連合が第3号被保険者制度の廃止に言及
労働組合の中央組織の「連合」が、国民年金保険料の納付義務のない専業主婦(夫)の第3号被保険者制度の廃止を含む検討をしていることが大きな話題となっている。
第3号被保険者制度の廃止はこれまでさまざまな観点から議論されてきた。1つは「働き方に中立ではない不公平な制度」という問題だ。
もともと第3号被保険者制度は1985年の年金制度改正で導入された。それ以前は会社員の夫がいる妻も任意で年金保険料を払って国民年金に加入していた。当時は約7割の主婦が国民年金に加入していたが、残りの3割は加入しておらず、将来、無年金状態になることが危惧された。本来なら今でもそうであるように強制加入させるべきだが、当時の政府は約7割の国民年金加入者も含めて全員の保険料負担を免除する第3号被保険者制度を導入したのである。当時は今と違って年金財政にもゆとりがあった。政府としては、外で働く夫を支える妻の“内助の功”に報いたいという思いもあった。
しかし、今では専業主婦世帯と共働き世帯は逆転している。1980年代は専業主婦世帯が約1000万世帯だったが、1992年に共働き世帯が914万世帯、専業主婦世帯が903万世帯と逆転し、以降、専業主婦世帯が減少の一途をたどり、2019年は582万世帯(共働き世帯1245万世帯)にまで減少している(総務省統計局「労働力調査」)。共働き世帯の増加だけではなく、未婚の現役会社員も増加している。
単身、共働きが増加し、40年前の標準モデルと齟齬
連合の廃止案のたたき台となる「働き方に中立的な社会保険制度等のあり方に関する連合としての検討の方向性(素案)について」に関し、連合の清水秀行事務局長は記者会見で以下のように述べ、廃止の方向性を打ち出した(5月18日)。
「1985年に法改正で導入された時から当時の標準モデルに基づいていわゆる男性雇用者と無業の妻からなる世帯と、そこを基本に考えられたことで、女性の年金保険を確立させて社会的なセーフティネットとしての役割を果たしてきたという指摘がある一方で、当時の一般的な世帯を標準モデルとして導入された制度であるにもかかわらず、やっぱり単身・共働き世帯の増加など情勢の変化、ライフスタイルが変わってきたということで言えば、当時のその形で作ったものについてはもうかなりの齟齬が出ているだろう」
同じ介護離職でも独身女性は年金保険料を払っている
また、連合の芳野友子会長も6月15日の記者会見でこう言っている。
「例えば女性が親の介護で仕事を辞めざるを得ないとなった時に、結婚している人は2号から3号に行くことはできますが、結婚していなければ第1号になります。どういう人生を歩むか、結婚している、していないかだとか、3号でも死別なのか離別なのかによってこれが変わるということ、ライフスタイルによって女性の位置付けが変わってしまうことは、不公平な制度ではないかと思っています」
芳野会長が言うように同じ介護で離職しても結婚していない人は第1号被保険者(自営業・フリーランス等)となり、毎月、国民年金保険料(1万6520円)を支払わなくてはならない。一方、第3号被保険者はその分を免除される。
よく「妻の分の保険料は夫や会社が支払っている」といわれるがそれは間違いだ。給与から天引きされる年金保険料率は労使折半で一律18.3%であり、単身者も共働きの夫婦も同じ料率だ。要するに夫を含む共働き夫婦や単身者が支払う国の厚生年金の財源から一括して支払っているという建て付けになっているだけだ。夫や会社が妻の分を加算した保険料を支払っているわけではない。
「130万円の壁」のために、独身女性の時給が上がらない
もう1つの第3号被保険者制度の問題は「女性の活躍や賃上げを阻害している」ことだ。制度の適用を受けるために、あえて収入が増えないように労働時間を調整する「就業調整」だ。第3号被保険者の適用範囲内である年収130万円未満に抑えようとする年収の壁によって、人手不足や賃上げの抑制につながっている。
今は働きに出る主婦パートは多い。しかし収入を適用範囲内に収めるために年末近くになると、勤務時間やシフトを減らす人が増えることは今では風物詩にさえなっている。もちろん就業調整する人を責めるつもりはない。本来ならもっと働けるはずなのに、制度があることによって、結果的に活躍の機会を阻んでいることに問題がある。特に今のような人手不足の状況ではパートが多く働く産業に支障を来す可能性もある。
それだけではない。第3号被保険者の適用範囲内に収めようとすると、時給が上がらなくても良しと考える人が多くなるだろう。経営者にとってはありがたい話であるが、割を食うのが近年増加している未婚者など単身者やシングルマザーのパート労働者だ。夫の扶養に入っている既婚者とは違い、自身で生計を立てている人にとっては時給が上がらなければ、いつまでも苦しい生活から抜けられなくなる。
「106万円の壁」になっても“第3号”にとどまる人が半数
実は政府も“第3号被保険者包囲網”というべき被用者保険の適用拡大を進めている。①週所定労働時間20時間以上、②月収8万8000円以上(年収106万円以上)、③雇用期間2カ月以上見込み――等の人を対象に社会保険(厚生年金・健康保険)への加入を義務化するものだ。すでに従業員501人以上の企業は2016年10月から義務化されている(③については2022年10月から)が、2022年10月には従業員100人超の企業に拡大され、来年10月には50人超の企業にも拡大される。
該当する企業で働く人は、従来の130万円の壁から106万円とハードルが高くなったことになる。
では実際に壁を越えて働く人が増えたのか。労働政策研究・研修機構の「社会保険の適用拡大に伴う働き方の変化等に関する調査」(2022)を見てみよう。昨年10月の適用拡大によって被用者保険に加入または加入回避した第3号被保険者の内訳は、「時間延長して加入」した人は20.8%、「働き方は変わらず加入」した人が31.2%だが、「時間短縮して加入回避」した人が48.1%もいた。第3号被保険者を抜けて「第2号被保険者」に移行した人も多いが、一方で約半数が加入を回避している。
一定の効果はあるが、それでも就業調整する人は依然として少なくないのが実態だ。
正社員と非正規社員の賃金格差を温存することになる
流通系労働組合の幹部は「依然として収入の壁の問題が立ちはだかっている。それを気にする人は賃金が上がってもあまり喜ばない。スーパーマーケットは正社員よりパートが圧倒的に多く、正社員の賃上げより、パートが少しでも上がると経営に大きな影響を与える。我々がパートの賃上げを要求しても収入の壁があるために非常に難しい」と、吐露する。
つまり、第3号被保険者の就業調整が、結果的に正社員と非正規社員の賃金格差を温存している。
29日、政府が「年収の壁対策」として、社会保険料の負担で手取り収入が減らないように企業経由で1人最大50万円の助成を検討していることが報じられた。
しかし、この政策はその場しのぎの弥縫策でしかない。根本的に解決するには第3号被保険者制度を見直すしかない。
女性のライフスタイルの違いによる年金の負担と受給の不公平、正規と非正規の格差の温存という弊害をもたらしている第3号被保険者の廃止に連合が乗り出したことは大いに歓迎したい。会社員を多く組織する連合が動き出したことで、今度こそ廃止になるのか、その行方を注目したい。