※本稿は、エルヤキム・キスレフ『「選択的シングル」の時代』(文響社)の一部を再編集したものです。
世界が「シングルの時代」に突入しようとしている
シングルでいると社会的に不利な扱いを受けたり、汚名(スティグマ)を着せられたり、偏見にさらされたりするにもかかわらず、シングル人口が増えていることは否定しようのない事実だ。
今、私たちはシングルの時代に突入しようとしている。その理由は多種多様だし、シングルの時代へと世界を動かすさまざまな社会的勢力の集中は、これから加速していくばかりだ。
シングルの人たち、そして、結婚している人たちの割合が変化しているばかりではない。社会の規範と機能も変化して、これまでよりシングルの人たちを受け入れるように、根本的に変わってきているのだ。
当事者たちも、わざわざ宣言はしないまでも、以前より幸福(ハッピー)なシングル生活を送るようになってきている。
それが可能になったのは、支援的な社会環境に自ら移ったり、脱物質主義的な価値観に賛同したり、社会からのプレッシャーに立ち向かい、意味のある多様な生き方をするように努力しているからだ。たとえ、本人が意識していないとしても、幸福に生きているシングルの人たちにとってそれは毎日の習慣になっている。
私たちはシングルになることを避けられない
ここでひとつ強調しておきたいのは、本書は結婚に反対するものではないということだ。これまで、結婚していることと、より高い生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)とのあいだには、少なくとも部分的には因果関係があるという研究が発表されてきた(※1)(このような主張を否定する研究結果も発表されており、今でも議論は続いている)。しかし、ここで重要なことは、シングル生活が私たちの人生に占める割合はどんどん上昇しており、未来の世代の人生においてもそうだということだ。
結婚生活は、私たちが考えるよりもずっと多く、終わりを告げることになる。そして、結婚生活が破綻して離婚した人たちや、配偶者に先立たれた人たちは、結婚生活が終わったとき、シングルの生活に対する準備ができていないがゆえに、急激に幸福感を失いやすくなる。
一方、さまざまな理由によって、自らシングルでいることを選ぶ人たちもいるだろう。どちらにしても、私たちの誰もが、シングルとしての生活を受け入れることを学ばなくてはならない。私たちが結婚という制度をどう考えるにしても、シングルになることは避けることのできない現実だからだ。
シングルに対して吹く強い逆風
しかし、シングルに対しては、いまだに強い逆風が吹いている。
結婚している人たちに与えられる非常に多くの利益が、シングルの人たちにとっては「手に入れることができない」ものだし、本人の意志に反して、人々を不当に結婚に追い込むことさえある。
つまり、制度自体が結婚している人たちに特別な地位と利益を保証しているのであり、それゆえに、本当は結婚に乗り気ではない人たちまでもが、結婚という永続的な、法律にのっとった関係を選んでしまうのだ(※2)。
地域によっては、このような圧力があまりにも強いために、両親が決めた男性と若くして結婚させられることに抵抗して自殺したザーミナのような悲劇的な結末に終わることさえある。こうしたプレッシャーがそれほど強くは感じられないリベラルな社会においてさえ、結婚が苦痛に満ちた別れを迎えることもある。
人に結婚を強要したり、結婚を急がせたりしたのでは、「喜びにあふれた結婚生活」になるはずがない。
社会はシングルのニーズに応えていかなければならない
その反対に、シングルの人たちの数はどんどん増えている。だから、「結婚しろ」という不当な圧力も、既婚者だけが得られる不当な利益も、厳しく見直していかなくてはならない。それらはどちらも、社会のなかで成長しつつある、ひとつの勢力を拒絶するような社会的規範の産物だからだ。
それを考えると、各国政府、地方自治体、政策立案者がシングルの人たちの幸福を保証するために、やらなければならないことがあるのがわかるはずだ。彼らはもはや、無視されていいマイノリティーではない。非常に多様でありながら、もはや多数派でもある。社会は、彼らのニーズに応えていかなければならない。
近年では、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン、ジョセフ・スティグリッツといった世界的に有名なエコノミストや、経済協力開発機構(OECD)などの主要な国際機関、それに、ニコラ・サルコジ元フランス大統領をはじめとする著名な政治家も、人々の幸福にもたらす効果にもとづいて、政策決定や中央政府の行政を評価するという考えを支持するようになった(※3)。
この考え方は、そう新しいものではない。アメリカ独立宣言はすでに、「幸福の追求」を人々の不可侵の権利として掲げていた。
しかし、幸福の追求が実際に政策決定に適用される機運が高まったのは、ごく最近のことだ。それでは、政府や地方自治体、都市計画立案者、学術研究者は今後どんな役割を果たせるだろうか? この問いかけには、重層的な解答があるようにみえる。
提言1「結婚」ありきの政策をやめる
第一に、政策立案者や政府は、シングルに対する不当な行為を明らかにし、それに伴う差別を防がなければならない。シングルに対するネガティブなステレオタイプや見方にもとづいて、政策立案者はしばしば、結婚関係を奨励するような施策を立案する。
どうやら、地方自治体や政策立案者たちは、自分たちが保護しようと誓っているところの人々が非理性的で、有害な行動をとっていると決めつけているようだ。
それゆえ、政策立案者たちは、「国内の平穏を守るために」、市民を「正しい」方向に押し戻さなければならないと思っているらしい。だが、現実には、これらの政策には効果がないことがわかっている。人々は結局、シングルのままでいるからだ。
みたところ、シングルの人たちは、自分の生き方を信じている。彼らは、偶然そういう生き方をしているのでもなければ、非論理的にそういう生き方を選んだわけでもない。だから、人々を無理に結婚させようとすることは、不当で不道徳なことであるばかりでなく、貧弱な統治と非効率を証明するようなものだ(※4)。
