※本稿は、上原千華子『「お金の不安」をやわらげる科学的な方法 ファイナンシャル・セラピー』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
ほしいものをあなたから遠ざけているのは「思い込み」
人生100年時代と言われる今、資産形成の必要性を感じている人は多いと思いますが、なかなか行動を起こせない人は少なくありません。行動できない本当の原因は、自分の心の奥底に隠れていて、「行動しないという行動」を取らせているだけかもしれません。
「自分らしい」マネー習慣の第一歩を踏み出すためには、あなたの中にある「思い込み」と向き合う必要があります。
みなさんの中には「分かっているけど、やめられないお金の習慣」に悩んでいる人もいるかもしれません。
「金融知識を身につけて、コツコツとお金を増やしたい」
「経済的にも精神的にも豊かな人生を送りたい」
と思っているのに、何があなたを望む状態から遠ざけているのでしょうか?
その原因は、無意識に働いている「思い込み」にあります。
思い込みとは、価値観とは違って「正しいか間違っているかによらず、自分が心の底から信じている固定観念」です。
心理学の用語では、「ビリーフ」ともいわれるものです。
この思い込みがネガティブなものであればあるほど、ほしいものが手に入りにくくなります。
「思い込み」はどこからきて、どうやって作られるのか
逆に、ポジティブな思い込みがあると、自分が望む状態を作りやすくなるのです。
「そんな都合のいい話」と思うかもしれませんが、これはお金に限らず、人生全般にいえることです。
この「思い込み」はどこからきて、どうやって作られるのか、心理学の観点から詳しく見ていきましょう。
一度形成された「思い込み」は無意識の領域にとどまります。
気づいて変えていかない限り、あなたの人生を左右するほどパワフルなものです。
「思い込み」は、色眼鏡のようなものだと考えると分かりやすいと思います。
たとえば、赤いレンズの色眼鏡をかけて見れば赤く見え、青いレンズで見れば青く見えます。
透明のレンズであれば、ありのままの色で見えるでしょう。
具体的な例で考えてみましょう。
対照的な2人の事例でわかる「思い込み」の影響
■Aさんの事例
Aさんは文章やプレゼン資料作成がとても上手です。
しかしプレゼンとなると話は別。人前に出ると顔が赤くなり、手に汗を握ってしまいます。
「今日こそはうまくプレゼンするぞ!」と意気込んで完璧なスライド資料と台本を用意したAさんですが、いざプレゼンが始まると、「私はプレゼンでいつも失敗する」という思い込みが頭をよぎりました。
極限の緊張状態でうまく話せません。
さらに悪いことに、スライドと違う部分の台本を読んでしまい、聞いている人を混乱させてしまいました。
顔が真っ赤になったAさんは、
「あー、やっぱり私はいつもプレゼンで失敗する。今回も失敗した」
と感じ、Aさんの思い込みは、ますます強くなっていきました。
■Bさんの事例
Bさんは、文章やプレゼン資料作成が得意ではありません。しかし、人前で話すのが上手です。
準備は完璧ではなくても、なぜか本番ではうまくいってしまいます。
「今日も本番でうまく行くぞ!」と意気込むBさん。
修正の余地があるスライド資料と台本でプレゼンを始めたところ、さっそく資料の中にちょっとした間違いを見つけました。
Bさんはとっさに口頭で修正してお詫びをし、聞いている人も納得している様子です。
「あー、やっぱり私は本番に強い。次回、資料をもう少し丁寧に作ったら、もっといいプレゼンができる!」
Bさんの思い込みは、ますます強くなっていきました。
いかがでしたか。
もしかすると、「そういえば自分も」と思い当たることが浮かんだ人もいらっしゃるかもしれません。
Aさんは、完璧な資料を準備し、「今日こそはうまくプレゼンしたい!」と思っていました。
しかし「いつも失敗する」という思い込みがマイナスに働いてしまい、結果的に失敗してしまいました。
このようなマイナスの思い込みを「リミッティング·ビリーフ(Limiting Belief)」といいます。
感情も行動も「思い込んだ方向」に動いていく
プレゼンで失敗するかどうかは、やってみないと分かりません。
にもかかわらず、Aさんは「いつも失敗する」と信じているために、感情や行動がマイナスの方向へ引っ張られてしまったのです。
一方Bさんは、「私は本番に強い」というプラスの思い込みを持っています。これを「エンパワーリング·ビリーフ(Empowering Belief)」といいます。
Bさんは苦手なことを気にすることなく、「人前で話すことが上手で、本番に強い」という前向きな思い込みに目が向いています。
その結果として、ピンチをうまく切り抜ける現実を作り上げているのです。
これをお金の話に置き換えてみましょう。
もし「お金は汚いもの」と思っていたらどうでしょうか?
