※本稿は、エミン・ユルマズ『エブリシング・バブル 終わりと始まり 地政学とマネーの未来2024-2025』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
最高値を更新した日経平均株価は「割高」か
2024年2月、日経平均株価がバブル期の最高値を更新した。
チャートを見ると、現在の株価水準は日本株にとってまったくバブルではなく、むしろまだまだ割安であることがわかる。今の日本株は、外国人投資家を中心に買われていて、実は日本の投資家の眠っている巨大な資金は、まだまだ日本株に向かっていない。
それでは、外国人投資家はなぜ日本株を好むようになったのだろうか。これには4つの理由が考えられる。
① 日本企業の利益率とROEの改善
まず、ファンダメンタルズという意味では、過去10年間で日本企業の利益率とROE(自己資本利益率)が改善したことが挙げられる。
日本企業のROEは8%前後であり、2ケタの欧米企業に比べて低かったが、足元では徐々に上昇し続けている。2025年までには9%、2025年末には2ケタ台に乗ると予想されている。
また、ファンダメンタルズの改善に加え、ガバナンス強化のおかげで市場の透明性が高まり、外国人投資家が安心して投資できるような環境になった。
②日本企業の株主還元姿勢の変化
2つ目の理由は、日本企業の株主還元姿勢が変わったことだ。
東京証券取引所の努力もあって、日本企業はより株主重視のスタンスに移行し、PBR(株価純資産倍率:Price Book-value Ratio)1倍割れの解消が進んでいる。かつては、東証プライム市場に上場されている銘柄の約50%はPBR1倍割れだったが、2023年中でその比率が40%まで低下した。
加えて、もう一つの大きな変化が、自社株買いで起きている。自社株買いが過去10年間で4倍まで拡大していて、2022年には9兆円を超えた。これに加えて、配当による還元も増えており、日本企業はIR活動に力を入れるようになった。
持ち合いの解消も株価上昇に追い風だ。持ち合いは過去10年間で20%も減っている。それでもまだ持ち合いは多いものの、徐々に解消される方向で進んでいるのは間違いない。
日本株は巨大なサイクルを2回完了
③日本に割安のバリュー株がたくさんある
3つ目の理由は、日本に割安のバリュー株がたくさんあることだ。グローバル投資家は、かなり割高になっている米株以外の投資先を探している。
とくにバリュー投資家にとって、日本ほどよい市場はほかに見当たらない。米国の著名投資家であるウォーレン・バフェットが日本株に投資し始めて以来、ほかのバリュー志向のグローバル投資家も、日本株に注目するようになった。なぜなら今の米国株は、グロース株が中心になっていて、バリュー株は見向きもされないからだ。
ところが、日本では真逆の現象が起きていて、MSCIジャパンのバリュー株指数とグロース株指数の動きを見ると、2023年以降、バリュー株がグロース株を大きくアウトパフォームしていることがわかる。
つまり、日本株の上昇は、半導体セクターやAIバブルと、あまり大きな関係がないということになる。
④地政学的理由
4つ目の理由が地政学だ。個人的にはこれが最も重要な理由ではないかと考えている。なぜなら、その影響が今後40年にわたって続くと思われるからだ。
本書で見てきたように、米中新冷戦の開始で、グローバル資本は中国から撤退し、新たな行き場を探し始めた。そこで、最も安全かつ割安で、優秀な人的資源が豊富な日本が選ばれようとしている。
日本株が上昇し始めたのは2013年のことだ。その理由として、超金融緩和政策を打ち出したアベノミクスを挙げる声は多いが、実はその年は「新冷戦」の開始年でもある。これは、恐らく偶然ではない。
日本株は40年間の上昇と、23年間の調整という巨大なサイクルを2回完了した。新しい上昇サイクルは、2013年に始まって2053年まで続き、2053年から2076年まで調整すると考えられる。まさに今は、上昇サイクルの真っ最中なのだ。
こうした4つの観点からも、今の日本株が割高であるとは私には思えない。
あえて日本株のリスクを挙げるとすれば
日本株の上昇要因を挙げたが、もちろんリスクがまったくないというわけではない。日本株投資に関するリスク要因についても挙げておこう。
日本で株式に投資している人は、8人に1人くらいの割合だ。つまり多くの人は、「今から買っても大丈夫なのか?」と思っているし、日本株のポジションを持っている人でも、「今は売り時なのか?」と気になっていると思われる。それらの問いに答えるためにも、日本株が抱えているリスクを説明する必要があるだろう。
