「当たり前のことなのになぜできないのか」とフラストレーションを募らせる先輩社員、「わからないことがわからないので、質問できない」と悩む部下。先輩・後輩のズレが生じるのはなぜか。問題解決コンサルタントの岡佐紀子氏は「社内ギャップの要因のひとつは、『考える力』が弱まっていることだ。日々のトレーニングで思考力を鍛える必要がある」という――。

※本稿は、岡佐紀子『正しい答えを導くための疑う思考』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

路上でスマートフォンを使った若者のクロップドショット
写真=iStock.com/MangoStar_Studio
※写真はイメージです

「考える」機会が減っている

私はこれまで多くの企業で研修やコンサルティングを行い、何万人というビジネスパーソンにお会いしてきました。その中で最近よく感じているのが、「指示されたことに対して、何の疑問も抱かずにそのまま進めてしまう人が多い」ということです。

ある会社で、お客さまに封書で商品のご案内をお送りするという業務が発生したときのことです。先輩社員が新入社員に、「このチラシを、三つ折りにして封筒に入れてほしい」と言って見本を渡しました。このとき先輩社員は、チラシを三つ折りにして封筒に入れるという一見簡単な作業のため、見本があるから誰でもできるだろうと考えて、詳しい説明をしませんでした。

ところが、しばらくして様子を見に行ったところ、チラシの折り目はガタガタで、折った状態の大きさもバラバラ。その先の工程である封入作業で、封筒のサイズに収まらないものも多くあったため、すべてやり直す羽目になりました。

先輩社員は、「当たり前のことがなぜできないのか」「見本があるのになぜできないのか」「わからないなら、なぜ質問にこないのか」と疑問に思ったそうです。

でも、「見本を渡したからできるに違いない」と思い込んでポイントを明確にしていなかったこと、「相手はわかるはず」と思い込んで次工程を説明していなかったことは、先輩側の問題です。

一方で、新入社員からは、「仕事が覚えられない」「わからないことが、わからないので、質問できない」「もっと自分で考えて動けるようになりたいけど、良かれと思ってやった行動が先輩や上司の想いとずれており、良くない結果になってしまう」、といった悩みの声が聞こえました。

実はこれらも、どうしたらできるのかと考えていないこと、また、こうなるに違いないと思い込んでいることが原因です。

このように、先輩社員も新入社員も、仕事の進め方でフラストレーションを抱えています。

なぜ、こうした現象が起きてしまっているのでしょうか。

さまざまな要因が考えられますが、私は「考える力」が弱まっていることが大きな要因だと思っています。

ミスした同僚と怒っている実業家
写真=iStock.com/fizkes
フラストレーション(※写真はイメージです)

現代人1日分の情報量は平安人の一生分

インターネットが身近なものになり、私たちが日常的に得られる情報量は膨大になりました。地球の裏側に住む人のSNSには数秒でアクセスできますし、自宅にいながら世界中の論文を読んだり、国会図書館にアクセスして、何百年も前に書かれた文献に触れたりすることもできます。

「知りたい」と思ったらすぐに情報を得ることができる、とても便利な時代が到来しました。現代社会に生きる私たちが1日に得る情報量は、江戸時代の人が1年で得る情報量に匹敵するとも言われています。それどころか、平安時代の人の一生分とも言われているのです。

それだけの情報量に瞬時にアクセスできるようになった弊害が、思考力の低下です。膨大な情報を私たちは、クラウドなどの外部記憶に頼っています。調べればわかることを、あえて記憶しておく必要がなくなったのです。

ここでお尋ねします。

頻繁にコミュニケーションを取っている取引先の正確な部署名を言えますか?
大口顧客のあの会社の本社はどこにありますか?
勤めている会社の住所を番地まで言えますか?
上司の下の名前は何でしょうか?
所属している部署の電話番号を知っていますか?
友だちや家族の電話番号はどうでしょうか?

