大谷翔平、羽生結弦起用の理由
――「雪肌精」は昨年、ブランド広告にプロフィギュアスケーターの羽生結弦さんを起用したのに続き、今年は、同ブランドの新しい日やけ止め商品の広告に、メジャーリーガーの大谷翔平選手を起用しました。「雪肌精」は女性向けの商品だと思っていましたが、男性を起用したのはどういう狙いなのですか。
【吉岡】年代・性別を問わないブランドイメージの浸透が狙いです。コーセーではグローバル、ジェンダー、ジェネレーションの頭文字をとった「3G」をこれからの新たなお客さまづくりのキーワードに掲げ、世界中の全ての年代、性別の人に化粧品を届けたいと考えています。
男性が美容に目覚め始めた
――具体的にはどのような経緯で、男性キャラクターの起用に至ったのですか。
【吉岡】背景からお話ししますと、雪肌精はもともと中国を中心にインバウンドに支持されていましたが、コロナ禍で市場全体が厳しくなったうえに、日本への渡航者が来なくなり、2021年3月期の売り上げは19年3月期と比較して半減という苦境に立たされました。
そんななか、2020年の9月に「雪肌精 クリアウェルネス」という新シリーズを発売しました。商品設計そのものにも随所に地球環境への配慮を取り入れた、人も地球も美しくすることを大切にしたシリーズです。「雪肌精」ではなく、「SEKKISEI」という表記に変え、ボトルはブルーと白の2種類。新しい「雪肌精」としてデビューしたのですが、従来の「薬用 雪肌精」のイメージが強かったためか、同じブランドの商品として認知してもらえないという課題がありました。
「これは何が入っていて、どんなことに効く」という生真面目なCMをしても差別化が難しい。「雪肌精」のさらなる飛躍に向けて、コミュニケーションの整理や、より多くの方に手に取っていただくための戦略を模索しました。
ちょうどその頃、化粧品の市場にも新たな動きがありました。コロナ禍で男性が美容に目覚めたのです。オンライン会議が普通になると、自らの顔を長時間、毎日画面で見るようになり、シミやしわが気になる。さらにメイクをする韓流アイドルの人気も後押しして、男性が化粧品に関心を持つことに抵抗がなくなったのです。
当社は男性用と謳う商品を展開せず、コロナ禍以前の2019年から雪肌精で羽生選手を起用しジェンダーレスにコミュニケーションを行っていました。市場の変化を機に、もう一歩進んだジェンダーレスなコミュニケーションをしていこうということで、羽生選手と新垣さんのWキャストで広告をうってみてはというアイデアが出てきたのです。
消費者にとってはエコより肌にいいかどうかが大事だった
【吉岡】「雪肌精 クリアウェルネス」のデビューは好調とはいえませんでした。前述のように当時のコミュニケーションは、発売以来38年間培ってきた雪肌精ブランドの資産を有効に活用できていませんでした。
例えば、雪肌精 クリアウェルネスは、サステナビリティに配慮した商品設計で、外箱には段ボールを使っています。地球への優しさを体現する一方で、お店では外箱の状態で並んでいるため中身が見えず、なかなか「あの雪肌精ブランドの一つ」ということが伝わりにくかったのです。
そして、なによりお客さんにとっては、「商品が自分の肌に何をしてくれるか」が重要なはずなのに、ほかの要素ばかりをコミュニケーションしてしまい、長年で築いたブランド価値を伝えきれませんでした。
38歳の“長男”を筆頭に誰もが使える「雪肌精」
そうして考えたのが、発売から38年たつロングセラー商品の「薬用 雪肌精」を筆頭に、「いろんな雪肌精がありますよ」と訴える作戦です。
肌が敏感な人のための雪肌精もあるし、サッパリしている雪肌精もあれば、とろみと浸透感を両立させた雪肌精もあるので、どんな人でも自分に合った雪肌精を選べる。多様なニーズが広がる時代に合致できると考えたのです。
「薬用 雪肌精」が長男だとしたら、「雪肌精 クリアウェルネス」はそのきょうだい。長男と一緒に、「すべてのジェネレーション、すべてのジェンダーの人に使えますよ」というイメージを訴えることを提案しました。
社内では「新しいシリーズとして売り出していたクリアウェルネスをあきらめるのか」という受け止め方もありましたが、「あきらめているわけではなく、雪肌精全体を大きく育てるためにも、もう一度、「薬用 雪肌精」にも焦点を当て、雪肌精の哲学を伝える必要がある。多様な価値観のある時代だからこそ、選択肢を提供することが重要」というロジックで合意形成できました。チームのなかで納得できてからは進めやすかったですね。
若者の間では拝まれるほどの“存在感”がある
――中国の人たちには漢字の「雪肌精」がよかったかもしれないけれど、インバウンドがなくなったいま、「SEKKISEI」に変えるのに、いいタイミングだと判断されたわけですね。
【吉岡】そうですね。「薬用 雪肌精」は1985年発売で、発売から40年近くたっているので、若年層のお客さまの中には「レジェンドみたいで、いい商品なんだろうけど、自分のものではない」という印象を持たれている方もいるようです。「漢字がタテに書いてあって墓石みたい」とか「ドラッグストアで商品が置かれているのを見ると思わず拝みたくなる」というようなコメントももらいました。
――墓石ですか!