私は、日本株投資のリスクとして、3つ挙げられると思っている。
①景気低迷
中でも最大のリスクは「景気低迷」だ。
日本の2023年10~12月のGDPは、一次速報の0.1%減から0.1%増に上方修正されたが、一次速報のままだったら年率でマイナス0.4%、おまけに2四半期連続でマイナス成長になることからテクニカルリセッション(定義上の景気後退)に突入していた。ギリギリセーフとはいえ、今後も注意が必要だ。
日本の景気減速の最大の要因は「内需の弱さ」にある。
2023年は内需が落ち込み、前年比1%減で、そのうち堅調に見える住宅需要は、前年比4.6%の落ち込みだった。
住宅は、どの国においても重要なセクターである。なぜなら住宅を一軒建てると、さまざまな仕事が生まれ、建材、建機、家電、家具など幅広いセクターが恩恵を受けるからだ。また、住宅は他の消費の先行指数にもなる。そのため、2023年における内需の落ち込みが1%だったからといって安心はできない。時間の経過と共に、住宅需要の前年比であるマイナ4.6%程度まで、内需そのものが落ち込むリスクがあるからだ。
株式市場にとっても大きなリスクといえるだろう。
では、内需を補ってあまりあるだけの外需があるかというと、実はそれもあまり期待できない。日本は輸出大国だと勘違いしている人も多いが、すでに経済構造は大きく変わっていて、輸出依存度は15%程度とかなり低い。対して韓国やドイツの輸出依存度は40%程度もある。つまり日本経済は、かなりの程度、外需ではなく内需によって成り立っているのである。
そのため、内需の落ち込みが今後も続くようだと、今の日本株のバリュエーションを正当化できなくなり、株価が大きく下落するリスクが生じてくるのだ。
指数上昇の恩恵を受けていない銘柄が多い
②特定銘柄への集中
2つ目のリスクは、米国株式に絡んで日本株に及ぶと思われるもので、特定の銘柄に買いが集中しているリスクである。
足元の株価上昇を詳細に観察すると、買われている銘柄が一部に集中しており、むしろ指数上昇の恩恵を受けていない銘柄のほうが多くなっている。
2024年に入ってから、同年3月8日までのTOPIXの上昇率は14.5%だが、TOPIX Core30、つまり、時価総額と流動性がとくに高い大手30社の上昇率は、同じ期間で測定すると、20.5%にもなる。TOPIXは時価総額加重平均型の株価指数なので、指数を引っ張っているのは大型株だ。中型指数と小型指数のパフォーマンスは5~6%台なので大して上がっていない。
また、日経平均株価はTOPIXと違って株価平均型の指数だが、株価が高い銘柄は時価総額も大きいので、TOPIXと同じ現象が日本株でも起きていると考えられる。
このように、株価の上昇が一部の銘柄に集中していて、市場全体にお金が入らない時は、特定の銘柄に何かあると相場が簡単に崩れるリスクが高まる。
米国株式の場合、エヌビディアがその典型例といってもいい。日本の場合、エヌビディアに該当するような銘柄はないものの、半導体関連株が下げ出したら、相場全体を大きく下に引っ張る恐れがある。
③中国株の動向
3つ目のリスクは中国株だ。それも中国株がバブル崩壊で大暴落するのもリスクだが、逆に大きく反発に転じるのも、日本株からすればリスクになる。
なぜなら今、グローバルな投資資金の流れで起きているのは、「日本買い・中国売り」というペアトレードだからだ。
中国株から逃げている資本が日本株に流れている。しかしこれから先、中国株が持ち直せば、日本株の上昇が止まるリスクが生じてくるのだ。
もちろん米中新冷戦が激化している環境で、中国株の上昇が長く続くとは思えないが、短期的には売られすぎの中国株が買われて、代わりに日本株が売られるシナリオを考慮すべきだろう。
ロイター通信の報道によると、米国の資産運用会社は中国株の反発に備えた新たなETF(上場投資信託)を投入しているようだ。レイ・ダリオが率いる世界最大のヘッジファンドである、ブリッジウォーター・アソシエイツも、中国株について強気の見方をしている。
現状においてPER(株価収益率)が12倍まで下がっている中国株が、魅力的に見えているのだろう。実際、2024年2月に入ってから、上海総合指数は底を打ち上昇に転じている。
長期的に日経平均株価が30万円になる理由
長期的に考えれば、日本の株式市場はこれから先、かなり期待が持てそうだ。これまで私は、これから日本が復活し、2050年頃までに黄金期を迎えると話してきたし、その中で「日経平均株価が30万円になる」という見通しを掲げてきた。
平成の30年間は、まさに「失われた30年」のデフレ時代で、この間、日本人の多くは世界に類を見ないほど高い貯蓄率を維持してきた。
