経団連が2020年に提言したことで注目が集まる「ジョブ型雇用」。元・LinkedIn日本代表の村上臣氏は「本来の欧米型のジョブ型雇用では、『ジョブがなくなれば人を雇えなくなる』ルールが明確です。けれども、総合職を抱えている企業では、そのあたりのルールが不透明なまま。日本版ジョブ型雇用が浸透していくと、おそらく労働市場の流動性は高まらず、生産性も向上しないので、給料アップは望めないということになります」といいます――。

※本稿は、村上 臣『稼ぎ方2.0 「やりたいこと」×「経済的自立」が両立できる時代』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。

空の財布を開いて見せている男性
写真=iStock.com/igor_kell
※写真はイメージです

日本の給料が上がらない3つの理由

日本の給料が上がらない1つ目の原因は、「国際競争力が低い」こと。2つ目の原因は、年齢や勤続年数に合わせて役職や給料が上がっていく「年功序列」や、定年まで同じ企業で雇用し続ける「終身雇用」といった日本型雇用にあります。

日本型雇用の下では、一度上げた給料は下げることができないので、経営者には文句を言われない程度の限定的なベースアップにとどめたいという意識が働きます。なおかつ、給料を上げると従業員の年金積立金なども雪だるま式に増えるので、やはり給料を上げることには消極的になります。内部留保が増えても、簡単には従業員に還元できないジレンマがあるのです。

そして3つ目の原因としては、労働生産性が低いという問題があります。公益財団法人日本生産性本部が発表した「労働生産性の国際比較 2021」によると、OECDのデータに基づく日本の時間あたり生産性は49.5ドルで、OECD加盟38カ国中23位。また、一人あたり労働生産性は7万8655ドルで、OECD加盟38カ国中28位。労働生産性が比較的低いとされるイギリス(19位)、スペイン(20位)にも差をつけられ、韓国(24位)の後塵を拝しています。

欧米の生産性が高いのは「中途入社が多いから」

日本には、もともと製造業の分野で労働集約型の改善に成功し、世界を席巻した過去があります。その成功体験が強かったこともあり、ツールを活用してドラスティックに生産性を向上させるような取り組みを行なってきませんでした。一方で、欧米諸国には労働生産性の向上に成功し、利益率を高め、賞与や給与の原資を作ってきた歴史があります。

こういったところに、「日本では給料が上がらないのに、海外では上がっている」という違いが生じているわけです。なお、「国際競争力が低い」「日本型雇用の慣行がある」「労働生産性が低い」という3つの要素は、それぞれが不可分に結びついています。

例えば、これから働き方改革などの取り組みが進めば、日本の会社の労働生産性が劇的に改善するかもしれません。ただ、前述した日本型雇用の慣行が変わらない限り、内部留保が積み上げられる可能性が高いので、やはり給料に反映されるとは考えにくいといえます。逆に、近い将来、日本型雇用がなくなれば、それによって労働生産性が上がる可能性はあります。

というのも、欧米各国の生産性が高いのは、一言でいうと「中途入社が多いから」です。中途入社が多い欧米では、最新のツールやデファクトスタンダード(事実上の業界標準)となっているツールを導入し、効率的な働き方を実現しています。

アメリカのように平均勤続年数が4年程度で従業員が入れ替わっている社会では、業界としてデファクトスタンダードのツールを整えておく必要があります。転職希望者から「お宅の企業は、こんな超アナログな手法で働いているんですか? とてもじゃないけど入社するのは無理ですね」と言われたら、採用がたち行かなくなるからです。

日本と欧米の決定的な差

例を挙げると、代表的なツールがセールスフォースです。セールスフォースとは、セールスフォース・ドットコム社が提供するクラウド型のビジネスアプリケーション。営業活動の最適化や業務効率化を目的に、顧客管理や営業管理などの情報管理で活用されています。

セールスフォースを導入すれば、セールスパーソンは、どの会社に入社しても同じツールを活用して働くことができます。その会社特有の仕組みをイチから覚えなくても、前の会社でやっていたのと同じようにセールスの仕事を継続できるわけです。極端にいうと入社した翌日から即戦力として働けるため、必然的に労働生産性が高まるというわけです。

