旗振りだけで年間900回、多すぎるタスクを自動化したかった
【遠藤】そもそもの始まりは2年前、私が副会長を引き受けてからです。それまでは上ノ原小PTAも、よくあるシステムで運営されていました。夏祭り実行委員、ベルマーク係など、保護者が希望する係をプリントに記入し、どの係かということと活動日時を決められたお知らせが配られる。それが「召集令状」と呼ばれているような状態で……。特に、平日に仕事がある保護者たちはたいへんそうでしたね。
生徒数が多いこともあり、「旗振り」という通学路の安全見守り係は年間約900回分。それをいちいち手作業で割り振っていました。この作業だけでもデジタルで自動化できないかと思い、安東さんに相談したところ、全面的に協力してくれることになったんです。ちなみに、安東さんと私は上ノ原小の出身で、今は2人とも子どもを上ノ原小に通わせているという間柄です。
スマホからエントリーできるグループ運営アプリを開発
【安東】うちの会社は「アプリを通して、たくさんの人に問いかけ続け、社会が少しずつ楽しい方へ変わっていくことを目指す」というのが企業哲学。遠藤さんの話を聞き、自分の持っているスキルでPTAが少しでもやりやすく、もっとハッピーにできるのであればという思いで、グループ運営アプリ「Hi!(ハイ)」を開発し、無償で提供することにしました。
アプリをインストールした人が「上ノ原小PTA」などのグループに入ると、「お知らせ」で何が募集されているかがわかります。例えば「旗振り」ならどの日時にどこで何人募集されているかが一覧でき、自分が行けるところのアイコンをタップするとエントリーできるという仕組み。保護者は場所や時間など詳しい情報を見てから、都合の良い日に手を挙げられます。応募すると、予定がアプリ内のイベントカレンダーに登録されるので、日時をうっかり忘れることも少なくなります。
【遠藤】アプリの力は大きかった。みずから手を挙げて参加してくれた人は「楽しい」と言ってくれて、ポジティブな活動にマインドチェンジできたと思います。自発参加型にする改革はアプリがなければ絶対にできませんでした。
ベルマーク係はやりたい人だけの同好会に
【遠藤】ベルマーク係はやりたい人がいなければ活動を見合わせる予定でした。しかし、続けたいという希望が15人からあがったので、完全に自由参加にして存続。ポジティブな人だけで活動したからか、みなさん楽しそうに活発にやってくれ、まるで同好会のようになりましたね(笑)。1年分の収集を綱引き用の綱に交換し、学校に寄贈できました。他には、卒業式の記念品を決め、先生への寄せ書きメッセージを作るのも希望者のみでやりました。近隣の小学校のPTAはポイント制で、子どもが6年生の時にポイントが溜まっていないと卒業式対策委員になりがちで、罰ゲームと言われていたりするそうですが、そういうネガティブなトーンはなくなりましたね。
もう1点、改革したかったのは、本部役員の選出法。これまでは役員選出係になった人が会長・副会長などの本部役員候補を決め、その候補者は引き受けられない場合、みんなの前で「できない理由」を話さなければいけないなど、「免除の儀式」と呼ばれるものも……。会員へのアンケートでは「いじめに近いのではないか」という意見もありました。
役員ができない理由なんて人それぞれですから、個人的な事情を明かす必要もない。そんなことをしていると、保護者の心の距離が離れていってしまいますよね。そこで、本部役員も自分から手を挙げてくれた人のみにし、保護者会で押し付け合いになりがちだったクラス役員の制度は思い切って廃止しました。
クラス役員は廃止、本部役員選出の闇もなくした
【安東】遠藤さんは「役員選出の闇をなくしたい」と言っていましたね。私としてもそういったPTAの体質には疑問があったので、完全なボランティアにするならアプリで協力すると条件をつけました。
【遠藤】安東さんには「PTA自体をなくしてしまえばいい」とも言われたんですが、なかなか一足飛びにそこまでは……。挙手制に移行するだけでも、やはり「それでは人が集まらず、活動できなくなる」という反対が出ましたから。そういった意見に対しては「もし、人が集まらなかったら、集まらない理由を考えよう」と言い続けました。募集の仕方が悪いのか、平日は無理なのか。人が集まらない係はいっそ廃止してもいい。反対意見に対しては、丁寧にアンケートを取って返信するという過程を経て、ようやく賛成多数になったので変えることができました。
改革から1年経ち、本部役員の半分近くがパパになった
【遠藤】エントリー制に移行して1年が経ち、うれしかったのは、2023年度は本部役員12人のうち5人が男性になったこと。皆さん、フルタイムで働いているパパです。仕事している人が参加しやすい雰囲気になってきたという手応えはありましたが、お父さんたちが「やってみようかな」と行動してくれたのは、とても大きい変化。PTAはどうしても平日の昼間に活動するので、参加するのはお母さんがほとんどでしたが、今の時代、保育園の送り迎えはお父さんが来ているところが半分ぐらいなので、小学校のPTAもそうなるといいなと思っていました。
