女性顧客のニーズをつかむには、女性の視点が必要不可欠
2023年春、小売業のベイシア(群馬県)は、それまで行ってきた「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)企業」への変革を、「女性活躍」を中心に一気に加速させた。その裏には、2022年7月に就任した相木孝仁社長の存在が大きい。
現在、ベイシアの正社員数は1839名(2024年7月時点)。内、女性社員は402名。課長クラス以上の女性管理職比率は4.62%、女性役員はゼロ。同社は、2026年3月末までに女性管理職比率を10%以上にするという目標を定めた。
相木社長は、「一般企業の課長職以上における女性比率(12.7%)と比較すると、当社の女性管理職比率は低いと感じる状況であり、それは当社の問題点でもあります。そこで、2026年3月末までに管理職(課長職)以上に占める女性割合を10%以上、店長職については15名以上を目標に掲げました。当社の理念である『For the Customers』を実現し続けるためには、新たな視点や価値創造が必要。だからこそ、多様性を強みとし、多様な人材が持てる力を最大限に発揮できる職場を醸成することが必要。そこで、ベイシアのDE&Iを『公正性・公平性を担保し、多様性を認めながら個々の個性を尊重する』と位置づけ、その第一歩として女性活躍推進を図っています」と語る。
ベイシアでは30代を役員に抜擢するなど、年功序列型の人事ではなく、もともと女性が店長として活躍するなど、成果型昇進文化は醸成されていた。しかし、店舗の棚づくりや運営、経営の意思決定の多くを男性が担うという状況。課題は、女性顧客が7割を占める業態にもかかわらず、売り場構成や商品開発などの領域において顧客のニーズをつかみ切れていないこと。女性活躍推進を急務としたのは、女性視点や考え方を投入することで、マーケティングや商品開発に限らず、組織全体での波及効果を高めたいという思いがあったという。
「顧客属性と経営をマッチさせなければ根本的課題解決につながりません。社長の相木はグローバル企業での経験も長く、D&Iに非常に理解が高い。人事としては、環境の変化や競合他社の情報を踏まえたうえで、ダイバーシティ経営の中でも特に女性活躍は自社の現状からも、今、加速させる必要があると経営層に提案。トップメッセージとして正式に女性活躍を推進すると全社員に発信し、トップが旗振り役となって、ここ2年で女性活躍を加速させました」と、同社人事・管理事業部 事業部長の割石正紀さんは言う。
しかし、女性が活躍するには、個々人の“リーダーシップ”を養う学びの場が必要となる。が、それまでの同社は、女性社員がキャリアについて学ぶ場はないに等しい状況だった。実施に際しては、女性活躍に長けた外部の研修を導入。受講は希望制と決めたが、いきなり「女性管理職研修」を実施しても、職場の意識が変化していなければ逆に研修後のギャップが広がると懸念した。
「せっかく研修を受けても女性社員が現実とのギャップを感じてしまう可能性がある。そこでまず実施したのが、社長も含めた部長クラス以上が参加する『上司向けダイバーシティマネジメント研修』でした」(割石さん)
女性管理職を生むには上司の意識改革が必須
そう決めた背景には『図解! ダイバーシティの教科書』(プレジデント社)に書かれていた「女性が管理職になりたくない原因は上司にある」という言葉だった。
「改革の順序を間違えれば意味がない。一定のストーリー性が重要だと考えました。上司の意識改革の後、女性社員の意識を変容させようと。成長機会を奪わないよう人数は限定せず、希望者は全員参加できる研修としました」(割石さん)
募集した「女性向けリーダーシップ研修」には、想像を上回る数の女性社員から参加希望の手が挙がった。1年を通じて月1回の動画講義を中心とする研修内容も「空き時間に研修が受けられる」と好評だったという。
「明確なビジョンを抱くようになったなど、意識変化は全員に見て取れます。また、受講者の多くにキャリアを意識した行動変容が見られます。男性社員からも女性活躍に対してネガティブな反発はありませんでした」(割石さん)
女性活躍を加速させた2022年から2024年。同社では16人の女性管理職が誕生した。
藁谷広美さん(33歳)が嵐山店店長に就任したのは、2023年7月。入社から10年目、昇進のスピードは遅いほうだと振り返る。ベイシアでは、平均して入社5、6年で店長になる。それまで、部門マネージャー、副店長と順調に昇進してきたが「店長にはなれないかな」と思っていたと藁谷さん。
「負けず嫌いですが、プレッシャーに弱い。店長にはなりたいけれど、なれないだろうなと思っていました」
