※本稿は、小林正子『子どもの異変は「成長曲線」でわかる』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
二極化が進む子どもの運動能力
運動が、子どもの発育発達にとって重要であることはいうまでもありません。また、子どもがある程度大きくなれば、スポーツとして楽しんだり、競技においてよい成績をめざしてがんばろうとしたりする機会も増えてきます。適度な運動やスポーツは子どもの心身の発育発達に好影響を与えることはよく知られています。
ただし、現在の子ども達の状況は、運動やスポーツが得意な子どもと、ほとんど屋内で過ごし、運動は学校の体育の授業だけ、という運動に無関心な子どもとの二極化が進行しています。
後者は、ボールが飛んできても受けられない、転んでも手が出ないなど、身を守るうえでの問題が見られ、幼少期からの運動能力の発達に課題があることも指摘されています。もちろんこの中間の子どももいるわけですが、大きく分けて二つの集団が存在していることは確かなようです。
ところで、運動能力は子どもばかりでなく、若者、中高年、高齢者にとっても、日々の生活を支えるうえで重要です。身体活動能力と言い換えた方がよいかもしれません。
文部科学省では、1964(昭和39)年以来、国民の「体力・運動能力調査」を行い、現状を明らかにしています。これは、体育・スポーツ活動の指導や行政上の基礎資料を得ることを目的に毎年実施している調査ですが、1999(平成11)年度からは、これまでの調査内容を全面的に見直し、体力・運動能力調査に代わって導入した「新体力テスト」を実施しています。項目は、図表1の通りですが、全年齢に共通となっている項目は、握力、上体起こし、長座体前屈で、そのほか、小学生(6~11歳)では、反復横とび、20mシャトルラン(往復持久走)、50m走、立ち幅とび、ソフトボール投げ、中学生~大学生(12~19歳)では、反復横とび、持久走、20mシャトルラン(※持久走と20mシャトルランは選択実施)、50m走、立ち幅とび、ハンドボール投げ、となっています。
新体力テストからは、筋力(握力)、敏捷性(反復横とび)、跳躍力(立ち幅とび)、柔軟性(長座体前屈)、筋持久力(上体起こし)、全身持久力(20mシャトルラン)などがわかります。また、年齢に応じたA~Eの段階評価で、現在の自分の体力・運動能力がどのくらいあるのかが確認できます。
体力がある子ほど運動が好き
子どもの運動能力に二極化が見られることを記載しましたが、図表2と図表3のデータから、日頃運動をしている子どもとしていない子どもでは、体力面においても二極化している現状が明らかになっています。それは小学生でも見られますが、特に中学生になると顕著になります。
一方で、体育の授業で「動きのコツがわかった」「運動やスポーツがうまくできるようになった」「体育の授業は楽しい」と思うかどうかという質問を児童生徒にして、体力合計点との関係を分析したところ、相関関係があることも明らかになりました。
運動に限らないと思いますが、一般的に、辛い、苦しいという思いばかりでは、なかなか続けることは困難で、上達は望めません。どんなに辛くても苦しくてもやり遂げる、というのは余程強い意志と目標を持った一部の子どもです。
子どもは年齢が低いほど、楽しいという気持ちや上手にできたという達成感を感じて伸びていくものです。そのため、保護者はもちろんですが、子どもに関わる保育者、教員、指導者などすべての人々には、そうした成功体験を少しずつでも与えられるような働きかけが求められます。
運動のやりすぎは身長の伸びに影響する
運動がどの程度発育に影響するか、というのは個人差もあり、かなり難しい問題です。
しかし、やりすぎれば必ず発育発達にダメージを与えます。子どもの運動やスポーツの状況が適度であるかどうかを知るには、どうすればよいと思いますか?
