※本稿は、小山佳一『クレーンゲームで学ぶ物理学』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
クレーンゲームの物理にハマり、機器を分解して物理の教材に
私は物理学科の学生の頃に小さなぬいぐるみを取って以来、もう30年以上もクレーンゲームにハマっています。今まで3回ほど大きなマイブームがあり、2022年の秋から現在まで、「第3次マイブーム」の真っただ中です。趣味が高じて、クレーンゲームの機器を何とか入手し、手元で分解し、それを大学の授業で使うこともしばしばあります(私の研究室や自宅はゲットしたブライズ〈=景品〉やUFOメカだらけになっていますが)。
2006年頃(ちょうど第2次マイブームの頃)からは、クレーンゲームの「研究ノート」を作り始め、今年で5冊目になります。何かにつけてノートやメモを取るのは、研究者のくせでしょうか。このノートはプライズゲットまでの過程や物理学的な考察、クレーンゲームの仕組みや攻略方法を確認、分析するためのものです。プライズを取ることと同じくらい、ゲームの過程を物理的な思考で読み解いていくことに、私は面白さを感じています。
クレーンゲーム機のボックスをxyzの座標軸で見る
皆さんは「クレーンゲーム」と聞いて、どのようなものをイメージされますか? 私は図表1のように、透明なプラスチック板で囲われた箱の中にぬいぐるみが置かれている様子をイメージします。
箱(クレーンゲーム機)のフィールド上にはぬいぐるみ(プライズ)が置かれており、その箱の天井から2本の腕(アーム)を持つ機械(UFOメカ)がぶら下がっています。クレーンゲーム機には硬貨投入口があり、100円硬貨を数枚投入し、ボタンでUFOメカを動かします。アームでプライズを持ち上げて、落とし口にプライズを落とすことができれば、めでたく「プライズゲット」です。
仮に今、皆さんが友人とゲーセンに行って、図表1のようなクレーンゲームをプレイするとしましょう。腕の立つ友人が「気に入ったプライズがあれば取ってあげるよ」と言ってくれています。このとき箱の中のプライズが1個だけならば話は早いのですが、実際には複数個あることがほとんどです。仮に同じような形をしたプライズが多数あった場合、どのようにしてお目当ての(目標となる)プライズを友人に伝えたら良いでしょうか?
「あれあれ! あれ取って!」と指をさして伝えましょうか。でもうまく指せないかもしれません。「ほら、右から4個目で手前6個目、あのプライズを取って!」という具合に友人に伝えましょうか。この方法も、正確に伝わるか難しいです。
目当てのぬいぐるみがある座標軸を把握してみる
こんなとき、図表1内の太い矢印線で示したようなx軸とy軸とz軸がゲーム機に付いていれば便利です。「x軸が3、y軸が4、z軸が0のプライズが欲しい」と、確実に友人に伝えることができます。これは「座標」を使った目標の設定方法です。図表1のx軸は左右の位置、y軸は奥行き、z軸は上下の位置を示します。
そう、座標はプライズの位置を指定するのにとても便利なのです。どの座標にUFOメカを移動すれば良いかが正確になり、目標とするプライズゲットの可能性が高まると思っています(もちろん、実際のクレーンゲームには、座標は表示されません。そんなにプレイヤーに都合の良いゲーム設定は、されていないんですよね……)。
4月、大学1年生向けの私の授業では、物体の位置を指定する座標の話をします。
私は、ゲーセンでクレーンゲーム機の前に立つと、図表1内の3本の矢印のような、右手系直交座標系のイメージが脳内に浮かびます。ゲーム機の正面に立ち、左右方向水平にx軸をとり、奥行き方向にy軸をとり、プライズの落とし口を座標の原点O(x,y,z)=(0, 0, 0)とする、右手系の直交座標です(図表2)。
クレーンを横軸→縦軸→上下に動かして景品を左右から挟む
右手系直交座標系のイメージを脳内に浮かべる一方で、私の目には、箱の中のプライズが輝いているように見えます。例えば、かわいらしいぬいぐるみが、眩いスポットライトを受けてフィールドの上にちょこんと座って、つぶらな瞳でこちらを見つめている。「お願い、ぜひ、とって!」――、そんな声まで聞こえてきます。
もちろんプライズが話しかけるなんて、物理学的に絶対にありえません。でも私には、ゲーセンのイケイケ系BGMが鳴り響く中でも、他人には聞こえない彼らの声が聞こえるのです。そしてその声に応え、私はポケットから100円玉を取り出し、そっと投入口に入れてしまいます。「あぁ、やってしまった」と思っても、一度投入した100円はもう返ってきません。
気を取り直して、ここでまず私が確認すべきは、つぶらな瞳をしたプライズの位置。仮に座標(x,y,0)としましょう。次に私が決定すべきは、UFOメカを配置する位置。仮に座標(x1, y1, z1)とします。これはプライズの位置より上方ですね。そして私がやるべきは、①横方向の移動ボタンを押しUFOメカをx軸上にある狙った座標まで移動させ、②奥方向の移動y軸上にある狙った座標まで移動させ、③UFOメカが狙った座標に到達したらすぐにボタンから手を離す。これだけです。
横に動かしたクレーンが十分に停止してから縦移動へ