しかし、女性リーダーシップ研修に参加し、「なりたい」気持ちが強くなった。だからこそ、抜擢されたときは心底嬉しかったという。
「店長には店舗の経営数値を見る権限が与えられます。数字管理はまだまだ苦手ですが、気持ちだけでは解決できない店舗課題を数字で考えられるようになりました。今ではプレッシャー以上に、やりがいを感じています」
自身がめざす女性管理職像は「男性的なキャリア女性ではなく、従業員も顧客も女性が多いからこそ、女性の視点を大事にしたい。長く働き後輩たちのロールモデルになりたい」と意欲満々だ。
2023年に入社した泉 桃花さん(25歳)は、渋川こもち店の副店長として活躍している。副店長の辞令を受けたのは入社2年目に入った2024年3月だ。
「男女関係なく評価されるのはとてもありがたい。不安もありましたが副店長になってから仕事への意識が変わりました。課題は、まだ経験が足りないため自身で対応に苦慮することが多いこと。男性店長をはじめ周囲とのコミュニケーション、『報・連・相』の大事さを痛感しています。リーダーシップ研修を受けたことで、チームのほとんどが年上という状況の中でも、どう説得力ある伝え方ができるかを学びました」
泉さんは入社以来、バイヤーになることを目標としている。副店長として多くの顧客の声に触れることで、市場のニーズを直に把握できるという。
「商品パッケージに記載されている成分も勉強しています。どんなものが人気で、どんな味を求めているのか。今後は、女性の視点を生かした商品開発にも携わりたい」と目標を新たにしている。
女性活躍と管理職になることはイコールではない
社会でも企業でも、男女で役割が分担されがちな時代は終わった。ベイシアでは、DE&I企業へとさらに歩を進めるため、性別に関係なく、社員全体の活性化を図りながら、誰もが活躍できる環境づくりを進めると意気込む。
「管理職としての知識などを学ぶ機会はもちろん、女性が牽引する組織で部下となった経験のあるメンバーは少ない。引き続き上司・女性・若手社員に対する研修は続け、それぞれが抱えるアンコンシャスバイアスを壊していきたい。そのために、ひとり一人の違いを認め合い、尊重し合う環境・職場をつくっていくことが重要だと考えます」(割石さん)
人事・管理事業部人事企画部・部長の笠木智映子さんは、さまざまな企業がダイバーシティを進める今、ベイシアらしさのある多様性を広げ、誰もがしなやかに働けるようにしたいと語る。
「ひとり一人の違いを社員全員が意識できているかと言えば、まだ道半ばです。もっとキャリアアップしたいと思う、思わないも本人の自由です。まずは個人個人が自分のいい部分を発見し、認めて、それを会社のプラスになるように生かしてもらうこと。ひとり一人が自分らしく成長できる機会をつくり、成長の土台を育てるのが私たちの仕事だと思っています」(笠木さん)
女性活躍=管理職になることではない。まさにベイシアが掲げる「ひとり一人の違いを認める」ことで、役職の有無を超えてすべての女性が自分らしく活躍できること。それこそ、ダイバーシティの根幹でもある。
商品マーチャンダイズ事業部で商品戦略リサーチャーをしている大山静香さん(38歳)は2児の母。現在、8時50分〜16時10分の時短勤務を続けている。入社3年目で小型店舗の店長を経験後、第1子出産を機に時短勤務を選択。12年ほど管理職から離れている。
「出産前は仕事中心の生活でしたが、出産後は仕事とプライベートは半々。店長時代にはなかなか思いがおよびませんでしたが、時短経験を経るごとに、子持ちで働く女性社員の気持ちが理解できるようになりました。当時、私の前に出産後仕事に復帰する先輩は少なかったのですが、最近は復帰が当たり前。私自身、フルタイム勤務に戻る時期、やりたいことのビジョンが明確になったことで、仕事と家庭の両立に対して非常に前向きになりました。管理職をめざすというよりは、もっともっとさまざまな経験を積んでいきたい」と、仕事への意気込みを新たにしている。
「ひとり一人の違いを大切にする」同社のダイバーシティには、シニア層の活躍も含まれている。
「現在定年は、60歳。そこから65歳まで嘱託契約になり、それ以降も雇用契約の形態を変えながら、75歳まで働けるようになっています。75歳までの雇用延長は2022年に制定しました。多くの社員が手を挙げ、現在も継続して働いています。もちろん、店舗社員だけではなく、本部社員も同様。特に法務などの部署では、専門知識の蓄積が重要。年齢に関係なく、それまでの経験を生かしながら働き続ける土台はできており、制度は今も見直し続けています」(割石さん)
女性活躍だけではく、ひとり一人の状況を鑑みながらその能力を最大限に活用する土壌は整った。これからは、その土壌にいくつもの個性的な花をどう咲かせるかが求められる。ダイバーシティ企業へと加速するベイシアの今後が楽しみだ。