※本稿は、小林拓矢『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)の一部を再編集したものです。
「高学歴」な人が多く住んでいる路線
東京圏で最終学歴が大卒以上の人がよく住んでいるのは、武蔵野市や豊島区、杉並区となる。武蔵野市は京王井の頭線、西武多摩川線も走るが、メインはJR東日本の中央線である。ほかに高学歴者が多いエリアとして、小金井市、中央区、文京区、国分寺市などがあり、都心と中央線沿線に集中している。世田谷区や狛江市、調布市でも多い。京王電鉄・小田急電鉄・東急電鉄の都心寄りといったところか。
東京都以外では、横浜市青葉区や、さいたま市浦和区、川崎市麻生区での大卒率が高い。青葉区は東急田園都市線であり、麻生区は小田急電鉄である。なお、神奈川県鎌倉市や葉山町も大卒率が高いエリアではあるが、大手私鉄は走っていない。
まとめると、大卒以上の高学歴層は、JR中央線では国立市まで、京王線では調布まで、小田急線では神奈川県と東京都の県境が入り組んでいるエリアまで、東急電鉄ではほぼ全線で比較的多く暮らしているといえる。これは、高所得層の分布と重なるエリアである。
東京西部の、都心まで通いやすいエリアに高学歴層は生活しており、このエリアは古くから住宅地として開発されている。一方、東京東部の東武沿線や京成沿線などには最終学歴の高い人は多くなく、興味深いことに千葉県に入ってから高学歴層が多く住むようになっている。地域によって、沿線によって、住民の最終学歴の傾向も異なっているのである。
沿線に大学が多い路線
沿線に大学が多いのは旧「大東急」(戦時合併時の東急電鉄の通称。「陸上交通事業調整法」にもとづき、東京の城南地域を走る私鉄の合併が進んだ)エリアの私鉄である。加えて西武鉄道であり、東武伊勢崎線や京成電鉄方面となると、ぐっと少なくなる。
戦前から大学誘致に力を入れてきた東急電鉄沿線を例に見てみよう。東急東横線沿線には東京音楽大学や慶應義塾大学があり、目黒線・大井町線沿線には東京工業大学がある。田園都市線沿線では、昭和女子大学や駒澤大学、日本体育大学、桐蔭横浜大学、東京工業大学すずかけ台キャンパスなどがある。池上線・大井町線沿線には昭和大学もある。
同じく大学誘致に力を入れている小田急電鉄も、国士舘大学、東京農業大学、日本大学商学部、成城大学、専修大学生田キャンパス、明治大学生田キャンパス、日本女子大学西生田キャンパス、和光大学、玉川大学、東海大学、上智大学短期大学部(閉校予定)、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス、恵泉女学園大学(閉校予定)、大妻女子大学などがある。
京王電鉄は大学が多い
大学誘致に力を入れていたわけではないが、大学の郊外移転などで沿線に増えていった京王電鉄も興味深い。まず、新宿駅近くに工学院大学や文化学園大学がある。明治大学和泉キャンパスがその名も「明大前」駅近くにある。ほかにも日本大学文理学部、桐朋学園大学、白百合女子大学、電気通信大学、帝京大学、明星大学、中央大学、日本文化大学、法政大学多摩キャンパス、拓殖大学八王子国際キャンパス、駒沢女子大学、東京都立大学南大沢キャンパスなどが京王線・相模原線系統にはある。井の頭線には、東京大学駒場キャンパス、高千穂大学などがある。
旧「大東急」以外も見てみよう。西武鉄道ではまず西武新宿線系統。早稲田大学、目白大学新宿キャンパス、嘉悦大学、国立音楽大学、津田塾大学などがある。また西武多摩川線沿線には東京外国語大学がある。西武池袋線系統では、立教大学、日本大学藝術学部、武蔵大学、早稲田大学所沢キャンパスといった大学がある。
東武鉄道唯一の「東京西側」の路線・東武東上線では、東洋大学朝霞キャンパス、東京国際大学、東洋大学川越キャンパスと、東洋大学関連が目立つ。
また京急電鉄では、横浜市立大学、関東学院大学、神奈川県立保健福祉大学などがある。
相模鉄道では、横浜国立大学がある。
「東京東側」の大学事情
では「東京東側」はどうか。東武鉄道では、東京電機大学、獨協大学が東武スカイツリーライン(伊勢崎線)沿線にあり、東武アーバンパークライン(野田線)沿線には東京理科大学理工学部がある。京成電鉄は、東京藝術大学、千葉商科大学、和洋女子大学がある。
地図等で調べた限りでは、京王電鉄沿線には大学が充実しており、その次に小田急電鉄といったところと考えられる。東急東横線沿線に駅名だけが残っている東京学芸大学と東京都立大学がいまなおあれば、などと考えたりしてしまう。
難関大学の付属が様々な沿線に
著名な私立中学(ならびに国立中学)は、おもに東京の都心部にあり、「沿線」といえるような場所には少ないのが現状だ。
