※本稿は、渡部清二、複眼経済塾『株主総会を楽しみ、日本株ブームに乗る方法』(ビジネス社)の一部を再編集したものです。
株価が下がると買いが入るオリエンタルランドの株
先日、三井住友銀行の元専務の方と株の話をしたとき、こんなことを言われました。「株主優待を楽しみにしている人は、その会社が利益を出しているか否か、それを気にしていない」と。
たとえばオリエンタルランドの株を持っている人は、株主優待でもらった東京ディズニーリゾートのパスポートを孫にあげて、喜ぶ様子を見るだけで十分なのです。だからオリエンタルランドの株は、株価が下がったほうが、すぐに買いが入るそうです。業績がよい悪いではなく、株主優待が欲しくて買っているからです。これも株主と会社のよい関係の1つでしょう。
株主優待ということでは、とくに親和性が高いのが知名度の高いBtoCの会社で、典型が鉄道会社です。沿線住民は、その鉄道を必ず利用します。株主優待の乗車券をもらうために株主になっている人は少なくありません。
そもそも歴史を遡れば、鉄道は何もない場所に線路を引き、周囲に住宅地をつくって住民を運ぶというビジネスモデルです。沿線住民が鉄道を使うのが前提で、おそらく計画段階から住民が株主になることも想定しているはずです。
株主優待は会社と株主のよい関係をつくる大事なアイテム
電車の中吊り広告などでも、株主募集のポスターを見かけたりします。航空会社も同じで、株主割引券を目的に航空会社の株主になっている人はたくさんいます。
飲食店もそうです。我が家では自宅に近いファミレスの株を買い、株主優待で飲食やオリジナル商品の購入に利用しています。この店のタレが好きな妻は優待券が届くのを楽しみにしており、店側も優待券があることでお客に来てもらえるなら、プラスアルファの売上げも見込めます。
株主優待は会社と株主のよい関係をつくる大事なアイテムといえますが、同じようなことはBtoB、つまり企業間取引が主体の会社でも可能です。
たとえば部品メーカーなら、その会社の部品が使われている最終製品を送るのも1つです。あるいは地域の特産品を送る方法もあります。静岡県袋井市にある運送会社、遠州トラックは静岡産のメロンやお茶などを株主優待で送っています。
このようなやり方を通じて会社に親しみを感じてもらったり、自分たちの地域を知ってもらう。これもまた会社のファンをつくるきっかけにできます。
株主総会がファンミーティングに近いほぼ日、良品計画
ほかにも「消費者=株主」という会社は、いろいろあります。石井食品の石井智康社長が株主ミーティングで参考にしている、ほぼ日もそうです。ほぼ日のおもな事業内容は「ほぼ日刊イトイ新聞」の運営とグッズ販売です。
そんなほぼ日の株主総会に、弊社の小笹俊一は3回行きましたが、株主優待として「ほぼ日手帳」をもらえたそうです。ほぼ日手帳は、ほぼ日のデザイン性や使い勝手のよさでファンも多く、ほぼ日の全売上げ59億円のうち32億円を占める主力商品です。
小笹曰く、イベントも充実しているそうです。2022年の株主総会では、最初に霊長類学者の山極壽一氏の講演がありました。続いて総会が始まり、さらに社員と株主が交流するコーナーという3部仕立てで、社員との交流を楽しみに来るファンも多いようです。
また無印良品を運営する良品計画も、株主総会がファンミーティングに近いものになっています。2022年は株主総会が終わると壇上から金井政明会長と堂前宣夫社長をはじめとする役員が降りてきて、株主と同じ目線で質疑応答に臨むのです。
業績が下がっても安定配当を続ける
そこでは「このアイテムはおかしい」といった、消費者に近い目線の意見も多く出てきます。それに経営陣が丁寧に回答していました。明らかにファンを意識した株主総会で、このような株主総会なら株主になりたいと思う無印良品のファンも多いでしょう。
2023年2月には無印良品の銀座店で株主・ファンミーティングが開かれ、今後は全国の店舗でも行っていくそうです。ファンミーティングを通じて、株主も増やしたい思いもあるかもしれません。
良品計画の公式サイトでは、株主になると「株主ミーティングに参加できます」「配当が受け取れます」「株主優待が受けられます」などと謳っています。無印良品の愛用者には魅力的でしょう。
