就職・転職市場で人気の「大学職員」という職業は、本当に楽で稼げるのか。私立大学で事務職員として働いていた倉部史記さんは「成長実感がわかない、職場の運営体制や危機感のなさに焦燥感を抱くという一般的な悩みもあれば、アカデミック・ハラスメントや学生の不祥事など、大学組織ならではの問題もある。給与水準だって実際にはピンキリだ」という――。

※本稿は、倉部史記・若林杏樹『大学職員のリアル』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

大学の講義室
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民間企業から私立大学の事務職員に

20代の後半、私は都内の私大に事務職員として勤務していました。世間的に見たら入学難易度が高いブランド校とは呼ばれないかもしれないが、長い伝統を持ち、実直に教育と研究を行ってきた中規模の単科大学です。

学生も教職員も派手さはないけれど総じて真面目が取り柄。18歳人口減少の影響もあり、入学難易度の維持向上が課題になってはいましたが、経営状況は健全なほう。産業界からの評価も上々で、メディアでは入学難易度から見た就職実績から「お得な大学」という評価をしばしば受けるようなところです。

私は民間企業からの中途採用でした。当時はまだ若く、いわゆる第二新卒に近い扱いだったかもしれません。教務課に配属され、そこで一般的な窓口対応のほか、履修登録や時間割作成などの業務を主に担当しました。入試の運営や高校訪問など、教職員総出で行うイベントも経験しています。

就職・転職マーケットで人気の職業

さて現在、大学職員が一部の就職・転職マーケットで人気を集めているようです。企業が企画する転職フェアでは一部上場企業の社名に並び、「早稲田大学」といった名前が出展団体の目玉として大きく挙げられます。こうしたイベントは全国各地で企画されていますが、その地域に本部を持つ国立大学や私立大学の名前が前面に押し出されていることもしばしばです。企画者側は、大学職員に関心を持つ方が少なくないことを意識しているのでしょう。

若林杏樹氏のイラスト
イラスト=若林杏樹

実際、ウェブやSNSなどを見ていても、大学職員は一部で関心を集めているようです。

「大学職員は40代で年収1000万円以上」
「夏休みは3週間以上」
「残業もなく、ボーナスは○○万円以上」

といったことを紹介するブログ記事などが少なからず存在しますし、それらがアクセスを集めている様子も窺えます。「楽で稼げる仕事ランキング」といったテーマの記事で、上位に大学職員が挙げられている例もありました。現役大学職員の皆さんの中には、いま「そんなわけあるか」と思った方も少なくないはずです。ですが、こうした情報を信じ、関心を寄せている方がいるのも事実です。

給与水準はピンキリ

一方、実際に働いている職員の中には、さまざまな悩みを抱えている方も少なくありません。成長実感がわかない、キャリア構築ができない、職場の運営体制や危機感のなさに焦燥感を抱いている等々、さまざまなぼやきも耳にします。ハラスメントや不祥事はどのような組織でも起き得ることですが、アカデミック・ハラスメントや学生の不祥事など、大学組織ならではの問題もあります。給与水準だって実際にはピンキリです。

積み上げられたコインを見つめるビジネスマンの人形
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本稿のテーマ自体をいきなり覆すようですが、一言で「大学職員はこうだ」などとくくって論じられるわけが、そもそもないのです。電通だけを取り上げて「広告業界は高給だから目指すべき!」と断じているようなもの。スタッフ2人だけで制作している地域のフリーペーパーも広告業と言えますが、同列では語れませんよね。共通する点も確かに存在はしますが、過度に一般化してしまうのは危うい。大学職員は注目を集めているけれど、流布されている情報には著しい偏りがあります。

時代の変化、期待される役割の変化

日本の大学は3種類に分けられます。①国立大学法人が設置する国立大学、②公立大学法人が設置する公立大学、③学校法人または株式会社が設立する私立大学です。こうした法人に勤め、組織運営に従事しているのが大学職員と呼ばれる方々です。

一般的に大学職員と言えば、事務職員を指します。教授や准教授といった「教育職員」や技術職員、病院の医療スタッフなども広義ではみな職員なのですが、こうした方々も含めて言い表す場合は慣例上、「教職員」という言葉を使うことが多いでしょう。

