ADHDやASDといった発達特性を持つ人は、仕事をしていく上でさまざまな困難を抱えることがある。自身も発達特性を持ちつつナレーター、声優として活躍する中村郁さんは「いわゆる“普通の人”に無理になろうとしなくていい。私たちなりの特性がうまくハマる仕事を見つけることが大切だ」という――。

※本稿は、中村郁著『発達障害・グレーゾーンかもしれない人の仕事術』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

無機質な廊下でうずくまっている女性
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普通の人の普通を目指さなくていい

発達障害は目に見えない障害と言われるだけあって、周りから理解されにくい障害です。普通の人からすると、なんでそんな無駄なことをするのだろう、と思うことが多々あります。

でも、当たり前のことがうまく程度よくこなせないのが、私たちなのです。例えば私の場合、洗濯が苦手で、仕分けすることも干すこともできません。だから下着や洋服を、洗濯機の中から直接取り出して着用できるように、乾燥機能付きのドラム式洗濯機を導入しました。さらに洋服は常にシワにならない素材のものを選ぶなど、工夫しています。

また、私はマルチタスク(いわゆるシングルタスクの切り替え)がうまくできませんし、コミュニケーションにおいても苦労します。そんな中で、なんとか普通の人に見えるように、普通を装えるようにたくさんの工夫をしてきました。

この、普通を装うことを、発達障害の人たちの間では「擬態化」という言葉で表します。普通の人に見えるように、普通の人の真似をして振る舞うこの擬態化は、社会で生きていく上で必要な技です。大いに真似していいし、擬態していい。

しかし、絶対に忘れてはいけないことがあります。それは、「普通の人の普通を目指さなくていい」ということです。本来の自分自身を偽って、普通の人のふりをし続けると、いつか心が壊れます。ですから、人には見えないところで、どんどん普通を手放していきましょう。自分の苦手なものは手放していいのです。

あなたの中にある唯一無二の花を咲かせる仕事の選び方

普通ではない私たちは、私たちにしかない宝物を持っています。ADHDならではの「思考があちこちにいくがゆえに生まれる発想力やアイデア力」、ASDならではの「1つの物事に集中しすぎる過集中のお陰で生まれる創造物」など、それはときに大いに社会の役に立ち、素晴らしい力となります。

そんな力を思う存分発揮するために、苦手を手放すあらゆる工夫をしていくのです。普通の人の普通を目指すのではなく、あなたの中にある唯一無二の花を咲かせましょう。はみだしたっていいのです。凸凹があるからこそ、個性的な花を咲かせることができます。

クリエイティブの世界には、ひげぼうぼうの方が活躍されているケースが多々あります。知り合いのディレクターさんいわく、髭ぼうぼうでも、「ああ、○○さん、とっても忙しくて売れっ子さんだもんね」という判断をされるらしく、むしろキチッと整えて現場に現れるより、いい印象を与えることもあるそうです。普通ではなかなか考えられませんよね。

しかし、この「常識に縛られない世界」は確かにあります。私たち発達障害を持つ人が仕事をするとき。その特性を活かした仕事を選ぶことが大切です。発達障害の中でADHDの方は、個人の技術力やスキルが試される仕事が向いていると言われています。

例えば、芸術やクリエイティブ系の仕事です。私の周りには、発達障害を持ちながら活躍しているDJやミュージシャン、映像制作の監督さんやテレビ局のプロデューサーさんなどがいて、個性的なアイデアを活かして活躍されています。

マスク着用のさまざまな職種のユニフォームを着た人形たち
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「一般常識と世間の声」に縛られないで

ASDの方は、ルールやマニュアルがしっかりしている職種が向いていると言われています。経理や情報管理、コールセンター、プログラマー、伝統工業など職人的な仕事も向いています。放射線技師などの資格が必要な仕事なども相性がいいです。

世の中には本当にさまざまな仕事があります。私たち発達障害のある人は、世間の常識に縛られず、自分の好きなことをとことん追求するとうまくいきます。

私は声優の仕事を選んだとき、フリーランスということもあって、たくさんの人から心配されました。そして周りから落胆の声が上がり、人生の落伍者のような目で見られたことを今でも忘れられません。

しかし、そんな一般常識に縛られた世間の声をいい意味で裏切り、好きなことならとことん集中できるという特性を活かして、22年間、一度も仕事に穴を空けることなく、ナレーターを務めることができています。

