MBAは人脈とストレス耐性を養うもの
私は、バブル崩壊後の1995年に社会に出ました。その後の日本経済の動向、たとえば1990年代後半の長銀破綻や山一証券の自主廃業、2008年のリーマンショックを経て、大企業神話や学歴偏重主義が幻想であることを痛感しています。この約30年間で共に仕事をしたのは、事業で富を築いた起業家富裕層の方々です。
私は、富裕層税務コンサルタント・税理士として、富裕層の領収書1000万枚を見てきました。アーサーアンダーセンなど世界4大会計事務所を経て、2003年に現在の会計事務所を創業しました。日本有数の富裕層の領収書や申告書を約30年分析し、共通するお金の使い方と価値観を発見しました。
ただ、富裕層にも「幸せなお金持ち」と「幸せでないお金持ち」がいます。お金持ちの中にも資金繰りや新しい投資で、常にお金に困っている人もいるのです。幸せなお金持ちと幸せでないお金持ちの違いは、「見えない価値」を大切にしているかどうかです。
「学び」も見えない価値のひとつです。幸せなお金持ちは「学び」にお金を使っています。
海外は20代後半でMBAを取得する
MBAと聞いて、皆さんはどのようなイメージを持っていますか。MBAとは、Master of Business Administrationの略称で、日本語にすると経営学修士号、または経営管理修士号となります。経営学の大学院修士課程を修了すると授与されます。MBAは資格ではなく「学位」です。
MBAプログラムの内容は、経営戦略、リーダーシップやアントレプレナーシップ、財務会計や管理会計、マーケティング、ビジネスネゴシエーション、グローバルマネジメントや戦略的人事マネジメントまで、ヒト・モノ・カネの経営の知識を習得するカリキュラムで構成されています。
MBAではコーポレートファイナンスや金融市場に関する体系的な知識も学びます。目的は、経営者や経営をサポートするビジネスプロフェッショナルを短期間に育成することにあります。平均年齢は、海外では20代後半が中心、日本では30代~40代が中心です。
文部科学省の2017年統計資料によると学生の志望動機は、専門職大学院の「人的なネットワークを得るため」(67%)に比べて、経営系大学院では「特定分野の専門的な知識を得るため」(63%)、「学位取得のため」(60%)が大きくなっています。これは意外でした。私の経験とは大きく違っていたからです。
経営大学院では人的ネットワークづくりが重視される
私自身、会計専門職大学院と経営系大学院の両方を経験しましたが、それぞれの進学動機には大きな違いがありました。会計専門職大学院では、主に専門性を深めることが目的で、進学した同級生はほぼ例外なく会計士や税理士を目指していました。
また、既に会計・税務業界に身を置きながら自身の知識をアップデートするために通っていた社会人も多く、人的ネットワークの構築よりも専門性向上が優先されていました。法科大学院も同様に、弁護士を目指すか、法務の専門知識を深めることが主たる目的となっているケースが一般的です。
一方、経営系大学院では、同級生の多くが人的ネットワークを構築することを重要視しており、学位取得を通じてキャリアアップを図る意図が強く感じられました。この違いは、専門職大学院と経営系大学院の役割の違いを端的に表しているといえるでしょう。
起業家富裕層には海外大学院で学んでいる人が多い
最近、私たちが学校を卒業して社会に出た後も、必要に応じて学び直す「リカレント教育」や「リスキニング」という言葉をよく耳にしますが、筆者も47歳から49歳の間に働きながらオーストラリアのビジネススクールで現地受講に加え夜間とオンライン受講でMBAを取得しました。
私のお客様である起業家富裕層の多くは20代のときに海外の大学院で学んだ経験を持っています。約30年の税理士の仕事を通じて、お客様のビジネスの多様性を目の当たりにして、税務知識だけでは十分ではないこと、そしてお客様の経営をサポートするために、まず社会があり、その社会を広く知ることの大切さを感じてきました。
もちろん、税金の側面でも「経済合理性」という判断基準があるのですが、経済合理性を説明できる経験や視点としても税金の知識だけではない教養はとても大切になります。
節税とは、税法の規定の範囲内で経済的合理性のある行為を行い、結果として税を軽減することですので、税法や判例に基づくことが前提になりますが、お客様が生きているスタンダードを知っておくこと、社会を知ることはお客様を守ることにもつながるのです。
