10月26日、今年4月の統一地方選挙で江東区長に当選した木村弥生氏が、選挙の際にYouTubeに有料広告を出していたことが公職選挙法に抵触する疑いがあるとして、辞職を表明した。コラムニストの河崎環さんは「YouTubeの有料広告は、同氏のメンターである柿沢未途元法務副大臣の助言だったと聞き、『女性政治家はいまだに男性の“先輩”の力を借り、“先輩のご指導”を立てて泳がねばならないのか』という思いを持った。木村氏がそういう類いの人ではないと好感を持ってきただけに、そう見える結果になってしまった、ということが何よりも残念だ」という――。
記者会見で辞職を表明し、謝罪する江東区の木村弥生区長。2023年10月26、東京都江東区
写真=時事通信フォト
記者会見で辞職を表明し、謝罪する江東区の木村弥生区長。2023年10月26、東京都江東区

突然の「公職選挙法違反」報道

「えっ、もう辞任することになるなんて……」

意外だった。

東京地検特捜部が10月24日、公職選挙法違反の疑いで、江東区役所内の区長室や木村弥生区長の自宅など、関係先の家宅捜索に入ったと報道された。今年4月の統一地方選の際、木村陣営がYouTubeに投票を呼びかける有料広告を出したとの疑いで刑事告発されていたものだ。

木村区長は9月の区議会で、「弁護士に確認したところ『公職選挙法に抵触する可能性を否定しがたい』との見解が示された」と説明、謝罪していたという。家宅捜索の2日後にあたる10月26日、木村区長は「これ以上お騒がせし、区政を混乱させてはならない」として辞意を表明。当選から半年で辞任する運びとなった。

木村陣営が木村氏自身のクレジットカードを切って掲出したという、「木村やよいに投票を」との14万円のYouTube広告。今やネットやSNS全盛期で、ネットを利用した選挙戦もきちんと認められた時代とはいえ「有料広告はNG」なのだ。悪意はもちろんなかったポカミスだったのだろうとは理解できるが、選挙のプロから見れば「言い訳のできない、致命的なミス」であり、そんなことも知らずに選挙に出ていたのかと厳しい視線を投げかけられても仕方がないのだという。

今年4月、東京都では女性区長が6人に

今年4月の統一地方選では東京都に新たに3人の女性区長が誕生し、非改選現職の3名に合流。小池百合子知事のもとに6人の女性区長が揃った姿は、日本が2010年代から取り組んだ女性活躍推進、「政治界、特に首長レベルにおける女性割合引き上げ」の結実の象徴として、話題になった。

新たに誕生したのは、江東区・木村弥生区長(当時)、豊島区・高際みゆき区長、北区・山田加奈子区長。非改選の3名は杉並区・岸本聡子区長、品川区・森澤恭子区長、そして足立区の近藤弥生区長だった。

特に江東区長選は保守分裂で注目を集めていた。木村弥生氏は区長選では新人だったが、木村勉・元衆議院議員を父に持ち、本人も自民党衆院議員として選挙区変更などの紆余うよ曲折がありながら2期を務めた人物。前区長・山﨑孝明氏の死去後を継承する形で自民党推薦を受けた、長男で元都議の山﨑一輝氏を向こうに回し、無所属での立候補を表明して自民主流からの激しいプレッシャーにさらされた。

非自民推薦のうえ、闘いの相手は前区長の長男、しかも地元に顔の売れた都議。熾烈しれつな保守分裂、いや自民分裂の末の当選は、地元一族による「多選」を阻止しようとの地域の意思と、木村弥生氏という「新しい女性政治家」イメージの成功であったように思う。

生育環境や経歴から導かれた「正解」と見えたはずの結婚からの離婚、子どもの受験を機とする看護学部への社会人入学、そして大学病院の看護師を務めて父の秘書となり、政治家へ転身したという努力家の木村氏。ドラマティックな当選は、彼女ならではの地に足ついた現代女性の人生に対する、有権者の共感や信頼の度合いを映していたように見えたのだ。

日本の“女業界”へのグッドニュースだった

女性のキャリアには、結婚や妊娠出産などのライフイベントによる減速や小休止、離脱が少なくない。というよりも、日本ではそちらの方がマジョリティである時代が長く続いた。今年57歳という木村氏の世代、いわゆるバブル世代では寿退社や専業主婦への憧れが強い風潮があったために、女性の社会的労働力からの離脱は特に顕著だ。

その中で、出産子育てをある程度終えてプロフェッショナルの世界へ戻る、いわゆるリカレントやリスキリングの好例、成功例である木村氏のケースは、日本の“女業界”(というものがあるとするなら)にとってグッドニュースだったのである。

ところが選挙とは、表側ではそんなイメージ戦や政策論争が繰り広げられるものの、裏側はギャンブルにも似た金と数の絶え間ない心理戦である。木村弥生氏の選挙戦は、東京15区江東区を地盤とする柿沢未途・衆院議員の「公言こそしないが」積極的な支持によって進められていたのは、江東区長選を見守る誰もが知るところであった。

その自民分裂劇とはいわば、東京の片隅江東区を舞台とした、自民の正統かつ伝統、土着的地盤を維持継承する前職親子陣営と、自民の亜流で新しい風を吹き込まんとクーデターを起こした柿沢・木村陣営との戦いだったのだ。