結婚を奨励する動きのなかには侮辱的なものさえあり、「結婚しなければ」というプレッシャーを感じる人たちに対して害を及ぼすおそれもある。また、シングルで生きようと決めている人たちに対する社会の強い反感を引き起こす場合もある。
どう考えても、伝統的な婚姻関係は、シングルの人たちを幸福にできるものとは限らない。まして政府の奨励によるものであれば、うまくいかない見込みのほうが高いだろう。
提言2「結婚以外の選択肢」を含む教育を
第二に、シングルの幸福を守り、向上させようとする政府や社会的機関は、シングルの周辺に大きく広まっているネガティブなステレオタイプと闘うだけでなく、幸福なシングル生活の研究と発展を積極的に奨励する必要がある(※5)。
1970年代前半以来、アメリカの学校カリキュラムは、ジェンダー、民族、環境についてのトピックを取り入れている(※6)。これらはすべて、誤解を打ち砕き、視野を広げ、これまで無視され、不利益を被ってきた人々に対する善意ある見方を促進するうえで価値のある試みだ。
しかしながら、結婚は社会的言説にあまりにも深く根付いているために、シングルの人生についての教育や、シングル生活への準備ができるような生徒たち向けのサポートは、ほとんどの国でいまだにおこなわれていない。
子どもたちが幸福なシングルになれるような武器を
現在の子どもたちの約4分の1が一生結婚せず、結婚した場合は40〜50%が離婚することを考えれば(※7)、子どもたちが将来、幸福なシングルになれるように、社会的、心理的な「道具箱(ツールボックス)」を持たせてやることが、これからは必要不可欠だ。
学校でシングルの生き方について学習するとともに、保健福祉の省庁が家族生活に対して提供しているのと同じサポートを、質の高いシングルのライフスタイルに対しても提供することが、これからの社会では不可欠だ。
ソーシャルワーカー、心理学者、医師たちも、シングルの人たちのために仕事をする訓練を受けるべきだ。また、特別なコミュニティーセンターや、情報拠点も設立していかねばならない。
現代の子どもたちは、自分たちの利益のためにも、同時に、将来彼らのまわりに存在するであろう多くのシングルの人たちのためにも、このようなサービスを受ける必要がある。
提言③多様な生き方を想定して都市開発をおこなう
第三に、都市計画者や地方自治体は、シングル人口のための供給を加速しなければならない。都市計画者や都市開発者に対して、シングルのための集合住宅(※8)やそのエリア(※9)、それに世代間生活環境(※10)などを含む、多様な共同住居モデルの適用を奨励するべきだ。
新しい公共住宅プロジェクトや、シングル人口のための住宅地などを設計すれば、シングルの生活を劇的に向上させることができるだろう(※11)。
地方自治体は、
・マイクロハウジングなどのプロジェクトが可能になるように都市の規制を緩和する
・シングルの人たちが集まり、交流し、共通の興味を育てることができるようなサービスを提供する
といった策を講ずることもできるだろう。
提言④シングルについての学術研究により力を入れる
最後に、学術界はシングルの人たちについての知識を進歩させるという、非常に重要な役割を果たす。
今までは、学術界における研究のほとんどは、「結婚が成人の人生を支配するべきだ、当然支配する」という時代遅れの前提にもとづいていた。その結果、シングルの人たちは、学問においても、政策論文においても、めったにとり上げられず、仮にとり上げられたとしても間違った伝えられ方をしていた(※12)。
したがって、シングルの人たちがどうやってシングルの生活に適応するかについての今後の研究が当然おこなわれるべきだし、シングル研究分野の開拓も必要だ(※13)。幸福なシングル生活の心理的、社会的、それに身体的な分野の理解がさらに進めば、どうしたら、シングル生活を向上させることができるか、効果的なアドバイスをおこなうことも可能になるだろう。
シングルについての学術研究がさらに拡大されれば、急速に増えているシングルの人たちのウェルビーイング(健康と安心)を向上させる枠組みを作る行政関係者たちの助けにもなるだろう。
さらに、この分野における心理学的、社会学的、教育学的、経済学的、工学的な研究は、結婚している人たち、シングルの人たち両方の福祉を促進するための鍵となるだろう。
研究の内容は、シングルとカップルというグループ間の比較、シングルの解放と自己啓発の手段、シングルの市場ニーズと消費パターン、シングルのための交通サービス、地方自治体サービス向上の方法、ひとり暮らしに備えるための実践指導など、多岐に渡ることが考えられる。
このように、可能性は無限に広がっているのだ。
1. H. Chun and I. Lee, “Why Do Married Men Earn More: Productivity or Marriage Selection?” Economic Inquiry39, no. 2 (2001): 307‒19; Willy Pedersen and Morten Blekesaune, “Sexual Satisfaction in Young Adulthood Cohabitation, Committed Dating or Unattached Life?” Acta Sociologica 46, no. 3 (2003): 179‒93; Steven Stack and J. Ross Eshleman, “Marital Status and Happiness: A 17-Nation Study”, Journal of Marriage and the Family , 60, no. 2 (1998): 527‒36.
2. Deborah Carr and Kristen W. Springer, “Advances in Families and Health Research in the 21st Century”, Journal of Marriage and Family 72, no. 3 (2010): 743‒61.
