※本稿は、前田正子、安藤道人『母の壁 子育てを追いつめる重荷の正体』(岩波書店)の一部を再編集したものです。
仕事と家事育児を一手に担い、疲れ果てた母親たち
日本の母親が父親(夫)に対してどう感じているのか、調査の自由記述を見てみよう。「男は仕事、女は家庭」という性別分業の価値観が強い中で、とにかく母親は仕事と家事育児を一人で背負うことに疲れ切っている。少しでも父親が家事や子育てを我が事として捉え、主体的にやってくれればと願うばかりだが、その思いは父親には届いていないようである。
【回答B】家でも家事や育児の分担は圧倒的に女性の方が多く、家に帰ってから寝るまでヘトヘトになってしまいます。
【回答C】男性の育児参加が増え、制度も充実してきています。育児を手伝うのではなく、育児のできる男性が増えてほしいです。
【回答D】家庭内では夫にも育児に参加してもらえるように役割を分担していますが、いつの間にか自分自身がやってしまうことが多く、結局、妻の家事負担は減りません。
まだまだ父親には育児への責任感や当事者意識がない
母親が強い不満を抱いているのは、父親の責任感や当事者意識のなさである。夫婦二人の家庭であり、子どもを育てているのだから、本来は二人で担うべきもののはずなのに、子どもが病気の時に休むのも母親、家事育児のために働き方を変えるのも母親。父親は「手伝う」だけで十分という考えで、一緒に家事育児を担わなくてはならないという自覚がなく、仕事も職場の付き合いも変えようとしない。
【回答F】イクメンブームで、育児参加してるパパが増えてるようですが、うちは何で違うんだろうなーと思います。仕事が忙しすぎて子育て現場にいることが少ないので、たまに手出ししてきては、文句を言い……、何かちぐはぐだなあと思います。男性も「イクメン」なんか言われる社会じゃなく、あたりまえに時短勤務できたり子育て休暇がとれる社会になったら、もう少し意識もかわるのでしょうか……。(略)
【回答G】家事を分担していても、うっかり忘れたりなどの場合、父親はしないままで済んで、しわよせが母親側に全てくるのが不公平。誰かがやらなければいけないことは結局母親がやるハメになるので、父親にもっと家事でも責任感をもってほしい。
【回答H】男女平等と言いながら、女性は外でフルタイムで働いても家でも家事をする。男性は家事は手伝い感覚で、外で働くことが大事みたいな風潮はまだ強く残っていて、それがとてもストレスです。
【回答I】家事が辛い時の代わりがいない。(略)協力程度も家事ができない夫の意識は変えなければいけない。
「男は家事は手伝い感覚。外で働くことが大事」という風潮
【回答L】男女平等と言いながら、女性は外でフルタイムで働いても家でも家事をする。男性は家事は手伝い感覚で、外で働くことが大事みたいな風潮はまだ強く残っていて、それがとてもストレスです。
キャリアをあきらめたり、短時間勤務にするしかない場合、母親の収入は減り、経済的な自立から遠ざかる。母親が性別分業の網にからめとられると、蔑みや暴力にさらされても、抜け出せなくなることもある。
「夫は家事を一切せず、時短の妻をさげすんでいる」
【回答N】とにかくDV夫と別れて自立したい。(略)送迎も間に合わない夫の非協力でシッターなど有償サービスに頼っている我が家としては不平等を感じる。そもそも、仕事は共働きなのに家事の90%は母親の我が家、しかも夫は時々DV。これではDV夫から、逃げて自立できない!! 妻(女性)も思う存分働けるように、実際働かないと生活できないのに、保育所入れないなら、生活の補てんをして下さいよ。
家事育児の分担は家庭の中の問題である。母親が父親に話して夫婦で解決すればいいではないか、と考える人も多いだろう。実はこれは難しい。毎日の仕事や育児で疲れ果てている母親には、父親と話して理解してもらうエネルギーが残っていない。父親は「気づいてくれない」「わかってくれない」「夫の教育が一番難しい」「自分でやったほうが早い」と、もはや家庭内で家事や育児について話をすることすらできない。
「かつては腹も立ったがあきらめた」「頼むと不愉快な顔をされるので、頼むことがイヤ」という声もある。父親に何かを期待するだけムダというわけだ。
「子どもよりもダンナを教育するのが難しい」という嘆き
おふろに入れただけで子育てできてると思っているので(もちろんパジャマは用意しないし、子どもをふくのも私、おふろの飲み物さえ用意しないし、おふろのかたづけも私)。どうにか気づかせる方法はないものかと……。
【回答P】家庭内での家事育児の分担はお互い協力的にならない限り難しいと思う。性格的なものも大きいし、男性は仕事優先! の意識が強いので、どうやって家事をお願いしたら良いか不明だし、嫌な顔をされると、こっちまでふゆかいなので頼みたくない! 子どものうちから(特に男子)、女子を助けてあげる! 家の手伝いをさせる等の意識を変えていく方が最も効率的。
【回答Q】女の人(母親)は無条件に家事も育児もこなすが、男の人(父親)でそれができる人は少ない。お願いしたらやってはくれるが、あくまで“手伝う”というスタンスであり主体的に動いてくれることはほとんどないと思う。私や私の周りの家族もそうだが、夫に家事や育児をお願いするよりも自分でやってしまった方が早い。
