仕事に家事に忙しくしている横でだらだらと遊んでいる我が子を見ると、つい「勉強しなさい!」と言ってしまう親は少なくないでしょう。しかし、小学校でペップトーク授業を行う二児の母、乾倫子さんは「そのように指示するだけでは、子供は『今からやろうと思っていたのに……』とむしろ意欲をなくしてしまうので要注意です」といいます――。

※本稿は、『プレジデントFamily2023秋号』の一部を再編集したものです。

勉強をする子供
写真=iStock.com/Angela Guthrie
※写真はイメージです

大谷選手もWBCで活用していた「ペップトーク」術

ペップトークは、スポーツの現場で使われてきた、人を励ますための「短く・わかりやすい」話法です。長年、監督が試合前に、ロッカールームで選手へ言葉がけをする際などに活用されてきました。ペップ(PEP)とは、「元気・活気」という意味で、正しく使えば人のやる気を引き出すことができます。

最近ではWBCで大谷翔平選手が、決勝戦の前にチームメンバーに言っていた「『(世界的に有名な選手と戦うけれど)今日だけは憧れるのをやめましょう。勝つことだけを考えていきましょう』というフレーズが話題になりましたが、これもペップトークの典型的な例です。

この話法はスポーツの現場だけでなく、教育や職場、営業現場などでも活用することができます。

脳は「否定形」と「肯定系」を区別できない

話法と聞くと「難しそう」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。一番簡単に、ペップトークを取り入れるコツは、“とにかくポジティブに変換”すること!

もし忘れ物の多い子供に声をかけるとしたら、「忘れ物をしない!」のような「~しない」ではなく、「持ち物を確認しようね」とポジティブに言い換えてみる。脳は構造上、言葉の「否定形」と「肯定形」を厳密には区別できないので、「忘れ物をしない!」というと、忘れ物をしたという事実・言葉だけが強く刻まれ、結果的にまた忘れ物をしてしまうことになります。それをポジティブな言い回しに変換するだけで、子供の態度が変わってくるのがわかるはずです。

とはいえ、子供を叱るのが癖になっていると急に言い換えるのは難しいと思うかもしれません。それでも、大丈夫です。もし誤って「~しない!」と言ってしまったとしても、そのあとに「だから○○しよう」とポジティブな言葉でフォローすればOK。

人間は、脳の構造上、あとでから言われた言葉のほうが印象に残るようになっています。少しずつ意識して、ポジティブ変換していきましょう。

効果を最強に高める! 声かけの「4ステップ」

ペップトークは、細かく見ていくと「受容」「承認」「行動」「激励」の四つからなります。この順序を守って組み合わせると、より効果が発揮されるといわれています。

例えば、宿題をやらない子への声かけではまず「宿題多いね」と現状を受け入れてやります(受容)。次に、「でも、これだけ宿題が出されるくらい、1年生のころより賢くなったってことか。すごい!」とポジティブに変換し認めます(承認)。次に、「まずは1ページやってみようか」や「どれから始める?」と具体的な行動を促します。そして「あなたならできる!」「困ったら相談してね」など激励の言葉をかけて完成です。

4ステップ目の「激励」の言葉は、その子の性格に合わせて変えるのがポイントです。

「勉強しなさい」が逆効果になる理由

いきなり4ステップを親子のコミュニケーションに活かすのは難しすぎる……と思うかもしれませんが、完璧じゃなくても大丈夫! ペップトークは順序さえ守れば、単体でも効果があります。

まずは序盤の「受容」「承認」のみを日々繰り返す癖をつけるのがおすすめ。親にありがちなのが、この二つをやる前に「勉強しなさい!」などと3段階目の「行動」のみを促してしまうこと。普段から、受容と承認により心が満たされている子供は、すぐに行動にうつすことができます。でも、満たされていない子供は「今からやろうと思っていたのに……」とむしろ意欲をなくしてしまうので要注意です。

もし、子供と信頼関係を結ぶのに行き詰まっているようでしたら親自身に余裕がないことも考えられます。ご自身を相手に「今日も一日よく頑張った、えらいな私」などとセルフペップトーク(自分自身を満たし、勇気づける言葉がけ)をして、まず親のケアをしてから子供のやる気を引き出しましょう!

「朝起きないとき」の声かけとコツ

そのほか、2つの場面で、ペップトークをした声かけ例を紹介します。

ひとつめは「朝起きないとき」の声かけ。コツは、前の日の夜に、翌朝にかけるペップトークの種を探っておくことです。明日の学校で何が楽しみなのか、聞いておきましょう。

「やるべきことがおろそかなとき」の声かけとコツ

もうひとつご紹介するのは、「何かに夢中でやるべきことがおろそかなとき」の声かけです。これからごはんも、宿題もあるのに、なかなかお風呂に入ろうとしない子供に「いい加減に、お風呂に入りなさい!」と怒るよりも、効果的なフレーズ例です。

ここでお伝えしたい重要なこととして、ペップトークの効果が発揮されるのは、相手も「やらなきゃいけない」と思っているときに限るということ。同じゴールを見ていない相手に、ペップトークをしても効かないのです。なので、子供は何か他のものに夢中になっているときには、まずは子供自身が「そうだ、そろそろお風呂に入らないと」と思えるような気付きの一言(魔法のフレーズ)を事前に伝えます。

子供の「貢献欲求」を満たして

もうひとつ、魔法のフレーズをご紹介します。それは「助かったよ、ありがとう」です。意識して、子供に伝えるようにしてみてください。

『プレジデントFamily2023秋号』(プレジデント社)
『プレジデントFamily2023秋号』(プレジデント社)

人が伸びていくのに必要な欲求は二つあり、それは「承認欲求」と「貢献欲求」だといわれています。多くの親御さんは「褒める(例:すごいね)」「認める(例:がんばっているね)」は意識的に普段のコミュニケーションに取り入れていて、前者の「承認欲求」を満たせている子供は多いです。しかし、私は役に立てている! と思える「貢献欲求」を満たすことはなおざりにしがち。

例えば子供が料理を「手伝いたい」と言いました。そこで「まだ宿題やってないでしょ? 自分のことをやりなさい」などと言ってしまい、子供ががっくりするというパターンは多いんです。そこで「じゃあ、お豆腐を取って」など、何か一つだけでも任せて、「○○が手伝ってくれて助かったよ、ありがとう」と伝えると子供は満足するので、そのあとのこともスムーズになります。

一見遠回りをしているようですが、子供の心には「お母さんの役に立てて嬉しい」→「私はできる子だ」→「そうだやることがあった」→「宿題をやろう」と変化が起こり主体的な行動につながっていきます。

声かけを変えると自分が変わる、親が変わると子供も変わる

私たちは朝起きてから夜寝るまで、無意識にたくさんの言葉がけを自分にしています(専門用語では、「自己対話」といいます)。その言葉の数は、なんと約2万語から8万語!

普段からネガティブな発言が多い人は、もしかしたら一日に8万語も自分を責めるような声かけをしているかもしれません。そのうちの一部でもセルフペップトークに変えることで、自分自身が満たされ、子供たちにも余裕を持って接することができるようになります。

例:
「今日も叱っちゃった」→「明日は褒めよう!」
「私ってネガティブ……」→「リスク管理が得意だよね」

始めてすぐには変わらなくとも、継続していけば、必ず効果を感じられるはずです。騙されたと思って、まずは「セルフペップトーク」「ポジティブ変換」「魔法のフレーズ」を日々に取り入れてみてください。

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