ドラマでは紫式部と道長が町中の市場で出会った
――「光る君へ」で描かれたように、紫式部(吉高由里子)は藤原宣孝(佐々木蔵之介)と結婚する前、道長(柄本佑)と恋愛関係にあった可能性はありますか?
【大塚】「ありえない」と思いました。まず、その時点で道長と紫式部が出会うような接点がない。ただ、「絶対にない」とも言い切れないので……。辛酸さんはどう思いました?
【辛酸】ドラマでは、どこかのお屋敷ではなく、町中のお祭りをやっている広場みたいなところで知り合いましたよね。屋外で猿楽を上演していて、それをお互い見に行って。
【大塚】2人とも貴族なのに、ふらりと見に行っていましたね。私はすごい発想だなと思っていました。
【辛酸】紫式部と道長は、住んでいたところも離れていたんですか?
【大塚】そう言われてみると、紫式部の曾祖父(藤原兼輔)の邸も、道長がいたとおぼしき東三条殿も、当時の御所からわりと近いので、そんなに離れていないかもしれない。ただ、紫式部の家は中流とはいえ、貴族の姫君がそんなに軽々しく出歩いたりはしなかったと思いますよ。
さすがに庶民の店で代書屋をすることはありえない
【辛酸】ドラマだからできたシチュエーションですね。紫式部は町の店で代書屋なんかもしていたし。
【大塚】当時、歌があまり上手く詠めない人の代わりに詠むということはありましたし、字の上手い人で代書をアルバイトのようにしていた人もいましたけれど、貴族の姫が庶民の店で仕事を請け負うというのは、ちょっと考えられませんね。でも、紫式部って、『源氏物語』を書いたことでもわかるように「なりきり能力」の高い人。いろんな人の立場になって考えるのが得意だから、代書をするというのは、フィクションとして面白い発想だと思いました。
【辛酸】ドラマの設定としては、これが伏線で、他人のラブレターを代筆するのが小説を書く練習になったということなのかもしれないですね。
父親ほど年上の受領・藤原宣孝と結婚した紫式部
――今後、大河ドラマでも、史実どおり、紫式部は宣孝と結婚して一女をもうけるという展開になると思われます。やはりこの結婚は、紫式部の家がお金に困っていたからなのでしょうか?
【大塚】まず前提として、本当に貧乏な女性だったら結婚自体、できないんですよね。新婚夫婦の家計は妻側で出すわけなので。だから、当時の小説『うつほ物語』には、貧しい女性と見ると、どんな美人でも、男はその家の土地すら踏まないようにすると書いてあるぐらいです。
【辛酸】今で言う「貧乏がうつる」みたいな感じですね。本当に「金の切れ目が縁の切れ目」。貧しくても心が美しい女性は魅力的、という考え方はなかったんですね。
【大塚】結婚した当初は貧乏じゃなくても、妻の両親が死んで困窮したら、夫からも捨てられてしまうということもありました。婿取り婚の当時はシビアだったんですね。
【辛酸】紫式部と宣孝はどのぐらい年齢差があったんですか?
【大塚】親子ほど、と言われていますね。自分の父親でもおかしくない年齢の男性と結婚したといわれています。紫式部は当時としては結婚が遅くて27歳ぐらいだったとすると、宣孝は47歳ぐらいでしょうか。紫式部の正確な生没年はわかっていないんです。
安定のための年の差婚ではなかった?
――ではなぜ紫式部はそんな年上の男性と結婚したのでしょうか?
【大塚】でも、紫式部の場合は経済的な理由から、受領として安定収入があった宣孝と結婚したというわけではないと思いますよ。少なくとも、経済的な理由“だけ”ではなかったはず。
【辛酸】いわゆる「パパ活」ではなかったと。ちょっとは宣孝に対して好意があったということですか。
【大塚】そうだと思います。紫式部の男性の好みというかキャラクターもあったでしょうしね。
【辛酸】たしかに、紫式部は賢くて精神年齢が高かったはず。若い男性だとバカみたいに見えてしまいそうですよね。現代でも父親ほど年齢が上の男性が好き、という女性はいますし、紫式部は時代を超えている人なので、時代を先取りしたわけじゃないだろうけれど、そういう感性を持っていたのかな。
【大塚】あと、お母さんを早く亡くし、お父さんに育てられたから、ちょっとファザコン的なところもあったかもしれないですよね。だから、嫌々、年上の男と結婚したわけではなく、夫との間に愛情はあった。2人がやりとりした和歌からも、それが感じ取れます。
【辛酸】紫式部は頭が良すぎて、周りの男性が引いていたかもしれませんよね。会ってみて「この女性、きついな」と思われてしまったとか。だから、ちょっとおっとりしたふりをしたとも書いていますし、そういう意味では、どんな厳しい発言をしても受け止めてくれる年上の男性はぴったりだったんでしょう。
作家の業を抱える紫式部はちょっと意地悪だった
――改めて、紫式部はどんな女性だったと思いますか?
【辛酸】すごい才能の持ち主なんですけど、『紫式部日記』を読むと、怖いなという気もします。宮仕えをして、同僚の女性のことをいろいろ書いて「みんな、上司とやってますよ」と暴露したりとか、やはり面白い小説を書くだけあって、性格は悪いというか、ちょっと意地悪な人だったんだなと思いますね。
【大塚】『源氏物語』(筑摩書房)を全訳したとき、思ったんですけど、光源氏が年老いていくところなど、不幸になるくだりで筆が走っている。文章がすごくイキイキしているんですよ。マイナスとマイナスがプラスになってパワーアップしているような感じがして、強靭な精神の人なんだなと。
【辛酸】敵に回したくないし、友達にはなりたくない(笑)。現代語訳していて、「紫式部が降りてきた」みたいな瞬間がありました?
【大塚】辛い場面ほど筆が走っているような感じがするんですよ。現代の小説でもよくあるように「ここはノって書いているな」ということは感じました。たしかに辛酸さんが言うように、性格は悪いかもしれない(笑)
宮中のいじめなど、平安時代のエグさをもっと出して
――今、全体の3分の1ぐらいまで来ていますが、今後の「光る君へ」に期待することは?
【辛酸】まだ、紫式部は結婚もしていないし、天皇のお后付きの女房にもなっていないので、これから『源氏物語』を書き始めるんですよね。今のところ、吉高さんがすごくかわいくて、いい雰囲気で、さっき言ったような紫式部の作家の業というか、性格の悪さをあまり感じられないので、文才を発揮した時にどういうキャラに変身するのかが楽しみです。
【大塚】序盤で描かれた道長の次兄、道兼(玉置玲央)が紫式部のお母さんを惨殺するというのは、史実ではないにしても、当時、道兼、道長のような大貴族や皇族はやりたい放題で、受領階級を人間扱いしないという事実はあったわけで、それをエグい形で反映しているなと思いました。すごく面白いので、平安時代のリアリティを重視し、もっとエグいものを見せてもいいと思うんですよ。大貴族の横暴さとか、紫式部が宮仕えを始めたら、いろんなセクハラにもあったわけだから、そういうことも見せてほしいですね。きれいごとではなく、嫌なことも描かれているのが、この大河ドラマの良さだと思うので。
【辛酸】エグさを(笑)。そうですね。宮中でのいじめで糞便を投げつけられたとか、ひどい話がいっぱいありますからね。
【大塚】それに、当時の女性は、近世以降よりも地位が高く、特に国母(天皇の母)ともなれば一族のトップとして親兄弟よりも力を持っていることもしばしばでした。そういうこともきっちり描いてほしいです。