その答えは、まずお子さんの様子をよく見ることです。疲れすぎていないか、食欲はあるか、運動やスポーツを楽しんでいるか、悩んでいる様子はないか、などです。
そして、そうした主観的な観察に加えて、客観的に運動やスポーツが心身を損なっていないか、適度であるか、ということを知る方法があります。そう、それこそが「成長曲線」です。成長曲線を描いていれば、子どもの発育状態ばかりでなく、精神状態さえ把握することができるのです。
例えば成長曲線を描いてみて、もし身長がどんどん低い方の基準線の方に落ちていっているようであれば、練習時間やその内容、総合的な運動量が多すぎるなど、からだに負担が大きいことを表しています。精神面の問題もあるかもしれません。
「運動のしすぎ」をどう見極めるか
図表4は、小学校低学年から新体操を始めた女子の成長曲線です。データのない部分はありますが、もともと小柄でした。全体的に身長の伸びが悪く、練習を始めてからは、次第に一番下の3パーセンタイル基準線よりも下に移行してしまいました。これは相当な練習のしすぎと考えられます。しかし、当時はこのような成長曲線を描いていなかったので、高校生になって初めて作成した成長曲線を見て、まさか! と誰もが驚いたそうです。
一方で、図表5は別の新体操選手の成長曲線ですが、大変理想的に発育していることがわかります。おそらく運動量とこの子の体力が合っていて、発育にプラスになったものと考えられます。
このように、一人ひとり体力も気力も異なるので、成長曲線を描き、その変化を確認しながら、練習の内容を調整していく必要があります。特に新体操のように審美的要素が求められる競技では、身長の伸びを損なうような練習の仕方は避けるべきです。素質をよい方向に伸ばすために、新体操に限らずすべての運動選手は、成長曲線を描くことが必要不可欠です。
伸びていた身長に急ブレーキがかかった理由
図表6の成長曲線は、中学2年生から急に身長が止まってしまったという男子の例です。
この男子は高校生になって毎日学校の保健室に来て身長を測っていたそうで、養護教諭が声をかけ、そんなに身長が気になるなら、これまでの発育の様子をグラフに描いてみようか、と言って、小学1年生からこれまでの健康診断記録の身長・体重を、成長曲線として表しました。それがこの図です。
この成長曲線を描いた養護教諭はびっくりしました。なんとせっかく伸びてきた身長が、14歳手前から、まるで急ブレーキがかかったように止まってしまっているのです。それに反して、体重は急激に増えています。
養護教諭は、このとき何か特別なことをしたのかと男子生徒に聞くと、筋肉を鍛えたいのでウエイトトレーニングをガンガンやった、ということでした。もともと筋肉質だったのか、小学校時代も体重は高いパーセンタイルレベルでしたが、中学校に入ってからは強くなりたい一心で、筋肉を増やそうとがんばったとのことでした。
しかし、まだ身長がさかんに伸びている時期にウエイトトレーニングを続ければ、過度な負荷を骨にかけ続けることになり、その結果、骨端線が閉じてしまい、身長の伸びが停止することが考えられます。
このような残念な例は、部活動をしている男子で時折見受けられます。指導者はおそらく、過度なトレーニングを奨励してはいないでしょう。けれども、もっと力をつけたい、レギュラーを取りたい、などの気持ちが強ければ、隠れてでも無理なトレーニングをしてしまうかもしれません。こうしたことのないよう、指導者は子ども達に、発育段階に沿った正しいトレーニングの仕方を、きちんと伝えるべきであると思います。
指導者に恵まれた大谷選手と佐々木投手
今、アメリカ大リーグで活躍している大谷翔平選手は、高校時代に監督から、「まだ骨が成長段階にあるから、1年生の夏までは野手として起用して、ゆっくり成長の階段を上らせる」という方針を告げられ、変化球などの練習はせず、そのおかげで身長は193cmまで伸びました。思春期後半に再度伸びる足も、十分に伸びることができたものと推察されます。発育段階を考慮した対応のできるこの監督は、本当に優れた指導者であると思います。
さらに、プロ入り3年目の佐々木朗希投手が、完全試合を達成したことは記憶に新しいと思いますが、その佐々木投手は高校生時代、「令和の怪物」と呼ばれながら、岩手大会決勝戦では監督の判断で投げなかったことが大きな話題となりました。「故障から守るため」という理由であったようですが、チームは大敗して甲子園出場はならず、監督への非難が殺到しました。
しかし、この監督の決断が、その後の高校野球のあり方を変え、エースに頼りきる野球、エースと心中するような野球から、投球数の制限なども取り入れられるようになり、継投策で勝つという野球が主流になっていきました(参考:柳川悠二『甲子園と令和の怪物』小学館新書、2022)。
思い起こすと、確かに高校時代の佐々木投手は現在よりさらに細身で、骨がまだ伸びていたように感じます。
高校の監督だった國保陽平氏はアメリカでも野球経験があり、そのときに多くの選手が無理をしてケガに泣き、野球の第一線から消えていった姿を目撃したようです。そうした経験から、佐々木投手のように将来限りなく有望な選手を、高校時代に潰してしまうわけにはいかない、と思われたのでしょう。決勝戦に投げさせないことでどれだけ批判されようと、自分が守らねば、という強い信念を貫いたのだと思います。