物価高騰で苦しむ子育て世代の負担軽減のため、公立小中学校の給食費を無償化する自治体が相次いでいる。教育行政学者の福嶋尚子さんは「公立小中学校の給食費を無償にしている自治体は全国的に見ると一部にとどまっており、格差が生じている。国の責任で全国一斉の給食費無償化を進め、あらゆる子どもたちの『食の権利』を保障すべきではないか」という――。
おいしそうな給食
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「義務教育は無償」なのに学校給食は有償

「義務教育は、これを無償とする」(26条2項後段)と規定する日本国憲法(以下、憲法)が公布されてから75年、「締約国は、児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する」(6条2項)と規定する子どもの権利条約が日本で批准されてから30年弱が過ぎた。

しかしその間、義務教育において子どもの身体的成長発達に欠かせない学校給食は、ほとんどのところで有償だった。憲法理念、国際的水準から見ても大きく遅れた日本の学校給食は、新型コロナウイルス感染症の拡大と全国一斉学校休業、そしてウクライナ情勢に伴う物価高の影響を受けたことで、皮肉なことにその意義と、現状の問題点が見直されることになった。

小学校は年間約5万円、中学校は約5万6000円

憲法公布、教育基本法の成立を受け、1954年に学校給食法が制定された。しかしこの学校給食法は、実は給食の提供義務を学校設置者に課してはいない。努力義務「義務教育諸学校の設置者は、当該義務教育諸学校において学校給食が実施されるように努めなければならない」にとどまっているのだ(第4条)。

そのため、公立小学校全体での完全給食の実施率は99.4%に上るが、その一方で、公立中学校では96.1%の学校でしか完全給食が実施されていない(文部科学省「令和3年度学校給食実施状況等調査」2023年1月27日)。350校ほどの公立中学校では、完全給食が提供されておらず、何らかの形でお弁当を持参するような方式がとられているということだ。

学校給食費は、全国平均で月4477円(公立小学校)、5121円(公立中学校)であり、1年間で見ると4万9247円(公立小)、5万6331円(公立中)となる。学校にかかる年間費用の平均は、公立小学校でおよそ10万円、公立中学校でおよそ17万円(文部科学省「令和3年度子供の学習費調査」2022年12月26日)であることを考えると、給食費の負担が大きいことがわかる。

休み明けに痩せて登校する子どもたち

新型コロナウイルス感染症拡大に伴う学校の一斉休業(2020年3月~)の際には、学習の継続が学校の最重要課題となり、他方で家庭の方は子どもの世話役の確保や家庭での光熱水費・食費の急上昇などが話題に上った。学校も保護者も大変な期間だったが、子どもに視点を移すと、家庭に閉じこもるように数カ月を送ることを余儀なくされたことで、彼らの健康状態が問題として急浮上したように思う。

もともと、学校給食が食べられない長期休み明けになるとガリガリに痩せた子が登校してくる、という話は、学校現場でよく聞かれていたが、休みが長期化したうえ、ロックダウンのため簡単に買い物にも行けない状況が続いたためだろう。食事をろくにとれない子や、手軽に腹を満たせるジャンクフードばかりを食べている子もいた。分散登校が始まると、久しぶりの友人との再会に喜ぶ子どもたちの中に、痩せた子、太った子を見つけ、驚いた教職員もいるという。

周知のとおり、この学校の一斉休業は保護者の労働にも影響を与え、中には家計が急変した家庭もあった。加えて、そこにウクライナ情勢に伴う円安・物価高騰が押し寄せてきたのだ。

例えば、2021年9月から2022年9月までのたったの1年間で、食用油1リットルの価格は、実に342円から485円へと、1.42倍の急上昇をしている(「小売物価統計調査(動向編)」2021年9月、2022年9月)。その後、卵も鳥インフルエンザの影響も相まって小売価格が平年比43%上昇している(農林水産省「食品価格動向調査(食品鶏卵)令和5年(2023年)6月【6月12日~6月14日】」)。

困窮世帯の親の半数「子どものために食事を減らす」

このような状況下で、困窮世帯を対象にしたNPO法人キッズドアのアンケートは衝撃の結果を伝えている。「子どもに食べさせるために親の食事を減らしたり抜いたりしている」との回答が49%にも上ったのだ。

