上司のアタリ・ハズレは組織の業績や部員のメンタルにどのような影響を及ぼすのか。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「ハズレ上司をアタリ上司に取り換えて業績の変化を見る研究では、社員を1人雇うのと同程度の生産性を上げる効果があった」という――。
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上司の影響力は絶大

近年、「親ガチャ」という言葉と並んで、「上司ガチャ」という言葉が出てきています。引くまで何が出るかわからないガチャガチャのように、上司にも「アタリ=良い上司」「ハズレ=悪い上司」があることを指した若者たちの言葉です。

この言葉を聞くと、筆者の昔の記憶が蘇ってきます。筆者は大学で働く前、民間企業でサラリーマンをしていたのですが、その際、配属先の上司との関係に悩んでいました。

当時、この悩みを解消するために色々な本を読んだのですが、その中には「上司は変わらないから自分が変われ」と書いてありました。

その本を読んだ感想は、「それができれば苦労はしない」です。そして、その当時の率直な感想を包み隠さず言えば、「なんでもいいから上司が代わってほしい」でした。

さて、心の中でどんなに願っても実際に上司が代わるわけでもなく、何とか時間が過ぎるのを待つしかありませんでした。その後、筆者は大学に転職することができ、悩みはなくなったのですが、若手時代のこの経験は上司の力を実感させるものでした。

企業内における上司の影響力は絶大であり、職業生活を天国にも地獄にも変える力があります。

実は近年、この上司の影響力について経済学の分野で研究が進み、その実態が明らかになりつつあります。上司が部下の仕事満足度やメンタルヘルスに及ぼす影響だけでなく、上司を変えた際に部下の生産性がどのように変化したのか、という点もわかるようになってきました。

今回は上司に関する研究について、詳しく紹介していきたいと思います。

「アタリ上司」と「ハズレ上司」で生産性はどう変わるか 

まず1つ目はスタンフォード大学の労働経済学の大家・エドワード・ラジアー教授らの研究です(*1)。その論文の題名はズバリ「上司の価値」です。

この研究では、アメリカ国内のとある企業の約2万4000人の従業員とその直属の上司約2000人のデータを使って分析を行っています。

ラジアー教授らの使用したデータでは、①2006年6月~2010年5月までの全営業日のデータ、②営業日の各従業員の生産状況、③各従業員がどの上司の下で仕事をしているのか、といった3点がわかるものでした。対象企業の従業員は生産活動に従事しており、時間当たりの生産量が明確に把握できるようになっていました。

このデータを使えば、上司が代わった際に各従業員の生産状況がどのように変化したのかを把握することができます。さらに、上司の質もデータから推計し、「アタリ上司」と「ハズレ上司」で生産状況がどう変化したのかを分析できるようになっていました。

下位10%の上司を上位10%の上司と交換すると…

実際の分析の結果、明らかになったのは、「上司の質で、その下につく従業員の生産性が変わる」という事実でした。

下位10%の質の低い上司を、上位10%の質の高い上司と交換した場合、10人のチームに従業員を追加で一人雇ったのと同等の生産性の向上が見られたのです。

この結果は「質の高いアタリ上司」だとチームの生産性が上がり、逆に「質の低いハズレ上司」だとチームの生産性が下がることを示しています。

右肩上がりのグラフを指さすビジネスパーソン
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ラジアー教授らの分析では各従業員の生産状況が把握しやすいケースであり、必ずしもすべての例に当てはまるとは言えませんが、直感とも一致する非常に興味深い結果です。

この研究結果から、「質の低いハズレ上司」であれば、その人を代えたほうが生産性も上がるため、企業にとって得策だと言えるでしょう。

「仕事ができる上司」の下で働くと仕事満足度が向上

2つ目はウィスコンシン大学のベンジャミン・アルツ教授らの研究で、上司の仕事上の能力と部下の仕事満足度の関係を分析しています(*2)