江東区長選を前にした推薦獲得の裏で、柿沢氏へ山﨑氏支持を迫る激しいプレッシャーもあったと報道されている。政治家としては野党をあちこちさすらって自民党へ行き着いたイメージの強い柿沢氏ではあるが、実のところはあの柿沢弘治元外務大臣の息子。柿沢氏も木村氏も、ともに自治体首長どころか自民党の衆院議員であった父を持つ、いわばドがつく正統派の「自民政治家の子」なのである。2世世代が旧弊な主流派の政治手法、世代を跨ぐ地盤継承と多選に楯突いた形となった選挙が、地元に生んだ断裂と禍根は小さくなかった。

街頭演説で手を振る候補者たち
写真=iStock.com/imacoconut
※写真はイメージです

「メンター」柿沢元法務副大臣の助言だった

YouTube有料広告掲出による公職選挙法違反へと、話を戻そう。

木村弥生元区長は、当初「有料広告は支援スタッフからの提案だった」と弁明していたが、10月31日に状況は一転する。「自分の助言であった」として柿沢未途議員が法務副大臣を辞任したのだ。

もともと区レベルの選挙戦を戦った経験があったわけではない木村氏である。区長選のノウハウや人材のリソースは柿沢氏の戦略指導に素直に従ったものであったことは想像に難くない。

11月下旬になって、木村・柿沢チームはさらに追い込まれる事態となった。木村氏の区長戦を陰で率いた柿沢氏から、自民党区議へ配られた「陣中見舞い金」の経緯を東京地検特捜部が捜査。柿沢氏は懸命に「買収の意図はない」と否定してきたが、秘書が「柿沢氏から10人以上の自民党区議へそれぞれ20万円程度の現金を配るよう指示があった」と説明していたことが明らかになったのである。現状では木村氏は区長を辞した一方で、柿沢氏は法務副大臣は辞職したものの、自民党の衆議院議員としては在籍中。いよいよ誰かが柿沢氏の息の根を止めにかかっているのかもしれない。

古今東西、政敵は敗北の感情をジクジクと発酵させ、刺して引きずり降ろす機会を虎視眈々たんたんと狙っている。そもそも話題にもなっていなかった――誰も見てなかった――14万円のYouTube広告掲出は、彼女の当選を覆し、木村・柿沢両氏を辞任に追い込むネタとして十分な役割を果たす、「痛恨のミス」だったのだ。

これはプロの選挙コンサルからすれば言語道断とも言えるレベルのミスだったという。「僕らは細心の注意を払って、絶対に公職選挙法に抵触しない形でPRを打ち、当選を請け負うわけですから」とは、ある政治系広告代理店代表の言葉だ。「選挙は、きちんとしたルールのあるゲームなんです。ルールがあるからこそ、資金力のない人も立候補できる。機会公平なプレーヤーとして誰もが守られ、公正な選挙ができるんです」との説明に、納得させられてしまった。

2023年4月統一地方選で女性首長6人を生んだ「東京の奇跡」の一角を担った、江東区長を辞任に追い込む公職選挙法という厳格なルール。これまでにも何人もの政治家が抵触を原因として職を辞し、キャリアを終えるほどの結末すら味わってきた。木村区長の辞職は個人的に残念な結果ではあったが、それがあるから選挙は「公正」で、だから政治は面白くもあるのだろう。

もう「そういうの」は聞きたくなかったのに…

最後に、木村弥生氏と柿沢未途氏との「師弟」的な共闘関係に言及させてもらうなら「うーん、女性政治家の世界って、まだまだ男性の力を借りて“指導”されるのがひな形なんだなぁ」と鼻白らんでしまったことは否定しない。

そりゃもともとゴリゴリの男性社会、女性比率が1割だ2割だの日本政治界であるから、ノウハウを持っている人材が男性になってしまうのはまだ仕方ない。

けれど、もしあのYouTube有料広告掲出のアイデアが、仮に木村氏を支持する同世代のママ友などによって構成された草の根的な「陣営」で出たものだったとしたら、「うわー、公職選挙法の細部って難しいですよね、本当に悔しいけれどこれも勉強ですね」と、同じ目線で泣いて悔しがることができた気がする。

それが、既に衆議院議員を5期務める柿沢氏によるアドバイスだったというのだから、そりゃ柿沢氏本人も「違法だとの認識はなかったが、提案した責任を取りたい」と辞任するわけだし、自民党の世耕弘成参議院幹事長は「法の執行をつかさどる法務省の副大臣の立場であり、辞表提出は当然だと受け止めている」とバッサリ斬り捨て、同じNHKを古巣とする立憲民主党の安住淳国会対策委員長も「選挙違反を主導していた人が法務副大臣になっていたということで驚いている。しゃれにならない話」と容赦ないコメントを浴びせるわけである。

まして柿沢氏が木村氏の区長選突破のために自民党区議へ20万ずつの「陣中見舞金」をばら撒いていた……との「買収疑惑」も浮上した今、そんなリスキーなアドバイスをくれる柿沢先輩とタッグを組んでしまったことについて、木村氏はどう思っているのだろうか。

日本の政治では、いまだに男性の「先輩」の力を借り、「先輩のご指導」を立てて泳がねばならないのか――。

木村氏がそういう類いの人ではないと好感を持ってきただけに、そう見える結果になってしまった、ということが何よりも残念だ。木村氏の政治家キャリアは、強めにフィーチャーされてはこなかったものの、かつて安倍政権の女性活躍推進下で(当時まだ意思決定層にいたおじいちゃんたちの趣味と寵愛で)女性枠が強化された「安倍ガールズ」全盛時代に始まる。2023年のいま、誰か年長やキャリアが上の男性を持ち上げた「誰々“先生”のご指導で」ってのを、できればもう社会的に活躍する女性の口から聞きたくないな〜、そういうのダサいよね、って気分。

日本の女性政治家はまだまだ過渡期にある。