「認められる節税」と「認められない節税」の違いとは
節税自体は違法ではありませんが、それも度が過ぎると租税回避行為に該当することがあります。度が過ぎるかどうかは、お客様のビジネスや生きている世界で変わってきます。
私たちは社会と共に生き、日々の業務において様々な経済活動に関わります。その中で、税務の観点からも個々のケースに合わせた合理的な判断が求められます。たとえば、ある企業が高級外車(フェラーリ)を購入し、会社の資産として計上し減価償却費を経費にするケースでは、判例によりこの処理が認められています。
しかし、その経済合理性は代表者が個人で外国製車両を複数所有していてもこれらは経費にしていないこと、フェラーリの会社での使用状況や車の走行距離によって総合的に判断されます。一方で、この判例では同様の結論がプレジャーモーターボートには適用されませんでした。
外車だから、豪華な船だからではなく「事業のために使用していることが明らかか」「それを客観的に証明できる証拠があるか」や「業務内容や世間相場に照らし合わせて適正か否か」がよく問題になります。
経済合理性が判断の基準になるため個々に違うケースも多いのです。事業の必要性や実際の利用状況が評価の大きなポイントとなるのです。このような細かい判断基準は、お客様一人ひとりの状況に深く根差しています。
海外ではMBA取得で年収が3倍以上になることもあるが
あるお客様は、大手証券会社での海外子会社社長や金融機関での役員などグローバルなキャリアを経て起業された方でした。私が「海外の経営大学院を卒業しました」と告げると、そのお客様は「耐性を養う良い経験をされましたね」とおっしゃいました。
私は、グローバルなキャリアの構築や利益を超えたつながりを作る努力を評価する言葉を期待していたのですが、まったく違っていたのです。このときのお客様の言葉で、MBAの学びがキャリアの発展やネットワークの構築だけでなく、未知の状況やプレッシャーに対処する強靭な心を育てる場でもあったことを教えてくれました。
トップスクールのMBAプログラムでは授業料が1300万円から2000万円となっています。これに加えて、生活費や渡航費、書籍代も必要です。一方で、欧米ではMBA取得が経営幹部への登竜門となります。支払った額に見合う投資後の高い投資回収率が期待されますが、日本では残念ながらMBA取得が企業の採用や評価に直接リンクしているわけではありません。
2024年のファイナンシャル・タイムズのMBAランキングによると、MBA卒業生が卒業後3年で期待できる年収は、たとえばスタンフォード大学では平均約25万ドル、INSEAD(欧州経営大学院)では平均約20万ドルとなっています。
また、インディアン・スクール・オブ・ビジネスではMBA取得後の給与が229%増加するとの報告もあります。これらの数字は、世界トップクラスのビジネススクールでのMBA取得がもたらす経済的メリットを強調しています。
「MBAは役に立つのか?」「コストパフォーマンスは合っているのか?」という議論は多くありますが、幸せなお金持ちの支出哲学から考えると、これらはあまり重視していないかもしれません。MBAは単なる学位以上の価値を持っているからです。
MBA取得は長期的に複利で効果を発揮する
そこで私はその理由を2つの視点から分析してみました。
1.人脈
2.ストレス耐性
です。
まず、人脈の側面です。
MBAは通称で「ビジネススクール」とも呼ばれ、主に社会人を対象としています。1881年に米国のウォートン・スクールが世界初のビジネススクールとして設立され、1908年に設立されたハーバード・ビジネス・スクールが現在のMBA課程の基礎を築きました。
MBAプログラムは、さまざまな業界や国からの学生が集まり、異業種の知識や新しい視点を学ぶ豊富な機会を提供しています。MBAのクラスメートや卒業生とのネットワークは、将来のビジネスパートナーや顧客、雇用の機会へとつながります。特にキャリアチェンジや起業時には、これが非常に価値あるリソースとなります。私も卒業後、起業や相続の相談にはじまり、共著で本を出版するなどの縁が生まれました。
A→Bという直線的な結果を求めるのではなく、長期的な視野を持つことが重要です。たとえば、「MBAに行く→給料が上がる」や「MBAに行く→人脈ができる」といった期待をするのではなく、まずは自分に提供できる土台がなければ、MBAでの学びを最大化することはできません。そして、その学びは、長い年月を経て、複利のように効果を発揮していくのです。
