待ったなしの「安定的な皇位継承」問題
自民党の総裁選が行われている。今回9名もの候補者が立候補しているのも、いくつもの派閥が解散し、その締めつけがなくなったからである。
候補者が9名にも達したということは、異なる考えを持つ自民党の議員たちが名乗りをあげたことになる。その9名のあいだで、真剣な議論が行われたとしたら、興味深い事態も生まれることだろう。
そこに期待したいところだが、争点としては、政治改革をはじめ、金融所得課税や夫婦別姓などがあげられている。そうしたことも重要な課題だが、一つ本来なら先送りにできない問題があるはずだ。
それが、「安定的な皇位継承」の実現である。
皇族の数は減り続け、皇位を継承できる男性の皇族は、秋篠宮文仁親王と悠仁親王、それに現上皇の弟である常陸宮正仁親王の3人しかいない。しかも、常陸宮は88歳と高齢である。
皇族も人間であり、いつまでも生き続けられるわけではない。病いや事故、事件によって急に亡くなる事態が訪れないという保障はどこにもない。
少しも不思議ではない究極の緊急事態
1969年、原一男監督の映画『ゆきゆきて、神軍』の主人公ともなる奥崎謙三は、一般参賀のおり、昭和天皇にむかってパチンコ玉を発射した。
1975年には、当時皇太子であった現上皇夫妻が沖縄のひめゆりの塔を訪れた際、過激派によって火炎瓶を投げつけられた。
2019年には、悠仁親王が通っていた中学校に男が侵入し、机の上に刃物をおいて逃走するという事件も起こっている。
要人が命の危険にさらされることは珍しいことではない。安倍晋三元首相の銃撃事件はわずか2年前のことだし、アメリカでトランプ元大統領が銃撃されたのは今年の7月のことだ。9月15日にも暗殺未遂事件が起きている。
世の中何が起こるかわからないわけで、今すぐにでも「天皇不在」という事態になっても少しも不思議ではないのである。男性皇族の数が極端に減少した現状では、その可能性は確実に高まっている。
日本国が機能しなくなる可能性
では、天皇不在によってどういったことが起こるのだろうか。
簡単に言ってしまえば、日本国は機能しなくなるのである。
この点について、私は2015年に刊行した『戦後日本の宗教史 天皇制・祖先崇拝・新宗教』(筑摩選書)のなかで指摘した。しかし、その指摘に着目してくれたのは、当時、第2次安倍政権の内閣官房参与で、首相のスピーチライターだった谷口智彦氏だけである。
天皇は、日本国憲法において、日本の象徴、日本国統合の象徴とされているが、果たさなければならない重要な事柄がある。それが、「国事行為」である。
国事行為には、内閣総理大臣や最高裁判所長官の任命、国会の召集や解散、総選挙の実施、法律・政令および条約の公布などが含まれる。
もちろん、国事行為を行うには、内閣の助言と承認が必要であり、天皇が勝手にできるわけではない。
しかし、天皇が不在になれば、ほかには誰も国事行為を果たすことはできない。となれば、日本国はその瞬間に機能しなくなる。国会の会期中であれば、議論はできるかもしれないが、そうでなければ国会さえ開けないのだ。
そのとき慌てて憲法を改正し、共和制に移行しようとしたとしても、憲法改正の公布も天皇の国事行為に含まれている。
誰もそうした事態が起こることを想定していないし、想像もしていないだろう。だが、その可能性が絶対にないとは言えないのだ。しかも、これから30年後、あるいは50年後を考えてみるなら、その可能性は今よりはるかに高まっているはずなのである。
緊急事態条項に「天皇不在」を考慮せよ
天皇不在は非常事態である。
憲法改正をめぐっては、大きな災害やテロが勃発した際に、国会の機能を内閣が兼ねる緊急事態条項を盛り込むべきだという主張がなされているが、本来なら天皇不在という状況も考慮すべきである。
天皇不在で国事行為が行えなくなったとき、緊急手段としてさまざまな手立てが講じられるであろうが、議論も百出し、収拾がつかなくなる可能性もある。そのとき、その混乱につけこむ勢力が出てくる危険性だって十分に考えられるのだ。
