実力以上に自分の力を高く見積もっている
最近、私が産業医として関わっている会社でも、自分に自信を持っていて、実力以上に自分の力を高く見積もっている若者が増えているという印象を受けています。その一方で、自己肯定感が低く、自分に自信が持てないという人も増えているので、二極化しているのかもしれません。
そして、こうした「実力以上に自分の力を高く見積もっている」若手からよく聞くのが「与えられた仕事内容が、今まで関心を持ってきた分野、やりたい分野と違うので気が乗らない」「会社が提供する研修やセミナーは、自分の成長にどう役立つかわからない。自分がやりたいこととは違うので勉強したくない」「自分の仕事が全然評価されていない」などの不満です。
すぐにやりたい仕事ができるようになったり、キャリアアップができると思っているのか、地味な仕事、下積みの仕事をいやがる人もいました。またプライベートを大事にするのはいいのですが、周りに仕事が終わらず困っている人がいても手伝おうとせず、自分の仕事が終わったらすぐに帰ってしまう人も多いようです。
「成長しなければならない」と焦る若者たち
なぜこうした、「不満たらたらの若手」が生まれているのでしょうか。
一つは、理不尽な体験が少ない時代に育ったことがあります。かつては学校でも、一人が何か間違いを犯したら連帯責任で罰を受けたりといった理不尽なことがたくさんありましたが、今は減っています。むしろ、理不尽なことがあればちゃんと声を上げて主張すべきと教えられています。上司の世代が生まれ育った時代とは大きく異なります。
また、学校や家庭での人間関係は、基本的に自分と家族、自分と先生、自分と友人など、人間関係の範囲が小さい。このため、自分がやったことの結果が見えやすいのですが、会社というのは大きな組織ですし、社外の取引先や顧客なども関わるので人間関係が複雑で範囲がかなり広くなります。自分に与えられた仕事の意味や位置づけがわかりにくく、「理不尽な仕事だ」と受け止めてしまいやすいのです。
こうしたことから、「なぜこんな仕事をやる必要があるのかわからない」「こんな仕事をさせられるなんて理不尽だ」と不満を抱え、「この会社は自分のことを大切にしてくれていない、だから自分もこんな会社に貢献する必要はない」と思ってしまうのです。
SNSの「キラキラした同世代」から影響
もう一つは、理想と現実のギャップが広がりやすいためです。
絶えずSNSで、仕事で活躍する同世代のキラキラした様子を目にして影響されているために、自分もすぐに同じように活躍できるだろう、そうあらねばならないという思いが強くなっています。でも実際は、地味で目立たない仕事、雑用を任されることも多い。それが受け入れられなくて、やる気が出ないのです。
さらに最近の若い人たちは「成長」に対する意識が非常に強く、「早く『何者か』にならなくてはいけない」という焦りを感じているように思います。学生の時は、成長意欲を持つことは良いことと捉えられていましたし、学校から成長機会を与えられるのは当たり前だったかもしれません。それで、会社を学校の延長線上のように捉え、「自分を成長させてくれる場所であるべき」と考えてしまうのです。しかし、実際は必ずしもそうではありません。
本来、自分がそこで成長できるかできないかは自分次第。まずは自分が会社にどう貢献するか、どうすれば会社の業績が上がるのかを考えなくてはいけないのに、そういった当事者意識が欠けてしまっているのです。
昔は会社に入ったら、多少つらい思いをすることはあっても、将来の給料も退職金もある程度保障されていました。しかし今は、たとえ大企業であっても、安定が約束されているわけではありません。「この会社は自分を成長させてくれる場所ではない」と思うと、会社に対して不安しか残らなくなってしまうわけです。
「わがまま」な若手のモチベーションを上げるには
「自分の成長」「自分がやりたいこと」ばかりで、実力や経験が伴っていないのに「評価してくれない」と不満ばかり言う。上の世代から見ると「わがまま」に見える若手の姿勢も、実はこうした時代背景と、それに伴う意識の変化から生まれたものですから、上司が叱っても仕方ありません。
叱るよりも、まずは共感し、寄り添うところから始めてほしいと思います。
まず上司は「あなたたちが望んでいるものを会社が提供できていないのであれば、確かにやる気は出ないだろうし、不安にもなるだろう」と寄り添ってみてください。「自分も長年、仕事をしているけれど、ずっとモチベーションが高かったわけではない。やる気が出なかったこともあるよ」と、実際に自分のモチベーションが下がって、悩みを抱えていたときのことを話してみるのもいいでしょう。