疑問符の黒板の背景にストレスを感じた若いビジネスマン
写真=iStock.com/peshkov
思い出せない(※写真はイメージです)

すべてを記憶しているという方は、ほとんどいないのではないでしょうか。私たちは、覚えておく必要がないことは記憶しません。

カレーを作ろうと思っても、材料がないと作れませんよね。思考も同じで、記憶している情報、つまり材料がなければ、考えることができないのです。

情報や知識が少ないために、わからないことにぶつかっても考えることができない。そうすると、検索するというアプローチしかできなくなってしまうのです。調べればわかるため、考えるよりも先に「調べよう」と思ってしまう。こうして考える機会がどんどん失われていきます。このくり返しにより、私達の思考力は知らないうちにどんどん弱くなっているのです。

では、どうすれば考える力を育てることができるのでしょうか。

情報を暗記して、知識を増やせばいいのでしょうか。

確かに知識を増やすことはとても大切です。ただ、知識さえ増やせば思考力が身につくわけではありません。思考力を高めるためには、知識だけでは不十分です。

思考力も筋トレのように身につけるべき

私は筋トレをしています。ちゃんとトレーニングしていると、確実に筋肉がつきます。トレーナーの方も「筋肉は裏切りません!」と言っています。思考も筋肉と同じようにトレーニングが必要で、日頃から訓練することで確実に思考力が醸成できます。

その方法を8つ紹介します。

①意識的に時間を設ける……調べる前に、自分なりの答えを考える時間を意識的に設けることで思考力が培えます。例えば、何か疑問に思ったときにすぐにインターネットで検索するのではなく、まずは自分で考えてみましょう。

②日記をつける……毎日の出来事や学んだこと、感じたことをどこかに書き留めることで、自分の考えを整理し、深めることができます。また、自己反省や問題解決の過程を記録することで、思考のパターンを把握し、改善する手がかりにもなります。

③ディスカッションを行う……その日に起こったことや見聞きしたこと、最近のニュースの中で自分が興味・関心のあるトピックについて、友人や家族と話し合うことで、多様な視点から物事を考える機会が得られます。他人の意見を聞くことで、自分の考えを再評価し、新たな視点を獲得できます。

④本を読む……さまざまなジャンルの本を読むことで、知識を広げると同時に、著者の考え方や論理的思考を学ぶことができます。ただ読むのではなく、読んだあとに、その内容について自分なりの意見を持つことが、考える力を養う上で有効です。

⑤問題解決の練習をする……日常生活で直面する小さな問題から始めて、解決策を自分で考える練習をします。例えば、時間管理の問題や、家庭内での小さな課題を解決することがおすすめです。

⑥それは本当かと疑う……疑いながらも、事実と意見を区別する、根拠に基づいて評価する、論理的な誤りを指摘することを意識します。「それって本当?」と問いかけることで、より深く、論理的に考えることができるようになります。

⑦新しいことに挑戦する……新しい趣味やスキルを得ることで脳を活性化させ、思考の柔軟性を高めます。未知の分野に挑戦することで、問題解決のための新しい方法や考え方を見つけることができます。

⑧自分とは違う価値観の人とあえて話をする……同じ価値観の人とばかり話をしていると思考が偏ります。あえて違う人と話し、そんな見方や考え方もあるんだな、と違う角度からものを見ることで考える力を醸成することができます。

ちなみに、私は、初対面で何の情報もない方に対しても、10分ほど話せばその方が抱えている課題や悩み、今いる環境が手に取るようにわかるようになります。企業から相談を受けるときも同じで、少し話すだけで会社の強みや商品の特徴、現在抱えている問題について、そこにいる人の誰よりも説明ができるようになるのです。

岡佐紀子『正しい答えを導くための疑う思考』(かんき出版)
岡佐紀子『正しい答えを導くための疑う思考』(かんき出版)

私が的確に状況を説明できるようになるので、「岡さん(著者)は見たことがあるんですか?」といつも驚かれます。

ですが、目の前にない状況を把握することや、今抱えている問題に対して説明することは、少しのトレーニングを積むことで、誰でもできるようになります。

考える力があれば今いる部署の問題点を解決して、より良い部署にすることも、新しいサービスや商品を企画することも、自分のスキルを伸ばすことも、できてしまいます。

その考えるスキルの1つが、本書(『正しい答えを導くための疑う思考』)のテーマである「疑う思考」です。