子育ては過酷だ。元自衛隊の心理カウンセラーである下園壮太さんは「現代の子育ては戦場だ。この戦場における最重要かつ現実的な目標は“ママがうつにならないこと”である」という――。

※本稿は、下園壮太(著)、ひえじまゆりこ(イラスト)『ワーママが無理ゲーすぎてメンタルがやばいのでカウンセラーの先生に聞いてみた。』(時事通信社)の一部を再編集したものです。

世界の航空会社で統一されている“酸素マスク”のルール

突然ですが、親子で飛行機に乗ったときを想像してみてください。

何かトラブルがあって緊急降下となったら、乗客や乗員の前には、酸素マスクが降りてくるシステムになっています。その使用ルールが、世界の航空会社で統一されているのをご存じですか。

それは、

「子連れの親は、子どもにつける前に、まず自分が酸素マスクをつける」

というものです。

親心としては、子どもに真っ先に酸素マスクをつけたくなるかもしれません。しかし、まず親自身の安全を確保することが最優先なんです。親が意識を失ってしまったら、結局子どもを助けられないからです。

子育ても同じです。

コトが起きたとき、子どもの心を守るためには、まず、親がしっかりと自分自身の心を守っていかなくてはなりません。子育てには想定外やトラブル、思ってもみなかったできごとがつきものです。しかし、そのたびに動揺して巻き込まれていたら、お母さん自身が消耗していってしまいます。

自分の中に「全体を見渡せるクールな指揮官」を持つ

しかも10年以上は続く「長期戦」なのです。短期戦ならば、現場の隊員の“勢い”や“元気”が重要ですし、それでなんとか乗り切っていける部分も大きいでしょう。しかし子育ては長く続く戦いです。長期戦に必要なのは、常に全体を見渡す視点です。

たとえば、最前線で指揮官が

「あいつがやられたぞ! やり返せっ」

などとカーッとなっていたら、その部隊は負けてしまいます。

ですから、ある程度の上級指揮官は最前線にはあまり行きません。後ろに控え、戦況を常に見極める。そして、冷静な「配置」をしていく。そんな指揮こそが、戦いのゆくえを左右していくのです。

子育ての戦場では、お母さん自身が、自分の中に「クールな指揮官」を持つ。

そして全体を見渡し、ときに冷静な判断をして、自分自身の心を守っていく。

それが、自分の人生を守り、そして同時に、お子さんの心と人生をも守っていくことにつながります。

最終目標は「ママがうつにならないこと」

さて、クールな指揮官は、常に最終目標を意識しています。

本書でも、現代の「子育て戦場」におけるブレてはいけない「最終目標」を、明確に示しておきたいと思います。

それは、子育てをしていくにあたり、

「ママがうつにならないこと」

です。

言い方を変えると、「ママがうつになる」のが、一番避けなければならない事態。子育てをしていく中で、どのようにすればママ自身がうつにならないで済むのか。このステップでは、その方法を考えていきます。

「元気ハツラツなお母さんになる」
「いつもニコニコしている優しいママになる」
「仕事も子育てもバリバリこなして、人生を充実させる」

などといった目標は、ここでは掲げません。条件のいい方の個人的な目標としてはあり得るかもしれませんが、「無理ゲー」で表現した現代の子育てでは、一般的ではないからです。十数年先、子育ての最終ステージまで、お母さんが倒れずにいて、うつにならないこと。それが子育て戦場における、最重要かつ現実的な目標なんです。

緑豊かな通りで手をつないでいる3世代の家族
写真=iStock.com/maruco
※写真はイメージです

お母さんの“うつ”は子どもにも影響が大きい

私は30年以上、多くのクライアントと、その親子関係に寄り添ってきました。

経験上、「お母さんが“うつ”になる」というケースは、そのお子さんにとっても影響が大きいのです。

子どもにとって、お母さんとは、この世界の最初の扉。その存在があるというだけでも、子どもの本能に、ものすごく安定感をもたらします。

ところが、そのお母さんに元気がなくて、「死んでしまうかもしれない」という雰囲気が醸し出されると、子どもは急速に不安に陥ってしまいます。

子どもの視点から見て、「この世界は怖いもの」となり、そこはかとない警戒心がいつも立ち上がっていく。一生を左右する、世界観に影響してしまう可能性もあります。こうなると、子どもの世界観だけでなく、親子関係もこじれてしまうんですね。

何度もお伝えしているように、現代の子育ては過酷ですから、お母さんは疲れ果てていて当然です。

「ママがうつにならないこと」

この最終目標だけをしっかり見定め、あなた自身の危機回避策を考えていきます。

「ダメージコントロール」でパフォーマンスの低下を防ぐ

子育て戦場で、どのようにして「ママがうつになる」事態を避けていくか。

あなたの心の中の「クールな指揮官」には、「ダメージコントロール」という自衛隊式思考を、ぜひ身につけてもらいましょう。

「ダメージコントロール」とは、ダメージを受けたときに、被害を最小限にするためにどうするか、あらかじめ行動を考えておくというものです。

たとえば隊員たちが戦場におもむくとき、本人たちは当然、行く先が楽園だとは思っていません。

下園壮太(著)、ひえじまゆりこ(イラスト)『ワーママが無理ゲーすぎてメンタルがやばいのでカウンセラーの先生に聞いてみた。』(時事通信社)
下園壮太(著)、ひえじまゆりこ(イラスト)『ワーママが無理ゲーすぎてメンタルがやばいのでカウンセラーの先生に聞いてみた。』(時事通信社)

けれども、心のどこかで漠然と、

「これくらいは、まあ自分にもできるはず……」

という、うっすらとした期待感(楽観)を、だれしもが持っているものです。

ところが実際の戦場では、手持ちの弾薬がなくなったり、予想以上に寒い冬が来たり、さまざまな想定外のことが起きてくる。パフォーマンスが上がらなくなる事態に見舞われます。そういうときに、なまじ期待感を持ってしまっていたために、「もうダメだ!」と、何もかも投げ出してしまう人が出てくるんです。こうなると戦いには負けてしまいます。

そこで、パフォーマンスの低下を防ぐために、組織では「ダメージコントロール」という戦略を持つのです。

「プランA」「プランB」「プランX」を準備しておく

「ダメージコントロール」をイメージするにあたって、「階段」を思い浮かべてみてください。自衛隊では、よく「ラダー」と言います。

通常より状況が悪くなったら「プランA」。

さらに状況が悪化したら「プランB」。

危機的状況に陥ったら「プランX」。

このように階段状のイメージで「対策行動」を決めておきます。

こうしておくと、なんらかの要因で調子が落ちても、「1段ラダーが落ちた」と考え、次の行動プランにスムーズに移行できます。

パフォーマンスが少し落ちただけで、すっかり悲観してしまい、「もう何もかもおしまいだ!」などと、すべてを投げ出してしまうという事態を防げるんです。