※本稿は、エミン・ユルマズ『世界インフレ時代の経済指標』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
米国の失業者の定義とは
雇用統計を作成するにあたっては、米労働省がおよそ6万世帯、そして44万の法人や機関に連絡して、アンケート調査を行います。前者を家計調査、後者を事業所調査と言います。
「今、働いていますか」、「働いているとしたらフルタイムですか、パートタイムですか」、「働いていないとしたらどのくらいの期間、働いていないのですか」といったことを質問していくのですが、そのなかでキモになるのが、「この1カ月のうち、あなたは仕事を探す努力をしましたか」というものです。
米国の「労働力」には定義があります。それは「仕事をアクティブに探している人」のことです。そして1カ月間、仕事のない人が自分で仕事を探す努力をしているのに、仕事が見つからない場合、労働力の中における失業者にカウントされます。
仕事探しを「あきらめた人がどの程度いるか」も重要
2008年9月に発生したリーマンショックでは、2008年5月くらいから雇用情勢に悪影響が生じてきました。2009年10月にかけて失業者が増大し、失業率は10%まで上昇。
特に、24歳以下の若年労働者に大きな悪影響が及び、2009年3月の若年労働者の失業率は11.3%まで上昇しました。
このリーマンショックでは、なかなか景気が本格回復へと向かわず、雇用も改善しませんでした。そのなかで、仕事探しを止めてしまった人も多数出たと言われています。仕事を探す努力をしなかった人は労働力として認められないため、その人たちの失業は、失業率にカウントされないのです。
したがって、仮に失業率が改善に向かったとしても、仕事探しをあきらめた失業者がどの程度いるのか、という点も踏まえて考える必要があります。
また、あくまでもアンケート調査なので、聞かれた人が正しく答えているのかという問題もあるのですが、一応6万人に聞いているので、それによって算出される数字の確度は、ある程度、高いと考えても良いでしょう。
「非農業部門雇用者数」が15万~20万人なら好調
雇用統計のひとつである「非農業部門雇用者数」の数字は、マーケット関係者が常に注視している経済指標です。これは自営業者と農業従事者を除いた雇用者数の増減を、前月比で見るもので、大体15万~20万人増であれば好調と考えられます。
逆に、景気が悪化すると前月比で大幅マイナスということも起こるのですが、リセッション(景気後退)が最終局面に近づくと、非農業部門雇用者数の数字は徐々に上昇していきます。
トレンドから見て上昇の兆しが見えてきたら、不景気もようやく終わりに近づいていると判断できるのです。
景気は一般的に「拡大局面」と「後退局面」があり、その繰り返しを景気サイクルと称しているのですが、米国ではこれをNBER(全米経済研究所)という機関が判断しています。日本だと内閣府がその任に当たっています。
米国のリセッション期間は平均11カ月
米国では1854年以降、34の景気サイクルがあり、かつ第二次世界大戦以降では12の景気サイクルが認められています。
そのうち、リセッションの期間を平均値で見ると、大体11カ月程度と言われています。したがって、米国の景気がリセッション入りして11カ月程度の時間が経過した後、非農業部門雇用者数の数字が上昇しているかどうかを確認します。
もし上昇していれば、いよいよリセッションも終わりに近づいたと考えられるのです。その意味では、景気の転換点を把握するうえで重要な経済指標といえるでしょう。
その他、雇用統計に関連した数字で見ておくべきものは、たとえば製造業における労働時間です。製造業は比較的、景気に敏感なところがあるので、景気が転換するサインになります。
具体的には、この労働時間が40時間を下回ると景気後退局面のサイン、40時間を超えてくると景気拡大局面のサインと考えられます。こちらは事業所調査でわかります。
託児所のスタッフ募集の増加も参考になる
また、これらはいささかマニアックな話ですが、トラックの運転手の需要が高まると、それだけ物流が活発であることの証拠ですから、景気は拡大局面に向かうと判断できますし、チャイルドケアサービスといって、託児所のスタッフ募集が増えると、やはり景気が拡大しつつあると判断できます。
片働きの家庭であれば、チャイルドケアサービスの利用ニーズは基本的にありませんが、共働き家庭だと、この手のサービスは必須です。チャイルドケアサービスのスタッフ募集増加は、共働きができるほど人を雇う意欲が企業側にあることを意味しますから、景気が拡大局面にあると考えられるのです。
事前予想との乖離でマーケットへのインパクトは変わる
雇用統計の数字がマーケットに及ぼすインパクトは、ひとえに「事前予想」の数字と実際の数字との乖離がどのくらいなのかによって、変わってきます。
事前予想に対して大幅なプラス乖離が生じた場合は、株式市場にとって「ポジティブ・サプライズ」になるため、株価は大幅に上昇します。
たとえば平時のとき、非農業者部門雇用者数の事前予想が前月比20万人増だとして、実際の数字が50万人増だったら、事前予想を大幅に上回ったことになりますから、これはポジティブ・サプライズです。株価は大きく上昇するでしょう。
逆に、事前予想が同じでも、実際の数字が10万人増だったら、これは明らかにネガティブ・サプライズと受け止められて、株価は大きく下げます。
とはいえ、景気が非常に過熱しているときに、非農業者部門雇用者数の実際の数字が大幅増になったりすると、近々、FRBがインフレを抑制するために金融の引き締め政策をとってくる可能性が高い、という連想が働き、逆に金利上昇を嫌気して株価が下げるケースもあるので、ケース・バイ・ケースの面があるのも事実です。これは、米国市場の2022年後半以降に見られた現象です。