ウナギの漁獲量が減りつつある今、うな丼やうな重を食べたり、スーパーなどで購入してもいいのか。経済学者の山下東子さんは「ワシントン条約締約国会議でニホンウナギが絶滅危惧種に指定されてしまうのではという危機感が叫ばれている。海外からの密輸も常態化しており、日本人がウナギを食べ続けるためには思い切った対策が必要だ」という――。

※本稿は、山下東子『新さかなの経済学 漁業のアポリア』(日本評論社)の一部を再編集したものです。

うな重
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ワシントン条約でニホンウナギが絶滅危惧種に指定される?

2019年のワシントン条約締約国会議を前に、ニホンウナギが同条約の絶滅危惧種に指定されるのではないか、そうなると海外からの輸入が約80%を占める現状では、もうウナギが食べられなくなるのではないかと、やきもきさせられた。難を逃れたかに見えた2019年はウナギの稚魚であるシラスウナギの大不漁、2020年は比較的豊漁、2023年はまた大不漁となり、3年ごとに開催される会議の議題と毎年のシラスウナギの捕れ高変動に一喜一憂させられる日々が続いている。

ウナギは減っていく運命にある。「なぜなら皆好きだから!」という理由もあるが、筆者の見立てによると、子であるシラスウナギ市場と親である銀ウナギ市場が相互に「外部不経済」を及ぼし合って、「共有地の悲劇」を繰り返しているからである。

そこへもってきて、「絶滅危惧種ビジネス」のメカニズムがいたずらにウナギ需要を掘り起こし、そのために引き起こされた価格上昇が供給を刺激している。これは典型的なアポリア(難題)だが、脱出口は見えてきている。問題の抜本的解決策は、クロマグロのように完全養殖を商用ベースに乗せることである。しかしこれにはまだ時間がかかる。そこで、それまでのつなぎとして、もっと大きくしてから出荷することを提案したい。

ニホンウナギだけれど、卵からふ化するのはグアム近辺

日本で主に食べている「ニホンウナギ」は夏季にマリアナ諸島沖で産まれ、黒潮に乗って年明けに日本の沿岸にシラスウナギ(以下シラスと言う)の形でたどりつく。図表1にそのサイクルを示した。

シラスは体長6cm、重さ0.2gの糸切れ状をしている。河口や河川、時には田んぼの用水路でえさを食べながら成長する。日本の河川での滞在期間は平均8年だが5〜15年の幅がある。

十分に成長したある年の秋口、繁殖するために旅立つことを決意したウナギは河口へ下りてきて、集団を形成する。そして一緒に5カ月かけて生まれ故郷のマリアナ諸島沖に戻り、夏季に200万粒の卵を産んで死亡する。産まれたウナギの稚魚は変態をしながら黒潮に乗って北上する。4〜5カ月かけてシラスになり、台湾、中国、韓国、日本の河口にたどり着く。

産卵場所と日本への往路は塚本勝巳氏らの研究チームの長年の追跡によって明らかになったのだが、日本からの帰路はまだ解明されていない。水深の深いところを移動しているのではないかと推察されている。

「もうじきウナギが食べられなくなるかもしれない」

ニホンウナギもワシントン条約締約国会議において付属書に掲載されるのではないかという観測が持たれている。3年に1度の締約国会議が近づくにつれ「もうじきウナギが食べられなくなるかもしれない」、と消費者の危機感をあおる報道がなされたりもする。

付属書に掲載されると貿易制限がかかる。掲載を避けたいという思いは輸入側である日本の消費者だけでなく、輸出側である中国、台湾、韓国の生産者にも共有されるようになった。2016年の締約国会議を前に、2015年、これらの国・地域からなる「持続可能な養鰻ようまん同盟(ASEA)」が発足し、政府間のみならず民間ベースでも国際的な資源管理に取り組む機運が生まれている。そんな努力が奏功したのか、2016年以降の締約国会議ではニホンウナギは議題に上がっていない。ヨーロッパウナギについては、捕獲から輸出・輸入に至るトレーサビリティをより強化することが求められた。