【回答R】もしくは、頼むという行為自体がめんどくさくて、家事も育児も重い負担を担っているお母さんは多いと思う。また、私自身仕事に復帰して、夫と同じ立場になったものの、私の生活リズム(スタイル)は復帰前と比べて180度変わったが、夫も同じように変わったかと言えば、ほとんど変わっていない。(略)共働き家庭の夫が妻と同じくらい主体的に家事や育児をこなしてくれるような社会になったら、もっと妻は働きやすいのにな一と思う。
「誰か第三者が家事育児の重要さを父親に伝えてほしい」
母親たちが期待するのは、社会や第三者からの父親や男性たちへの働きかけである。妻よりも第三者から話を聞いた方が、夫も受け入れやすいかもしれないというわらにもすがるような想いが伝わってくる。
両親学級や父親向けの講座で、妊娠・出産前後の母親の体の状況や精神状況を教えてもらいたい、家庭訪問などで父親に働きかけをしてほしい、保育園の入所決定通知に「夫婦の家事育児分担表」のチェックリストを同封したらどうか、「もっと世の中全体で夫婦で家事育児分担するのはあたりまえになってほしい」というのが母親たちの願いである。
地域や社会も父親の育児分担をもっと呼びかけるべき
父親が家事育児を担ってくれれば母親にもゆとりが生まれ、子どもに対してももっと優しくなれて子どもにもいいはず、という声もある。また、今の大人についてはあきらめており、次世代に期待したいという意見もある。
また男性の育児への社会的な理解の必要性も訴えられている。
【回答T】365日24時間子どもと一緒にいる私(母親)は幸せだとばかり言って家事育児の大変さをわかってくれない父親。誰か第三者の方から育児の大変さ・協力の大切さなど直接言ってくれたらなーと思う。男性の育児参加についての啓蒙活動をしてほしい。
【回答U】地域の子育て支援で、母+子のイベントはよく見かけるが、父+子または父だけのものが少なく、もっと増やしてもらいたいと感じる。夫婦ゲンカのほとんどは、家事育児のことであるので、他の家庭の状況を父同士で意見交換できる場を作ってもらいたい。
【回答V】父親に、妊婦や産後の母親の精神状態をもっと知ってほしい。子どもの健診を平日でなく、土・日に行い、積極的に父親が育児など参加できるようにしてほしい。
本音では嫁のキャリアを応援しない60歳オーバーの姑たち
男性の家事育児参加を阻む要因として、社会がまだ男性の家事育児を前提として受け入れていないことも指摘されている。また、父親側の親、特に母親(つまり子どもの祖母)の意識をあげる声もあった。年代が上の女性たちには性別分業の価値観が強く、夫婦で一緒に子どもを育てるという意識がないという嘆きだ。だがいま60代の女性にはほとんど選択肢はなく、「子育ては母親の責務」と自分を納得させるしかない世代だったともいえる。
【回答X】女性ができない時はマイナス評価だが、男性が育児や家事をするとプラス評価だと思う。トータルの評価点数は女性の方が多いのにずるいと思う。また、男性の両親(特に母)は仕事をしている女性に対して、がんばっている、うらやましいとプラスの声を外では言うが、いざ自分のムスコのヨメが働き、男性が育児や家事をすると、かわいそうとかばう。
【回答Y】働く女性への理解のあるフリをしているが、実際一番足をひっぱるのは60~70代の女性たちだと感じる。子育てが一番で、アイデンティティがそこにしかなかった50~70代の女性には、どれだけ言っても子育て以外の選択をもち、両立している人を受け入れられない。仕事場でも家でも女が男が、ではなく、親として、子どもを育てていると言ってほしい。
働き方改革のあまりに遅い歩みが女性を追いつめている
母親たちは父親だけを責めているわけではない。父親自身が家庭の壁になってしまう背景に、父親たちの当事者意識の欠落だけではなく、働き方の問題もあることはよくわかっている。
まず、近年の日本の働き方について見ておこう。2015年には若者も高齢者も女性も男性も活躍できる「一億総活躍社会」というキャッチフレーズが生まれ、2016年に「ニッポン一億総活躍プラン」がまとめられる際には、長時間労働の是正が検討すべき課題として取り上げられている。
2017年には「働き方改革実行計画」が策定されたが、そこには長時間労働は「男性の家庭参加を阻む原因」とはっきりと書かれている。政府の政策でも、長時間労働は問題として認識されているのだ。OECD14カ国の比較でわかるのは、日本の男性は有償労働が圧倒的に長く、女性は圧倒的に無償労働が長い。「男は仕事、女は家庭」という性別分業が徹底した社会であるということだ。
働き方改革が男女ともに家事育児も担える方向に進んでいるとしても、あまりにその歩みは遅い。2021年の調査をまとめた「令和3年社会生活基本調査」を見てみよう。6歳未満の子どもを育てている夫婦の場合、夫と妻の家事関連時間を見ると、夫の家事育児時間は1時間54分、妻は7時間28分となっている。5年前の2016年の調査と比べると夫は31分の増加、妻は6分の減少となっている(週全体平均。共働き世帯も専業主婦世帯も合わせた平均である)。まだ男女差が大きいままなのだ。