普段考えてみることもないことかもしれないが、天皇は国家の存亡を左右する最重要の存在なのである。
ただ、天皇不在という状況が生まれたとき、一つだけそれを救う手立てがある。
それが「摂政」である。
皇室典範の第16条においては、「天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。また、天皇が、精神・身体の重患か重大な事故により、国事行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く」と定められている。
皇太子時代の昭和天皇が、病いに陥った大正天皇の摂政になったことはよく知られている。その時代には旧皇室典範だが、内容は現在とほぼ同じである。
女性皇族は摂政になれる
摂政には、なれる順番があり、その筆頭が皇太子(皇大孫)で、次は親王・王と男性皇族が想定されている。
しかし、その次が皇后で、以下皇太后、太皇太后、内親王・女王と続いていく。女性皇族は天皇や皇太子にはなれないが、摂政にはなれるのだ。
日本の歴史のなかで、女性が摂政になった例が一つある。
第14代の仲哀天皇の后、神功皇后が天皇亡き後、およそ70年間にわたって摂政になったとされている。
ただ、この時代の天皇や皇族となると、実在したかどうかも定かではないし、神功皇后は、大正時代までは第15代の天皇とみなされていた。
女性の摂政は希有なことにもなるが、天皇不在で、男性皇族がいなければ、女性皇族が摂政となり国事行為を果たすしかないのである。
こうしたことを踏まえると、皇位継承の安定化ということでは、男性皇族の確保も重要だが、女性皇族の確保もそれに負けず劣らす重要なことなのである。
「女性宮家」の設立が唯一の方策
現在女性皇族は12名である。天皇家に上皇后を含めて3名、秋篠宮家に2名、常陸宮家に1名、三笠之宮家に4名、高円宮家に2名である。
そのうち、独身は5名である。独身の女性皇族は、結婚すれば、皇族から離れていく可能性がある。既婚の女性皇族でもっとも若いのが秋篠宮妃で58歳である。最年長は、三笠宮妃の101歳である。
こうしたところから、独身の女性皇族が結婚した後も皇室に残る「女性宮家」の設立が案として浮上してくるわけである。
皇位継承の安定化の議論において、ほかに出ているのが旧宮家の男性を現在の皇族の養子にするというものである。
旧宮家とは、戦後に日本国憲法と新しい皇室典範が制定された後、皇籍を離脱した11の家のことをさす。ただ、すでに断絶している家が5つあり、もう一つも断絶が見込まれる。
したがって、該当する旧宮家は5つの家に限定される。しかも、皇籍を離脱してから77年の月日が経過しており、そうした家から皇族の養子になる男性があらわれる可能性はほとんど考えられないのではないだろうか。
もちろん、女性宮家が設立されたからといって、安定的な皇位継承が保障されるわけではない。それに、女性皇族と結婚した配偶者や子どもを皇族とするかどうかでは議論がある。
しかし、具体的な方策をほかに見いだすことが難しい状況のなかで、女性宮家の創立に踏み出すことは唯一可能な方策ではないだろうか。一歩先に踏み出すことで、次の一歩が見えてくることは十分にあり得るのだ。
小泉進次郎氏をおいて他になし
では、今回の自民党総裁選の候補者のなかで、そちらの方向に踏み出せる人間がいるとしたら、それは小泉進次郎氏をおいて他にはない。
というのも、進次郎氏の父親である小泉純一郎氏が首相であったときに、女性天皇・女系天皇を容認するための皇室典範の改正に踏み込んでいったからである。
これは、悠仁親王が誕生したことで立ち消えになってしまったのだが、女性宮家の設立なら、女系天皇の容認よりもはるかにハードルは低い。
天皇不在という緊急事態に対処する必要があると、進次郎氏が一歩踏み出したとしたら、政治家としての彼に対する評価も大きく変わってくるのではないだろうか。