20代後半で結婚し、平穏な夫婦生活を続けてきた40代夫婦。あまり見かけにもこだわらず、がさつな中年男性だった「夫」が、女性として生きていきたいと告白した。女性としての人生を取り戻したい「夫」は、妻以外の周囲にどのようにカミングアウトしていったのか――。

※本稿は、みかた著、大谷伸久監修『そして夫は、完全な女性になった』(すばる舎)の一部を再編集したものです。

夫の家族へのカミングアウト

この頃、体が弱って元気がなくなってきた夫の母を励まそうと、誕生日に家族みんなが集まる食事会が催されました。長時間の外出は夫の母の負担になるので、ランチでお祝いをしたのですが、これを機に夫は夫の家族に初めてカミングアウトすることを決めます。

家族のディナー
写真=iStock.com/Edwin Tan
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食事会を終え両親と別れたあとに、夫は弟さんをお茶に誘いました。いきなり両親に話すと気が動転してしまうかもしれないので、まずは弟さんに話してワンクッション置きたかったようです。私もそのまま同席しました。

弟さんと夫はずっと仲の良い兄弟でしたが、やはり「これまで夫が女性である兆候は何も感じなかった」と驚いていました。

長年一緒に育ってきて、お互いの部屋を行き来していた兄弟でも、思い当たるフシがひとつもないとは。私には不思議でなりません。

弟さんは「びっくりしたけどこれは兄の人生だから、自分がどうこう言うつもりはないし、拒絶もしない。両親にカミングアウトする時には一緒に行ってあげる」と好意的な反応でした。

夫は力強い協力者を得ることができて感激しているようです。初めてのカミングアウトで応援してもらえたのですから、それは嬉しかったでしょう。

対して私は弟さんから、「兄に愛情があるのなら、見かけが変わろうと認めてあげればいいのに。自分だったらそうするけど」と言われてしまいました。

この「見かけが変わるだけ」「自分だったら認めてあげる」という言葉を、この数カ月で何度聞いたことでしょうか。

私が自分の知り合いに相談した時にも必ずと言っていいほど聞いたこの言葉に、私はだんだんと気持ちが追い詰められるようになっていきました。

仲の良い弟も、父もまったく気づいていなかった

それから約2カ月後の11月に、夫と弟さんの二人でまずは父にカミングアウトをしました。

「今まで全く気づかなかった。親として申し訳ない」と反対されることもなく、受け入れてくれたそうです。

「これは親として、奥さんを含めて二人の心のケアを考えないといけない」とも言ってくれたそうで、カミングアウト時に「妻の心情」まで心配してくれた人がいたことに、私はありがたさを感じました。反面、やはり父も気づいていなかったのだと、不思議さは募るばかりでした。

その後は夫の友人や会社の同僚、上司へと次々にカミングアウトをしていきました。ほとんどの方が夫を尊重して応援してくれます。

ちょうど社会でもLGBTQ運動などが話題になり始めた頃で、まるで世間の「これからはマイノリティの人たちを尊重しよう」という流れに乗るかのように、夫のカミングアウトは順調に進んでいきました。

在職しながらの性別移行が許される

職場側との話し合いも、夫の予想以上に良いものだったそうです。

実は既に社内には性的少数者が複数人いることを会社側でも把握しており、内訳としては「LGB(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル)」の人が多めで「T(トランスジェンダー)」も数人いる。

ただどなたも人事部に伝えたのみで何か行動に移している人はおらず、職場では通常と変わらずに業務に当たっている。

在職トランスまでした人はまだいない、とのこと。

でもちょうどこれからダイバーシティ推進部を作ろうとしていたところなので、むしろ会社としても渡りに船のタイミングであり、ぜひプロジェクトに意見してくれ、と言われたとのことでした。

ビジネスミーティングを行う2人
写真=iStock.com/recep-bg
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夫も知らなかったことですが、既に社内には何人も「LGBT」に当たる方たちはいたということです。

ですがその誰もが公にすることはなく、ひっそりと溶け込んで仕事をしていたようです。特に「LGB」の方は周りに公言せずとも仕事や生活に支障は出ないことが多いですしね。

夫の会社はマスコミ業なので社風も堅くなく、会社のイメージアップのためにもダイバーシティを推進しようとしていたところでした。

在職トランスに苦労する当事者も多いなか、まさかのウェルカムな雰囲気の中で夫は在職トランス1号となっていきました。

時代と会社の流れに見事に乗っていった夫に、私はあっけにとられるしかありませんでした。

最難関の母は「女性になろうが構わない」と言った

最後の関門は夫の母でした。夫の母は感情が激高しやすく、何かあるとすぐパニックになってしまうため、カミングアウトをしたら大変なことになるのではと、家族全員が心配していたのです。

ですがこの時期、夫の母は急激に老け込み、耳もかなり遠くなっていました。なのに補聴器を付けたがらないので会話自体がほとんど成り立ちません。そして以前のような元気もないので、激高することもほとんどなくなっていました。

元々息子を溺愛していた母親でしたので、「会いに来てくれただけでうれしい。女性になろうが何でも構わない」と言われ、ウソのように平和に終わったそうです。

会話がほとんど成り立っていないので、あまり事態が分かっていなかった可能性もあったように思います。

このように、驚くほど夫のカミングアウトは順調でした。

私も、友人や職場の同僚の人たちはきっと好意的に捉えてくれるであろうことは予想していたんです。

「仲が良い他人」の立場は身内とは違うわけで、一歩引いた視点や立場から力になってくれることが多い印象です。

なかにはカミングアウトをきっかけに疎遠になっていった友人もいたようですが、たまにしか会わない友人は面と向かって否定的なことはあまり言わないでしょうし、気まずければ自然と離れていくものですしね。

ですが、夫の両親や会社がここまで肯定的に受け取ってくれるとは予想外でした。

実のところ両親の場合は、母親も父親も深くは理解しておらず、トランスジェンダーとは「休日に化粧や女性装をして楽しむこと」くらいの認識だったようで、それで寛大に容認してくれていた、ということが後になって発覚するのですが……。

夫はイキイキと女性化を進め、妻は孤独感に襲われた

またこんなにもすんなりと在職トランスを開始できた当事者は、この当時はあまりいなかったのではないでしょうか。

みかた著、大谷伸久監修『そして夫は、完全な女性になった』(すばる舎)
みかた著、大谷伸久監修『そして夫は、完全な女性になった』(すばる舎)

なかなか職場で理解してもらえなかったり、会社にカミングアウトがどうしてもできず、体の見かけが明らかに女性に変わっていっても、だましだまし男性として働き続ける当事者も多く見受けられました。

こうして夫のカミングアウトや社会への適応が順調に進んでいくほどに、私の精神はだんだんと蝕まれていくようでした。

もちろん周りの皆さんが夫を尊重してくれて、仕事も人間関係も順調なのは私としてもとても喜ばしいことです。

それはよいのですが、これほどまでに周りから理解を得ながらイキイキと性別移行を進めていく夫を見ていると、まるで私一人が夫を認められていないような気持ちになり、「これはもしかして私がおかしいのだろうか」と不安に襲われるようになっていったのです。

社会から一人取り残されていくようで、とてつもない孤独感に襲われるようになりました。

男女の関係が悪いイメージ
写真=iStock.com/takasuu
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