ドラゴンボール』『Dr.スランプ』などの人気作で知られる漫画家の鳥山明さんが3月1日、急性硬膜下血腫により死去した。漫画ファンのみならず、世界中の子どもたち、大人たちを魅了した「超名作」はなぜここまで愛されたのか。漫画で勉強し東大に合格、今も毎月100冊読み、そのエッセンスを経営に活かしている保手濱彰人さんが解説する――。

※本稿は、保手濱彰人『武器としての漫画思考』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

鳥山明さん死去・街頭ビジョンのメッセージ
写真=時事通信フォト
2024年3月11日、『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』などで世界的に知られる漫画家の鳥山明さんの死去を受け、東京・新宿の街頭ビジョンに映し出されたメッセージ(東京都新宿区)

絶望感の描き方が日本一

筆者は1984年生まれで、『ドラゴンボール』の連載が開始されたのもまさに1984年という同い年。同級生として、自分にとって一番身近な漫画でした。

自身に最も影響を与えてくれた漫画も、間違いなく『ドラゴンボール』だったということができます。

弱きを助け強きを挫く、主人公の孫悟空が、ライバルたちに立ち向かっていく姿には毎回、心を打たれていました。

例えば、親友クリリンが魔族に殺され、亀仙人や、決死の覚悟の天津飯までもがピッコロ大魔王に敵わなかった時にはビックリしましたが、まだ幼かった孫悟空が最後まで立ち向かい、腕一本になりながら、ピッコロ大魔王を討ち果たしたのに深く感動しました。

こうした体験を通して自分自身も、どんな状況でも諦めず、困難に立ち向かっていきたいと、そのような価値観が強く形成されることになったんです。

その後のサイヤ人編でも、ナッパとベジータに手も足も出ず、チャオズが自爆しようが相手は無傷。天津飯の左腕もパンチ一発で吹き飛ぶという状況に、驚きを覚えていましたが、このように鳥山明先生は、「絶望感」を描くのが日本で一番お上手だったと感じています。典型的なのが、「私の戦闘力は53万です」というフリーザの名台詞ですね。

絶望に立ち向かって大逆転していく物語

だからこそドラゴンボールは、絶望に立ち向かって大逆転していく主人公たちの姿が引き立ち、強烈な印象を残してくれる作品になったわけです。この作品全体を通じて、「どんな状況でも諦めず、困難に立ち向かい、世の人々を救うために身を粉にしていく」という、今の自分の正義感の基盤を整えていただいたと感じています。

それが無ければ、おそらく自分は起業もしなかったでしょうし、苦労を乗り越えながらも今の形に辿り着くことは決してなかったと思っています。

さて、そんな『ドラゴンボール』という作品を構成する、漫画というメディアの特質について解説します。

「文章を読まずに見てわかる」のはなぜか

『ドラゴンボール』といえば、漫画いっぱいに表現された文字が印象的です。

「ドカァーン!」「ズズズ」「ゴオオオ」

ここで使われている、漫画ならではの表現は、いわゆる「オノマトペ」と言われるものです。

複数のコマやページにまたがることもあり、主にカタカナで「ドーン!」などの爆発音や、雨が降っているシーンでの「ザー!」「シトシト」など、様々な表現があり、書体も多彩です。

【図表1】『ドラゴンボール』でよく登場するオノマトペ
イラスト=あいみむ
武器としての漫画思考』(PHP研究所)より

漫画好きにはお馴染みですよね。

文字をビジュアル的に表現することで、「文章を読まずとも、見てわかる」という、右脳に訴えかけた、効率的な表現が可能になるのです。

これにより、右脳に伝わった「ドカァーン!」「ズズズ」「ゴオオオ」という視覚情報が、「体感として」長い爆発時間の疑似体験となり、その情景が読者に一瞬で伝わるわけです。

漫画はひらめきや想像力を育んでくれる

この漫画の表現技法を、筆者は「体感時間を切り出す」と説明しています。

では、どうして一瞬で、長い体感時間を伝えられるのか。これは人間の大脳の認知構造に起因しています。

委細は省略しますが、人間の脳は「脳内にめ込まれた膨大なデータから、それに近いものをパッと引き出す」という認知の仕方をしているため、画像やオノマトペで「記憶にある大爆発のシーン」を想起させられれば、それだけでその状況を一瞬で体感させられるわけです。

