家族のあり方は大きく変化しているのに、まだまだ根強く残る家父長制度。ジャーナリストの竹信三恵子さんは「男性が家計を稼ぐべきという『世帯主主義』は、父親を追いつめ、さらには父親から虐待される子どもたちを追い詰める。コロナ禍で困窮した22歳の女性のケースでは、児童相談所も行政も救ってくれなかった」という――。

※本稿は、竹信三恵子著『女性不況サバイバル』(岩波新書)の一部を再編集したものです。

実態に合わない「世帯主主義」が男性も女性も追いつめる

コロナ禍では子どもたちや若い女性が困窮に陥っている現状が浮かび上がった。1990年代後半以降の賃金の低下傾向のなかで、多くの男性にとって、「家族の扶養」は簡単ではなくなっている。それでも「男の甲斐性」を前提とした虚構の「扶養責任」が男性の肩にのしかかる。

「世帯主」が何でも支えなければならない社会は、子どもたちに大きな重圧をもたらしている。

家庭は人間によって構成される。だから、人間同士の摩擦や軋轢、圧迫はつきものだ。緊急事態宣言などで出口を絶たれ、そうした圧迫で圧力釜のようになった家庭から守ってくれる何かを探そうとする「少女たちの家庭脱出」が、コロナ禍では脚光を浴びた。

家庭内に孤独や生きづらさ、でも逃げ場がない少女たち

夜の街を徘徊する少女たちに声をかけ、食事を提供し、福祉支援につなぎ、少女たちの居場所づくりも目指してきた女子高生サポートセンター「colabo」や「BONDプロジェクト」などのNPOは、コロナ禍以前から活躍を始めていたが、コロナ禍の下で、こうした組織に駆け込んでくる少女たちは大幅に増えた。

NHK「首都圏ナビ」WEBリポートによると、「BONDプロジェクト」の橘ジュン代表は、次のようにコメントしている。

「このコロナ禍だと、誰かといることはさらに難しく、本当に独りぼっちだと感じている子がいます。大変な時に、より大変な状況になる子というのは、何かあった時に身近な人に頼れず、さらに深刻な状況に追い込まれているのではないでしょうか。『死にたい』『消えたい』というのが、彼女たちが今やっと出せることばであり、1番伝えたいことばなんだろうなと思います」

こうした支援者や当事者の話を聞き歩くと、そこにも「世帯主主義」の影が見えてくる。

家庭の外に逃げ場がない

2012年3月、女性が男性に気を遣わずに相談し、交流できる場所をつくろうと、「女性による女性のための相談会」の第1回目が東京都内で開かれた。男性による性暴力被害の経験者などにも配慮し、女性労働組合やユニオンのメンバー、医療関係者、弁護士、税理士、議員、ジャーナリストなど、相談に乗る側も女性だけという相談会だ。食料がもらえると聞いてこの場にやってきたのが、当時22歳のユリだった。

「今日はだれが殴られる?」と姉妹が怯え続けたある家庭

父は自営業、母は専業主婦の中流家庭に育った。3歳のころから、教育熱心な母によってピアノ、バレエ、習字など隙間なく習いごとに通わされ、6歳になると、早朝に起こされて分厚いドリルを解かされた。できないと手が出た。「2人の妹たちと、今日はだれが殴られるかと毎日びくびくする」という暮らしだった。

ユリが小学3年の時、その母が病院で統合失調症と診断された。掃除や料理など、生活の基本は教えてもらえなかった。まともな食事は給食だけで、母が用意すると、何日か前に炊いたご飯と、カレーのルーを溶かさないまま水道水に浸したものだったこともあった。妹たちと近所のスーパーマーケットに出かけ、試食販売で空腹をしのいだ。

父は介入せず、家に帰らない日も少なくなかった。殴られても何も感じなくなり、しばしば記憶が飛んだ。泣くことができず、外から見れば平気でいるように見えるのがつらかった。

何年も後になってから、その時を思い出して、ようやく涙が出るようになった。心理学では、過度につらい体験に遭った時、心の防衛策として体験にまつわる感情などを無意識に意識外へと切り離すことを「乖離かいり」と呼ぶ。その「乖離」が起きていたと思う。外に出るともっと恐ろしい目に遭うのではと思うと家を出られなかった。

一人で怖い、悲しいうつ病の子供たちはいじめられた後、暗い部屋で彼女の顔を閉じます
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どれだけ追い詰められているか児童相談所も理解せず

父が珍しく、誕生祝いのプレゼントとしてタブレット端末をくれたことがある。それを使って、中学1年のころ、インターネットを通じて異性との交際を仲介する「出会い系サイト」にアクセスしてみた。知らない男性から連絡が来た。何をするのかもわからないまま駅で待ち合わせ、公衆トイレの中で男性が求める通りのことをすると、5000円渡された。それで菓子やパンを買い、帰宅して妹にも渡すと、妹たちは、喜んだ。

中学3年の時、学校の配布物の中に、子どもの悩み事の相談先として児童相談所のカードが入っているのを見つけた。助かるかもしれないと、ネットで場所を調べ、放課後、出向いた。だが職員は、現状をいろいろ聞いた後、「でも君はここに1人で来られているからね」と言った。どれだけ追い詰められているのかわかってくれていないと、落胆した。

