※本稿は、春増翔太『ルポ 歌舞伎町の路上売春』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。記事に登場するカタカナ表記の名前は仮名です。
ホストに貢ぐお金を稼ぐために体を売る女性が多い
歌舞伎町に立つ女の子たちの取材を始めて数カ月で、目の当たりにしたことがある。ホストクラブへ行くために売春をする子が少なくない、という現実だ。少なくないどころか、その多さに驚いた。
「少なくない」と書いたが、路上売春をする女性のうち何割がホストクラブに行くのか、実態はよく分からない。
警視庁保安課の幹部は、「最近1年間で逮捕した女性の中には、生活が苦しくてという人もいたが、ほとんどがホストクラブで遊ぶ金欲しさ、もしくは売掛金を返すためだった」と話す。2022年までの5年間に大久保公園周辺で逮捕した売春女性は201人。その7〜8割がホストにみつぐためだったと話す捜査員もいる。
日本一のホストクラブ街・歌舞伎町で何が起こっているのか
歌舞伎町は、日本一のホストクラブ街でもある。1990年代半ばまでは30軒ほどだったのが90年代後半に急増し、現在では200軒以上のホストクラブがある。ホストとして働く男性は、数千人に上ると言われている。
着飾った若い男性が、女性客に酒を提供し、会話を盛り上げて楽しませる。女性は、最初の来店時こそ「初回」といって、1〜2時間を無料や数千円で遊ぶことができる。初回は無料どころか、数千円を客に還元する店もある。
初回であっても、制限時間後に延長する「飲み直し」をした場合は、特定のホストを指名することになっていて、料金は万単位となる。2回目以降も同様だ。指名されたホストは「担当」と呼ばれ、指名料や客が注文したボトルの料金は、担当の売り上げとしてカウントされる。
人気ホストは、まるでアイドルだ。1カ月の売り上げが1000万円を超えるようになると、大きく引き伸ばした顔写真がビルの外壁や広告看板に載り、その世界の憧れの的となる。テレビや雑誌にも出演するような超人気ホストは、ごく一握りの存在だ。きらびやかな夜の世界の象徴でもある。
2018年10月だけで数人の女性が歌舞伎町のビルから……
私が初めて歌舞伎町の取材をしたのは2018年だった。それは、ホストに関係する話だった。
警視庁新宿署によると、女性は20歳くらい。雑居ビルの8階部分の外階段には女性の靴が残されていた。目撃証言などから、同署は女性が自殺を図ったとみて調べている。
現場は飲食店や風俗店が建ち並ぶ繁華街の一角。
飲食店従業員の女性(21)は「男性は受け答えができていたが、頭から血が流れていた」と驚いた様子で話した。(2018年10月3日付「毎日新聞」朝刊)
「飛び降りたのは、ホストとトラブルになった女性たちでは」
歌舞伎町で飛び降りや未遂騒ぎが頻発したこのときも、記事になったのは、男性にぶつかった女性の事件だけだった。それぞれの飛び降り騒ぎに関連はなさそうだったが、あまりにも続くのが気になった。
「これ、調べてみたらいいかもしれないですね」
同僚や上司と話をすると、すぐにある仮説が浮かんだ。「飛び降りたのは、ホストとトラブルになった女性たちではないか」。未遂騒ぎの中には、屋上で男女が激しく言い合った末に男性が女性を止めるという事案があったし、現場となった雑居ビルには何軒ものホストクラブが入っていた。
飛び降りて亡くなった女性を知る人を探そうと、私は同僚と夜の歌舞伎町に向かった。
この時点で分かっていたのは、女性の大まかな年齢と飛び降りた日時、場所だけだった。私たちは夜の街を歩き回り、誰彼となく話を聞いた。ほとんど足を踏み入れたことのない歌舞伎町2丁目は、不夜城だった。日付が変わると、一帯を歩く人の数が急に増える。終電に乗り遅れまいと急ぐ人かと思ったが、どうも違う。急いでいないのだ。どこか目的地があるらしい女性と、女性に声をかける男性が大半だ。しばらくして、女性たちは、店の営業が終わったホストクラブから出てきた客で、男性はキャッチかスカウトだと知った。