「髭ぼうぼう」という言葉と共に、常識に縛られない選択もあるのだということを知ってもらえると嬉しいです。私たちの可能性は無限大です。

「やり込み要素の多い仕事」がマッチする人

発達障害の私たちは、自分に合う仕事を見つけることが大切です。合わない仕事に就いてしまうと、できない自分を責め、周りからも責められ、結局仕事を続けられません。

私は学生時代に数々のアルバイトをクビになりましたが、最も相性が悪かったのは、飲食店です。飲食店は、マルチタスクの真骨頂です。あちこちから、「すみませーん!」と呼ばれると、情報処理が苦手な私は対応できなくなります。何から手を付けたらいいのかわからなくなってパニックになり、トイレにこもってしまったこともありました。

結局、数々のミスを繰り返し、店長から「お前は社会不適合者だ!」と怒鳴られ、とぼとぼとお店を去ることになりました。そんな私ですが、ナレーターの仕事に就いて人生が変わりました。たった一人でマイクに向き合う仕事は、非常に相性がよかったのです。

1つだけ外れた紙くずが最適解だった
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ナレーターという仕事にはゴールがありません。監督からOKをもらえても、実際のところ「これで完璧!」ということがないのです。

ナレーターだけでなく、俳優さんや職人さん、作家さんなど、内なるものを表現する仕事全般に言えることですが、どこまで突き詰めても終わりはありません。私はこのような仕事全般を、「やり込み要素の多い仕事」というジャンルで捉えています。

やってみてワクワクしてきたら、相性がいい仕事

発達障害を持つ私たちは、自分が本当に好きだと感じるものに出会うと、周りの人が驚きを隠せないほどに、とことん追求していきます。私にとってのナレーションがまさにそれでした。

どこまでいっても終わりのない世界。それはとても魅力的です。映像クリエイター、ゲームプログラマー、ITエンジニア、イラストレーター、建築家、研究者……、やり込み要素の多い仕事はナレーター以外にもたくさんあります。

また、専門職でなくとも、例えば、歩合制の営業職や、会社を起業するなど、自分の力で切り開いていけるものなら、私たちは俄然やる気がわいてくるはずです。

仕事を選ぶ際の基準として、「やり込み要素の多い仕事」かどうか、一度想像してみてください。ワクワクしてきたら、相性がいい証拠です。

高すぎる集中力がかえって強みとなる

発達障害で、仕事の環境になじめず苦労している方は多いと思います。でも、私たちの強みを活かせる場所が必ずあります。ASDを持つ人は言葉のニュアンスを理解するのが難しく、場の状況に適した行動をとったり、臨機応変に対応したりすることが苦手です。

その一方で、自分の興味のある分野への関心が人並外れて強かったり、ADHDを持つ人と同様に高い集中力があったり、ほとんどの人が気づかないような細かいことに気づくことができたりします。

1つの主題に非常に長い時間、深く集中することのできるASD気質を持ち、それを活かして活躍した偉人はたくさんいます。ミケランジェロ・ブオナローティ。イタリア盛期ルネサンスの彫刻家であり、画家であり、建築家です。彼は芸術にしか興味を示さず、作業に没頭すると少量のパンとワインしか口にせず、その集中ぶりには周囲の人たちも驚きを隠せなかったと言います。

アルバート・アインシュタイン。ドイツ生まれの理論物理学者であり、言わずと知れた「相対性理論」を見つけたその人です。好奇心が旺盛すぎて、小学校でも「なんで? なんで?」と変な質問を繰り返し、3カ月で小学校をやめさせられてしまったそうです。

その他にも発明王として有名なトーマス・エジソン、万有引力の法則を発見したアイザック・ニュートン、「ひまわり」の絵で有名なヴィンセント・ヴァン・ゴッホなど、ASD気質を持つ偉人は数え上げればきりがありません。

LINEヤフー株式会社は、2017年からモバイルアプリのテスト業務を担当する「テストエンジニア」に、発達障害のあるスタッフを採用しています。発達障害ならではの高い集中力や細かいところにも気づくといった特性は大いに役立ち、成果をあげることができているそうです。細かいところにも気づくことができるのは、テスターとしての大きな強みなのだとか。

林でリラックスして瞑想をしている女性
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没入できるほど好きなことこそ仕事の役に立つ

