“蓮舫離れ”が加速しそう
都知事選は現職の小池知事と民主党を離党した蓮舫参議院議員の一騎打ちの様相を呈している。ただ、ここに来て、蓮舫氏の失速が叫ばれ出した。共産党との共闘を嫌って連合と国民民主党が距離を置いたことがその主因と目されるが、私は公約の中に大きな瑕疵があることで、さらに蓮舫氏離れが進みそうだと、危惧している。
蓮舫氏は、神宮外苑再開発計画の見直し、困窮者支援、そして非正規の待遇アップなどを訴えている。その狙いは、弱者と環境にやさしい社会づくりで、無党派・リベラル層の票を獲得することだろう。
雇用ジャーナリストの立場から、この戦略は成功要素が極めて少ないと断じる。
思えば、民主党が政権をとったころ、巷では派遣村騒動に代表される「非正規・格差問題」が盛んに騒がれていた。当時、非正規雇用者が2000万人に近づき、年収200万円未満のワーキングプアが1000万人というデータが示されていた。労働力調査や民間賃金の実態調査などをもとに、こうした数字が独り歩きしたことがその背景にはあったといえるだろう。
民主党は政権奪取後も、「非正規対策」を強く打ち出し、派遣村村長の湯浅誠氏を内閣特別参与に迎えて、「正社員になる」というキャンペーンを張ったのを覚えている人も多いだろう。
非正規対策に対しては、民主党同様に、社会民主党と共産党も大いに力を入れた。保守系でも平沼赳夫氏など、この問題に肩入れする議員は多かった。
非正規対策に力を入れた民主党は失速
ところが、おかしなことが起きる。
民主党はその後、党勢を失い消えてなくなり、社民党ももはや風前の灯。共産党も議席数を半減させている。「非正規対策」に取り組んだ政党・政治家はことごとく失速しているのだ。確かに、一部保守系から「悪夢の民主党政権」などと揶揄されるような政権運営に問題はあっただろう。ただ、2000万人も非正規がいるなら、彼らからの支持を得ている限り、三党そろってここまでの議席減はなかったはずだ。
「非正規雇用の中身」をはき違えていた
なぜ、こんなことになったのか?
理由は簡単だ。「非正規雇用の中身」を大いにはき違えていることが主因に他ならない。
2009年の政権交代から15年を経た令和の現在まで、非正規雇用数は増え続け、その数は2100万人をも上回る(2124万人、労働力調査2023年)。
ではこの内訳はどうなっているだろうか? 労働力調査の発表フォームが今よりもよくわかる形態だった2018年の詳細集計から見てみよう(2018年の非正規雇用数は2120万人と直近とほぼ変わらない)。
全非正規雇用者2120万人、うち学生(就学中)218万人なので、社会人は1902万人となる。これを男女に分けると、男性565万人、女性1336万人と圧倒的に女性が多いことがわかる。社会人女性の非正規雇用者を婚姻状況で見ると、既婚1113万人、未婚223万人となる。
これが第一の結論だ。非正規の過半数は「主婦」なのだ。
就職氷河期の非正規は他の世代と比べて少ない
続いて、社会人男性の非正規雇用者を年齢別に見てみよう。こちらは、定年後の再雇用で非正規となるケースが多いため、55~65歳146万人、65歳以上186万人とシニア層で全体の6割を占める。
ちなみに、「就職超氷河期世代」の非正規は、世に言われるほど多くはない。2018年データで振り返ると、氷河期にあたる35~44歳は男性非正規63万人、45~54歳は59万人であり、シニア世代はもちろん、25~34歳(78万人)に比べても少ない。
この世代も女性非正規が圧倒的に多く35~44歳で303万人、45~54歳358万人で計661万人と男性の6倍に迫る。そしてもちろん、そのうち主婦が585万人で、女性非正規の9割近くを占める。氷河期世代問題を叩いてみたら、何のことはない女性問題であり、それは性別役割分担の影響とわかるだろう。
「主婦+シニア+学生」で非正規の8割を占める
上記の数字を再度整理してみてみよう。
2120万人の非正規のうち、主婦が1113万人(52.4%)、シニア・高齢者(主婦を除く)が351万人(16.5%)、学生が218万人(10.3%)、ここまでで全体のほぼ8割だ。
さて、ここまでわかったところで、蓮舫氏のいう「非正規の待遇アップ」について考えてみよう。
これは、「給与・待遇の改善」と「正社員への登用」という二つの意味合いが含まれるものだろう。
ただ、少なくとも正社員への登用は、「短時間しか働くことが難しい」主婦・学生・高齢者にとっては、あまり関係のない話だ。
給与・待遇の改善については、もちろん良くなるに越したことはない。ただ、ここ10年、最低賃金は急上昇しており、政府は2030年までに1500円を目指すと明言している。しかも、折からの人手不足により、実質賃金は最賃以上に上昇している。この他に「都」単体で何かできたとしても、それは、現状の賃上げトレンドの中に埋もれてしまうに違いない。
加えて言えば、配偶者控除の問題が解決していないために、主婦層であれば、賃上げしても「年収の壁」(この年収を超えると、所得税・社会保険の負担が生じる)の手前で、勤務時間抑制を図るだろうから、総収入増は期待しづらい。かつての民主党政権時代と今では、就労環境があまりにも異なることへの認識不足と言わざるを得ないだろう。
エコはそこそこ裕福な人が考えること
加えて、蓮舫氏の狙う「生活困窮対策と環境対策」は、なかなか並立が難しいということも付言しておこう。生活に余裕のない人は、エコやサステナブルよりも、目の前の暮らしが第一だろう。多少負担は増えるが、未来を考えるというのは、そこそこ裕福な人たちの考えることだ。
対して、小池知事は「目の前」にある課題を列挙した。
すでに、未婚女性向けに「卵子凍結」、就学前児童を持つ家庭には「保育無償化」の対象拡大、学齢児に関しては「育児手当」と「医療無償化」の対象拡大、高等教育に関しても「高校無償化」を実施してきた。
今回公約の「保育無料化の拡大」「大学授業料補助」も、たぶん実現できるだろうと考える都民も多いはずだ。もちろん、こうした政策は、子どもや孫をもつ高齢世代にも響きが良い。着実に得点を重ねる小池知事に対して、失策を続ける蓮舫氏がとみに気がかりだ。
せっかく、国政では旧文通費改革で維新を怒らせたことにより、自民党包囲網が完成しつつある矢先に、都知事選で出鼻をくじかれることにならないことを祈る。