※本稿は、竹信三恵子著『女性不況サバイバル』(岩波新書)の一部を再編集したものです。
飲食業界は失業したら他の店に移ることができたのに……
コロナ禍による女性の雇用喪失を深刻にしたのは、政府が推奨してきた「企業間の労働移動による失業対策」だった。これは、失業したら別の企業に転職することで収入を確保する、というものだが、転職は経験や人脈がものを言う。その意味で、同じ業界内での転職は比較的ハードルが低く、頼みの綱だ。
ところがコロナ禍では、飲食業界のような非正規女性が支える業界が丸ごと打撃を受け、業界内転職の道がほぼ閉ざされた。ここで浮上したのが、「成長分野」の他業界への労働移動を目指した「スキルアップ」政策だ。
2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022」(以下、「骨太の方針2022」)には、「働く人が自らの意思でスキルアップし、デジタルなど成長分野へ移動できるよう強力に支援する」「人への投資や強力な就職支援を通じて円滑な労働移動を図り」といった文言が並ぶ。だが、「スキルアップ」「就職支援」「労働移動」という言葉が、むしろ、女性を取り巻く労働の歪みの是正を先送りする仕掛けとして機能しかねない現実が、コロナ禍では浮かび上がった。
アパレルの正社員だったがコロナ禍で休業手当8万円のみ
西日本の地方都市に住む20代のチヅル(仮名)は2016年、高校を卒業後、アパレル企業の店舗で正社員の販売担当として働いてきた。だが、コロナの感染拡大による2020年4月の緊急事態宣言で、店は休業となった。額面で月20万円程度の賃金だったチヅルに、休業手当は月8万円しか来なかった。休業手当は労働基準法で「休業前の平均賃金の6割」と規定されているが、実質4割程度しか支給されない仕組みだからだ。
1カ月後に店は再開したものの、時短営業で賃金は月12万円に落ちた。生活費が足りなくなり、転職先を求めて出向いたハローワークで、コロナの影響を受けやすい販売を避けて、物流会社の事務職として働いてはどうかと助言された。短期契約のパートではあるが、契約を更新すれば長く働けて、週5日勤務、手取り月18万円というフルタイムに近い条件に惹かれ、2020年10月、再就職を果たした。
だが、この会社も長引くコロナ禍でイベントや行事の激減に見舞われ、倉庫の利用度が大幅に減り始めた。シフトを減らされ、手取りは月11万~14万円程度に落ち込んだ。
転職した物流会社も手取り14万円以下で毎月赤字
1人暮らしの家賃と光熱費、食費に加え、地方では必需品の車のローンとガソリン代、さらに携帯電話代などを払うと、毎月赤字になった。2022年2月からのウクライナ戦争開戦後の物価急騰が、これに拍車をかけた。親やきょうだいから食料を送ってもらってしのぎながら、仕事の合間を見て再びハローワークに通った。だが、女性を対象にした求人で、生活できる賃金水準の仕事はなかなか見当たらなかった。
1年近く求職活動を続け、2022年春、ようやく手取り月17万円の大手企業のシステム入力の仕事が見つかったが、待遇は不安定な派遣社員だった。「女性の事務系の仕事の求人は派遣社員ばかり。選択の余地はなかった」とチヅルは話す。
正社員を目指し求職活動をしても希望の仕事には就けない
チヅルの体験は、必ずしも特異な例ではない。
2021年8月、野村総研は、「コロナによるシフト減パート・アルバイト就業者の転職意向に関する調査」を行っている。転職したいと考えている20歳から59歳のパート・アルバイト女性2060人を対象にしたインターネットによるアンケートだ。
調査では、転職先を探すパート・アルバイト女性は3割に及び、うち4人に1人近くが半年以上求職活動をするなど、求職活動の長期化という状況が浮かび上がった(図表2)。
コロナ禍の影響が及ばない業種などへの転職希望があるにもかかわらず求職活動を始めていない女性も3割にのぼったが、うち4人に1人が「収入が得られない期間ができると困るから」を理由に挙げた。
また、転職を希望する女性の8割超が、資格取得や職業訓練にかかる金銭的負担の軽減、その期間の経済的不安感を解消する制度が新しい仕事に挑戦しやすくする、と回答している。低収入で貯えも乏しく、失業手当などの不備で働き続ける以外生活を支える方法がない女性たちの現実がそこにある。
女性への求人は非正規ばかり…、短期契約で雇い止めに
こうした女性たちの苦境への対策について、2020年11月にまとめられた厚労省の雇用政策研究会報告書(概要版)の「アフターコロナを見据えた政策の具体的な方向性」は、次のように述べている。