無印良品の業績は2021年から下がっていますが、配当は40円と変わっていません。2023年も40円の予定で、業績に関わらず安定しています。
取引先や生産者、消費者を株主にするメリット
自社の消費者やファンが株主になるのは、買収防衛策にもなります。取引先に株を無償増資する方法はかつてよく行われていました。株の持ち合いに近い感覚で、バブル崩壊以後はほとんど聞きませんが、以前は当たり前に行われていました。
社員に株を持たせるのも、同じような意味合いがあります。これを大々的に行ったのが2010年に相互会社から株式会社に転換した第一生命です。
相互会社では、保険の契約者は社員という位置づけになります。それを株式会社に転換し、払い込み金額に応じて株または現金を配ったのです。当時の契約者は約821万人で、このうち約150万人が株主になりました。
これで当時、第一生命は日本で最大株主を抱える株式会社になりました。当時私は野村證券に勤めていて、株主がいっきに増えたことで特需が起きたのを強く覚えています。「契約者=株主」としていく。これも面白いやり方だと思います。
取引先や生産者、消費者を株主にすることで、それぞれの声を吸い上げ、商品戦略に生かしている企業もあります。ただの取引先、生産者、消費者でなく、それぞれが株主であることで言葉の重みも違ってきます。
株主であれば、企業の発展は重要事になります。納入業者なら、いい商品を納品しようという動機が働きます。変な商品を納め、企業の業績が悪化すれば、自分のところに跳ね返る可能性もあるからです。
よい意味での緊張感が生じます。そこがふつうの取引とは違います。もちろん業績がよくなれば、配当が増えるといった形で還元される場合もあるのです。
「社員=株主」は難しい
一方、社員を株主にするのも同じような効果が期待できます。ただし社員の場合リスクも少なくありません。ある会社で、社長が自分の持っている株を社員全員に無償で配布したときです。社長としては、自分たちの仕事が株価や資本市場につながっている感覚を社員に持ってほしい、という思いがあったそうです。
ところが社員たちは「こんなによくしてくれるなら、社長についていけばいい」となり、自分の頭で考えなくなるという弊害もあったそうです。待遇をよくしすぎるのも考えもので、株をもらった喜びが業績アップではなく、社長への依存を強める方向に向かってしまったのです。
その意味では自分で身銭を切ることが大事です。給料から天引きする形で自社株を購入させる会社もありますが、社員のモチベーション向上にはこちらのほうが効果的かもしれません。
ストックオプションが効果的な企業とそうでない企業
もう1つ、社員に株を持たせるケースとして、ストックオプションがあります。社員が自社株を一定額で買える権利がストックオプションですが、私が在籍していた野村證券では一時期、発行価格1円のストックオプションを社員に配ったことがあります。
2008年に破綻したリーマン・ブラザーズの日本法人を野村證券が継承したときの話です。これにより野村證券は、平均年収ウン千万円の人たちを引き受けることになりました。そこで野村證券ではこのようなストックオプションを配ったようです。
元リーマン・ブラザーズの人たちは野村證券に愛着などないので、売却できる時期が来たら多くが株を売ってしまいました。当時の野村證券の株価は1株300円程度だったので、売れば必ず儲かります。「さっさと売ってしまえ」という感覚でしょう。渡す相手によってストックオプションは、そういうデメリットが生じてしまいます。
もちろん株価の上昇が自分の仕事ぶりに連動するという意識を持たせ、仕事に取り組ませることができれば、ストックオプションはよい方向に行きます。大企業は自分の働きと株価が結びつきにくいので、ベンチャーのほうが効果は出やすいでしょう。
実際ベンチャーには、上場前から社員にストックオプションを与えるところも少なくありません。複眼経営塾の塾生にも経験者が何人かいます。会社が上場し、ストックオプションを使って2000万円を手に入れたので、株の勉強に来たといった人たちです。
ただベンチャーのストックオプションも、上場したら株を売って会社を辞めるのが目的になる人もいます。そのあたりはやはり、さじ加減が難しいように思います。