漫画は、左脳と右脳の可能性を最大限に活用した、人間の能力を大きく解放するメディアであり、漫画を読むことで、ひらめきや創造力が育まれていくと言っても過言ではないと筆者は考えています。

日本のマンガ・アニメが広がった国では戦争が起こらなくなる

情報伝達メディアとしての漫画の威力、少しでも感じ取っていただけたでしょうか。

ここからは、日本の漫画が世界的に見ても圧倒的に優れたメディアであることを決定づける、いくつかの理由を補足していきます。

「日本のマンガ・アニメが広がった国では戦争が起こらなくなる。だから日本のマンガ・アニメを広げるべきなんだ」

これは、『アンパンマン』の原作者である、やなせたかし先生の言葉です。筆者が『あしたのジョー』の作画で有名な、ちばてつや先生より直接お聞きしたものです。

『アンパンマン』も『ドラゴンボール』も「やさしい漫画」

2012年に高知県は「マンガ王国・土佐」を設立し、様々な催しを行っていたのですが、そのイベント会場で、たまたま、ちば先生のお隣に座ることができました。記憶の限り、次のような会話をさせていただいたはずです。

筆者:日本の漫画やアニメって、キャラクター同士の間に、相互理解とか、協力や融和するような姿勢があって、とても良い文化ですよね。僕らはそれを広めていきたいんです。
ちば先生:それは凄く良いと思う。ここ高知県にゆかりのある、やなせたかし先生が同じようなことを言っていた。日本のアニメが広がった国には、戦争がなくなるんだと。だから、日本のアニメを世界に広げるべきなんだと。
筆者:すごくわかります……。『ドラゴンボール』でも、絶対的な悪役のピッコロ、ベジータといったキャラを殺さずに生かしてしまうんです! ついには理解し合って仲間になってしまうし、最近では続編で、フリーザでさえもそんな展開になっているんですよ〜。

筆者の興奮具合から、レジェンド作家からレジェンド作家へ受け継がれた言葉の重みが伝わってくるかと思います。

そう、日本の漫画は「やさしい」のです。むやみやたらに相手を殺めたりはしない。

海外の漫画は、味方は味方、敵は敵、正義は正義としてハッキリさせ、悪となっている敵を断罪、あるいは倒して終了という展開が多いですが、日本のコンテンツは、古くは『ドラゴンボール』から、最近では『鬼滅の刃』まで、敵であろうが相手のことを尊重して、一方的に罰したりはしない。

相手を尊重し、理解に努め、わかり合うための努力をして、仲間になってしまうことも多いわけです。この、非常に日本的な思想が表れているのが、日本の漫画・アニメといったコンテンツの特徴です。

つまり、日本の漫画には「勧善懲悪が存在しない」のです。

【図表2】海外と日本の少年漫画の比較
武器としての漫画思考』(PHP研究所)より

だからこそ、このようなコンテンツが世界中に広がっていくことで、相互理解と融和がより進んだ、戦争のない、寛容な世界が創れると信じ、筆者は日本漫画の普及活動に労を惜しまないわけです。

日本人だけが右脳と左脳をフル活用して日本語を学ぶ

じつは、こうした日本の漫画の表現を理解するのは、「日本人だから」できているという側面が大きいです。

養老孟司、牧野圭一氏の対談本『マンガをもっと読みなさい』に詳しく書かれていますが、日本の漫画は「非常に日本語的」なのです。

漫画のページ
写真=iStock.com/justtscott
※写真はイメージです

世界で唯一日本語だけが、表意文字である漢字と、表音文字であるカナの両方を、合わせて表現します。そしてじつは、漢字を処理する時には「ビジュアルとして右脳」、カナを処理する時には「ロジックとして左脳」を使い、それらを統合して理解するそうです。

世界の大部分の国の言葉が、表意文字のみか表音文字のみで表現されている中、日本人だけが、「右脳と左脳をフル活用して日本語を学ぶ」わけです。だからこそ、日本人のクリエイティビティは自然と育まれていき、漫画のような「右脳と左脳をフル活用するメディア」が、日本で活況を呈するようになったのです。

大谷翔平選手も、右脳と左脳をフル活用して夢を実現

右脳と左脳をフル活用して、イメージを持ちながら学び、目標へと歩を進める――それをまさに体現したのが、2023年のアメリカ大リーグのホームラン王に輝いた大谷翔平選手です。

大谷翔平選手が高校1年生の時に立てた「目標達成シート」(マンダラチャートともいいます)で、見たことのある方も多いのではないでしょうか。

まさに右脳と左脳をフル活用してイメージをふくらませ、自身の夢を実現させるためのアクションにまで具体化していたのです。

「ドキドキワクワク」が学びを加速させる

ここでちょっと思い出してもらいたいのですが、学校の勉強って、面白いとはなかなか感じられないですよね?