3. John F. Helliwell, Richard Layard, and Jeffrey Sachs, World Happiness Report 2015 (New York: Sustainable Development Solutions Network, 2015); Adam Okulicz-Kozaryn, Zahir Irani, and Zahir Irani, “Happiness Research for Public Policy and Administration”, Transforming Government: People, Process and Policy 10, no.2 (2016); Gus O’Donnell, Angus Deaton, Martine Durand, David Halpern, and Richard Layard, Wellbeing and Policy (London: Legatum Institute, 2014); Joseph E. Stiglitz, Amartya Sen, and Jean-Paul Fitoussi, Report by the Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress (Paris: Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress, 2010).
4. John F. Helliwell and Haifang Huang, “How’s Your Government? International Evidence Linking Good Government and Well-Being”, British Journal of Political Science 38, no. 4 (2008): 595‒619; John F. Helliwell,Haifang Huang, Shawn Grover, and Shun Wang, “Good Governance and National WellBeing: What Are the Linkages?” (OECD Working Papers on Public Governance, No. 25, OECD Publishing).
5. Bella DePaulo, “Single in a Society Preoccupied with Couples”, in The Handbook of Solitude: Psychological Perspectives on Social Isolation, Social Withdrawal, and Being Alone , ed. Robert J. Coplan and Julie C. Bowker (New York: John Wiley, 2014), 302‒16.
6. Simon Abbott, “Race Studies in Britain”, Social Science Information 10, no. 1 (1971): 91‒101; Jayne E. Stake,“Pedagogy and Student Change in the Women’s and Gender Studies Classroom”, Gender and Education 18,no. 2 (2006): 199‒212.
7. Eurostat, Marriage and Divorce Statistics (Luxembourg: European Commission, 2017); Wendy Wang and Kim C. Parker, Record Share of Americans Have Never Married: As Values, Economics and Gender Patterns Change (Washington, DC: Pew Research Center, 2014).
8. Linda Abbit, “Urban Cohousing the Babayaga Way”, Senior Planet , March 6, 2016.
9. Jane Gross, “Older Women Team Up to Face Future Together”, New York Times , February 27, 2004.
10. Yagana Shah, “‘Airbnb for Seniors’ Helps Link Travelers with Like-Minded Hosts”, Huffington Post.
11. Jenny Gierveld, Pearl A. Dykstra, and Niels Schenk, “Living Arrangements, Intergenerational Support Types and Older Adult Loneliness in Eastern and Western Europe”, Demographic Research 27, no. 2 (2012): 167.
12. Bella DePaulo, Rachel F. Moran, and E. Kay Trimberger, “Make Room for Singles in Teaching and Research”, Chronicle of Higher Education 54, no. 5 (2007): 44.
13. Bella DePaulo, “The Urgent Need for a Singles Studies Discipline”, Signs: Journal of Women in Culture and Society 42, no. 4 (2017): 1015‒19.