現代のビジネスのやりとりは、メールとチャットが中心だ。顔の見えない相手とも、文書だけで気持ちを伝え合い、信頼関係を築くことが求められる。国立国語研究所で日本語を研究する石黒圭さんは「相手との信頼構築のカギは副詞。副詞の使い方で、ビジネスパートナーとの関係が良好になる」という――。

※本稿は、石黒圭『コミュ力は「副詞」で決まる』(光文社新書)の一部を再編集・加筆したものです。

パソコンでメールをチェックする女性
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副詞の使い方一つで印象が変わる

石黒圭『コミュ力は「副詞」で決まる』(光文社新書)
石黒圭『コミュ力は「副詞」で決まる』(光文社新書)

副詞というと、よくわからない地味な品詞というイメージを持つ人が多いでしょう。しかし、そんな人でも、じつは日々の生活の中で、驚くほどたくさんの副詞を使っています。「やっぱり」「けっこう」「まあ」「ちょっと」「じつは」「なるほど」「本当に」等々……。

名詞、動詞、形容詞は、SVOCの五文型を構成し、文の情報を伝える要素です。一方、副詞は、SVOCの要素にはなりませんが、単なる添え物ではありません。文の情報よりも、書き手の気持ちを伝える要素で、読み手はむしろ副詞に敏感に反応します。選択に成功すれば読み手の共感を得られ、失敗すると読み手の感情を逆なでする「毒にも薬にもなる」品詞、それが副詞です。

文章を書く上でとくに大事なのが、読み手に配慮する「大人の副詞」です。「大人の副詞」は使い方一つで、読み手に与える印象が大きく変わるものです。ここでは大事な20の「大人の副詞」を見ていくことにしましょう。

「わざわざ」「せっかく」で労をねぎらう

感謝の気持ちを表す「大人の副詞」からまずは考えます。正面切って「ありがとう」と言うだけが、感謝の表し方ではありません。相手の手間や気遣いを肯定的に評価する「わざわざ」「せっかく」のような副詞を使うことで、「ありがとう」の気持ちがより効果的に伝わります。人間関係における配慮を示す表現として、とくに手紙やメールで力を発揮しますので、頭に入れておきたい副詞です。たとえば、

悪天候のなか、わざわざ会場まで足をお運びくださり、心から感謝申し上げます。

とすれば、会場まで足を運ぶという行為に副詞「わざわざ」がつくことで、「そこまで苦労をして」というねぎらいが加わり、それが感謝の気持ちとして伝わります。

また、誘ってくれた相手の誘いを断る謝罪の場合、

せっかくお声がけくださったのに、前向きなご返事ができず、申し訳ありません。

とすれば、声をかけるという行為に副詞「せっかく」をつけることで、「心を砕いて貴重な機会を用意してくれた」という評価が加わり、期待に応えられない申し訳なさがより明確に伝わります。

仕事の成果物が優れていたら「さすが」とほめる

次に考えたい「大人の副詞」は、相手をほめる「さすが」です。「さすが」は、期待通りの結果を評価する副詞です。もともと高い期待を抱いていたことにたいし、その期待を裏切らない結果を目の当たりにしたときに「あらためてすごい」と感心するときに使います。

すばらしいデザインです。さすが、山田さん一押しのデザイナーさんですね。

デザイナーさんを見抜く相手のセンスを高く評価したことになりますので、言われた相手はきっと喜ぶでしょう。

握手をするビジネスパーソン
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ただ、「さすが」の使用には二つの注意点があります。一つは、「さすが」がお世辞と受け取られるおそれがあることです。心から感心したときに言わないと、逆効果になります。もう一つは、「さすがに」と「に」をつけてしまうと、期待外れの意味になりがちです。「さすがに」という形でも期待通りの意味になることもありますが、「そこまで行くと難しい」という期待外れのマイナス評価になりやすいので注意が必要です。

奇襲戦法は一度は成功しても、さすがに二度目は通用するとは考えにくい。

不都合な内容には「あいにく」をつけて切り出す

相手にとって都合の悪い内容は言いにくいもので、そのまま言うと反発を招きがちです。大事なのは、不都合な内容を切り出すときに「残念だ」という相手に寄り添う気持ちの言葉を加えることです。そうした配慮を表す「大人の副詞」に「あいにく」があります。

あいにく禁煙のお部屋はすべて埋まっております。喫煙可のお部屋でもよろしいでしょうか。

「あいにく」に似た言葉に、「運悪く」「不幸にも」「気の毒なことに」「残念ながら」などがあります。しかし、「運悪く」「不幸にも」だと他人事のように響きますし、「気の毒なことに」「残念ながら」だと上から目線の同情のように映ります。「あいにく」がもっとも安全な表現です。