事件を知る女性は「ホストに恋しちゃうと地獄だよ」
ホストクラブの営業時間は1部、2部、3部に分かれ、ホストも入れ替わる。最もにぎわうのが、夕方から午前0時までの1部だ。なお、2部は日の出から昼まで、3部は昼から夕方までだ。夜の早い時間帯には聞けなかった情報が、午前0時を過ぎると、徐々に集まってくるようになった。
「私知ってるよ」
キャッチやナンパに間違えられながら、道行く女性や周辺の店に聞き込みを続けると、午前2時近くになって、そう話す2人組の女性と出会った。どこかの雑居ビルから出てきた彼女たちの1人は「え、マジの記者さん?」と言いながら、知っていることを教えてくれた。
「あそこのビルから女の人が飛び降りて、下を歩いてる男の人にぶつかったのあったじゃん。その女の人は知ってるよ。正確に言うと、私の友達が知ってるんだけど」
10月2日夜にあった事件だ。頼むと、その場で友達に連絡を取ってくれた。飛び降り事件が相次いでいることは彼女も知っていて、そのまま私たちは話し続けた。
「聞いたらその子、ホストとトラブったんでしょ? ホスト、はまっちゃだめだよね。うちらも今ホストクラブで5時間飲んできて、これから2人でどこ行こうって言ってたとこなんだけど。ホストに恋しちゃうと地獄だよ。結局、向こうは金が目当てなだけだから。分かってるんだけど、うちらもダメだよね」
ホストにお姫様扱いされると好きになってしまう
ホストクラブの何が楽しいのか、何を求めて行くのか、どんな客が多いのか。根掘り葉掘り聞くと、あっけらかんと語ってくれる。
「スカっとするんだよ。話聞いてくれるし、めっちゃ持ち上げて、褒めてくれる。ストレスがたまったときとか、寂しいときに行く。やっぱり店では『お姫様』だし、今の担当は優しくて可愛いんだ。いるときは本当に楽しいよ。イケメンに聞いてもらっていると、『え、好き』とか思っちゃうことあるし、そういう担当に『来てほしい』って言われたら行っちゃうし。うちらもだけど、周りの客もだいたい20代前半とかじゃない? ハタチくらいの子、多いよね。地方から学校とか就職で東京に出てきて、ホストにはまって学校や仕事辞めて風俗で働く子なんてざらにいるよ。昼職じゃ払えないからさ」
18歳でホストクラブに通い出し、看護助手から風俗嬢へ
彼女はしばらくして少し笑うと、「私もだけどね」と言った。
茨城県出身の21歳。地元で看護助手をしていた18歳のとき、ツイッター(現X)で知り合ったホストに「来てみなよ」と誘われ、上京した。昼の仕事もしたが、歌舞伎町のホストクラブに通い出すと、月に十数万円の手取りでは全く足りなかった。すぐに遊ぶ金がなくなり、売春を始めた。「今は風俗嬢一本でやってる」と言う。
聞くと、借金を作ったこともあった。
「担当が優しいのはね、『来られるときでいいし、来てくれるだけで嬉しいから』って言ってくれるの。でも、たまには『掛け(ツケ)でもいいから来て』とか『掛けでいいからこのボトル入れていい?』って言われる。そうするとやっぱり断りづらいよね。手持ちがないのにお金使って掛けを作っちゃうんだ」
大半のホストクラブでは、客のツケを認めている。売り掛けのことで、ホストや客は略して「掛け」と言う。ホストは客に掛けを許し、回収のために来店を促し、また新たに金を使わせる。払えない客には、キャバクラや風俗店などの仕事を紹介・斡旋する。そんな構図がある。女性客がホスト通いから抜け出せなくなるような仕組みだ。
ツケが払えない客には風俗の仕事を斡旋するというシステム
彼女は一時、30万円の掛けがあったという。「遅れるときは遅れてもいいから」と言われたが、豹変したように返済をせかされることもあった。それでもホスト通いをやめられない。
「担当に優しくされると、恋とまでは言わないけど好きになっちゃう。担当には他の客もいるし、うちも客の一人じゃん。でも負けず嫌いだから、他のお客さんに嫉妬しちゃう。担当にとっての一番になりたくて、深みにはまっていくの。風俗店の仕事は、自分から担当に頼んで紹介してもらったんだ」