モダンなオフィスで笑顔の人たち
写真=iStock.com/AnVr
※写真はイメージです

日本では、1社で働き続ける人が比較的多く、OJTを通じて仕事の仕方をじっくり教える時間的な余裕があります。つまり、あえて労働生産性を上げる必要性に迫られることなく、業務が回るという状況が成立してきました。そんな背景をもとに、ここ30年あまりの長きにわたって、働き方に大きなメスを入れるのを避け続けてきました。

1980年代にトヨタを中心に日本の製造業が世界の頂点を極めたところまではよかったのですが、その成功体験に味を占め、仕事の進め方や、組織、教育といった分野にほとんど手を付けることがないまま今日を迎えています。国としても、失業者が少なかったこともあり、転職者をサポートするような効果的な施策を行なってきませんでした。就職や転職に向けて知識や技能を学ぶための職業訓練校のような場はありますが、活用があまり進んでいないのが現状です。

仮にトヨタのような影響力のある企業が新卒一括採用をやめれば、状況は大きく変わるかもしれません。大企業に就職したい学生は引き続き存在するので、それに対応して大学の教育方針が変わる可能性があります。トップレベルの大学が変われば、高校教育が変わり、日本人の職業観が一変するかもしれません。とはいえ、それが実現するには、少なくとも今後20年近くの時間を要するでしょう。

今現在、企業でバリバリ働いている中堅以上の社員の働き方には、ほとんど影響がないと考えられます。だから、今この記事を読んでいる社会人は、自分でいち早く働き方を変えていく必要があるのです。

日本でも導入が進む「ジョブ型雇用」

2020年、日本経済団体連合会(経団連)が「ジョブ型雇用を組み込んだ働き方へシフトする必要性」を提言したことにより、「ジョブ型雇用」への注目が集まるようになりました。

ジョブ型雇用とは、企業があらかじめ職務内容や責任の範囲を明示した上で、その職務やポストに対して必要な人材を採用する制度のこと。ジョブ型雇用では、ジョブディスクリプション(職務記述書)に基づいて採用や人事評価が行なわれることになります。

これまで日本では、業務内容を限定しないまま「総合職」として新卒一括採用を行ない、職種や仕事内容をローテーションさせながら適性を見極める「メンバーシップ型雇用」が主流となっていましたが、欧米型のジョブ型雇用に転換すべきとする考え方が唱えられるようになってきたのです。日本では、ここ数年、大手企業を中心にジョブ型雇用を導入する動きが少しずつ進んでいます。

例えば、富士通は2020年度から国内の幹部社員約1万5000人を対象に、ジョブ型雇用を導入。2022年度からは対象を一般社員にも拡大しています。KDDIも「KDDI版ジョブ型人事制度」という独自の制度を導入し、「人事」などの大きなくくりでジョブを分ける取り組みを始めました。ほかにも、日立製作所、資生堂、SOMPOホールディングスなどの大手企業が、続々とジョブ型雇用を導入しています。

「理不尽な転勤」からの解放

国もジョブ型雇用への転換に動き出しており、岸田首相は「年功序列的な職能給をジョブ型の職務給中心に見直す」と発言。具体的には、日本企業に対してジョブ型雇用への移行を促す指針を2023年春までに官民で策定することを明らかにしています。

これに関連して、岸田首相は5年間で1兆円のリスキリング(職業能力の再開発、再教育支援)を行なうことも表明しています。ジョブ型雇用に移行した場合、キャリアアップには学び直しが必要不可欠となることを踏まえた政策といえます。特に日本では、デジタルスキルが不足しているので、国の後押しによって支援していこうというわけです。

さらに細かいところでは、大企業でも転勤を前提とした異動を行なうのではなく、採用時に勤務地を明示する動きが少しずつ見られるようになっています。厚生労働省は異動の可能性がある範囲を、企業が労働者に事前に明示することを義務づける法制化(労働条件通知書の改定)を検討しており、現在、法制化に向けての作業が進められています。

これまでは、特に大企業では、会社から転勤を言い渡されたら全国どこにでも引っ越さなければなりませんでした。転勤は会社への忠誠心を図る手段として利用されてきたわけですが、これからは事前に合意した勤務地でのみ働くことになります。これもジョブ型雇用を意識した制度変更の一つといえます。

