この60年間で日本人の体温、とりわけ女性の低体温化が進行している。東北大学病院の大澤稔さんは「現代人特有の生活環境やストレスなどが原因となり体温が低下。それが慢性的な女性の不調につながっている」という――。
36.1度を指す体温計を持つ女性の手元
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60年以上前の日本人の体温は36.8±0.34℃だった

住環境や食生活などが変わり、昔に比べてはるかに豊かで便利になった現代ですが、それによって人の体に起こっている問題があります。深刻なのが、現代人の低体温です。昔の人に比べて明らかに体温が下がっているのです。

今から66年前の1957年のデータで、東京大学の田坂定孝教授による、日本人の体温についての唯一の研究があります。研究によると、当時の日本人の体温は「36.8±0.34℃」だったことがわかっています(田坂定孝, 他. 「健常日本人腋窩温の統計値について」日本医学. 1957; 44: 633-638)。エアコンなどの空調設備が整っていなかった時代では、体温は36℃後半の人が多かったのです。

一方現代人の体温についての研究は少ないのですが、北里研究所の伊藤剛医師が冷えについてまとめた著書の中で、「腋窩実測温が36.2℃以下」という定義があります(『冷えのとらえ方』日本医事新報. 2015; 4781号: 18-23)。  

私は漢方内科で診療にあたっていますが、不調のある女性は体温を測ると35℃台がほとんど。高くても36℃前半と、低体温の人ばかりです。手を触ると氷のようにひんやりと冷たく、「冷えているのが当たり前」と思って過ごしている女性も少なくはありません。不調のある人に限ってですが、60年前と比べると0.5℃以上体温が下がっていることがわかります。もちろん、不調を訴えるまではいかない人でも、現代特有の生活環境から、多くの日本人の体温が下がっていると考えられるのです。

鎮痛剤使用で体温-1℃! 低体温は現代人特有の生活に

約60年前と比べて現代人の体温が低下しているといえる理由は、空調設備が整ったことです。エアコンの使用で、夏は涼しく、冬は暖かく過ごせるようになりました。本来人間は、暑さや寒さに合わせて体温調節をしますが、この働きが不要になったのです。つまり、エネルギーをつくって熱を生み、体温を上げるという働き自体が鈍くなってしまったと考えられます。

マグカップを手に、リビングルームでリラックスしている女性
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もう一つ、体温調節と深い関係にあるのが、サーカディアンリズム(概日リズム)といわれる人に備わった体内リズムです。サーカディアンリズムは、太陽の光を浴びることでリセットされますが、夜型生活になりがちな現代人は朝のそのチャンスを逃してしまうことも。結果、体温調節のリズムが狂い、低体温を招いてしまいます。

また、現代人女性特有の原因として、ストレスの多い生活も挙げられます。嫌なことがあったり緊張したりしてストレスを感じると、闘争モードになる交感神経が優位に。血管が収縮して血圧も上昇、全身の血流が悪化して体が冷えてしまうのです。

さらに、非ステロイド性消炎鎮痛剤も注意が必要です。生理痛や頭痛などの緩和に使われる鎮痛剤は、痛みを取り除く半面、体温を下げる性質(いわゆる“熱冷まし”)があります。中には、体温を約1℃も下げてしまう鎮痛剤も。慢性的な痛みで鎮痛剤を頻繁に使用していると、低体温につながる可能性があります。

女性の不調の多くに“冷え症”が関係している

低体温を引き起こす、さまざまな原因について解説しました。では「何度以下ならば問題か」というと、明確な線引きはありません。東洋医学の分野では、体温が低く、それによって本人がつらいと感じた場合はすべて「冷え症」として扱います。冷えには「冷え性」と「冷え症」の二つの表記があり、前者は体質として扱われ、後者は東洋医学で疾病とされます。

不調が一つや二つではなく、あちこちに現れているという女性は多いでしょう。体調が悪いときは当然医療機関を受診するわけですが、血液検査をしても「異常なし」といわれ、原因不明のまま漠然とした不調を抱えながら過ごしている人も。そんな女性は体温を測ると低く、ほとんどが冷え症に当てはまるといっても過言ではありません。

