政府は2030年度に男性育休の取得率を85%とする目標を掲げた。実現可能なのか。ジャーナリストの溝上憲文さんは「男性育休取得が進まない背景には、経営者の無理解や上司のパタハラなど男性育休を阻む根深い要因が潜んでいる。育児休業給付金の給付率アップだけで簡単に解決する問題ではない」という――。
赤ちゃんにミルクをあげながら、家事をする男性
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男性育休取得率2030年に85%の政府目標

岸田文雄首相が男性の育休取得率を2025年度に50%、30年度に85%とする政府目標を掲げた。現状の13.97%(厚労省、2021年度雇用均等等基本調査)に比べると、はるかに高い目標だ。

2022年の出生数が80万人を下回る過去最悪の結果になった。岸田首相は3月17日の記者会見で「このまま推移すると、わが国の経済社会は縮小し、社会保障制度や地域社会の維持が難しくなる」と危機感をあらわにした。そして少子化対策の柱の一つが男性の育休取得率促進だ。

昨年10月に施行された改正育児・介護休業法で「産後パパ育休(出生時育児休業)制度」が創設された。子どもの出生後8週間以内に最長4週間の休みを取得できる制度だ。政府は育児休業期間中に支給される給付金を現行の休業前賃金の67%から80%程度に引き上げる方針だ。休業中は厚生年金や健康保険などの社会保険料の支払いが免除されるため、実質的に手取り額と同額の給付が受けられるという触れ込みだ。

この取得期間の短さでは女性の負担は軽減されない

しかし、育児休業給付金を13%アップしただけで男性が育休を取得するのか。しかも出生後の4週間に限定した給付率アップにすぎない。そもそも男性が4週間育休を取得しただけで少子化に歯止めかかかるのかも疑問だ。

男性の育休取得者のうち、取得期間が5日未満が25.0%、5日~2週間未満が26.5%。計51.5%が2週間未満というのが実態だ(厚労省、2021年度雇用均等等基本調査)。給付率アップで育休取得率が多少上がったとしても、取得期間が短ければ女性の育児負担が大幅に軽減されることはないだろう。

中小企業の半数が制度に対応できていない

また、従業員1000人以上の大企業は男性育休取得率の公表が義務化されたことで取得率は向上するかもしれない。しかし取得率を向上させるには、働く人の7割を占める中小企業の動向だろう。

日本商工会議所・東京商工会議所が昨年の9月21日、「産後パパ育休」制度の対応について調査している(「女性、外国人材の活躍に関する調査」 2880社)。制度の取り組み状況については「既に完了している(社内規定の整備、従業員への周知・啓発等)」企業が26.0%、「まだ対応は完了していないが、目途はついている」が23.1%。計49.1%が「対応済・目途がついている」と回答。一方、「改正の内容は把握しているが、対応できていない」(37.0%)、「改正の内容も把握していない」(12.0%)が、約半数だった。

ノートパソコンの上に、育児休業申請書とペン
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育休取得率は「変わらない」と考える人が4割

制度の対応は義務なので、当時より対応している企業は増えていると思うが、実際に男性育休の取得者が増えるかどうかはわからない。同調査では育休取得が「大幅に増える」と回答した企業は2.2%。「若干は増える」が36.4%。「変わらない」が40.1%で、増えると回答した企業を上回っている。

「変わらない」と回答した企業は男性育休取得を促進したいのかよくわからない。中小企業の場合は経営者の意向が大きく影響する。男性育休取得を積極的に推進する経営者であれば、取得も進むが、その逆であれば取得率も少なくなるだろう。

実際の経営者の本音はどうなのか。複数の中堅企業の人事アドバイザーを務め、中小企業の事情にも詳しいティーブリッジェズカンパニー代表取締役の髙橋実氏はこう語る。

「数年前は『そもそも男性育休なんてあり得ない』という雰囲気があったが、政府の積極的な法整備と、ジェンダーレスの動きが浸透してきたことで、経営者には以前よりアレルギーはなくなっている。しかし、それでも仕事を長期に離脱することに対する抵抗感は相変わらず根強いものがある。男性育休は否定しないものの『今やっている仕事や役割をきちんと全うすることが何より大事だ』という考えの経営者が圧倒的に多い。会社の仕事の状況を考えないで育休取得を申請しても、認めようとしない経営者が少なくないのが現状だ」