実際に、保護者は1日1食しか食べない人が17%、1日2食の人が47%にも及ぶ。子どもについては1日3食が68%であり、いかに保護者が子どもに優先的に食事をさせているか、そして再開した学校給食がいかに困窮世帯の子どもにとって重要な意義があるかがわかるだろう(NPO法人キッズドア「2022年物価高騰の影響把握のための緊急アンケート」2022年11月28日)。

さらに本年6月の同団体の調査では「1人当たりの食費が月1万円以下(1食当たり110円以下)の世帯が4割」という結果も出ているという(同「2023夏 物価高騰に係る緊急アンケート レポート」2023年6月26日)。経済的に厳しい家庭の多くの子どもたちは〈食の危機〉に陥っている。

就学援助「届くべきところに届いていない」

経済的に厳しい家庭の学校給食費の家計負担を補助する仕組みとして、就学援助などの制度がある。認定されれば学校給食費全額が補助される場合が多いため、非常にありがたい仕組みだ。

しかし、認定基準や認定手続きが自治体により異なるうえ、急な家計状況の変化に必ずしも対応しきれていない。また、学校や給食センター、給食会への振り込み手続きの仕組みがあればよいが、家庭にいったん振り込まれると、給食費として支払われずに、他の使途に流用されてしまうという問題が発生する。しかも、学校給食自体が実施されていない学校に通っていれば、就学援助制度に認定された家庭であっても、昼食分の補助はなく、弁当の食材料費はそのまま家計負担となっている。

つまり、届くべきところに届かないこと、また、家計の足しにはなっても、必ずしも子どもの〈食の権利〉保障につながらない可能性があること、これが限界としてある。

教員負担が大きい「給食費の徴収」

苦しい家計の状況から、学校給食に目を移すと、実はそこにも問題が山積している。有償である限り、うっかり残高不足になってしまうような事例も含め、未納問題は決してなくならない。子どもたちの中には「わが家はどうやら給食費が未納らしい」「シュウガクエンジョで助けてもらっている」ということを気にする子もいる。

また、有償である限り、学校事務職員や学級担任、行政職員などの徴収事務を担う人が、保護者の給食費未納に対し、気の重たい督促事務をも負い続けることになる。特に徴収金事務は教員の働き方改革の中で「移行」が望まれる職務の一つになるほどだ(※1)。私会計の場合、年度内の未納分数十万円を校長がポケットマネーで補塡ほてんするというような実態もあると聞く。

学校現場での給食をめぐる負担は特に重大だ。学級担任は配膳指導と給食指導を行いながら、休憩なしでかき込むように給食を食べることとなり、残飯の量まで気にしなくてはならない。各クラスに何種類ものアレルギー除去食があり、それが誤って子どもの口に入らないよう目を配らなければ、子どもを命の危険にさらすことにもなる。それにもかかわらず多くの場合、給食費を自己負担している。

学校栄養職員・栄養教諭は、3校に1校しか配置されておらず、明らかに人手不足・業務過多の状態だ。そんな中で、収入の安定しない保護者負担の給食費で物価高に対応しながら、栄養基準を満たしバランスのとれた毎日の献立を考える難題に取り組んでいる。年度末にどうしても栄養基準が満たせなくなってしまう、というような声も聞こえてくる。

調理員に目を転じると、子どもたちの健康を担保する重要な職でありながら、時に高温加湿の調理室で火を扱い重いものを運ぶという過酷な労働を負っている。いわば現場のマンパワーに助けられて、ようやく今の意義深い学校給食は維持されているともいえる。

※1 中央教育審議会答申「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」(平成31年1月25日)62ページで、その旨提言されている。

給食費
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学校に負担を「丸投げ」でいいのか

現状は、実施率が9割を超える仕組みでありながら、実質的に自治体裁量でその枠組み・予算を判断し決定するものであることが、こうした給食をめぐるさまざまな問題を生み出していると言える。

そうではなく、行政の基礎的な公共サービスとして給食を位置付けることで、全国あらゆるところで、人的・物的条件整備を望ましい水準まで改善していくことが必要ではないか。

その旗印が、「普遍的現物給付としての学校給食無償」である。学校に負担を丸投げするのではなく、行政が責任をもって〈食の権利〉を満たす給食をすべての子どもたちの手元に届ける仕組みを確立する必要がある。

