日本生命保険が中途採用する高度専門人材に最大5000万円の年収を提示すると発表した。年収5000万円人材は日系企業で活躍できるのか。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「年収に大きな差を付けると、年功色の強い日本企業では既存社員の反発が発生する。これまでにも、部署内外でのハレーションが起きて部署解散、本人の退社となった事例がある」という――。
日本生命東京本部=2020年2月9日、東京・丸の内
写真=時事通信フォト
日本生命東京本部=2020年2月9日、東京・丸の内

年収2000万円の中途人材が立ち上げた部署は解散

日本生命保険が中途採用者に5000万円の年収を出すことが話題になっている。10月からキャリア採用を本格化し、IT・デジタル分野や海外事業のM&Aなどの高度専門人材を獲得するために最大5000万円の年収を提示するとしている。

5000万円といえば、部長を通り越して執行役員・事業本部長クラスの年収に相当する。年功型賃金体系の日本企業では仮に30代のデジタル人材に破格の年収を支払うとすれば、賃金制度自体の変革が求められるだけではなく、既存の在籍社員の反発も発生するだろう。

例えば10年ほど前にビッグデータを処理するデータサイエンティストを各社がこぞって採用したことがある。ある製造業でも社長の肝いりで外から年収2000万円で採用した。30代後半の中途採用者をチーフに新部署を立ち上げたが、年輩の部下など在籍社員の年収はいずれも1000万円以下だった。同社の人事担当者はこう語る。

「新部署の社員は新しい事業を興すという意気込みで比較的協力的だったが、どうして私たちと給与が違うのかという妬みを持っていたのは確かだ。もっと大変だったのは他部署の反発。当然、データのやり取りなど連携が必要だが、非協力的で他部門とのハレーションが絶えなかった。悪しき平等主義というか、報酬があまりに違いすぎることに対する不満があった。最終的に新部署の事業が軌道に乗らず、部署は解散。中途採用のデータサイエンティストも会社を退職した」

「新卒のデジタル人材1000万円」は応募が1人もなかった

また、中途ではないが大手電機メーカーは新卒のデジタル人材の年収を1000万円の特別枠で募集した。しかし結果的に失敗に終わった。なぜか。同社の人事担当者は「そもそも1人の応募もなかった。外資系企業は2000万円で募集しているのはざらであり、魅力的ではなかったこと。もう1つは1000万円に対する在籍社員の反発がすごかった。『勤続20年の自分より高い1000万円を新卒に払うのか』という妬みや不満は大きかった」と語る。

日本企業は外資に比べて同質性が強く、年功賃金という名の平等主義が根強く、新参者を受け入れがたい風土がある。人事担当者は「今のままでは事業転換に必要な優秀な人材を外部から採るのは難しい。人事制度の転換や企業文化を変えていく必要があるが、そのためにはかなりの時間が必要になる」と、吐露する。

もちろん日本企業の風土はロイヤリティやチームワークの面ではメリットもある。しかし、ビジネスモデルの転換や新規事業を行うには内部に適材がいなければ外部から採用しなければ、企業の成長にも影響するというデメリットもある。

社員間のハレーションを避けるための苦肉の策

一方で、すでに中途採用市場では大企業間で優秀人材の争奪戦が繰り広げられている。30代前半で1500万~2000万円で転職している人もいる。大手人材紹介業の社長は「電機、自動車などの日本の大手企業でも優秀なデジタル技術者であれば最低でも1500万円、2000万円の年収を提示している。実際に35歳で3000万円の年収で日本の大手企業に転職した人もいる」と語る。

日本企業が35歳を3000万円で雇うとなれば、前出の事例から考えても先行きを憂慮せざるをないが、実はカラクリがあるという。

「当然、自社の賃金体系の縛りがあり、同じ年代の社員よりはるかに突出した報酬を払うことはできないし、仮にそんなことをすれば必ず社員間で妬みや嫉みなどハレーションが起こる。それを避けるために一般的に2つの方法を使っている。

一つはAIやIT事業の別会社や事業グループをつくり、本体とは別の賃金体系で高い給与を支払う。似たような会社をシリコンバレーなど海外に設置している会社もある。もう一つは正社員ではなく、契約社員として雇うやり方。賃金体系に縛られないので高い報酬が出せる。転職する人は、最初は正社員を希望するが、契約社員だと高い報酬がもらえるということで契約を選ぶ。若い人はとくにその傾向が強い。大手に入ったAIのエンジニアは1年間2000万円、2年契約で入社した人もいる」(前出・社長)

中途が多数を占める別会社であれば、本体の社員も知ることができない。また、契約であれば「社員ではないし、我々と別格の人」という印象を持たれやすく、社員間の妬みも発生しにくいという。

あまりにも大きな賃金格差
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DX人材は強気に高年収を求めてくる

しかし、こうした別会社での採用や契約社員での採用も限界にきているようだ。大手ハウスメーカーはDX人材を数年前から高額報酬で採用している。同社の人事担当者は「デジタル人材は当社に限らずどこの会社も欲しいし、完全に売り手市場になっている。しかも面接では強気で、ちょっとかじっている程度の人でも平均で1500万円ほしいとか言ってくる。スキルをよく見て採用しているが、それでも30代で2000万円クラスもいる」と語る。

しかし、そんな人を入れたらハレーションは発生しないのか。人事担当者は「入社1年目は会社の給与規定とは別に特別枠の年俸制で採用する。しかも会社として2年間の新規プロジェクトという触れ込みで、既存の部署に入れることはなく、外部の人材中心の部屋で仕事をしているのでとくにハレーションは起きていない。そしてその人の仕事ぶりを1年間見て評価し、十分活躍してくれそうだとわかれば、部長相当の管理職として処遇している」と語る。

たが、この手法で能力と成果を見極め、社内規定の部長にしたところで年収は2000万円が限度だろう。日本生命のように5000万円となると、特別枠のまま維持するしかないのではないか。

ジョブ型賃金は不満解消につながるか

実はもう1つの採用手法が流行のジョブ型賃金だ。正確には職務給と呼ぶが、年齢や勤続年数に関係なく、どんな職務を担当しているかという仕事の内容と難易度(職務等級)によって給与が決まる。同じ職務に留まっている限り、25歳と40歳の給与は変わらない。若くても職務スキルが高ければ上位の職務等級に位置づけ、高い報酬を支払うことが可能になる。職務給は中途採用の獲得には有利と言われ、日本企業のジョブ型導入企業の大きな目的の1つは優秀な外部人材の採用にあることは間違いない。

若者が考える、デジタルトランスフォーメーションのアイデア
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ただし、ジョブ型賃金制度を導入すれば必ずしも破格の報酬を支払うことができるわけではない。社員間に大きな格差が開いても、それを社員自身が納得できる環境を醸成できるかどうかが鍵を握る。年功賃金が長年にわたり染みついた企業風土に職務給を導入しても制度が定着するまでには時間がかかる。とくに中高年層が多い大企業では反発も発生する。

日本の伝統的大企業は今でも入社年次にこだわる意識が払拭されていない。ジョブ型賃金を導入しても短期的には社内の反発が予想される。問われるのは人事評価の指標が明確であること、それと連動する給与の納得性がある程度得られるようにするための地道な取り組みが不可欠だろう。「脱年功賃金」は言葉で言うほど簡単ではない。当面の間は、別会社での採用や、契約社員など特別枠での採用を続けるしかないだろう。