女性が多い食品・飲食業界は意外にも「昭和トップ」
今、多くの日本企業は経営陣が旗振り役になり、各種制度の充実や高い目標を掲げながら、D&Iに真剣に取り組む姿勢を見せている。しかし、海外と比べて女性リーダー比率は極めて低いままなのが現状だ。
働く女性を取り巻く環境に詳しいジャーナリスト、白河桃子さんは「いくら経営トップが積極的な姿勢を見せていても、現場に浸透していなければ、真にD&Iが進んでいるとは言えません」と指摘する。
今回の調査では、そんな企業の本音と建前が浮き彫りになった。
まず、勤務先の経営層がD&Iを経営戦略の重要課題と位置づけ積極的に推進しているか、経営上の意思決定において、多様な人材の知識や意見が取り入れられているかを尋ねた設問(Q1、Q2)で、「とてもそう思う」「ややそう思う」の割合が高かった業界は、金融・保険、IT、電気・精密機器、自動車・機械、商社だった。逆に割合が少ない、いわばトップが昭和のままの業界は、運輸・物流、建設・不動産、食品・飲食、サービス・コンサルだった。
運輸・物流と建設・不動産は、男性中心のイメージが強いが、食品・飲食は、一般に女性社員の割合が高い業界。意外な結果と思われるが、「女性に人気のBtoC企業は意外にD&Iへの取り組みが遅れています。この業界の主要企業に老舗のオーナー企業が多いこともその一因でしょう」(白河さん)。
Q1とQ2については、女性のほうが「そう思わない」と考える割合が高く、自社の経営陣に対して男性よりも厳しい見方をしていることがうかがえる。一方で、Q3とQ4の公平な人事評価と、属性に関係ないキャリアチャレンジについては、それほど大きな男女差は見られなかった。
多様性を認めるための表面上の評価や制度は男性から見ても女性から見ても、そこそこ整ってきているのが日本の現状ということだろう。
D&Iの浸透を阻むのは変化を恐れる「粘土層」
では、会社の仕事現場における、D&Iの浸透具合はどうだろう。
「D&Iについて否定的な言動を行う社員がおり、現場の士気を下げている?」(Q5)、「批判的な態度で応じたり、理不尽な対応を要求されることがある?」(Q6)という設問で、経営トップのマインドや制度の充実面では先進的だったはずの商社と自動車・機械が、上位にランクインした。Q6は、D&Iにおいて不可欠な要素である「心理的安全性」が確保できているかどうかを測る設問で、ここで上位に入るということは、D&Iを妨げる強い風土が現場に存在するということだ。
つまり、業界によっては、経営層の打ち出しているD&Iの推進メッセージと、現場で行われていることが乖離しているということになる。
このような本音と建前がまったく違う業界の背景として、白河さんは「トップの意識や環境の整備も大切ですが、D&Iの基盤となるのはやはり企業風土。これらの業界における上場企業は、概して歴史が長く社員の平均年齢が40~45歳以上。加えて中途採用も少なく新しい価値観が現場に入ってきていないことも特徴です」と指摘する。
生え抜きの40~45歳以上の男性が多い企業には、経営層がD&Iのような新しい施策をやろうとすると、自分の既得権益が失われるために現場で激しく抵抗する層がまだまだいるのだという。
「この抵抗層は、『粘土層』と呼ばれています。粘土は水を通しにくい性質を持ち、上(トップ)からいくら水を注いでも下の地層(現場)に浸透しない様を例えたものですが、このアンケートによって、本音と建前が違う業界における粘土層の存在が可視化されたといえるでしょう」(白河さん)
商社は「言うこととやっていること」が違う
とくに商社は、「両立支援制度(育児、介護)の利用者」に対しても厳しい結果が出た。Q7の「周囲の上司や同僚は協力的?」で下から4番目で、Q8の「両立支援制度を利用することは、キャリアアップの妨げになる?」では何とトップ。
各種両立支援制度やキャリアチャレンジ制度は充実していても、実際に使えば、周囲から浮いてしまったり、思うようにキャリアアップができなくなる状況が浮き彫りになった。
Q1とQ2でトップだった金融・保険に関しては、両立支援制度の利用については上司も同僚も協力的であるが(Q7)、キャリアアップには商社に次いで悪影響が出るという結果が出た。育休や時短はとりやすいし、周りも気遣って優しくしてくれる。けれど、その後は多くの人がマミートラックで緩く働く、という流れが常態化しているのではないか。
Q7とQ8で、男女の意識差が目立った背景にも、このように対外的な“見かけ”の多様性だけを重視している傾向があるのだろう。
「多様性は認めるが、いざ社員が『多様な働き方』をしようとすると、まだまだ認められない」(白河さん)現実がありそうだ。
男性は年代が上がるほどに昇進意欲が低下
女性管理職が増えない理由について、世間一般には「女性は昇進したがらない」というイメージがある。だが、今回の調査で今後のキャリアについての考えを尋ねると(Q9)、「すぐにでも昇進したい」「機会を与えられれば昇進したい」「能力やスキルを身につけたら昇進したい」の3つの回答の合計割合は男女でそれほど変わらず、昇進意欲にそこまで男女差はないという結果が出た。
しかし、年代別に分解してみると、異なる傾向が見えてくる。男性は、年代が上がるごとに昇進意欲が低下していくのに対し、女性は50代で「すぐにでも昇進したい」と回答した割合が最も高かったことだ。
これまでの男性中心だった労働市場において50代で例えば非管理職ならばすでに出世コースを外れており、これ以上の昇進は望めない年代という固定観念が強い。すでに勝負は決まっており、あとは残りの会社員生活をいかに平穏に過ごすか、というマインドにシフトしている男性が主流だと思われる。
この結果について白河さんは「50代男性は周囲の同僚を見渡して、出世したらしたで別の苦労があるということが身に染みてわかっているという事情もあると思います」と補足。「対して、50代女性で出産が早かった方はお子さんが高校生にもなると、仕事にまい進できる世代なので、昇進意欲が上がるのでしょう」
一方、30代では、男性は「すぐにでも昇進したい」割合が23.2%なのに対し、女性は9.5%と低い。これらの結果から、「ライフイベントの影響を調整できれば女性にも十分昇進意欲はある」と白河さんは分析。
実は、労働問題の調査・研究を行っている労働政策研究・研修機構の研究においても、50代女性は同年代の男性よりもキャリアアップに対する意欲が高いことが示唆された調査結果がある(労働政策研究・研修機構2010「成人キャリア発達に関する調査研究─50代就業者が振り返るキャリア形成─」労働政策研究報告書No.114)。
「ある保険会社が、女性管理職登用候補者育成・支援制度を設けたところ、応募する50代女性社員が殺到したといいます。D&Iがうたう多様性は、性別だけでなくもちろん年齢も含まれます。これまでは年を取ったら徐々にサポート業務に回るのが主流でしたが、今後の労働人口減少時代への対策としても、業務内容と年齢を結び付けないほうが企業の人材プールにも寄与するでしょう」(白河さん)
【調査概要】「プレジデント ウーマン」で独自にオンラインアンケートを実施(実施期間:2022年7月13~15日)。有効回答者数:20~59歳の男女800人(うち管理職400人、一般社員400人)
相模女子大学大学院特任教授・女性活躍ジャーナリスト
1961年生まれ。「働き方改革実現会議」など政府の政策決定に参画。婚活、妊活の提唱者。『働かないおじさんが御社をダメにする』(PHP研究所)など著書多数。