ただし①から②の動作に、すぐに移ってはいけません。①の後、UFOメカが十分に静止したのを確認し②の動作に移ります。これを怠るとUFOメカは大きく揺れながら降下してしまい、狙ったプライズの位置(座標)から誤差が生じ、外れてしまう可能性が出てきます。
この静止の時間は私にとって、呼吸を整えて冷静になるための時間でもあります。
――よし、ここまで私のすべき人事は尽くした。あとはUFOメカがz軸に沿って、降りていくのを見守るだけだ(高さ決定ボタンのあるゲーム機もありますが、ここでは割愛)。
UFOメカがプライズの座標(x,y,0)に向かって、z軸方向に沿ってゆっくりと降りていくプロセスは、図表3の①~④のように進みます。
まず、UFOメカの左右のアームがゆっくりとそして大きく、グァーっと開き、UFOメカが「よし、いくぞ!」と叫んでいるような態勢に入ります。両アームを大きく開いたUFOメカは少し揺れながら、着実に降りていきます。その様子はまるで、1969年、NASAのアポロ11号月着陸船「イーグル」が着陸スタンドを開いて、ゆっくりと月面に向かって降りていくかのようです。手に汗握るとはこのことか! まさに天命を待つ長~い時間、心の中で「お願い!」と強く念じます。そして運命の時です。結果は、いかに……⁉
クレーンが景品を抱きかかえて上昇できればゲットの確率は高い
脳内シミュレーションはこれくらいにして、話をクレーンゲームと座標に戻しましょう。
プライズの真上である座標(x1, y1, z1)に到達したUFOメカはz軸に沿って下降し、やがてフィールドに到着します。ここでうまくいけば、開いた両アームがプライズの両側に配置されます。UFOメカは両アームを閉じながらz軸方向に上昇。うまくいけば、つぶらな瞳のプライズを熱く抱きかかえて上昇します。
その後、メカはz軸方向に上昇できる上限である座標(x1, y1, z1)に達し、再び、決められた位置へ。座標(0, 0, 0)であるプライズの落とし口の、真上に向かって移動し、最後に両アームをゆっくりと開きます。
いかがでしょう? このように座標で場所を指定できれば、客観的で誰にでもわかるように移動の過程を解説し、それぞれの位置を正確に伝えることができますよね。
「アームが弱いよね」とは物理学的にはどういうことか
時を遡ること今から30年以上も前。1991年、私は物理学科の学生でした。当時はクレーンゲームの第1次マイブームでもあり、大学の近くのゲーセンでクレーンゲームをしては、UFOメカの2本のアームがプライズを抱えきれずに落としたときなど「これ、アームが弱いよね」と、取り損ねた言い訳をしていました。
「アームが強い/弱い」という表現は今でもたまに聞きますが、具体的に何が強いのか? 弱いのか? その原因を、私は2021年まで突き止めていませんでした。本来、物理学者なら、その起源を突き止めるのが仕事なのに。誠にお恥ずかしい。
2021年の夏に何があったのかというと、セガ製のUFOキャッチャー21(1996年頃の製品)のUFOメカ(図表4)の入手に成功し、分解する機会を得たのです。実物を分解してみることで、「アームが強い/弱い」の原因を確認することができました。その概略図を図表5に示します。
メカを開けた私が最初に感激したのは、そこに1本の「ばね」があったことでした。左右のアームの間に、ばねがある――。つまり「アームの強さ」とは、右アームと左アームを結びつけているばねの強さだったのです。ここで使われていたのは、ぐるぐるとらせん状(コイル状)に巻かれたばねで、その縮む力がアームの強さになっていました。このような機能のコイル状のばねを「引張コイルばね」と呼びます。
セガ製のUFOキャッチャーを入手して分解してみた結果
プライズをキャッチするアームの強さは、この1本のばねの力(復元力)でコントロールされていたのです。コントロールの方法も実に面白い! 図表5の(a)図をご覧ください。左右2本のアームとも、アーム上端の1点が支点となり、そこを中心にアームが動くようになっています。プレイせずにUFOメカが初期位置にいるときには、アームは閉じています。
このときアームのシャベルは、重力で水平になるようになっています。
両アームの中間位置には、モーターにつながった小判形の装置(図表5〈b〉/一般に「カム」と呼ばれます)があり、アームが閉じているときは、カムは両アームに力を与えていません。アームが閉じたときのばねの長さは約3cmで、ほぼ自然の長さ(伸びも縮みもしていない、ブラブラの状態)でした。アームが閉じているとき、ばねはアームに力を与えていないのです。
アームとばねの仕組みは物理学の基本中の基本だった
モーターが動きカムが角度90度に回転をすると、カムの長手が両アームの支点の下の部分(力点)を押し出して、図表5の(C)のようになります。アームがグググ~ッと開き、両アームにつながった「ばね」はグググ~ッと伸びていきます。その伸びの長さは約7cm。なんとばねは、自然の長さより2倍以上大きく伸びていたのです。
再びカムが角度90度に回転すれば、アームはばねの復元力と重力で閉じていきます。シンプルな機構ですが、物理的に実に面白い!
ただプライズゲットだけを目的にプレイするのではなく、ほんの少しだけでも物理学の視点を用いて観察することで、クレーンゲームは全く違ったものに見えてきます。アームでプライズをつかみ、あるいは引っ掛け、落とし口に運び、ゲットする過程までを物理学で考えると、ゲームはより面白くなります。