しかし、中高一貫校で難関大学への高い進学実績を誇る学校や、難関大学の付属学校が「沿線」と呼べる地域にも存在する。
まず、京急電鉄沿線には、浅野中学校・高等学校という、神奈川私立男子御三家のひとつがある。京急新子安駅近くである。
相模鉄道沿線には、湘南台駅が最寄りの慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部がある。
東急電鉄沿線には、まず東横線の日吉駅近くに慶應義塾普通部が存在する。世田谷区の東横線と田園都市線の中間あたりに、国立だが東京学芸大学附属世田谷中学校がある。田園都市線では、あざみ野駅近くに桐蔭学園中学校・高等学校・中等教育学校がある。
小田急電鉄では、近年進学実績を伸ばしている鷗友学園中学校・高等学校があり、一方で一貫教育の成城学園中学校がある。また、和光学園中学校や玉川学園中学校も独自の教育方針で人気を集めている。
東京都内東側には有名私立中高一貫校がない
京王電鉄では、井の頭線沿線に進学実績を伸ばしている駒場東邦中学校・高等学校があり、さらには国立最難関中学の筑波大学附属駒場中学校・高等学校がある。京王線沿線では、女子の進学校でかつ音楽教育でも有名な桐朋女子中学校・高等学校も知られている。
西武新宿線沿線には、早稲田大学高等学院中学部があり、西武池袋線沿線では武蔵中学校・高等学校が「男子御三家」のひとつとして知られている。武蔵中高からの東大合格者は減りつつあるものの、独特の教育方針が高い人気のもとになっている。
このあたり、どうしても東武鉄道や京成電鉄沿線では弱いものがある。中学受験への意欲は東京西側の私鉄沿線で高い傾向があり、そのことが都心部ではないところにある私立中学の隆盛をもたらしているのだといえる。
東武鉄道や京成電鉄沿線の中学受験者は、交通の便のいい都心部の中学校を受けるか、埼玉県や千葉県の私立中学を受けるということになるのだろう。千葉県ならば市川中学校・高等学校や、渋谷教育学園幕張中学校・高等学校をめざす。
東京都内東側に、進学実績の高さで知られる有名私立中高一貫校がないというのは、「沿線格差」の面からも「地域格差」の面からも気がかりなことである。ただ、近年都立中高一貫校が増えていることで、補完しているのかもしれない。
中学受験といえばSAPIX
少子化が進む状況でありながら、中学受験は過熱している。首都圏での中学受験志願者は増え続け、子どもによりよい教育環境を提供しようとする親たちの情熱はますます高まっている。そんななか、ひとつの学習塾が長年にわたって中学受験における高い実績を叩きだしている。
それが、SAPIXだ。
この進学塾は、難関国私立中学校の合格者占有率が高いことで知られ、なるべく早くからSAPIXに進ませることが、子の将来の立身出世のために必要であるという考え方を持つ親が東京圏には少なからずいる。立身出世に加え、いまの暮らしぶりを子どもたちにも受け継がせたいと考える人も多いのだろう。
SAPIXの充実ぶりがすごい東急沿線
中学受験熱は、都心部ほど高い状況であることはもちろん、郊外でもその傾向が高まっている。そう考えると、鉄道のどの駅近くにSAPIXがあるか、都心部からどこまで離れた駅にSAPIXがあるかが、その沿線が教育熱心かどうかを示す指標となるといえる。
首都圏エリアの私鉄を見てみよう。京急沿線では横浜駅と上大岡駅にSAPIXが存在する。
横浜駅は東急電鉄、相模鉄道の駅でもある。
東急沿線のSAPIXの充実ぶりはすごいものがある。東横線沿線では渋谷・自由が丘・武蔵小杉・日吉・横浜(京急電鉄と共通)の各駅に、田園都市線沿線では渋谷(これは東横線と共通)・用賀・たまプラーザ・青葉台にある。東急とは直接関係ないが、横浜市営地下鉄のセンター南駅近くにも存在する。
小田急電鉄では成城学園前と町田の両駅に、京王電鉄では、下高井戸(東急世田谷線と共通)・仙川の各駅にあるだけではなく、相模原線の若葉台駅にもある。西武新宿線・池袋線では高田馬場・所沢・練馬の各駅にある。
SAPIXがない東武東上線
一方、東武東上線沿線にSAPIX(小学部)はない。東武スカイツリーラインでは新越谷駅にある。
東武アーバンパークラインには柏と大宮のターミナル近くにあるが、メインはJRの駅である。
京成だと京成千葉線の京成千葉駅にしかない。
「東京東側」エリアのSAPIXは、JR駅近くに校舎を設けるケースが多い。全体的にSAPIXは都心と「東京西側」に校舎を設ける傾向が強く、このエリアの私鉄沿線には中学受験文化が根ざしているといえる。
SAPIXが中学受験の世界で覇権を握ってから、長い年月が経っている。東急沿線暮らし、代々中学受験、親子でSAPIXという人も増えてくるのではないだろうか。このエリアには難関中学をめざす傾向があるといえる。