コンビニやスーパーには、新商品が続々登場する。競争が激しくすぐに退場を迫られる商品も多い。サントリーで商品開発に携わる黒川郷さんは「ストロングゼロという勢いのあるブランドから出した商品が、たった半年で終売を検討し始め、翌年には終了に至るという大失敗の経験があります」という――。

発売後、人知れず店頭から消えていく商品たち

コンビニやスーパーなどの店頭には味わいもアルコール度数もさまざまな缶チューハイがずらりと並ぶ。

買う側にとってはその日の気分に合わせて選ぶのも楽しいものだが、メーカーにとって缶チューハイは特に競争の激しいジャンルに当たる。毎年、次々と新商品が誕生し、その中にはヒットを続けて定番商品になるものもあれば、発売後1年程度で人知れず店頭から消えていくものもある。

サントリー スピリッツカンパニー RTD・LS事業部 黒川郷さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
サントリー スピリッツカンパニー RTD・LS事業部 黒川郷さん

そうした“消えていった商品”のひとつがサントリーの「-196℃ ストロングゼロ 瞬感シリーズ」だ。ストロングゼロ自体は、8〜9%という高いアルコール度数が特徴的な製品で、食事に合う味わいと飲みごたえが受けて爆発的にヒットし、2009年の発売から現在に至るまで缶チューハイ市場でトップクラスの人気を誇っている。

一瞬で終売になった瞬感シリーズ

しかし、そのブランド内の新商品として2019年4月に誕生した瞬感シリーズは予想外に売れず、翌年春には販売終了。発売からおよそ半年で終売候補製品に名が挙がった商品は、サントリー内でも相当稀だという。当時、瞬感シリーズのブランドマネジャーだった黒川郷さんは、「かなり気合を入れて開発しただけにショックも大きかった」と振り返る。

「ストロングゼロは2009年の発売以来ずっと売れ続けています。それほど勢いがあって失敗もほとんどしてこなかったブランドの中に、勢いのない失敗作を生み出してしまった。ブランドに汚点を残したというと大げさかもしれませんが、当時は本当にそんな気持ちでした」

中濃度アルコール製品で勝負しようとした

黒川さんは新卒でサントリーホールディングスに入社。営業畑で8年間経験を積んだのち、2017年にストロングゼロのブランドマネジャーとなった。この時期、缶チューハイを含むRTD(Ready to Drink=開けてすぐに飲める)市場では、ストロングゼロのような高濃度アルコール製品が5割近くを占めるまでになっており、好調であると同時に厳しい生き残り競争が続いていた。

そこでサントリーでは、ストロングゼロブランドに新たな価値を加えるため、それまで自社内で爆発的ヒットがなかった中濃度アルコール製品(以降、中アル製品)を開発することに。アルコール度数8〜9%が人気の市場に、あえて6%前後の商品を投入して勝負をかけようとしたのだ。その旗振り役に任命されたのが黒川さんだった。

発売前の1週間はほとんど眠れなかったと話す黒川さん
発売前の1週間はほとんど眠れなかったと話す黒川さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

プロジェクトチームには、開発やデザイン、営業などさまざまな部門から総勢20人以上が参加した。それまで営業職だった黒川さんは、新商品開発はもちろん部門横断チームのまとめ役を担う経験はまだ浅かった。

戸惑いはあったが、もともと新しい挑戦をさせてもらえることをうれしいと感じるタイプ。この任命も意気に感じ、熱意を持って取り組んだ。

「会社の指令で始まったプロジェクトではありましたが、チームを動かすには僕自身が自分ごととしてやらなければと思いました。中アル製品を『会社がやりたがっているからつくる』ではなく、『僕がつくりたいんだ』という思いで取り組むことが大事だと」

開発、宣伝に多額の投資……「失敗できない」

開発途中では消費者ニーズの調査も実施した。その結果、中アル製品を求める人は高濃度アルコール製品もよく飲んでいることがわかり、「ストロングゼロブランドから中アルを出せば両方飲んでもらえる」と確信。開発の意義を見いだしたことで、モチベーションはますます高まった。

ただ、相当なプレッシャーを感じてもいた。会社としてはこの商品に勝負をかけていて、開発やCMにもかなりの額を投資している。失敗できないという思いは完成が近づくにつれてどんどん強くなり、発売前の1週間は不安でほとんど眠れなかった。

計画の2倍売れなければ翌年は生き残れない

2019年4月、黒川さんたちが約2年をかけて開発した缶チューハイ「-196℃ ストロングゼロ〈瞬感レモン〉〈瞬感ライム〉」が発売になった。宣伝にも力を入れ、消費者への事前調査でも好反応を得ていた。店頭に並べば、順調に売れていくはずだった。