後述するように、ヨーロッパウナギの代替財として東南アジアに生息するビカーラ種が輸入され、次いでアメリカウナギが輸入されるようになっている。2023年末現在、中国・福建省のうなぎ養殖業者がアメリカウナギのシラスを輸入して蒲焼を作り、日本へ輸出していることが報道により確認でき、Shiraishi and Kaifu(2024)は、近年の輸出急増について、ヨーロッパウナギの二の舞になるのではないかと警鐘を鳴らしている。「日本人が世界のウナギを食べつくした」と揶揄される日が近づいているのかもしれない。

絶滅危惧種指定によって、かえって需要が増えてしまう

さてわれわれ消費者は、こういう危機的状況を知ったとき、「ウナギを食べるのはよそう」と思うのか、それとも「食べられなくなるのなら少々高くても今のうちに食べておこう」と思うのか。絶滅危惧種指定に乗じて、かえって需要が喚起される現象は「絶滅危惧種ビジネス」と呼ばれる。

土用の丑の日を迎え、阪神梅田本店でウナギのかば焼きや弁当を買い求める人たち
写真=共同通信社
土用の丑の日を迎え、阪神梅田本店でウナギのかば焼きや弁当を買い求める人たち=2023年7月30日、大阪市

全国に2500店あると推定されているウナギ専門店は生きたままのウナギ(活饅かつまん)を仕入れ、店でさばいて蒲焼にする。量販店は加工場で蒲焼にされた商品を仕入れて販売するが、ここにも国産蒲焼とともに蒲焼として輸入されたウナギが入って来る。

ウナギ消費ルートを消費者が購入する最終的な窓口で分けると、主として「川魚料理店」、「ウナギ専門店」、「量販店」の3つに大別できる。出自が最も明快なのは川魚料理店で、そこで供される天然ウナギは100%国産と言ってよいだろう。ウナギ専門店は国産活饅と輸入活饅のどちらも取り扱うが、どの店が何を取り扱っているのかはわからない。ウナギ専門店には「うちのは国産活饅です」とか「松は国産活饅で、梅は輸入活饅です」などと表示する義務はない。

ウナギの子であるシラスの「良い密輸、悪い密輸」

シラス輸出については香港の「密輸」を特記しておくべきだろう。香港にはシラスは遡上しない。しかし香港からは6.7トンのシラスが入ってくる。これには筋の良い密輸と悪い密輸がある。

筋の悪い密輸はヨーロッパウナギのシラスである。ヨーロッパや北アフリカで国内消費を装って採捕し、輸出証明書が発行されていないにもかかわらず香港へ密輸されるというルートがあると推察されている。それらがさらに香港から中国の養殖場に搬入・飼育され、ニホンウナギの蒲焼として日本に輸出されるものもあると推察されている。

活魚ならまだ、目利きであればヨーロッパウナギとニホンウナギの見分けがつくかもしれないが、蒲焼になってしまうともう、ほとんどの人にはわからないのではないか。筆者はかって、JETROが主催したASEAN産品の輸出促進展示会で、インドネシアで捕られたビカーラ種の蒲焼を試食したことがあるが、それまで食べたことのある蒲焼と何ら違いを感じなかった。

うなぎの炭火焼き
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筋の良い密輸の1つは台湾からの輸入で、これは日台間で互いのビジネス利権を守るために意地を張り合った結果の産物である。「輸出しない」と言いながらも、高値がつく良い時期に日本にシラスを輸出したい台湾の業者が、中国を経由して日本に輸出している可能性がある。

また、近年ではアメリカウナギの輸出も急増しており、これが香港へ輸出され、中国で蒲焼になって日本へ輸出されている可能性がある。2024年6月時点ではアメリカウナギはワシントン条約上の絶滅危惧種には指定されていないので、こちらも良い密輸のほうに入れておくこととする。問題は、良い密輸といえども密輸なので、数量が把握できないことにある。そのために、差額としての悪い密輸の数量も把握できない。

完全養殖で「増やして食べよう」がファイナルアンサー?