気持ちを込めたいときの「本当に」「たいへん」とその言い換え

感謝や謝罪、お願いやお悔やみに気持ちを込めたい場合、「本当に」「たいへん」という程度を強める副詞を使うのが一般的です。

ご経験に基づく適切なアドバイス、本当に助かりました。
至らぬ点が多く、たいへん申し訳ありませんでした。

しかし、「本当に」「たいへん」ばかり使ってしまうと、手軽な表現であるだけに単調になってしまい、気持ちが伝わらなくなってしまいます。そこで、感謝や謝罪、お願いやお悔やみを表す動詞とともに使うと気持ちがこもりやすいのが「誠に」「深く」「厚く」「つつしんで」「心から」といった副詞です。これらの副詞は大人の文章に必要な表現であり、TPOに応じて使い分けることが求められます。

貴重な情報のご提供、誠にありがとうございました。
このたびの件につきまして、深くお詫び申し上げる次第です。
日ごろより格別のご高配をたまわり、厚く御礼申し上げます。
お父さまの訃報に接し、謹んでご冥福をお祈りいたします。
今後ともご理解、ご支援をたまわりますよう、心からお願い申し上げます。
手を合わせる男性
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文章の末尾で「重ねて」「あらためて」申し上げる

手紙やメールなどで、感謝や謝罪、お願いの言葉などを、冒頭と末尾で繰り返して伝えることもあります。そのほうが意図が明確に伝わりますが、二度書いてしまうとくどくなってしまいます。その場合、末尾のほうに「重ねて」「あらためて」という副詞を加えると、繰り返しに気持ちがこもり、誠意が確実に伝わります。

ご多用ななか、迅速にご対応いただきましたこと、重ねて御礼申し上げます。
このたびの当社の不手際につきまして、あらためてお詫び申し上げます。まことに申し訳ありませんでした。

心をこめて「どうぞ」「どうか」にひと工夫を

また、お願いのほか、よろしくと伝達してほしい場合、健康に気をつけてほしい場合に使える副詞として「どうぞ」「どうか」があります。両者ともほぼ同じ意味ですが、「どうぞ」のほうが一般的で、「どうか」を使うと懇願のニュアンスが加わります。

ご両親さまにもどうぞよろしくお伝えください。
寒さ厳しき折、どうかお身体をお大切になさってください。

「どうぞ」「どうか」は「よろしくお願いします」とのセットが多いのですが、「お気遣いなく」「ご心配なく」「お気になさいませんように」「お気に留められませんように」など、心遣い無用というときにも使えるとよいでしょう。

「どうぞ」「どうか」のかわりに、あるいは「どうぞ」「どうか」と組み合わせて、「くれぐれも」を使う方法もあります。強く気持ちを込めたいときに向く表現です。

当日はお世話になりました。くれぐれもお礼をお申し伝えください。

強くお願いしたいときは「どうぞ」だと軽い印象が出る一方、「どうか」だと個人的に強くお願いしている印象が出ることがあります。そんなときに便利なのが「なにとぞ」です。

ご多用の折、誠に恐縮ですが、なにとぞよろしくお願いいたします。
部下に指示する男性
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大人なら20の副詞をビジネスシーンで使いこなせ

ここまでは、感謝や謝罪、お願いの言葉そのものに使う副詞でしたが、その直前に使う副詞として「ひとえに」「おかげで」「さぞ」が使われることがあります。「ひとえに」はそれ以外にないことを、「おかげで」は相手のサポートが力になったことを示して感謝を強めます。「さぞ」は相手の気持ちを察して共感を示す表現です。

こうして卒業論文が完成できたのは、ひとえに先生のご指導のたまものです。誠にありがとうございました。
おかげで予定よりも早く契約に至ることができました。ご尽力に心から感謝申し上げます。
ここに至るまでさぞご苦労がおありだったことと拝察いたします。にもかかわらず、つねに笑顔でご対応くださったこと、感謝に堪えません。

以上、「わざわざ」「せっかく」「さすが」「あいにく」「本当に」「たいへん」「誠に」「深く」「厚く」「謹んで」「心から」「重ねて」「あらためて」「どうぞ」「どうか」「くれぐれも」「なにとぞ」「ひとえに」「おかげで」「さぞ」という20の「大人の副詞」を挙げました。これら20の「大人の副詞」を見た読み手は、きっと書き手が読み手に寄り添い、配慮してくれたことを実感するでしょう。それが、両者の信頼関係の醸成につながります。