取得したくない男性社員が3割近くいる

「育休よりも仕事」重視の考え方の経営者が多ければ、取得したいと思っても申請を出す社員は少なくなるだろう。もちろん今の仕事が一区切りついたり、休んでいる間に代わりに担当してくれる人がいれば取得できるかもしれない。しかし、中小企業にはそんな余裕はないようだ。

前出の日本商工会議所の調査では男性育休取得促進の課題についても聞いている。最も多かったのは「専門業務や属人的な業務を担う社員の育休時に対応できる代替要員が社内にいない」(52.4%)だった。次いで「採用難や資金難で育休時の代替要員を外部から確保できない」が35.7%と多かった。

代替要員がいないのに「育休を取得します」と言えば、「何だ、お前は。仕事を放り出して」と言われかねないだろう。育休を切り出す前に取得を諦める社員も多いかもしれない。

実は3番目に多かったのが「男性社員自身が育児休業の取得を望まない」(28.8%)だった。望まない理由として「収入が減る」ことが挙げられるが、それだけでもないだろう。

俺を裏切るのか!

前出の髙橋氏は「社員の側は収入減につながることに加えて、キャリアの不安もある。つまり育休を取ったら、その後の自分のキャリアに影響するのではないかという不安も根強くあり、長期の休みを取ることに対する怖さも感じている」と語る。

その上で今後の中小企業の育休取得について「定型業務など比較的重要度の低い仕事に従事している社員は一定程度取得が進むかもしれないが、管理職など要職に就いている社員は依然として取得がなかなかできない状況が続くと思う」と語る。

実は「男性社員自身が育児休業の取得を望まない」背景には、育休を取得したら重要な仕事から外される、あるいは昇進の道を閉ざされるという不安も大きいのではないか。実際に中堅小売業の人事担当者はあるケースについて語ってくれた。

「信頼していた男性の部下が上司に育休を申請したところ、『今、昇格がかかった大事な仕事を任せている。終わるまで待て』と説得したらしい。それでも取りますと言って人事部に申請を出しに行こうとしたところ、上司が廊下まで追いかけてきて『お前にはこれまで期待していたんだ、俺を裏切るのか』と言ってかなりもめたらしい。人事部が育休申請を受理して育休に入ったが、復帰後も、しこりが残っているのか、上司がプロジェクトから外すなど嫌がらせを受けていた」

こちらを指さし、声を荒らげるビジネスマン
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最終的に、上司は人事部からパワハラ行為として厳重注意処分を受け、部下は他部署に異動したという。

26.2%が「不利益な扱いを受けたことがある」

これは、男性はこうあるべきだという先入観で、育休取得を上司が妨害するパタハラ(パタニティ・ハラスメント)だ。

厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(2021年3月)の「男性の育児休業等ハラスメント調査」によると、勤務先で育児休業等に関するハラスメントまたは不利益な取り扱いを受けたことがある人は26.2%もいる。従業員99人以下は31.1%に上る。ハラスメントを受けた相手で最も多かったのは上司の66.4%。

受けたハラスメントでは「上司による、制度等の利用の請求や制度等の利用を阻害する行為」が最も多く53.4%。「繰り返しまたは継続的な嫌がらせ等(嫌がらせ的な言動、業務に従事させない、もっぱら雑務に従事させる)」が26.7%。また、「昇進、昇格の人事考課における不利益な評価」が22.1%もあった。

男性育休取得が進まない背景には、経営者の無理解や上司のパタハラなど男性育休を阻む根深い要因が潜んでいる。

育児休業給付金の給付率アップだけで簡単に解決する問題ではないことは確かだ。