サントリー スピリッツカンパニー RTD・LS事業部 黒川郷さん
撮影=プレジデントオンライン編集部

しかし、結果は大失敗。年間販売計画として設定した140万ケースは上回ったものの、変化の激しいRTD市場では、初年度に達成すべき数値の目安は瞬感シリーズで設定した目標の約2倍である300万ケース程度とされている。それぐらい売れなければ翌年は生き残れないからだ。瞬感シリーズの発売初年度の販売数は145万ケースで、短命に終わるだろうことは明白だった。

「年間販売数がどのぐらいになるかは、実は発売初月に見えてしまうんです。数字を見て失敗だとわかったとき、最初に浮かんだのはチームメンバーに申し訳ないという思いでした」

売り続けなければならない営業部門にかけた言葉

上司や上層部に報告した際は、失敗そのものより「次はどうするか」が話題の中心になった。だが、チームメンバーとは年度内の営業戦略や原因についても話し合う必要がある。特に営業部門に対しては、初月で失敗だとわかっても諦めて放置するわけにはいかず、商品改良や軌道修正をしながら少しでも販売を伸ばすことが必要なため、どう声をかけるか苦慮した。

「こういう成績ですが今年度中はやり切りたいです」、「お試しで買ってくれたお客様は多かったので、この数を信じてやっていきましょう」。自分と同じく落胆しているであろうメンバーを少しでも勇気づけようと、黒川さんはそう声をかけて回った。

一方、開発やデザイン部門のメンバーに対しては、成績を報告した後、一緒に原因を分析した。このとき、失敗の原因を自分の中に見いだそうとする皆の姿勢を見て、それが逆につらかったという。

「デザインをもっとこうすればよかったかなとか、それぞれが自分にベクトルを向けて考えてくれたんです。コンセプトを立てたのは僕で、皆はそれに沿って動いてくれたのに。実際はコンセプト自体が間違っていたのではと自分を責めました」

消費者調査では高評価でも店頭では売れない

費用は多岐にわたるため、製品にかかったコストの具体的な金額を正確に算出するのは難しいが、会社として発売から半年で終売を検討し始め、さらにその半年後には販売終了を決定している。開発に2年をかけてCMも打ちながら、わずか1年で「これ以上売り続けてもコストを回収できない」と判断したということだ。相当な痛手だっただろうことは想像に難くない。

黒川さんは、失敗に終わった理由を「社内戦略と、中アル製品をつくりたいという自分の思いが先行しすぎた」と語る。消費者調査で評価が高いものが、店頭で売れるとは限らない。開発前にもっと消費者の声に耳を傾けて、そのニーズを先行させるべきだった──。この反省は、次の商品づくりに生かされることになる。

2019年、黒川さんは瞬感シリーズの開発時から並行して担当してきた「こだわり酒場」ブランドを任されることになった。会社は、同年に発売された「こだわり酒場のレモンサワー」の好調を受け、このブランドを大きく育てようと本腰を入れ始めたところだった。

「おかげで、切り替えて頑張ろうという気持ちになれました。瞬感シリーズから逃げたいと思っていたわけではないですが、また新しい大きな仕事ができるぞと」

気になるネーミングと気になる味がウケた

異動先では新たな缶チューハイの開発に取り組み、2023年3月、「こだわり酒場のタコハイ」を発売。前回の反省を生かし、今度はまず消費者ニーズをつかむところから始めた。意識調査に加えて実際の酒場も回り、今何が飲まれているのか、どんな味わいが人気なのかを徹底的に調べた。

その結果が出たところで、ニーズに沿うにはブランドの意思や強みをどう生かしていったらいいかを検討。味わいに関する基礎研究も行い、ニーズに合致するポイントを探し求めた。

ここから導き出されたのが、独自開発の焙煎麦焼酎の風味を生かしたプレーンサワーだ。方向性が固まった瞬間、消費者ニーズと開発側のコンセプトや意図、基礎研究の結果などすべてが「バチッとハマったと感じた」と振り返る。

ところが、この「プレーンサワー」のおいしさを説明しようとすればするほど、伝わりにくく、ともすればまずそうに聞こえてしまうことが難点だった。そこであえて説明を控えることで、消費者が「どんな味なのか」気になって買いたくなるようなコミュニケーション作戦に出た。実際、味への疑問がタコハイのトライアルに繋がっている。

こだわり酒場のタコハイ(缶)は、当初の年間販売計画250万ケースを発売後3カ月半で達成し、すぐ500万ケースに上方修正された。計画の2倍の数字をたたき出したことで、翌年の生き残りはほぼ確実に。好調の波がさらに続けば、その先には定番ヒット商品の座が見えてくる。

「授業料は払ったからな」

「上司からはよく『授業料は払ったからな』といわれます。前回で勉強させたんだからこれからが本番だぞと。期待に応えられるよう、タコハイをもっと成長させて、この先もずっと定番商品としてお客様に届けていけるようにしたいですね」

RTDはトライアル&エラーが当たり前の世界。だからといって失敗しても平気でいられる人はおらず、開発に関わった全員が同じように痛手を受けるという。しかし、商品の入れ替わりが激しい市場では一度ダメでも次がある。黒川さんの挑戦もまた続いていく。