日本ではどの国よりも急速に少子高齢化が進んでいる。東京大学教授の小林武彦さんは「生物学者としても少子化には危機感がある。若者の数が減り、学術も経済も停滞し、世界からどんどん取り残されている中、子供の数を増やすには、出産などのライフイベントを優先できる社会にするしかない」という――。

※本稿は、小林武彦『なぜヒトだけが老いるのか』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

急激な少子化で日本は本当に滅びてしまうのか

シニアの役割を考える意味でも、日本の将来を考える意味でも、少子化問題はとても大事なことです。生物学者としても危機感を抱いています。なぜなら、無数の死があって進化し、今私たちは存在しているわけですが、それが途絶えてしまうことにもなりかねないのですから。うかうか死んでもいられなくなります。

2022年5月に、米テスラCEOのイーロン・マスク氏が「出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなるだろう」と述べて話題になりました。実際に現在の日本では、急激な少子化が起こっています(図表1)。

最新のデータでは、2022年の1年間の出生数は79万9728人(※速報値。2023年6月発表の確定値は77万747人)で初めて80万人を下回りました。私の生まれた年(1963年)は約180万人でしたので、それから約100万人減ったことになります。大都市1つ分の人口です。わかりやすい例では、学校の教室から同級生の半分以上がいなくなったと考えたら、その減少の激しさと寂しさがわかります。

出生率を現状の1.26から2に近づけ社会崩壊を防げるか

このままのペースで減り続けると、最悪50年後には出生数が50万人を切るという予測もあります。もちろんこれは、今のペースで減少したらという意味です。政府からも「異次元の少子化対策」との掛け声もあり、出生数の減少がどこかで止まるかもしれませんし、逆に増加に転じるかもしれません。

実際にフランスでは少子化対策に成功して、出生率(合計特殊出生率/女性が生涯産む子供の数)は「2」近くを維持しています。ちなみに日本は1.26(2022年)です。人口を維持するためには最低2.08は必要と考えられていますので、日本の1.26という数字は絶望的です。このままでいくと日本の将来がどうなるか容易に想像できます。

仮に今すぐに大胆な政策をとり、出生率が2.08を超えたとしても、遡って増やせるわけではないので、これまでの低出生数の影響による人口減少は、数十年間は続きます。つまり親世代の人口が少ないので、出生数を上げてもすぐには人口が増えないということです。ただ、将来的な日本の消滅は防げます。

人口が減るといろいろなところで少なからぬ影響が出るのは避けられません。たとえば年金などの現役世代が支えている制度はもちろん、道路・鉄道・上下水道・送電網などの社会インフラの維持は厳しくなります。働く人が足りなくなるのです。

少子化は個人が悪いわけではなく、政治の問題

一方で、人口が減ること自体は悪いことばかりではないという考えもあります。ドイツ(8300万人)やイギリス(6700万人)、フランス(6800万人)などのヨーロッパの国は、日本より人口が少ないですが、日本以上の労働生産性(一人当たりの稼ぎ)を保っています。研究の分野でも、これらの国の論文数は日本よりも多いです。ただ現状では、日本の労働生産性も論文数も下がり続けています。このままの状態で人口だけ減っても、おそらくヨーロッパの国々のようにはなりません。イーロン・マスク氏の「日本が滅びる」は、実は言い過ぎでないのです。

米ツイッターを買収した実業家のイーロン・マスク氏(フランス・パリ)=2023年6月16日
写真=AFP/時事通信フォト
米ツイッターを買収した実業家のイーロン・マスク氏(フランス・パリ)=2023年6月16日

日本の若者の数が減り、学術も経済も停滞し、世界からどんどん取り残されているという暗い話をしました。ここでいつもなら、たくましく生きている生物の話をして盛り返すのですが、ヒトの少子化に関しては、生物で一般的に見られるような環境の変動による食料不足や天変地異による生活空間の減少、外来種による捕食などによる外的な要因等で引き起こされたわけではなく、自分たちの都合で子供を増やさなくなって「勝手に」減っているので、生き物の絶滅などとは訳が違います。

もちろん個人が悪いのではなく、ヒトは社会性の動物なので、日本の社会の在り方の変化が原因です。この後お話しするように、少子化の解決策はいくつかあります。それをやるかやらないかは、政治の問題であり、政治家を選ぶ私たち国民にかかっています。実際にフランスのように少子化対策に成功している国もあるわけですから。

