※本稿は、柯隆『中国不動産バブル』(文春新書)の一部を再編集したものです。
日本と同じように、中国の高齢者も貯蓄率が高い
ハリウッド映画をみていると、アメリカではミドルクラスの人でも、財布にわずかしか現金が入っていない場面が多い。アメリカ人の貯蓄率が低いのは有名な話である。よくいわれることだが、アメリカ人は借金をして消費をする傾向が強いのだ。それに対して日本では、毎日のように電話による詐欺事件が起きていると報道されている。犯人は高齢者からいとも簡単に数百万円ないし数千万円のお金をだまし取る。これほどの現金をすぐに出せる高齢者が数多く存在するというのは、世界的にみても普通のことではない。
一方、中国は2022年時点での1人当たりGDPが1万2000ドル程度、世界ランキングで68位であるにも関わらず、不動産価格は世界トップレベルになっている。中所得国の中国人はなぜ世界一高いマンションやアパートを買うことができるのだろうか。まことに尋常なことではない。
中国人の貯蓄・消費・投資事情を説明し、それが不動産バブルにどのような影響を与えたのかを見ていきたい。
中国で主流のデビットカードは預金がある分しか買えない
今から20年以上前のことだが、北京であるカンファレンスに参加したことがある。主催者は当時の人民銀行(中央銀行)金融研究所所長(当時)の謝平で、海外からの参加者とのディスカッションが行われた。謝が何を話したかはほとんど記憶に残っていないが、一つの問題提起だけは今も鮮明に覚えている。アメリカ人は借金をして、目の前の生活を幸せにしている。中国人は借金をしないから、経済も発展しないうえ、自分の生活も幸せにならないとの指摘だった。当時は朱鎔基首相の時代で、中国国内のエコノミストの間では、クレジット経済を推進すべきとの論調が強かった。中国人もアメリカ人に倣い、もっと借金すべきとのことだった。
中国の銀行はほとんどが国有銀行である。国有銀行は個人はもとより、民営企業にもほとんど融資をしようとしない。それゆえ、中国ではいまだにクレジットカードが普及していないのだ。広く使われているのはデビットカードである。
クレジットカードはカード保有者が事前に設定した限度額まで利用でき、使ったお金は事後的にカード会社に払う仕組みである。設定される上限額は、いわばその人の信用度である。だからクレジットカードと呼ばれているのであろう。アメリカなどではクレジットカードを持っていなければ、信用がないということを意味する。それに対してデビットカードは、リンクする銀行口座にあるだけの金額を利用できるカードだ。口座に1000円しかなければ、1000円までしか使えない。1億円があれば、1億円まで使える。
クレジットカードや住宅ローンはいまだに普及せず
銀行から借金して消費するというのは、中国ではまだ一般的ではない。ある意味、中国の国有銀行が個人に住宅ローンを組むようになったのは、大きな進歩だったといえる。1995年には「担保法」が制定・施行され、銀行は国有企業以外の法人や個人への融資について基本的に有担保原則となった。中国の銀行は個人に融資を行う際、家や車などの固定資産を担保に設定している。
それでも中国ではいまだに、高齢者ほど節約を美徳として消費を控える傾向がある。基本的にお金があれば、できるだけ貯蓄しておこうとする。この点については日本人とほとんど同じだが、違うのはここから先の行動である。中国は貯蓄に対してリターンを求めるが、日本人はリスクをとってまでリターンを求めない。だからこそ日本では、銀行の預金金利がゼロになっていても、ほかの運用方法を考えないでせっせと預金する人が多い。
一方、中国人はお金を貯めたら、できるだけリターンを最大化しようとする。中国の銀行の定期預金の金利は世界的にみて高い水準にあり、物価は大きく高騰していないにも関わらず、なんとか利益を最大化させようとするのだ。
「株はギャンブル」だから不動産への投資熱が高まった
