※本稿は、堀井亜生『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)の一部を再編集したものです。
「家事を完璧にやらないなら家にいる意味がない」
・家具家電付き戸建てと車を一人で購入
・便器裏までチェックする“家事監督”ぶり
・「掃除があるので家から出られません」?
「堅実!」中古や型落ちで揃えたマイホーム
やり始めたらきりがない家事。特に共働きや子育て中の家庭には、大きな負担となりがちです。時短や効率化を叶える便利家電も多数登場していますが、「手間と時間をかけてこそ」がモラハラ夫の思考であり――。
知人の紹介で夫と知り合ったというC代さん。当時26歳、結婚を意識し始めた頃でした。8歳上の電機メーカーの会社員という大人で堅実そうな雰囲気に、安定した結婚生活を期待して交際に発展。互いに実家暮らしのため、デートは主に週末の昼間。ランチデートで関係を深めていきました。
結婚が決まると、夫はすぐに郊外にある中古の一戸建てを購入。最低限の家具と家電、そして車まで用意してあったそうです。
C代さんは、その手際の良さに感動。どれも中古品や型落ち品で揃えていましたが、そのあたりも堅実さの表れと感じていたそうです。
家事を監視する夫、一日中掃除をし続ける毎日
結婚後まもなくすると、夫はC代さんの家事を監視するようになります。整理整頓されているか、食事をしっかりつくっているか、掃除が行き届いているか。トイレの便器裏から窓枠のほこりまで毎日チェックします。
結婚するまで家事の経験がほとんどなかった彼女は「専業主婦はそこまでやるのが普通なのか」と思い込み、ほぼ一日中、掃除をし続ける日々が始まりました。片付け、掃除、最寄り駅までの車での送迎、買い出し、食事の準備、洗いもの、また掃除……。
朝から晩まで動き続けているため、夫が帰宅する頃にはくたくたです。疲れてソファで横になろうものなら「怠けている」と注意されるため、洗っておいた食器を拭いたり、取り込んだ洗濯物を畳んだり、夫が寝るまで手を動かし続けるのが日々のルーティンでした。
それでもまだ夫婦二人の生活だったから頑張れたんです、とC代さんは振り返ります。子どもが生まれると、産後すぐで体調がままならない時も、夜泣きが続いて睡眠不足の時も、子どもが動き出して目が離せなくなった時も、夫の家事監督は続きました。
疲れ果てたC代さんが、友人から購入して便利だったと聞いた食洗機を買ってほしいと頼むと、夫は火がついたように怒り出しました。「専業主婦のくせに家事を怠けて、お前なんて生きてる意味がない」「必要な家電は全部揃えてやったのに何が不満なんだ」。今までにない剣幕で怒る夫を見て、家電を買ってほしい、家事がつらいとは二度と口にできなくなりました。
夫におびえて家事をする生活に疑問
ある日、夫の帰宅まであと30分と迫るなか、慌てて棚裏のほこりを掃除していた時、突然子どもの泣き叫ぶ声がしました。目を離したすきに転んで、棚の角に頭をぶつけてしまったのです。
大事には至りませんでしたが、大切な我が子から目を離してまで夫におびえて家事をする生活を疑問に思うようになり、C代さんは誰かに相談しようと決意したのです。
それでも、C代さんの道のりは大変なものでした。事務所に届いた予約メールには「掃除があるので事務所には行けません」と書かれていました。一瞬戸惑いましたが、すぐにこれはモラハラの案件だと察しました。
当初、C代さんは「家から出られないので自分の友人に代理で行ってもらう」と言っていましたが、こういった相談は本人から事情を聞かないとなかなか実態がつかめません。友人を交えて連絡を取り、夫に知られないように外出の段取りを整えて、ようやく対面で相談を受けることができました。
謝罪はナシ、自分を正当化するメールや手紙
話をするなかで、C代さんは離婚に対しては消極的なことがわかりました。一方で「一日中掃除をしているのが本当につらい」「家に縛りつけられているようで苦しい」と何度も口にします。となると離婚ではなく、まずは別居をすればC代さんの悩みは解消できるかもしれないと考えました。
動画と音声で、夫のモラハラ的な言動の証拠を残して、同時に財産分与の資料も集めます。そして別居の意思と弁護士が代理人になった旨を伝える手紙を置いて、C代さんは子どもと一緒に家を出ました。
当日、夫の帰宅時間ぴったりに、C代さんの携帯に夫から着信が。続けて何度か鳴ったあとは、メールの嵐です。返信がないとわかると、ようやく私の事務所に電話がきました。
妻と直接話をしたい、話せばわかると、対面の機会を求めるのがモラハラ夫のデフォルトなやり方です。期間は人によってさまざまですが、直接の対面を断っても、短くて3日、長くて1カ月間、謝罪のような動画やメール、時には手紙を送り続けます。
「謝罪」ではなく「謝罪のような」とするのは、ただ自分を正当化する文面でしかないからです。「私に養われる身のあなたが家事や育児の手を抜くのはおかしいと思いませんか」「至らないあなたを指導するつもりでつい怒りましたが、あなたのレベルには厳しすぎたかもしれませんね」と、およそ妻に帰ってきてほしいとは思えない内容で、こういったところからも、日頃、妻に対して高圧的な態度で接していたのが見てとれます。
このケースでは、調停で婚姻費用が決まったあと、籍は抜かずに別居を続けることになりました。夫の収入が高いため、安定して婚姻費用をもらうことができれば、C代さんと子どもが新しい生活を始められるからです。