他方で、「無償であっても評判の良くないデリバリー給食では困る」「この市ではオーガニック給食を展開しているのに……」「無償になると献立が貧相になるのでは」「ご当地メニューが出なくなるのは寂しい」「安い輸入食材が増えたりしない?」というような声も聞かれる。

先に述べたように、給食費無償はあくまで、子どもの教育を受ける権利や成長発達権を保障するために行われるものであって、無償化とともに子どもの〈食の権利〉保障にそぐわないような給食になることはあってはならない。

食育基本法(2005年)に掲げられた「伝統的な食文化」「環境と調和した生産等への配意」「地域の特性を生かした食文化」「農山漁村の活性化」「食料自給率の向上」(以上、第7条)「食の安全性」(第8条)などの基本方針を実現するために、給食費無償は促進剤になるべきもので、足かせになってはならない。単なる栄養摂取の機会ではなく、まさに権利保障として給食を位置付け、無償化とともに、その質を担保する行政の役割を再確認する必要がある。

自治体格差、無償化は3割だけ

今見てきたように、給食費無償は、単に家計負担を減らすだけではなく、給食に携わるひとびとの労働負担を軽減するとともに、「普遍的現物給付」により子どもたちの〈食の権利〉を確実に満たす、非常に合理的な方策と言える。

現状、給食を実施している全国の公立小中学校全てで普遍的な給食費無償を行った場合の費用は年間4386億円と言われているが(東京新聞「防衛費倍増に必要な『5兆円』教育や医療に向ければ何ができる? 自民提言受け考えた」2022年6月3日)、子ども、保護者、給食関係者のすべてにとって良い影響があると考えれば税金の使い道として有力な選択肢の一つだろう。

こうした背景の下で、公立小中学校の完全無償化を2022年度に行った自治体は、日本農業新聞の調査によれば、28%と、およそ3割にも上った(「『給食無償化』自治体3割で実施 物価高受け生活支援 継続へ財源課題」2023年2月22日)。子どもの数が少ない小規模の自治体だけではなく、東京都の23区内でも、中央区、台東区、品川区、世田谷区、北区、荒川区、葛飾区では小中学校完全無償化、足立区では中学校のみ、練馬区で第2子以降のみ無償化を2023年度開始当初から行っている。ここに加え、6月より大田区、8月より新宿区で第2子以降、今秋9月より板橋区、江戸川区、文京区、港区、足立区(小学校も完全無償)、墨田区、豊島区、そして10月より江東区と、制度の詳細は多少異なりながらも、特別区主導の無償化は急拡大している。

ただし、留意すべきは、3割の自治体では給食費無償だが残りの7割は有償であること(日本農業新聞の2022年2月の調査時点)、そして、期間限定の取り組みであって必ずしも恒久的な取り組みではないものも中にはあるということ、また一方で、中学だけ無償、第2子または第3子以降だけ無償、2分の1補助などの、「一部無償」の自治体もあるということだ。住んでいる自治体により、保護者の家計負担軽減措置が異なり、また、憲法上、そして国際法上保障を受けるべき子どもたちの〈食の権利〉保障の状況に格差がある、ということである。

国の責任で全国の給食費無償化を

経済財政運営と改革の基本方針2023」いわゆる「骨太の方針2023」ではついに、「学校給食無償化の課題整理等を行う」という言葉が登場した(19ページ)。課題整理・問題把握にとどめることなく、しっかりと国の責任において全国一斉の給食費無償を進めてもらうため、筆者は全国オンライン署名「#給食費無償」を全国へ!を実施している。この署名では、「普遍的現物給付」としての一斉の給食費無償を通じて、あらゆる子どもたちの〈食の権利〉を保障するとともに、給食に携わる人々の負担軽減を訴えており、どの人にとっても、給食が安心・安全で心安らげる時間となってほしいと考えている。

この署名の存在を知り、賛同いただける方は、https://www.change.org/Free-Kyushokuにアクセスするか、署名の名称を検索することでオンライン署名に参加していただきたい。名前とアドレスだけ登録していただけたら、署名時に「アカウント名を表示させる」のチェックを外すだけで匿名で署名に賛同することができる。