3月13日から、マスクの着用は個人の判断に委ねられることになった。精神科医で産業医の井上智介さんは「もともと会社というのは同調圧力が強いコミュニティー。完全に個人の判断に委ね、何もしないままだと、同調圧力が働きすぎて個人の精神的な負担が重くなってしまう。ゆるくてもいいので、何らかのルールを会社として言語化し、圧力を適度に調整してほしい」という――。
マスクを外す女性
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着用「したい」「したくない」より「周りを見て決める」

「3月13日からマスクの着用が自由になりますが、どうしますか?」

今年2月、政府が「マスクの着用について、3月13日からは屋内・屋外を問わず、個人の判断に委ねる」という方針を打ち出しました。これを受けて私は、産業医として関わっている会社の従業員の方たちに、マスクの着用について質問してみました。

すると、「自由になるので私は外します」「引き続き着用します」という声はほとんどなく、「周りの雰囲気を見て決めます」という人ばかりでした。

そうすると、心の中では「マスクを外したい」あるいは「外したくない」と思っていても、周囲の空気に強いられて行動せざるをえなくなり、息苦しさを感じる人も出てくるだろうと思います。

「マスクを外したいけれど、周りが外していないからはずせない」「マスクをしていたいけれど、周りが外しているからできない」というだけでなく、「自分だけマスクをしている/外していると、ほかの人に陰で批判されるのではないか」「自分は我慢してマスクをしているのに、外している人がいて許せない」など、思いを巡らせて悩み、エネルギーを消耗してつらくなる人も出てくるでしょう。

3月13日以降はさまざまな価値観が、「マスクの有無」という、目に見えるものに表れることになります。自分と異なる価値観を持つ人を受け入れることが、ますます重要になるでしょう。

匿名性が上がり安心感を持つ人も

マスクをすると、精神面でも影響があります。

例えば、匿名性が上がるので、人からの目線が気になる人は安心感を持てるでしょう。人前でプレゼンテーションをする場合、コロナ禍前であればマスクをしたままで話すのは、あまり許される雰囲気ではありませんでしたが、今はマスクのままでも許容されるようになりました。通常は人前に立つと緊張する人でも、マスクをすると顔が半分隠れるので、人から見られている感じが減って緊張が和らぎます。マスクがあると、自分の意見や気持ちを表現しやすいという人もいます。

ですから、「マスクがないと恥ずかしい。気まずい」という理由で、マスクを外すことに抵抗感を持つ人は多いでしょう。精神科の患者さんには、コロナ前から、「マスクを外せない。顔全体を見せるのがいや」という人はかなりいました。このような、対人緊張が強い人たちは、コロナ禍でマスクをすることが当たり前になり、ほっとしていたようです。

かくいう私も、コロナ禍前からよくマスクをつけていました。医療従事者という側面もありましたが、普段から感情の変化が顔に出やすいタイプなので、まるで自分の気持ちを読み取られる感じがして、どこか心地よくなかったためです。ですから、マスク生活には抵抗がありませんでしたし、今後も着用し続けると思います。私のようにマスクをし続けたい人は、春や秋は花粉、冬は風邪の予防などの理由を用意しておくと、気持ちは楽になるでしょう。

職場にはびこる2つの同調圧力

会社というのは大人数で一つのコミュニティーを作っているので、同調圧力が生まれやすい場所です。マスクについても「個人の判断」といいながら、何らかの同調圧力が既に生まれていると思います。

同調圧力には「その場の雰囲気に従わないといけない」という息苦しさを生むといったネガティブな面がありますが、「従ってさえいれば、その集団から排除されない」という安心感を与えてくれるものでもあります。ですから会社は、「同調圧力をなくす」ことを考えるよりも、「適度に調整する」ことを考えてほしいと思います。

もともと多くの会社組織には、常に矛盾した2つの同調圧力があります。1つは「みんな一緒、平等であれ」という圧力です。たとえば、仕事が忙しいときに1人だけ早く帰るのは許されない、いいことについても1人だけ抜け駆けするのは許さない、といったものです。

マスクについても、みんながつけているのに「息苦しいから」「暑いから」といって自分だけ外すのは勇気がいります。反対にみんながマスクを外しているのであれば、「顔全部を出すのは恥ずかしい」という理由で1人だけマスクをするのは、抵抗を感じるようになります。

もう1つの圧力は、年齢や肩書などの上下関係が絶対というものです。「みんな一緒であれ、平等であれ」「抜け駆けはいけない」という1つ目の圧力がある一方で、「上の人の意見に従うのは当然」という、矛盾した圧力があるのです。ですから、ほとんどの若手社員がマスクを外したいと思っていても、上司がマスクをつけていたら外しにくくなります。逆に、上司がマスクを外していたら、マスクをしていたくても、外さなくてはならないように感じてしまいます。

先ほど、多くの人たちが「周りを見て決める」と言っていたと述べましたが、それは実際は「周り」というよりも、「上司」の様子であることが多いのです。

マスクを着用して働く人
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会社ではマスク着用に関するルールが必要

ですから、もしも会社が「個人の判断だから」と何もしないままでいると、こうした同調圧力は一層強くなってしまいます。結局、お互いが腹の探り合いになって、精神的にも大きな負担になります。同調圧力を適度に調節し、まろやかにしていくためにも、あえて言語化し、明文化することが大切です。

ぜひ、立場が上の人が主導してトップダウンで進めてください。「会社内では一切自由です。個人に任せます」ということではなく、例えば「マスクは基本的には着用しなくてもいいですが、○人以上で会議をするときや、顧客先を訪問するときにはマスクの着用をお願いします」など、ゆるくてもいいので、具体的なシチュエーションを挙げて、制服規定などのように設定するといいでしょう。

しばらくは「様子見」が続きそう

私の勝手な予想になりますが、3月13日を過ぎても、外で全員が一斉にマスクを外すということにはならないでしょう。長いマスク生活に慣れて外すのに抵抗がある人、花粉症の人、さまざまなシチュエーションでの周りの雰囲気を見極めたい人などがいて、しばらくは「様子見」の状態が続くのではないでしょうか。

しかし、5月には新型コロナウイルス感染症の感染法上の位置づけが「2類」から、季節性インフルエンザと同じ「5類」に変わります。そのうち6月、7月になり、気温が上がってくると、だんだんマスクをつけているのが物理的につらくなってくるでしょう。夏になると、マスクを外すことに対する「みんなが納得できる言い訳」が一致してきて、マスクをしない人が増えるのではないかと見ています。