「周りに理解者が全くいない」となると、若手の心は会社から離れていくばかりです。そうなると本人も会社の中で孤立し、どんどんいづらくなって結局、退職という選択をすることになってしまいます。まず共感して、寄り添う。そこから始めてください。
「仕事のつながり」や「未来の姿」を見せる
上司が共感し、寄り添う姿勢を見せることで、若手の方はようやく、上司の言うことにしっかり耳を傾けようという気持ちになるはずです。そのうえで、次の2点を心がけてみてください。
1点目は、未来の姿を見せ、今やっていることがそこにつながっていることを少しずつわかってもらうことです。
昔は、「この会社に入れば、将来社内でこんな風にキャリアを重ねていけるんだな」というざっくりした未来が見えていたと思います。しかし今は、それが見えない時代です。若手が抱えている不満は、未来が見えないことに対して感じている不安の裏返しなので、上司は「未来を見せること」を意識して伝えるようにしてみてください。
最初のうちは、自分の仕事が誰かの役に立っていると実感できることはなかなかありません。また、先ほども触れた通り、若手には、自分が今やっている仕事の意味や位置づけが見えていないことが多いので、そこを丁寧に伝えるようにするといいでしょう。「あなたが今やっている仕事は、社内や社外のこんな人たちに役立っている。そしてこの経験や、この仕事をきっかけに作られる人脈が今後、リーダーの立場になったときに生きてくるよ」など、その仕事が、誰にどのように役立っているのか、つながりを見せてあげるのです。また、「この研修は将来、あなたがこういう業務をするときに必要になる」など、今やっている仕事がこの先どうプラスに働くのかについても、説明します。
そうすることで、今やっていることは価値のあることで、本人の成長にもつながるということを、本人が納得できるようにしていきます。
細かくフィードバックして成長を実感させる
2点目は、成長を実感させることです。
今、自分のやっていることは、ちゃんと成長につながっている、少しずつでも前進しているということを実感させてあげるのも、上司の重要な役割です。日々、その場その場で指示を与えて終わりにするのではなく、何ができるようになれば本人が成長を感じられるのかをヒアリングしながら目標を設定し、それに対してどれくらい達成できているか、進捗状況をフィードバックすることが大切です。
たとえば、議事録の作成、企画書の作成や取引先への商品提案についても、最初は先輩や上司に手伝ってもらったり、修正してもらいながらやっていたのが、だんだん一人でできるようになってくる。こうした状況を、上司は「できて当たり前」ではなく、「できた」ことを細かく評価して、フィードバックします。
その過程で「早めにSOSを出せたのはよかった」「チームのメンバーに事前に連絡をしておいてくれて助かった」「よくチャレンジしたね」など、ちょっとしたところを褒めたり、認めたりするのも、上司の腕の見せどころです。「こんなことまで」と思うようなところまで、言葉にして伝えます。すると、「ちゃんと見てくれている」「評価してくれている」とわかって本人は安心できます。
「育ててくれている」「成長機会を与えてくれる」と実感
こうして、小さな目標を達成することは、成功体験につながります。これを積み重ねることで、「育ててくれている」「ここでも成長できる」という実感が生まれてきます。
部下の中で、前進しているという成功体験が積み上がれば、本人も自信がつきますし、「会社が自分を育ててくれている」「成長の機会を与えてくれている」と実感できるようになるでしょう。
「なぜ上司がそこまでやらなくてはならないのだ」と思うかもしれませんが、「なぜ今の若手はこうした言動を取る傾向があるのか」といった背景を理解してほしいと思います。上司や会社と信頼関係を築き、やるべき仕事について納得さえすれば、「成長意欲の高さ」はそのまま仕事へのモチベーションに変わり、高い能力を発揮するポテンシャルの高い若手に変わる可能性があります。
「経験も実力もないのに不満ばかり言っているやつに、こちらから歩み寄る必要なんてない」と放置してしまえば、せっかくの可能性を腐らせてしまうことになります。最初は面倒かもしれませんが、こうした若手の心に火が付き、自分で走りだせるようになるまで、何とか上司が導いていってほしいと思います。