国立大の職員の大半は管理職でも年収1000万円未満

大学職員のあり方は多種多様であり、一言では括れないと先ほど述べました。大学を設置・運営している法人の種別による違いは特に大きいでしょう。国立、公立、私立で、行う業務の内容や給与・キャリアといった待遇の実態がかなり違うのです。

本書執筆にあたり、多くの現役職員にインタビューを行いました。いくつかの声をご紹介します。

大学内の駐輪場
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Aさん(首都圏国立大/50代)

・公務員など、公的機関で働くことを望んでいる方が多く、その一つとして結果的に本学が選ばれている。そのため採用時は競争倍率も高いが、辞退率もそれなりに高い。県庁をはじめとする自治体などに受かると、そちらに行くケースが多いように感じている。

・言われたことだけやれば良いという職員も多い。改革意識の高い若者が採用されても、その意欲に応えられる仕事が用意できていない。やる気のない若手、余計な仕事は一切しないという姿勢の若手も残念ながらいる。

・さまざまなことを教員がやってくれる。職員は先生の意見を待ってしまう。

・分担業務が細かく分かれており、よく言えばきちんとしている。裏を返せば手続きが多く、縦割り組織で、業務量は膨らんでいく傾向にある。手続き処理を正確にこなすことが好きな職員が多いように感じる。

・異動官職というシステムがある以上、「これより上のポストには就けない」という想いを多くの職員が持っているように思う。

・給与水準で言えば、国立大職員の大半は管理職でも1000万円に届かない。

・母校愛が強い人が多い。

Bさん(地方私大/40代)

・自分が学んだ母校に貢献したいと考え、職員になった。私大に入職したい人には自分と同じように母校愛、母校を良くしたいという動機の方が多いように感じる。

・企業ではなく大学に勤めている、教育の仕事に関わっているという意識の方が周囲には多い。待遇目当てではなく、教育に関わる志のある方に来てほしい。

・中途採用で入職する方は増えている。他大学で非正規雇用の契約職員をされていた方が、中途採用で専任職員になるケースも多々ある。

・上の世代は、型にはまった仕事の仕方に慣れている、昔ながらの公務員タイプが多いように思う。若い職員たちとは違うところがある。

事務局長が数年おきに天下りでやってくる

Cさん(地方私大/50代)

・私大ではあるが、地元自治体の誘致を受け、自治体からの資金提供によって設置された大学。そのため事務局長は数年おきに自治体から天下りでやってくる。

倉部史記・若林杏樹『大学職員のリアル』(中公新書ラクレ)
倉部史記・若林杏樹『大学職員のリアル』(中公新書ラクレ)

・自治体からの潤沢な補助金で長く運営が支えられてきたため、他の補助金などを積極的に獲得する組織風土ではなかった。しかし自治体の財政が厳しくなった途端に急な方針転換を迫られるなど、自治体の姿勢に振り回されている。

・「大学で働いている」というアイデンティティに乏しい職員も多い。「地元で事務職として、安定して働ける職」という程度の認識でいる職員が多いのではないか。地方だと事務職の正社員の求人がそもそも少ないため、そうしたニーズの受け皿になっているところがある。

・自分の仕事を増やすことを極端に嫌うタイプの職員が少なくない。「余計なことをするな」というタイプの管理職もいる。そのため改善の提案は事務組織ではなく、教員側から物事を通すほうが早い。本来なら職員の方から行うべき取り組みも教員頼みになっている。

国立、私立といっても千差万別

Dさん(首都圏公立大/50代)

・大規模な自治体が設置する公立大。公立大学法人化した後は独自に職員を採用しているが、その後も事務職の5%程度は自治体から異動してきた職員であり、管理部門の要職は彼らが占めているように思う。一方、学生の教育支援に携わる教務部門は法人採用の職員がほとんどであり、法人化直後は私立大学からの転職者も多かった。

・最近、新卒採用で入職する職員には、公務員志望の方も見られる。

・法人化した際、自治体の首長が教職員全員の任期制を打ち出したが、人間関係がギスギスして離職者が増えてしまい、全員任期制は数年で廃止された。

ここに挙げたのはあくまでもごく一部の例です。一口に国立や私立と言っても実際には千差万別でしょうし、同じ法人の中にもさまざまな方がいると思います。すべての国立大がこうだ、私立はこうだと断じる意図はありません。ですが、たった4例だけでもこれだけ事情が異なるのかと感じていただければ幸いです。