ウナギの親子市場をこれ以上痛めつけずに、しかしウナギを食べ続けるシナリオを考えてみたい。その1つは完全養殖である。近大マグロのような、天然種苗に頼らない生産の循環だ。

2010年に国立研究開発法人水産研究・教育機構が成功し、近畿大学も2019年から同機構のOBを迎えて完全養殖を目指し、2023年に完全養殖に成功した。水産庁によると、年間数千尾の人工シラスウナギを生産できる段階にきており、その生産コストは約3千円/尾であるという。これは天然シラスの高値圏の価格である600円/尾のたった5倍であり、商用ベースに乗るのも間近ではないのか。寄付を通じて2倍の価格を喜んで支払う消費者層がいるのだから、「天然資源に影響を与えない人工シラスから作ったウナギの蒲焼、2万円」に食指が動く人は、数千人くらいはいるだろう。

ナマズやサンマの蒲焼き、ウナギカマボコといった代替商品

2つめはウナギ代替財の開発である。すでにナマズやサンマの蒲焼きがウナギ代替財として商品化されており、日本が誇るカニ代替品、カニカマのようなウナギカマもお目見えしている。

3つめは、ウナギをもっと大きくしてから出荷するというプランである。養殖ウナギの出荷サイズは200g〜300g/尾だが、天然ウナギは1kg/尾以上にもなる。このサイズまで育てれば計算上は1尾のシラスから今の4〜5倍のウナギ身肉が生産できる。だから、シラスの池入れ量を4分の1から5分の1に削減しても供給量は今と変わらない。

出荷サイズを大きくすれば、養殖ウナギで消費量の9割を賄える

これが机上の空論でない証拠として図表2を参照されたい。これは、ウナギ消費仕向け量5.4万トンをシラス段階から遡ってその出自を示したものである。国産シラス10.3トンから生産された国産養殖ウナギは0.97万トンで、総消費仕向け量の18%を占める。0.2gのシラスが出荷時に941倍になっていることもこの表から計算できるので、それで1尾当たりの重量を割り戻すと188gとなる。つまり約200gの国産養殖ウナギを今の5倍、lkg超の大きさにして出荷すれば、国産養殖ウナギ生産量は4.8万トンとなり、皮算用によると現行の消費仕向け量の9割を「日本生まれの日本育ち」で賄える。完全養殖とタッグを組めば自給率100%も夢ではないのである。もういつ輸出禁止されても大丈夫、ワシントン条約恐るるに足らず、である。

山下東子『新さかなの経済学 漁業のアポリア』(日本評論社)
山下東子『新さかなの経済学 漁業のアポリア』(日本評論社)

大型化すると骨や皮が固くなる、重箱やトレーに収まらないなどの難点があり、小売側が渋っているのだが、養殖業者には300g以上で出荷したいという意向がある。さすがに1kgにしたいという意向は聞いていないし、現物を見たこともないが。残りのステークホルダーは流通業者と消費者だが、消費者の意向など、まだ聞いてもらってもいないではないか。

この二者が了解すれば、今養殖中のウナギからでも始められる。飼育期間の延長によって餌代などがかさみ、ウナギの価格はさらに上昇する可能性があるが、それがウナギ需要の減少を通じたシラス採捕量のさらなる削減にも、完全養殖技術と代替財開発の加速にもつながる。

・参考文献
水産庁(2023)「ウナギをめぐる状況と対策について」(2023年12月)より2023年12月20日検索取得
Shiraishi and Kaifu(2024), Early warning of an upsurge in international trade in the American Eel(Short Communication), Marine Policy 29