私は上ノ原小の副会長は引き継ぎをして交代し、2023年度は小学校の向かいにある神代中学のPTA会長を昨年に引き続きやることになりました。そして、中学校のPTAで臨時総会を開き、多くの会員から賛同いただけたので、こちらもエントリー制を導入します。小学校でやってきたことが評価されたのはうれしいですね。それが可能になったのも、「Hi!」という誰でも使える無料アプリがあったから。そうやって「テクノロジーで地域社会を変える」ということこそ、安東さんと一緒に大事にしてきた価値観です。
中学校PTAも自由参加になり改革が広がりつつある
【安東】そうですね。上ノ原小の取り組みがいろんなメディアで紹介されたこともあり、OpenDNAにも北海道から九州まで全国のPTAなどから問い合わせが来ています。
【遠藤】他にも近くの小学校のPTAから参考にしたいという要望もあり、じわじわと広がっていますね。上ノ原小は任意でPTAに加入している世帯が全体の9割。その中で「Hi!」をインストールしている世帯が7割ほど。年度始めに運用スタートした時より2割ぐらい増えました。よく「生徒数900人を超えるマンモス校だから保護者も多くて、挙手制でも成り立つのではないか」と言われますが、もっと人数の少ない学校でも、アプリの活用を周知すれば充分、可能だと思います。
そうでなくても、PTAのスリム化、保護者の負担を減らさなければいけないという課題を抱えているのはどこも同じ。改革は不可避だと思いますね。
PTAはスリム化かそれとも解体するべきか
【安東】ただ、開発者として言わせてもらうと、「Hi!」はボランティアの運営に最適化したアプリで、これがあればPTAはなくても学校と保護者の連携は成立するはずなんです。本当に必要なのは教師のサポート。だから、学校の先生が「Hi!」を使って直接、保護者に呼びかければいい。現状、なぜPTAの保護者が間に入り先生から「運動会の準備に何人必要だ」などということをわざわざ聞いて募集をかけているのかがわからない。
【遠藤】ひとつはシステム導入のハードルがあります。公立小中学校だと、学校のパソコンにアプリひとつ入れるのにも手続きが必要になるので。
【安東】学校でも先生たちはインターネットをしているはずで、ウェブからアプリの管理画面に入ればいいのでは?
【遠藤】まだまだ公立はITネットワークが脆弱だということもあるし、先生方も働き方改革で業務を減らそうとしている中、新しい仕事が増えることに抵抗があるかもしれません。「保護者ができることはやろう」という感覚です。
PTAは保護者のためにあるわけではない
【安東】どうもPTA活動となると、本当に子どもたちのためになるかということより、保護者自身が楽しいからやっている場合が多い。そういう空気を感じ、「PTAはやりたくない」と敬遠する保護者もいますよね。そうなると、いっそPTAは解体してもいいし、それは可能なはず。他の地域ではPTAをやめた例も出てきているわけなので。
【遠藤】既に上ノ原小PTAは「できることを、できる時に、無理のない範囲で」という参加形式になっているけれど、PTA自体をなくせるかというと……。やはり、まだしばらくはPTAに参加する人の価値観が活動を支えていくのではないかと思います。その時その時で集まった保護者たちが意見交換しながら、すべての人が満足できる完璧な運営はできないけれど、「こうだろうか」と探りながらやっていくことが大事だと思います。
リアルで人と人をつなげられるのがPTAのメリットか
【遠藤】私自身、副会長や会長になって感じたのは、活動にかけた時間と「やってよかった」という実感を比べてみると、収支はトントンかなと(笑)。時間はかかりましたが、こうして協力してくれる人たちとのつながりが結べた喜びもある。今、ネットで質問や相談をすると、AIが高いクオリティーで答えてくれる時代になりましたけれど、それを実装していくのは結局、人間でありチームじゃないですか。PTAにはベルマーク収集など従来の活動が好きな人もいるし、今回、本部役員になった人も「直接、人と出会えたりつながり合えたりするきっかけが欲しかった」と動機について話してくれたので、そういう場を提供していることは、ひとつの存在意義だと思いますね。
【安東】PTAにしかできない活動というのは改めて考えてみるべきだと思いますが、人と人のつながりが疎かになっている状況は、私もかねて懸念していること。だからこそ、PTAを入り口にするなら、例えばゴミ拾いなど地域の活動につながっていってほしいし、さらにそれが社会を変えるきっかけになるのが理想。そういう思いで無償の活動のためのアプリを無償で公開しているわけです。営利会社も利益を追っているばかりではなく、利益を社会に還元するんだと……。それがこれからの社会では当たり前になってほしいですね。
【遠藤】そうですね。安東さんはPTA活動にとどまらず、コミュニティー全体、さらにその先を見ているので、現場にいる私たちはそういう精神性を感じ取って動いていくことが大事だと思っています。