さまざまな困難を乗り越える力を養うことができる
そして、もう一つがストレス耐性を養う機会を提供してくれることです。
社会人経験がある学生は、すでに仕事を通じて経験している場合も多いですが、カリキュラムと多忙なスケジュールを通じて、「タイムマネジメント」や「チームワーク」の重要性を学びます。その中でクラスメートに認められ、高得点の課題を提出していかなければなりません。企業派遣の場合は、企業が費用を負担しているため成績を報告する重圧もあるでしょう。
将来のビジネスリーダーとしての能力を身に付けるだけでなく、生きていく上で必要不可欠な精神的な強さや事業のさまざまな困難に立ち向かう力を養うことができるのです。
慣れない土地で多国籍な仲間とグループで成果を上げることや、限られた時間で大量の課題を仕上げるタイムマネジメントは、仕事にも通じる大切なスキルです。また、語学のハンディを抱える日本人は、時に一緒のグループになることを敬遠されるかもしれませんが、それもまた、人とのつながりや生存戦略を学ぶ良い機会です。
究極の状況に追い込まれることで、人は次のような工夫をしはじめます。
・リーダーの道のりは孤独なものになりがちですが、サポートを得られる環境を整える工夫を考えます。
・大変な課題をこなすことで学びの面白さを忘れる瞬間があります。しかし大局を常に意識する長期的な目標に集中するマインドを育てます。
・失敗は終わりではなく、失敗から学び、前進することや、改善の機会と捉えるたくましさが身に付きます。達成したときの喜びの経験や情熱をもつことを見つけることで道のりが耐えやすいものになります。
スティーブ・ジョブズは「成功する起業家とそうでない起業家を分けるものは何か?」との問いに対し「その約半分は真の忍耐力をもっているかどうかである」との言葉を残しています。
将来起業する場合や、会社で新規プロジェクトを牽引する場面も想定内に上手く行くことは稀です。ストレス耐性とは、レジリエンスであり、適応する力や必要に応じて方向転換する力、そして道が不明確で障害が多いときであっても前進し続ける力なのだと思います。
幸せなお金持ちは即効性への期待を捨てている
繰り返しになりますが、幸せなお金持ちと幸せでないお金持ちの違いは、「見えない価値」を大切にしているかどうかです。
「人脈」や「将来性」「日々の進歩」は見えません。そしてさらに幸せなお金持ちに共通していることは、即効性への期待も捨てているということです。成果を最大化する「見えない資産」の複利効果は長期にわたり価値を生み出します。
まずは良い選択をし、小さな努力を続けることが重要です。小さな選択や毎日の習慣、学び、心がけは、すぐに結果をもたらすものではありませんが、継続することで、複利効果によって大きな報酬をもたらします。
最近、私たちが学校を卒業して社会に出た後も、必要に応じて学び直す「リカレント教育」という言葉をよく耳にします。2018年の厚生労働省の資料によると、社会人になってから何かを学んだ経験がある人は約20%に過ぎません。
さらに、2022年の文部科学省のデータでは、日本の修士号取得者数は、米国、ドイツ、フランス、英国、韓国の平均と比較して約6分の1にとどまり、人文・社会科学分野の割合も非常に低いことが示されています。また、日本は高度外国人材にとって選ばれにくい国になっているとの指摘もあります。
OECDの「Dashboard on Priorities for Adult Learning」や「Future-Ready Adult Learning Systems」(2019年)によれば、日本では大学や大学院の正規課程で学ぶ社会人の割合が非常に低いです。一方で、YouTubeやインフルエンサーから手軽に知識を得ようとするビジネスパーソンの需要は増加しており、私たちが忙しいからこそ、じっくりと学ぶ時間がなく、「ファスト教養」に頼ることが増えているのかもしれません。
幸せなお金持ちの共通点は、知識をたくさん詰め込むことではなく、視点を増やし、判断の感度を高め、人生の選択を広げることです。学び直しは、支出するお金の大小にかかわらず、地域活動、子育て、人との会話、ニュース視聴など、日常の経験から感度を高めることができます。一番大切なのは、仕事を続けながら学ぶことです。