「マザーズハローワーク等における子育て中の女性等を対象とした担当者制による職業相談・職業紹介等の支援に加え、子育て中の女性等が仕事と家庭の両立を図りやすいテレワークが可能な求人といったように、女性求職者の様々なニーズを踏まえた求人開拓を行う等、早期再就職を支援することで、不本意な非労働力人口化を防止」
一見、悪い施策ではない。だが、コロナ前から非正規比率が過半数を占めてきた女性の労働市場では、このような「求人開拓」や「早期再就職支援」が実行されたとしても、チヅルの例のように不安定雇用から不安定雇用への移動の連鎖に終わる確率は低くない。
あるハローワークの職員は次のように嘆く。
「現場では正社員就職の目標値が設けられているが、女性の過半数が非正規の労働市場で、とりわけ女性の正社員化はハードルが高い。数値を上げるためか、『週20時間を超えた仕事に就けば正規就職』とか『ハローワークには複数の部署があるが、たとえばこのうち4つの部署に重複登録した求職者が1つの企業に正規就職したら4人分』とかいったカウント方法をとってもいい、と現場では1言われている」
「女性への求人は非正規しかない場合がほとんど。就職の達成率を上げようと、苦労して会社に押し込んでも短期契約によって都合よく雇い止めされ、またハローワークに戻ってきてしまう」
短期雇用を渡り歩く「回転寿司型就労」の陰にDV
特に目立つのは、パワハラによって退職に追い込まれる例だという。パワハラの被害者は、男性も多い。だが、とりわけ女性は、夫のDVや上司のセクハラ、親による女の子を軽視する教育、などの暴力に慣れてしまっている。そのためパワハラされても自分が悪かったから、と思い込み、対抗できない女性が多い。その結果、黙って退職してはハローワークに舞い戻ることを繰り返すという。
「女性たちが言うんです。『私たちって回転寿司みたい。ベルトの上を回り続けているだけで一向にまともな仕事にたどりつけない』って」。ある相談員は苦く笑う。
首都圏に住む40代のサトコは、そんな1人だ。30代の専業主婦だった11年前、夫から離婚を求められ、パートや生活保護を支えに2人の子どもを育ててきた。2019年冬、知人の紹介で大手生命保険会社の営業として正社員就職した。仕事に慣れない3かカ月間は税込みで16万円保障すると言われ、生活保護を抜け出すことができた。その3かカ月後、コロナ禍が始まった。
生命保険の営業でノルマを達成できずパワハラにあう
2020年4月の緊急事態宣言で1カ月の自宅待機となったが、賃金はその間も支給された。ところが、仕事が再開するとパワハラが始まった。賃金保障の期間とされた3カ月が過ぎて顧客獲得のノルマが厳しくなり、それが達成できなかったからだ。親戚や知人を必死で勧誘した。それも尽き、査定が下がり、手取りは月22万円に落ち込んだ。
辞めていく同僚も目立った。そんななかで、欠員補充のためか、「採用デー」とされた日には2人組んでハローワークの玄関前に立ち、コロナ禍で失業した女性たちを待ち受けて正社員に誘う当番もあった。こうした勧誘活動を通じ、たくさんの女性が正社員として採用される。営業能力のある女性たちは残るが、周囲を保険に加入させた後、目標達成に苦しんで退職していく女性も多数いた。もう、正社員なら安心という時代ではないんだ、とサトコは思った。
パワハラによるうつと生活費の不足のなかでサトコは退職し、その後は知人やハローワークの紹介を頼りに、コンビニの販売員、介護施設の調理員など、短期契約の仕事をつないでコロナ禍をしのいだ。どの職場でも非正社員が大半を占め、低時給で長時間労働が常態化していた。すぐに就職できるのは、やめていく人が多いからなのだとわかってきた。
ハローワーク勤務の女性でさえ3年で雇い止めの社会
多様な雇用形態が入り混じるなかで摩擦も多く、パワハラは付いて回った。その1つである大手の鮮魚専門店では、仕事ができないなどと執拗に言われ、体調を崩して辞職に追い込まれたが、自己都合による退職とされた。
これでは会社の都合による退職の場合と異なり、すぐには失業手当が出ない。会社のパワハラが原因なのにと疑問に感じつつ、自分が悪いとも思い、抗弁できなかった。「親に圧迫され、結婚後は夫から精神的なDVに遭い、職場でも、何かされると自分がだめだからと責める習慣がついていた」とサトコは振り返る。
それらがやはりパワハラだったと確信できたのは、舞い戻ったハローワークでの相談員の指摘からだった。その相談員も女性の非常勤で、「私たちは、3年たったら実績に関わりなく自動的に全員雇い止めされ、新しく公募しなおされるんですよ」と打ち明けられた。ハローワークは国の機関だ。女性の就労を推進する政府の足元でも? とサトコは絶句した。
自治体の非正規公務員の4分の2は女性だ。民間の非正規も7割が女性だ。「公も民も、女性の多くは回転寿司なんですね」とサトコは言う。