終始ほがらかな彼女は、少し酔っているのか、路上に立ったまま、自身がかって抱えた鬱屈までをあけすけに語ってくれた。
「前はもっと酷い状況のときがあったんだ。担当をめぐる嫉妬で思い詰めちゃって、自殺願望みたいな気持ちになったこともある。『死んだら楽になるかな』『死んだら振り向いてくれるかな』って思うの」
ホストクラブに通い始めて5年。気を病むことはなくなり、最近はほどよく楽しめているという。それでも最後にこうつぶやいた。
「私もそうだったから、飛び降りちゃう女の子の気持ち、少し分かるかもしれない」
夜の街の闇を垣間見た気がしたが、知りたいのは、飛び降りた女性のことだった。礼を言い、私たちは聞き込みを続けた。
死亡したのは周りの男が色めき立つほど美しい女性だった
彼女が紹介してくれた友人とは後日、会うことができた。ユキと名乗る19歳。金髪とつけまつげ、派手な化粧で、未成年には見えなかった。ユキがその女性と初めて会ったのは、飛び降りる1カ月ほど前の9月上旬だったという。
「私もあの子も歌舞伎(町)の路上にいて1人で飲んでたの。話しかけたら気が合ったから、『じゃあ、どこか飲みに行こうよ』って誘って2人でバーに行った。連絡先を交換して、その後は2回くらい一緒に飲みに行ったんだ」
ユキによると、その女性はメイと名乗っていた。一緒にバーに行くと、周囲の男性客が色めき立つほどのルックスだったという。
「本当にきれいな子だった。スタイルもよかった。暗い雰囲気も全然なくて。でも、飛び降りたって人づてに聞いて写真を見たときは、実はそこまで驚かなかったんだよね」
彼女はメイが飛び降りた直後の現場をとらえた写真を持っていた。やじ馬が撮ったもので、その頃、歌舞伎町に出入りする人たちの間で拡散されていた。ユキは一目見て「メイだ」と分かった。そして「ホストクラブさえ行かなきゃよかったのに」と思った。
メイは連日ホストクラブに通い、多額の金を担当に使っていた。一方で、いくら金を落としても思うように振り向いてくれない担当を憎み始めてもいた。メイと飲みに行くと、いつもユキを聞き役にして、ホストにはまって抜け出せない現状を自嘲した。「200万円の掛けがある」と明かし、こんな悩みを口にしていたという。
ホストクラブに200万円の借金があり「人生、もう詰んだ」
「掛けなんかすぐ返せるとは思うけど、担当からしたら、結局私はお金を使うだけの存在なんだよね。めっちゃお金を使った時は『好き』って言ってくれるけど、本当の気持ちって全然分からない。やっぱり好きなのは私だけなのかな……」
はっきりとは言わなかったが、夜の店で働いているようだった。最後に会ったのは9月中旬で、力なく「私の人生、もう詰んだー」と言うメイの姿を、ユキはよく覚えていた。
ユキは「そんな簡単に人生詰まないって。その店、二度と行かなけりゃいいじゃん」と言ってみたが、「全然届いてなかった」。メイとは3回、一緒に飲んだが、いつもホストの愚痴を聞かされた。「あなたみたいにきれいなら、いくらでもいい男、つかまえられるよ。ホストクラブさえ行かなきや、普通に幸せに暮らせるのに」と言うと、メイは笑いながら、気のない返事をしたという。
女性は愛だと思うが、ホストにとっては金づるでしかない
そのころ、取材をした、ホスト常連客の女性は言っていた。
「客は、愛の形として金を注ぐけど、ホストは金を金としか見ていない。売り上げのことしか考えていない。言われれば当たり前なんだけど、目の前で優しくしてくれると分からなくなるんだよ。掛けの追い込みをかけられたりして、それに気づくと落ち込んで鬱になる」
ホストは、自分の客の掛けを自分で回収する。「まだ払えないの。いつ払えるの?」というラインが何度も届き、女性は自分がただの金づるだったことを知る。
風俗業界やホストクラブの閑散期は、2月、6月、10月とされる。年末年始と年度初め、そして夏に散財した客は、財布のひもを締めがちだという。だから、この時期になると、ホストは掛けの回収に力を入れる。
メイが自殺した原因は何だったのか。本当の理由は分からない。ホストとの関係に悩み、自分を追い詰めていたようではあった。