法律を疑うことも重要です。本来の意味を取り違えていないか、初心に返って考えてみる必要があります。勝手な解釈をして、適用範囲を超えるような使い方をしていないでしょうか。
大事なのは「無知の知」です。「私はわかっていない」ということを知っている、という態度が間違いに気づかせてくれるはずです。