キャリアも大事だが、ライフイベントは先送りできない

私は、大学の女子学生から「研究者になっても結婚したり子供をもうけたりできますか」と相談を受けたことがあります。研究者に限らず、ある程度の「競争がある分野」では、同様の心配を抱えている方は男女問わず多いと思います。

私の答えは決まっていて、どんな職業についても、チャンスがあれば我慢せず、まずそちら(ライフイベント)を優先しましょう、です。ライフイベント(出産、子育て、介護など)は先送りできません。つまり後回しにはできないのです。それでもし、仕事に不都合が生じた場合は、その会社や社会の制度が悪いのです。そちらのほうをみんなで一緒に変えていきましょう。

言うのは簡単ですが、実際には「世の中を変える」のが簡単ではないことは、よくわかっています。ただ「簡単ではない」を理由にこのまま何もしなければ、どんどん悪くなっていき、本当にこの国は「終了」してしまいます。

出産・育児支援の制度をフル活用できるようにするべき

制度としては、どんな職種でも、労働者の育児休暇などが男女ともに法律で認められています。でも現実には、たとえば数年の任期がついている雇用でそれが利用できるかというと、厳しいかもしれません。実際に十分に利用されていないのは、ご存じの通りです。

ちなみに私の研究室では、常に女性の教員は半分以上おり、今の大学(東京大学)に移ってからの7年で生まれたお子さんは7人、出生率は日本の平均を上回る1.7です。育児などのライフイベントの理由で仕事を辞めた人もいません。これは自慢ではなく、これでもまだ不十分だと思っています。

うまく制度を利用できないのは、少子化で当事者が少なく、休暇を言い出せる雰囲気がないという事情もあります。加えて「自分も苦労して乗り越えてきたのだから、あなたたちも頑張りなさい」のような少し意地悪なお考えの方も少なからずおられるようです。このような子育てを重要視しない空気と苦労を押しつける「負の連鎖――足の引っ張り合い」の結果が、現在の少子化の一因になっているのかもしれません。

子育ての苦労を押しつける「負の連鎖」が起きていないか

逆に、経験者の方々が「自分たちは大変だったから、次の人にはもっと楽に子育てができるように」と少しだけ力を貸してもらえたら、案外簡単に変えられることなのです。特にライフイベントに関わるのは、人生のほんの一時期です。しかしそのときにしかチャンスはないのです。「負の連鎖」を断ち切り、V字回復のイニシアティブ(音頭)を取るのも、まさに「シニアの仕事」です。

日本が世界に誇れることは、かなり減ってきてはいますが、もちろんあります。その一つが、世界一の長寿国だということです。敬老の風土、健康的な食習慣、きれいな生活環境などのおかげでしょう。偶然日本に生まれたということだけで、他国に比べて、より長い人生が持てる可能性があるのです。

2022年9月の総務省の発表によれば65歳以上の方は昨年より6万人増え、過去最多の3627万人。総人口に占める割合も29.1%と過去最高。世界200の国と地域の中で最も高いです(図表3)。仕事に就いている65歳以上の方は909万人で、18年連続で増加し、こちらも過去最多。65歳以上の就業率は25.1%に上り、特に65歳から69歳の就業率は初めて50%を超えたそうです。高齢者の労働意欲は徐々に高まってきているということです。

全世代がハッピーになれるかの鍵はシニアが握っている

小林武彦『なぜヒトだけが老いるのか』(講談社現代新書)
小林武彦『なぜヒトだけが老いるのか』(講談社現代新書)

この大勢の知識と経験豊富な方々にはぜひ「シニア」になっていただき、公共的に行動していただけたら、今後の日本の未来は明るくなると私は考えています、というか誰が考えてもそうでしょう。安心して子供が産めるような国にまた戻ると思います。

ここで子供の数(出生数)は象徴的に使っていますが、大切なのは、それだけの経済的、精神的余裕と将来展望、つまり簡単に言えば子供を作りたくなり、周りもサポートしたくなる空気感を作り出せるかどうかです。生まれてくる子供が幸せになれないような環境では、誰だって子供は作りたくありませんからね。

この「シニアが頑張って今の日本をなんとかする」構想は、長寿化の進化を牽引した、繁殖年齢を超えたヒトが子育てをサポートするという「おばあちゃん・おじいちゃん仮説」の延長線上にあり、全世代がハッピーになれる一つの有望な手段です。