家事のプレッシャーからようやく解放
後日事務所に来たC代さんは、「ずっと家事のことで頭がいっぱいだったから、そのプレッシャーから解放されて本当に幸せです」と、笑顔で話してくれました。夫に知られないようにと相談にやって来たあの日とは、まるで別人のようでした。
モラハラ夫は、家事は妻の業務と考えています。妻のことは家族というよりも、自分の家で働く従業員と思っているのかもしれません。だから、家事を完璧にこなさないのは業務怠慢、手間を省いて時間を有効に使おうとするのは給料泥棒、そして便利家電は業務を怠けるためのツールと考えて敵視するのでしょう。そこまでして妻を家に縛りつけて何が得られるのか、夫自身にもよくわかっていないかもしれません。
夫のモラハラ度を測るには、「食洗機」がバロメーターかも
モラハラ夫と食洗機
ここ数年、モラハラ離婚の相談を数多く受けていますが、ある時ふと気がついたことがあります。妻たちの相談に、「食洗機のことで夫と揉めた」というエピソードが頻繁に出てくるのです。
毎日何度もしなければならない食器洗いは家事の中でも面倒なものですよね。その負担を軽減してくれる食洗機は、今や普及率は約35%、後付け設置もできる比較的安価なモデルも発売されて、決して珍しいものではなくなってきました。
このような食洗機ですが、モラハラ夫にはどうしても許せないもののようです。妻が食洗機が欲しいと言おうものなら猛反発。夫たちから出てくる言葉は、驚くほど似ています。
「怠けるつもりか」
「高いだけで役に立たない」
「電気代と水道代の無駄だ」……。
食洗機のエピソードを口にする妻に「こう言われたんじゃないですか?」と聞くと、「そうなんです! どうしてわかるんですか?」と驚かれます。
こうして、私にとってモラハラ夫と食洗機は切っても切れないイメージになりました。しかし、なぜモラハラ夫は、こんなにも食洗機が許せないのでしょうか。
自分は家事を全くしない、妻は「家事をする人」
モラハラ夫の顕著な傾向として家事を全くしないというものがあります。彼らは、妻のことを「毎日身を粉にして家事をする人」と認識しています。
なぜ私が彼らの認識を知っているかというと、妻に対して「家事をするために雇っている」「家事をさぼるな」と伝えているさまざまな証拠を見ているからです。
モラハラ家庭は家事の分担で揉めない
離婚相談において、家事の分担で揉めたという話はよく出てきます。共働きだから夫にももう少しやってほしい、夫がうまく家事ができなくて手間が増える……。そういったよくある話が、モラハラ家庭には出てきません。
そもそも家事は妻が全部やるものという暗黙の前提があり、「分担」の意識がないため、家事を全く助けてくれないどころか、夫に家事をチェックされてつらい、という話しか出てこないのです。
夫は帰宅すると家中をチェックして、ゴミやほこりが残っていたらやり直しを命じます。不思議なことに、ゴミを見かけても自分で拾わず、「ゴミが落ちているぞ!」とわざわざ妻に拾わせるのです。
家事にうるさい夫ほど自分の机やタンスは汚いという傾向もあり、決してきれい好きだから妻に注意しているというわけではないのです。
総菜にまつわるエピソードも頻出します。仕事や家事で疲れたから総菜を買って夕食に出すと、激怒されるというのです。デパートの総菜ではなく、スーパーのコロッケであっても、です。
「怠けやがって、誰の金だと思ってるのか」が、モラハラ夫の決まり文句です。一方で、妻の料理がおいしくないと怒ったという話は出てきません。
こういったエピソードから見えてくるのは、モラハラ夫は味や値段、効率といった結果ではなく、「妻が時間と手間をかけて家事をすること」そのものに強くこだわっているということです。
そんな彼らからすると、便利家電を欲しがる妻は、お金をかけて怠けたがっているように見えます。だから彼らは食洗機と聞くと火がついたように怒り始めるのです。妻が調べて、食洗機は手洗いに比べて節水になる、電気代もわずかであると教えても、夫は認めません。彼らはお金がもったいないのではなく、妻が家事をさぼることが許せないのです。
中には、反対はされたもののどうしても欲しいので独身時代の貯金から買ったという妻もいました。これなら文句は言われないと思いきや、今度は食洗機を動かしている最中に、「食器洗いをさぼっているんだから浮いた時間で他の家事をしろ!」と怒られるようになったそうです。
食洗機は敵、ロボット掃除機も敵
「現代版三種の神器」と呼ばれることが多い便利家電は、食洗機、ロボット掃除機、ドラム式洗濯乾燥機です。食洗機以外の2つもモラハラ夫に購入を反対されたエピソードを耳にします。家事の手間を省く価値がわからないモラハラ夫には、食洗機と同様に無駄づかいや手抜きの象徴に見えるのかもしれません。
もちろん、食洗機の購入を反対したから即モラハラ夫というわけではありません。妻の希望を聞いて、「欲しいのはわかるけど……」と理解を示して、一緒に検討した末に購入しないのであれば、それは夫婦で話し合いができていると言えます。
そうではなく、食洗機を買いたがるのをまるで悪いことのように怒ってきたら……。その根底には、妻は家事をするべきものだという気持ちがありそうです。
もしあなたが夫はモラハラではないかと思っていたら。一度「食洗機が欲しい」と言ってみるのが効果的かもしれません。