高校卒業後、県外の大学に入学したのは、家を出られると思ったからだ。朝食と夕食付きで月6万8000円の大学の女子寮に入った。寮生活で初めて友だちができ、やっと望んでいた「普通の生活」をつかめた。父は、入学金と授業料は出してくれたが、やがてそれも途絶え、奨学金とアルバイトで生活を立てた。

バイトしながら大学に通うが、虐待の後遺症で接客業は困難

身を守れるようにと大学では労働法を専攻したが、バイトのため求人を探してみると、労働法以前の職場ばかりだった。「クレープを焼きながら楽しくお話ししませんか」という求人があり、行ってみるとクレープを焼く人は別にいて、男性客の横にすわって話をするキャバクラのような仕事だったこともある。

困ったのは、スーパーや販売店などの接客のバイトが難しいことだった。虐待の後遺症か、客と対応していると意識を失うことがあったからだ。警備のバイトなら現場に立っていればなんとかなると、これをつないで大学生活を続けた。

常勤の警備員と違い、学生バイトはイベントなどがあった時の臨時の警備に配置される。現場が遠くても移動時間に対する賃金や交通費は払われず、現場にいる8時間に最低賃金水準の時給を掛けた1日8500円程度にしかならない。そこへ2020年3月からのコロナ禍が到来し、イベントが激減した。

支援者に教えてもらった「夜の商売あるよね」は人権侵害

所持金は1100円にまで落ち込み、寮費も払えなくなった。卒業まであと1年。その期間をもちこたえようとインターネットで調べるなどして、若者向け自立援助ホームに相談し、ホームが安く借りてくれたアパートに1年の期限で住むことができた。

2020年4月からは緊急事態宣言下で授業がなくなり、やがてオンライン授業が始まり、対面授業はないままだったが、2022年3月に卒業はできることになった。卒業したら奨学金はなくなる。行政の生活相談に行くと「若いんだから夜の商売とかあるよね」と言われた。たまたま知り合った水商売関係の女性から、冒頭の女性相談会に行けば食料をもらえる、と聞いて出向いた。

ネオンの銀座のダウンタウン
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そこで支援者につながり、初めて、「夜の商売もあるよね」が人権侵害発言だと知った。東京都内で生活保護を受けられるよう申請に同行してもらうこともできた。ところが、福祉事務所の窓口では、元の居住地で生活保護を受けるように言われた。交通費として1100円渡され、これで行けるところまで行き、そこの福祉事務所から交通費をさらに受け取る形でつなぎながら戻ればいい、という。支援者の抗議でこの指示は撤回させることができ、生活保護が利用できるようになった。

「女性相談会で出逢った支援者が伴走を続けてくれたおかげでなんとか乗り切れた」とユリは振り返る。家族の生活は世帯主の責任、という社会で、公的な生活支援や住まいの確保は手薄だ。それが、すでに支える力を失った家庭にユリを縛り続け、飛び出した後も不安定な生活を生み出し、コロナ禍がそこを直撃した。

「扶養義務」と引き換えに家庭という密室で抑えられる母子

「扶養」と引き換えに管理権を委託された「世帯主」の父や、父や世間の意向に沿うため、子どもを懸命に「しつけ」ようとする母の姿が、背景に見え隠れする。家庭という密室では、これを止める監視者はいない。経済的な貧富と関係なく、それらが少女たちを抑えつける。それでも、外には安心して出ていける場所がない。だから、そこにいるしかなかった。

そんななかで家庭を脱出してきた女性たちには、まず、好きなだけ寝続けてもらうという。「自分がしたいように生きていい」という安心が戻ってくると、入居している個室のカーテン選びや好きな絵を飾るなど、自分の居場所づくりを楽しむ気持ちも芽生えてくる。そこで、本来の力がよみがえってくる。

「家族任せ」の仕組みが、公的な支えの場を削り取っていく

別の職員は言う。

竹信三恵子『女性不況サバイバル』(岩波新書)
竹信三恵子『女性不況サバイバル』(岩波新書)

「とりあえず困った時におカネを稼ぐ方法は、みな結構知っている。SNSなどで性売買などの情報はあふれ、家出して街で出逢った男性と同居し、稼ぐよう強要されることも知っている。ただ、手に入れたカネで買うモノに、ヒトがどう関わっているかは知らない。それを繰り返す中で、カネさえあれば何でも手に入るという『認知の歪み』が生まれてしまう。それが人への思いやりや想像力の欠如につながってしまうかもしれない。暮らしを作り出すことは、そうした認知の歪みを修正していくことでもある」

「世帯主主義」は、2つの暴力を少女たちに強いた。「扶養」を任された「世帯主」による直接的な暴力と、そこからの救済を求める少女たちを受けとめる公的な支えの場を削いでいくという間接的な暴力だ。コロナ禍で強化されたNPOによる発信や相談会が、そうした少女たちに踏み出す力を与え、見えなかった暴力を白日の下にさらした。