【吉岡】そうなんですよ(笑)。そこであえて公式SNSから、「ドラッグストアでは墓石と呼ばれています」といった発信をする、「墓石プロモーション」はどうだろうと頭をよぎりましたが、チームメンバーからは「自虐的すぎる」と却下されました。
何が言いたいかというと、「薬用 雪肌精」のデザインは、若者に購買意欲を誘発できていないけれど認知度は非常に高い。では長年の雪肌精ファンはどうかというと、デザインはともかくとして商品まるごと「いいもの」として認識してくれている。
そのような状況からも、認知度の高い薬用 雪肌精を筆頭に複数のデザインと中身の選択肢があるという訴求の仕方は有効なのではないかと考えています。
大谷効果でUV商品の売り上げが4割アップ
――なるほど。そんなわけで、「誰でも使える雪肌精」ということを伝えるために、羽生選手がCMに出演されたわけですね。
【吉岡】そうです。雪肌精は「植物の力で肌に透明感を与える」と謳っています。実直でストイック、なにひとつ妥協しない羽生選手の姿勢は、この「透明感」にぴったりということで、2019年から雪肌精のグローバルミューズを務めて頂いています。昨年初めて、CMにも出演いただき、「雪肌精に男性用はありません」とメッセージしました。
もう一人のキャラクターは、同じく雪肌精のグローバルミューズである新垣結衣さんです。この2人は日本を代表する透明感コンビといえるのではないでしょうか。新垣さんには「おすすめの年代はありません」とメッセージしてもらっています。つまり、あらゆるジェンダー、ジェネレーションの方に使ってもらいたいということ。
大谷さんの起用はジェンダーを広げるという狙いもありますが、雪肌精を通して幼少期からUVケアをする文化をつくりたいという想いが強くあります。日やけ止めのCMに子供たちのあこがれの大谷選手が出演することで興味を持ってもらえれば、これまで日やけ止めを使っていなかった方々にも紫外線対策をしてもらえるきっかけになるのではと考えています。「大谷効果」もあり雪肌精 クリアウェルネス UVエッセンスジェルの売り上げは前年比で4割以上アップしました。
「男性用」をつくらない理由
――羽生さんにせよ大谷選手にせよ、絶妙なキャスティングだと思いました。女性が見ても、「なんでこんなに肌がきれいなの?」という2人ですから、ジェンダーレスな共感を呼べる。
【吉岡】大谷さんは紫外線の強いロスが本拠地なので、日やけしているのかなと思ったのですが、全然そんなことはありませんでした。やはり普段から肌を大事にケアされているのだと思います。
肌だけでなく、野球で最大限のパフォーマンスを出すために、日やけ止めで紫外線対策もされていますし、食生活もすべてストイックに管理されています。そういうところが好感につながっているのだと思います。
――御社では男性のキャラクターを起用しながらも、男性用ブランドはつくらない方針だそうですね。しかし男性と女性とでは肌の厚さや硬さ、油分の量も違うと言われていますし、男性用と女性用に分けたほうがいいという意見も出そうな気がしますが。
【吉岡】性別による肌質の差よりも、個人差の方が大きいと当社は考えています。その人固有の肌質、生活環境やテクスチャーなどの嗜好のほうが優先され、肌質は日々のお手入れによって変わるととらえています。確かに、「男性はサッパリした使用感を好むが、女性はとろみがあって保湿感の高いものが好き」などと言われています。しかし、男性はお手入れの経験が少ないため、自分の肌の状態を把握する感度が低いだけではないかと思います。経験を重ねることで商品特長を評価して買ってくれるようになるはずです。性別で分けることは、お客さまの選択肢を狭めてしまうと考えています。
性別も年代もくくる必要がない商品
【吉岡】何かにフォーカスした瞬間、「ジェンダーレス」とか「エイジレス」ではなくなってしまう。もちろん商売なので、ある程度コアターゲットに向けて訴求したほうが効率はいいのですが、ターゲット外にも、その商品をすごく好きな人は絶対にいるわけです。たとえば男性でもかわいいものが好きとか、女性でも男性の好むものが好きとか。それなのに「この商品はあなた向けではありません」と言われると苦しくなってしまう。
コーセーとしては性別も年齢も、くくる必要はないという発想の下、ブランディングを考えています。特に雪肌精は見た通りシンプルなデザインで、「女性向けです!」ということもないし、使用感は男性からも支持される品質設計になっています。羽生選手と新垣さん出演のCM放映の効果もあり、男性の購入者は昨年比約130%増加しました。
ユーザーにインタビューすると、「お母さんが使っているものを借りたので、初めて使った化粧水は雪肌精」という方が、男女問わずいます。1985年発売の雪肌精には40年近い歴史がある。その時点ですでに幅広いジェネレーションに使ってもらっている。この蓄積があるからこそ、ジェンダーも広げていける。そう考えています。
取材を終えて 桶谷功より
ブランド資産がいかに大事かを改めて実感した取材でした。たとえ「墓石」と言われようが、「雪肌精」という漢字のブランドロゴは強いブランド資産。このロゴがなければ、もはや雪肌精ではないと言っても過言ではないでしょう。新パッケージに、ブルーと白のカラーコード(色の記号性)を継承しましたが、色だけで雪肌精を連想してもらえるほど、色は強いブランド資産ではなかったということです。
「墓石」と言った若者がいたそうですが、人の見方は変わるものです。例えば、羽生選手や大谷選手の広告を見たら、「なんかこの漢字のロゴがカッコよく見えてきた」と言ったりするものなのです。人の見方を変える、パーセプションを変えることが、マーケティング・コミュニケーションの大きな役割です。
「雪肌精」には、長い歴史と世代を越えた多くのユーザーを持つ、というブランド資産があります。羽生選手や大谷選手を起用して、男性にユーザーを拡大することに成功しましたが、これも雪肌精のブランド資産があってのこと。男性が中高生で初めてスキンケアをしたとき、「母親が使っていた雪肌精を借りた」といった記憶が多くの人にあり、男性が使うことに違和感がないのです。これは、他の化粧品ブランドが真似してできることではありません。雪肌精というブランドだからできたことなのです。