このように発達障害の人の持つ特性に着目し、人材を求めている会社は他にもいくつもあります。私たちは、置かれた場所で咲こうとがんばる必要はありません。自分の能力を活かせる場所で咲きましょう。

好きなことならとことん没頭する。発達障害の1つの特性です。私も何かを好きになると徹底的に追いかける癖があります。

私は若い頃、サッカーが大好きでした。関西のJリーグチームの試合は時間が許す限り見に行き、休みの日には練習場にまでかけつけていました。サッカーに関する仕事がしたいと毎日願い、周りにも言いふらしていた結果、ある日、大好きなチームの選手とのトークショーの仕事が舞い込んできました。

しかし、私は臨機応変に対応することが非常に苦手でした。一人粛々とマイク前で読むナレーションとは違い、司会やトークなどの仕事は不得手です。当日、私の司会はグダグダ。トークも決してうまくいったとは言えませんでしたが、イベントは盛り上がり成功しました。

成功したのは、ゲストの選手のお陰です。不器用な私を見て、選手がその場を仕切ってくれたのです。プロの司会としては失敗ですが、仕事としては成功した。それは、サッカーやチームに対する私の熱い気持ちが、彼にしっかりと伝わっていたからです。だからこそ、手助けしてくれたのです。私のマニアックさが仕事の役に立った瞬間です。

あなたも何か好きなものはありますか? あるのなら、とことんのめり込んで没頭してください。

子どもが好きなことをするのに制限をかけてはいけない

発達障害の支援施設の人から聞いた、こんなお話があります。ゲームが大好きな発達障害の方から、「親にゲームすることを禁止されていて辛い」と相談を受けたので、保護者の方に思う存分ゲームを楽しませてあげるように伝えました。すると、ゲームを通してパソコンも使いこなせるようになり、最終的にプログラミングの仕事ができるまでになったそうです。

「好きこそものの上手なれ」とは言いますが、発達障害の人たちが「好き」を追いかけるとき、他の人の何倍ものエネルギーが注ぎこまれます。マニアックなあなたの知識は、ときに誰かの役に立ちます。人の心を動かすこともあるでしょう。好きなものがあったら、誰に遠慮することもありません。マニアックに追いかけてください。

発達障害を持つ私たちは、注意力散漫であちこちに思考が飛び散るという特性がある一方、何かに没頭すると周りの声がまったく聞こえなくなるほど集中してしまう「過集中」という特性を持ち合わせていることが多いです。そして過集中は、今それをする必要のないことにも、自分の意思とは関係なく発動してしまいます。

ついこの間、私は「ハダカデバネズミ」というネズミがこの世に存在していることをはじめて知りました。ハダカデバネズミは、哺乳類で唯一コロニーを作って、蜂や蟻と同じようなシステムの階級制度で暮らしているらしいのです。

それを聞いてから、ハダカデバネズミのことが気になって気になって仕方なくなり、気づけば5時間も調べていました。ふと我に返ったら、もう夜中の3時。翌日は5時起きだというのに、ひたすら調べ続けていたのです。

5分と表示されているタイマー
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ゲーム感覚で「過集中」をコントロールする

しかし、この困った特性である過集中は、人生においての重要な場面で、何度も私を助けてくれました。テスト勉強は過集中で乗りきってきましたし、受験時には毎日12時間も勉強し、偏差値を1年で40から70まで上げることに成功しました。

中村郁著『発達障害・グレーゾーンかもしれない人の仕事術』(かんき出版)
中村郁著『発達障害・グレーゾーンかもしれない人の仕事術』(かんき出版)

この一長一短である「過集中」を自分でコントロールして、必要なときに発動させることはできないかと常々思っていましたが、ついに私はその方法を見つけたのです!

例えば、今から資料作成をするとしましょう。そうしたら、大体これくらいはかかるだろうなと思われる時間よりも、少し短い時間でタイマーをセットします。そして、「よーいスタート!」。こうしてはじめた資料作成は、タイマーをかけずに普通にやるより、はるかに早く終わります。

タイマーをかけている以上、時間内に終わらせたいというゲーム性を帯びてきます。結果、資料作成をしている間、他のことを考える余地がなくなります。誰が話しかけても答えないくらいの過集中状態に自らを追い込むことができるのです。

さあ! 今すぐあなたもタイマーを用意してください。ゲーム感覚で目の前の仕事をマッハのスピードで片付けていきましょう。