ただし、中国では、株式に投資する人は極端に少ない。元国務院発展研究センター教授の経済学者・呉敬璉は、かつて「中国の株式市場は賭博場のようなものである」と指摘した。実際株式に投資したことのある経済学者が、「賭博場はまだルールというものがあるのに、今の株式市場にはルールがない」と批判したこともある。おそらく大損したのであろう。中国では株式市場の設立後、何回かブームは起きたが、そのあと大暴落した。とくに個人投資家の多くは大損してしまい、株式投資のリスクが周知徹底された。
不動産投資は証券投資と違って紙くずになるリスクが低く、個人投資家たちに選好されているのだと思われる。しかし、個人にとってマンションを購入するのはかなりの高額投資であり、家族や親戚からお金を借り入れてまで購入するケースが多い。親友同士でお金を出し合ってマンションに投資する「群」(クラブ)まで現れている。
むろん、実際に不動産投資ができるのは一握りの富裕層である。多くの人は投資信託の一種である理財商品に投資しているが、管理がずさんなうえ、詐欺も横行しているため、大損した人も少なくない。中国人にとって、手持ちの資金をどのように運用するかは悩みの種である。
不動産バブル崩壊で、銀行には不良債権が発生するだろう
今後、不動産バブル崩壊の影響はどのように広がっていくだろうか。
あらためて不動産バブルの原因とプロセスをみてみよう。富裕層は投資目的で不動産を購入し、不動産バブルに拍車をかけた。だが、習主席の呼びかけと3年間のコロナ禍によって、不動産の需給バランスは大きく崩れてしまった。バブルが終息する条件は、供給が需要に見合うレベルにまで下がって需給がリバランスすることである。中国不動産市場の需給関係をみると、今のところ、サプライサイドの調整より需要の萎縮が速いため、リバランスするのに予想以上に時間がかかると推測される。
不動産バブル崩壊がマクロ経済に与える影響としては、中国の経済成長率を一段と押し下げる恐れがある。中国の不動産業は、建設業のほか、広く捉えれば建材や家具などを含めて、GDPの3割を占めるといわれている。要するに、不動産バブルの崩壊は、経済成長を牽引するエンジンが弱まることを意味する。
また、不動産バブルの崩壊は間違いなく、市中銀行(そのほとんどは国有銀行だが)に飛び火する。デベロッパーはすでに債務返済を延滞している。マンションを購入した個人の一部も住宅ローンの返済を延滞している。結果的に市中銀行のバランスシートに巨額の不良債権が現れると予想される。
このまま放置すれば、共産党の統治体制も危うい
地方政府も影響を免れることはできない。中国の地方政府は地方債などを起債して、巨額の債務を抱えている。とくに地方政府は銀行から融資を受けやすいように、「融資平台」と呼ばれる投資会社をたくさん設立している。これらの投資会社は政府保証あるいはサポーティングレターを手に、国有銀行から巨額の融資を受けている。この融資を最終的に返済する義務があるのは間違いなく地方政府である。
土地財政が崩壊していない局面においては、地方政府はなんとか切り盛りができていた。経済が順調に成長している局面においては、地方政府に対するガバナンスが機能せず、彼らは貴重な財源を好き勝手に無駄遣いしていた。中国の市役所や区役所はアメリカの議会議事堂と同じぐらい大規模なものが多い。これらの役所の建設費と修繕維持費はいずれも地方財政にとって重い負担になっている。土地財政が崩壊してしまえばあっという間に危機に陥る。
中国の年金などの社会保障基金は各々の市政府が所管している。地方財政が破綻状態に陥れば、年金ファンドも資金が枯渇してしまう恐れがある。
こうして全体を俯瞰すると、中国政府は不動産バブル崩壊に迅速に対処しなければならないことが分かる。問題は、どのように対処するかである。このまま状況を放置すれば、不動産バブルの崩壊は不動産業に限らず、金融、行政、さらに共産党の統治体制を脅かす心配がある。