アルツ教授らの研究で注目しているのは、「できる上司の下で働くと、部下にどんなメリットがあるのか」という点です。

アメリカとイギリスのデータを用いたアルツ教授らの分析によれば、「仕事ができるアタリ上司」の下で働く人たちほど、仕事に高い満足度を示していることがわかりました。

ちなみにこの影響力が大きいこともわかっています。

労働者の仕事満足度に影響を及ぼす要因には学歴、所得、勤続年数、業種、職種があるのですが、これらの中でも「仕事ができるアタリ上司」のもとで働くことが最も仕事満足度を高めていました。「職場の同僚との関係が友好的である」という点も仕事満足度を高める効果があるのですが、この影響よりも「仕事ができるアタリ上司」のもとで働くことのほうがプラスの効果が大きかったのです。

この結果は、「仕事ができるアタリ上司」の下で働くことの重要性を物語っています。同時に、「仕事ができないハズレ上司」の下で働くことがいかに苦渋に満ちたものになるのかを示唆しているでしょう。

「アタリ上司」の下で働くとメンタルヘルスが改善

最後は早稲田大学の黒田祥子教授と慶応大学の山本勲教授の研究です(*3)。この研究では上司の質を仕事上の能力、部下の管理能力、コミュニケーション能力等で計測し、それが部下のメンタルヘルスにどのような影響を及ぼすのかを検証しています。ちなみに分析対象となったのは、100人以上の従業員を抱える日本の企業です。

この分析によって、興味深い3つの結果が得られています。

まず1つ目は、部下とのコミュニケーションがうまく、仕事ができる「アタリ上司」の下で働く人たちほど、メンタルヘルスの状態が良いことがわかりました。

2つ目は、部下とのコミュニケーションがうまい「アタリ上司」のもとで働く人たちほど、仕事の生産性が向上し、プレゼンティーズム(presenteeism)になりにくくなる傾向が確認できました。

オフィスでチームのみんなとハイファイブ
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プレゼンティーズムとは、仕事に来ているものの、心身の健康上の問題によって、業務効率が落ちている状況を指しています。プレゼンティーズムが多発する職場には、多少体調が悪くとも仕事に来なければならないといった風潮があると言われています。また、プレゼンティーズムが悪化すると、従業員の通院・入院や退職者の増加にもつながる恐れがあります。

部下とのコミュニケーションがうまい「アタリ上司」の存在は、これらの課題に対処する一つのカギになるといえるでしょう。

3つ目は、部下とのコミュニケーションが下手で、仕事ができない「ハズレ上司」の下で働く人たちほど、離職率が高くなっていました。

上司の質で職業人生が左右される残酷な上司ガチャ

これまでの分析結果から明らかなとおり、どのような人が上司になるかという点は、働く人に大きなインパクトをもたらします。

「アタリ上司」の場合、職場の生産性が高くなるだけでなく、働く人たちが仕事に満足でき、メンタルヘルスも良好になるでしょう。逆に「ハズレ上司」の場合、仕事への不満が溜まり、メンタルヘルスが悪化して、最終的には仕事を辞めることにつながるかもしれません。

このように上司の質は、働く人々の職業人生を左右するほどの影響力を持っています。それにもかかわらず、上司は自分では選べないわけです。

これを残酷と言わず何と言うのだろうかというのが正直な感想です。

さて、このような上司に関する問題は、古くから職場にあるものです。この問題に対処するには、どのような方法が考えられるのでしょうか。

まず、部下は上司を選べないのだからこそ、「アタリ上司」を育成し、登用する仕組みが必要でしょう。また、上司になった後でも業績だけでなく、部下との関係についても評価される制度が必要となります。

経済産業省が主導する健康経営の観点から、後者は以前よりも重要度が認知されるようになってきていますが、今後さらに注目が集まることが期待されます。

(*1)Lazear, E. P., Shaw, K. L., & Stanton, C. T. (2015). The Value of Bosses. Journal of Labor Economics, 33(4), 823–861.
(*2)Artz, B. M., Goodall, A. H., & Oswald, A. J. (2017). Boss competence and worker well-being. ILR Review, 70(2), 419–450.
(*3)Kuroda, S & Yamamoto, I. (2016). Good boss, bad boss, workers’ mental health and productivity: Evidence from Japan, Japan and the World Economy, 48, 106–118