お金のマイナス面にばかり注目してしまうので、脳はお金が汚いことを証明する情報を集めます。
そのため、感情も行動も思い込み通り、マイナスの方向へ動いていきます。
一方、「お金は人生を豊かにしてくれるもの」という思い込みを持っていれば、プラスの部分に目を向けて、結果的に豊かになるための行動をとるのです。
脳を含む神経回路の9割が6~9歳までに作られる
そもそも、この「思い込み」はどうやって作られるのでしょうか?
諸説ありますが、社会学者のモリス·マッセイ(Morris Massey)博士の研究によると、人の思い込みや価値観は、21歳までに作られます。
その中でも、「三つ子の魂百まで」のことわざのように、幼少期に刷り込まれたこと、特に7歳までの影響が一番大きいといわれています。
これはスキャモンの発育曲線とも一致します。
スキャモンの発育曲線では、脳を含む神経回路の9割が6~9歳までに、残りの1割は12歳までに完成するといわれています。幼少期での体験が、その後の人生に大きな影響を及ぼすことがよく分かります。
さらにモリスは、思い込みや価値観が形成される期間を3つに分けて、次のように説明しています。
思い込みや価値観を形成する3つの期間
■刷り込み期(0~7歳)
7歳までは、身の周りの出来事すべてをスポンジのように吸収し、それらは真実として脳に刷り込まれていきます。
特に、両親からの影響を強く受けるため、親の思い込み、価値観から生活環境まで、この時期に見たもの、聞いたこと、感じたものすべてが子どもの思い込みや価値観を作り上げていくのです。
「あなたはとっても素晴らしい!」などプラスの体験が多い子どもは、プラスの思い込みが作られて自己肯定感が高まります。
これは、お金に関しても同様です。
注意すべきはネガティブな体験です。
「あなたは本当にダメな子だ!」と言われて育った子どもは、深刻なトラウマを抱えることになります。
まだ幼いから分からないだろうと思って、お金をめぐって夫婦で頻繁に言い争ったり、「お金は不幸のもとよ!」と口癖のように言っているとしたら……。
大人が思う以上に、子どもの脳の吸収力は高いもの。悪いお金の記憶や思い込みが、子どもの脳に深く刻まれていくのです。
■モデリング期(8~13歳)
小学2年生~中学1年生くらいになると、お手本を見つけて真似するようになります。これをモデリングといいます。
お手本は、尊敬する先生や友達、会ったことのない有名人や歴史上の人物などです。
刷り込み期のように盲目的に信じるのではなく、自分に合うか確かめながら、お手本の価値観や立ち振る舞いなどを吸収していきます。
同時に、あまり好きではない価値観や生き方も明確になってきます。
自分が好きな価値観と、そうではない価値観とを比較しながら、自分なりに解釈をした思い込みが形成されていきます。
■社会化期(14~21歳)
中学2年生~21歳は、主に仲間から大きな影響を受けます。
自分と似た価値観の人と付き合う一方、人間関係が広がるにつれて、さまざまな価値観、思い込みに触れる機会が増えていきます。
そして、たくさんの経験の中から、プラスの思い込み、マイナスの思い込みが作られていきます。
このように、人はさまざまな経験を通して自身の価値観を作り上げていきますが、これは「よほどの出来事がない限り、子どもは両親と同じ思い込みを持つ確率が高い」ということも示しています。
まずは自分の「思い込み」に気づくことが大事
ここまで読んでみて、
「思い込みに気づかなくても、改善できる方法はあるんじゃないか?」
と思った方もいるかもしれません。
しかし結論から言うと、まずは思い込みに気づき、手放さないと、根本的には改善できません。
「本当はそうしたくないのに、どうしてもやってしまう」などの問題行動を繰り返してしまうのです。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
私たちは、意識と無意識によって日々意思決定を行っています。
意識とは自覚していることであり、無意識とは自分自身では気づいていないことです。
この意識と無意識の割合はどれくらいだと思いますか?
実は、意識はたったの1~3%、残りの97~99%が無意識です。
つまり、私たちが意識できているのはごくわずかなのです。
たとえば「分かっちゃいるけどやめられない」悪習慣は、意識の部分では「やっちゃダメ」と分かっているのに、「悪習慣を続けたい」理由が無意識に刷り込まれていて、やめられないのです。
思い込みに気づくことは無意識を自覚することです。
自覚して初めて根本的な問題が見つかり、改善できるようになります。
私は、まず無意識にある思い込みに気づき、どのようなお金の価値観、マネー習慣を作っているのかを冷静に見つめる方法として、「お金の価値観ワーク」をすすめています。
それによって問題を引き起こしている原因を特定して手放します。
今までの金融教育は、理論を中心に行われてきました。
そのため、無意識に問題が潜んでいる場合、正しい知識があっても行動できないのです。
これからは正しい知識に加えて、健全なお金の価値観·習慣を身につけることが求められる時代です。