例えば生理痛や頭痛などの慢性的な痛みをはじめ、体が重い、横になりたい、やる気が出ないといった慢性的なだるさ、生理不順などは体の冷えが主な原因です。

また、冷えは自律神経にも影響するため、不眠や疲労感も引き起こします。このように冷え症は、女性を悩ませるあらゆる不調の根底に潜んでいるのです。

お風呂に入って症状が楽になれば冷え症の可能性

私たちの体を守っている体温は、主に骨格筋や肝臓でつくられます。そのため筋肉量の多い大柄な人より小柄な人、男性よりも女性のほうが、熱をつくれずに冷えを感じやすくなっています。

また、暑い夏でもホットドリンクが飲みたくなる人も冷え症に当てはまるでしょう。体の中が冷えているために自然と温かい飲み物を摂りたくなるのです。

そのほか冷え症かどうかを知るには、お風呂が目安。体のだるさや重さ、生理痛や頭痛などの痛みが、お風呂に入ると楽になる場合は、冷え症だと考えられます。

風呂に入ってリラックス
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ちなみに寒い冬でも半袖・短パンで歩いている欧米人は、日本よりも高い緯度に暮らしているため体温が37℃台といわれています。それに加えて日本人より骨格が大きく、筋肉量も多い。だから薄着でも体が冷えないというわけです。

冷え症は全身型・末端型・冷えのぼせ型・高齢者型の4つ

冷え症は、人によって冷える部位や冷え方に差があり、大きく4タイプに分けられます。

一つ目は、「全身型」。寒がりで低体温、全身が冷えて仕方がない人がこのタイプです。二つ目は「末端型」。体よりも手足がひんやりと冷たいのが特徴。末端が冷えて夜眠れないといった症状もあります。

三つ目は「冷えのぼせ型」。閉経が近づいた更年期世代に多く、いわゆるホットフラッシュのような症状が現れます。顔や頭は暑いのに下半身は冷えるのがこのタイプ。四つ目は「高齢者型」。慢性的に体を温める力が不足して、熱いお風呂に入ってもすぐ冷めて冷えを感じます。

冷え症の改善には温める生活習慣と熱を逃さない工夫を

4タイプとも冷え症改善のために大切なのは、体を温める生活習慣です。まずはサーカディアンリズム(概日リズム)をくずさない規則正しい生活を送り、冷える食べ物は避けて温かい食べ物を摂ること。根菜類のほか、ショウガやネギなどの温める性質を持った食べ物で、内側から冷え症改善をめざしましょう。

ネギとショウガ
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体を温めるほかに、服装を工夫して体温を逃さないことも重要です。おしゃれを優先するとつい薄着になってしまいますが、それでは熱が奪われて冷えるばかり。寒いときは一枚羽織る、靴下を履くなど、衣類で熱を逃さない服装を。

ストレスフルな生活も血流を悪化させて冷え症につながります。現代社会で働く女性にとって、ストレスは避けられないもの。上手にかわして対処する考え方を持ったり、ストレスが小さいうちに発散できる方法を見つけたりすることをおすすめします。

このように冷え症対策には生活習慣の見直しが欠かせません。症状がつらく長期化している場合は、漢方薬を使う選択肢も。4タイプそれぞれの体質に合う漢方薬があり、それらを服用することで冷え症をスムーズに治療できます。

冷え症の改善で働く女性のパフォーマンスアップに

冷え症は、女性のあらゆる不調の元凶になっているとお伝えしました。生理痛がひどくて漢方薬を飲み始めた人が、数週間後には「目覚めのだるさが減った」「寝つきが改善した」「気分が良くなった」など、小さな不調まですっきりして調子が上がります。これは、「冷え」という根っこをバッサリ刈り取ったために、枝分かれしていた多くの不調が一気に消え去ったようなもの。

働く女性にとっては、やるべきことに集中できて、一日中快適に過ごせる体が理想的。そのために多くの女性に当てはまる冷え症を改善することが、なんとなく続く不調を断ち切ることにつながります。パフォーマンスアップのために、体温を上げて冷えない体をつくりましょう。