そのため、事あるごとに「農耕民族の日本人に投資は向いていない」などといわれたが、その考え方は間違っている。デフレで物価がどんどん下がり続けたから、資産を現金や預金で持ち続ける経済行動が合理的だったのである。
実際、過去の歴史を振り返ると、日本で物凄い投機熱が高まった時代は、幾度となくあった。1980年代を通じて、世界的にも稀なバブル経済が醸成されたのは、まさにその典型例だろう。
日本人は世界的にも投資や投機に親和性が高い
また、江戸時代には世界に先駆けて米の先物市場が大阪に創設されたし、株価など相場の値動きを示すローソク足のチャートは、本間宗久という相場師が考案したものとされている。日本人は世界的に最も投資や投機に親和性の高い人々だと、私は常に思っている。
この先、インフレが進んで、現金や預金で資産を持つことが資産価値の目減りにつながることに気づけば、日本人も徐々に経済合理性に適った経済行動を取るようになるはずだ。つまり株式市場などを通じて投資をするか、それとも消費をするかの二択のいずれかを選択するようになるだろう。
そして、日経平均株価が30万円という高みを目指して上昇していくうえでの原動力になるのは、やはりインフレだ。
東京証券取引所がPBR1倍割れ企業を対象にして、改善策の開示や実行を求めたり、2024年1月から新NISAがスタートしたりしたが、これらは株価上昇の単なるきっかけにすぎない。本当の意味で株式投資の重要性が見出され、日本の株式市場に投資する意欲が高まる原因はインフレだ。
株式保有率が20%になれば152兆円が株式市場に流れ込む
日本銀行の資金循環統計によると、日本人の家計部門が保有している金融資産の総額は、2023年12月末時点で2141兆円ある。家計部門は現金・預金、債権、投資信託、株式、保険など、さまざまな形態で金融資産を保有しているが、このうち株式の占める割合は12.9%で、金額にすると276兆円だ。ちなみに現金・預金の総額は1127兆円で、全体の52.6%を占めている。
もし、株式の比率が現在の12.9%から20%になったとしたらどうだろうか。これだけで152兆円もの資金が、新たに株式市場に流入することになる。これだけの資金が入ってくるだけで、株価は大きく上昇するだろう。
ちなみに、2024年5月1日時点の日本の株式市場の時価総額は、東証プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3つを合わせて992兆9224億円だ。152兆円の資金が新たに流入すれば、時価総額に対して15%もの資金が入ってくることになる。株価に相当のインパクトを及ぼすに違いない。
日本の株式市場がバブルピークを付けた1989年度、株式・出資金が個人金融資産全体に占める比率は、実は20.6%だった。そこから徐々に株式・出資金の比率は減少傾向をたどり、2003年度には8.4%まで縮小してしまったが、2023年12月末時点では12.9%まで回復してきた。ここに本格的なインフレが到来すれば、20%程度までは比較的容易に増えると見ている。それどころか、30%程度まで高まることも、決して絵空事ではない。
そうなれば、日経平均株価が30万円に到達することも、十分に起こりうることだと考えている。
世界の半導体・ソフトウェア大手が日本に集まっている
日本には間違いなく、グローバル資本が集まってきている。
この本の原稿の最終確認を行っている時にまた大きなニュースが流れ込んできた。それは米ソフトウェア大手のオラクルが、今年からの10年間で80億ドル(約1.2兆円)以上の投資を行い、日本でデータセンターの設備とそのスタッフ人員を増強する、という話である。アップル、グーグル、TSMCに続いて今度はオラクルと、世界の半導体・ソフトウェア大手が日本に集まっているのは偶然ではない。それは、新冷戦でもっとも重要な国が日本だからである。
エブリシング・バブルの崩壊と日経平均30万円説が矛盾しているのではないか? との疑問を持っている人もいるかもしれない。しかし、この2つの出来事は時間軸が違う。むしろ米国の資産バブルが終わって、米株が適切な価格に戻ったほうが、日本やインドにグローバル資本が集まりやすくなる。
短期的に世界のどの市場も同じ動きをするが、長期的には大きな差が出てくる。数年前まで上海株や香港株が下がると、日本株はそれ以上に下がるのが通常だった。それが今は中国株が暴落しようが、上げようが下げようが日本株は上がる仕組みになった。
日本の個人投資家も時代が変わったことを認識すべきで、もはや世界一脆弱な日本市場ではなく、世界の投資家がこぞって集まるホットな市場に変わりつつあるのだ。