机の上にうつ伏せになる少年
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

これはひとえに、「何かの役に立つ」という実感が湧わかないことが大きいわけです。

だから、面白くないし、効率が悪い。

でも、前述のように、右脳と左脳をフル活用し、自分の夢を実現させるためのアクションまで具体的かつ詳細にイメージできれば、より深く、楽しみながら物事を吸収できます。その実感を持てるようになると、自身の生活やビジネスにおいても、脳の全てをフル活用して、楽しく思考できるようになります。

そのために役立つのが情報密度の高い漫画であり、右脳と左脳をフル活用し、効率よく学べるのがツールでもあるのです。

実感を伴わない学びは本物ではありません。筆者も「学校の勉強」という類のものは「大嫌い」でした。歴史年表や化学記号を覚えたところで、それが将来何に繫がるのかわからない。言い換えれば、喜びを得ながら楽しく学ぶためには、それがどういう文脈で学ぶものなのかを理解すること、つまり、「実感を伴った動機づけ」が必要というわけです。

人の記憶は、感情の起伏に比例して定着します。

つまり、感情を動かすストーリーで、右脳と左脳をフル活用して学び、考え、自分の人生に応用していくのです。その意味でも、ドキドキしながら漫画を読んでいる状況は、まさしく「学びの好機」なのです。

正義感、使命感を学べる最良のツール

これだけ情報密度が高く、右脳と左脳をフル活用させて、人の感情を動かし、効率良く学びに導くメディアは、漫画しかないと断言できます。

加えて、前述の通り、日本の漫画は勧善懲悪のない、非常に高度な倫理観を学べる媒体。思えば、私自身も、正義感や使命感を漫画から学びました。

『週刊少年ジャンプ』のはじまり

今でこそ、『週刊少年ジャンプ』(集英社)は漫画界をリードする存在になっていますが、創刊された約半世紀前(1968年)当時は、『週刊少年マガジン』(講談社)『週刊少年サンデー』(小学館)といった競合他誌が子供たちに大人気。『週刊少年ジャンプ』は後発誌としての位置づけでした。『巨人の星』などで人気だった梶原一騎先生ら大御所作家たちは、すでにそれらの大手雑誌に囲い込まれていたのです。

保手濱彰人『武器としての漫画思考』(PHP研究所)
保手濱彰人『武器としての漫画思考』(PHP研究所)

そこで、ジャンプ編集部は考えました。

「とにかく新人を起用しよう。新人はみんな天才だ」

これにより、粗削りながら、いわば「ベンチャー精神」の強い、チャレンジングでエッジの効いた作品が『週刊少年ジャンプ』に掲載されるようになり、当時の少年たちの心を鷲掴みにしていったのです。

時を経て、「友情・努力・勝利」という『週刊少年ジャンプ』の編集方針に沿った、正義感の強い作品群が多くを占めるようになったのはご存知の通りです。

この時代から、漫画は正義感・使命感を学べる最良の媒体へと進化していきました。

「人生の問題は科学では解決できない」

前述の大谷翔平選手が私淑していたのが、多くのエスタブリッシュメントも師事する思想家・中村天風師で、その著書『運命を拓く』には、「人生の問題は科学では解決できない」と書かれています。

「科学的視点」だけで人生の問題を解決するには限界があり、もっとウェットな「人間的成長」を遂げることが必要だということです。

もう一人、大谷選手を日本ハム時代に育てた、栗山英樹監督はこう語ります。

「外にもヒントはいっぱいある。そこから得られる感性がないと成長していかない。野球の世界じゃないところから幅を広げる術を持ってこないと新しいことが見えない。人として成長できれば野球って絶対うまくなる」

「外の世界からヒントを知る」、そのツールとし最も手軽で最も手軽で最適なのが、日本の漫画です。皆さんも、本書で紹介した『ドラゴンボール』をはじめ漫画を読むことで、自身の夢を達成し、人としても成長していきましょう!