ジョブ型雇用で「ますます」給料は増えなくなる

では、なぜ日本はジョブ型雇用を導入しようとしているのか。最大の目的は、労働市場の流動性を高めることです。流動性が高まることによって日本全体の生産性が向上し、給料アップにつながることが期待されているわけです。私自身も、労働市場が流動化するという意味では、ジョブ型雇用の導入をポジティブに捉えています。

ただし、本当に日本で欧米型のジョブ型雇用が浸透していくかどうかについては、懐疑的に見ています。大企業に関しては、正社員を解雇しにくい状況が続くと考えられるからです。ジョブ型雇用の核心は、「ジョブに人をつける」というところにあります。別の言い方をすれば、「ジョブが先で人は後」ということです。

メタリックな会議室のデスクに向かい合い、それぞれメモを取る人たち
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです

しかし、日本の会社では「人が先でジョブが後」という考え方が定着しています。大企業では、今でも新卒で総合職採用を行なっています。総合職採用では、社員の能力が低かった場合、「会社の中に職がいろいろあるのだから、ほかの部署に異動させて様子を見ればいい」という発想に向かいます。あくまでも人が先です。

現実には、中小企業では事実上解雇される社員が少なからず存在するわけですが、大企業においては、労働紛争を嫌う経営者の多くが、社員の解雇に消極姿勢を示しています。本来の欧米型のジョブ型雇用では、ジョブに人をつけるという前提があるので、「ジョブがなくなれば人を雇えなくなる」というルールが明確です。けれども、総合職を抱えている企業では、そのあたりのルールが不透明なままです。

仮に戦略の変更によって、ある部署の特定の職が不要になっても、社員を解雇するという判断にはなかなか踏み切らないでしょう。結果的に、日本の大企業ではジョブ型雇用が骨抜きにされ、社員を解雇できない「日本版ジョブ型雇用」が浸透するのではないかと危惧するのです。日本版ジョブ型雇用が浸透していくと、おそらく労働市場の流動性は高まらず、生産性も向上しないので、給料アップは望めないということになります。

これまでの「1度に1社だけに勤める」という「20世紀的キャリア観」自体を根本的に改めなければなりません。たとえあなたが会社員であっても、1社に勤めながら同時に別キャリアを複数作る。そうして「パラレルキャリア」を築くことにより、複数の収入源を確保しなければ、ジリ貧となってしまう時代がもう来ているのです。

同じ仕事をしているかぎり、給料は据え置きに

そもそも、欧米型のジョブ型雇用が定着したとしても、自動的に給料が上がるわけではありません。まず、ジョブ型雇用に移行すると、日本型雇用のように年次で給料が上がることはなくなります。「在籍しているだけで自動的に給料が上がる」という期待は、日本の大企業に特有の考え方にすぎません。

しかも、ジョブ型は基本的にジョブごとの給料の相場がおおよそ決まっています。例えば、営業職の給料相場が500万〜600万円だった場合、同じ職で働き続ける限りは、同じ会社にいても別の会社に転職をしても、ほぼ同じ給料を受け取ることになります。これは、現在の日本で非正規労働を行なっている人が置かれている環境と似ています。非正規雇用では、同じ仕事をしている限り、時給は決まっています。これが正社員にも適用されると考えると、イメージしやすいと思います。

村上 臣『稼ぎ方2.0 「やりたいこと」×「経済的自立」が両立できる時代』(SBクリエイティブ)
村上 臣『稼ぎ方2.0 「やりたいこと」×「経済的自立」が両立できる時代』(SBクリエイティブ)

だから、ある程度経験を積み、給料を増やしたいと考える人は、その上のポジションを目指す必要に迫られます。マネージャーやシニアポジションを目指して社内で昇進試験を受けるようなイメージです。試験に応募する場合は、外部の人材との比較対象となります。あくまでもジョブが先なので、会社としてはジョブに最適な人材を欲しがります。社内の人がポジションを取ってくれるに越したことはないですが、「一応社外からもいい人を探してみよう」という動機も働きます。

ポジションの募集は完全公募の形で行なわれます。社内外に募集をかけ、同じように面接を行なって、誰を採用するのかを決めるのです。要するに、社内の異動であっても新規の中途採用を行なっているようなものです。

つまり、ジョブ型雇用において給料を上げたいと思ったら、たえずリスキリングを行ない、社内外で転職を繰り返す必要があります。常に激しい労働市場での戦いを強いられるということです。