長い間、必須の外出ツールとなっていた「マスク」。だが、3月13日以降はマスクを外して会話することも増えてきそうだ。話し方コンサルタントの阿隅和美さんは「リーダー層で口下手な人ほど、ご自身の表情を整えておくことをおすすめしています」という――。
青空を背景にマスクを持つ手
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迫りくる“顔パンツを外す日”

新型コロナ対策としてのマスクの着用について3月13日から屋内・屋外を問わず個人の判断に委ねられることになりました。世間では、マスクを外した日常が戻ってくることに歓迎の声がある一方、感染予防や周囲への配慮などから仕事のときには着用するという声もあります。

さらに、マスクを外すことをためらう理由として「コロナ禍でたるみきった顔をさらすのが怖いから」も挙がっています。マスクに“顔パンツ”という呼び名が生まれたように、「化粧を手抜きできる」など、マスクで顔を隠す便利なアイテムとしてメリットを感じていた人たちもいたようです。

同様に、「リモートワーク中、WEBカメラの補正機能を使っていたので、リアルだと顔が違うと思われそう」「コロナ禍で今の職に就いたので、最初からマスクを着用していて外すのが何だか恥ずかしい」という人も。

そこで今回は、マスク解禁後に自信を持ってコミュニケーションが取れるように、今からでも遅くない、表情と声の印象の整え方について見ていきます。

リーダー層にとって印象の管理は重要なビジネススキル

今年に入ってからは、仕事でマスクを外すことを見越して、決算説明会や経営方針説明会、外部向けセミナーなどに登壇する機会がある女性役員の方から話し方の印象に関するご相談が増えました。主な相談内容としては、

・数年に及ぶマスク生活で顔がゆがんでいるようだ
・大勢の前で話す場面で、緊張でひきつった表情を見せたくない
・会社を代表する立場として男性役員の中に並んでも、引けを取らないよう堂々とした印象を身に付けておきたい

というご要望です。

このように、ポジションが高い方がご自身の印象を意識するのは、単に「魅力的に見られたい」という個人的な動機だけではなく、ステークホルダーにメッセージを届ける立場として非言語の重要性を十分に理解しているからです。

男女問わず、キーマンにとって、ビジネススキルや知識と同じくらい表情を整えることは重要です。というのも、「人は目で話を聞く」ともいわれるように、非言語コミュニケーションとして表情で相手の感情や意思を判断しているといわれているからです。

日本人は元々、無表情の方が多い上に、マスク生活のために無表情で生活をする時間が増えました。無表情はコミュニケーション能力に乏しく、気難しさを感じさせます。感情そのものが乏しく、「本音で語ることができない」「何を考えているかわからない」と思われることが多いようです。場合によっては、人を遠ざけてしまう原因にもなります。このため、特にリーダー層の方で感情表現を言葉で伝えることが苦手な方には、ご自身の表情を整えておくことをおすすめしています。

話し方や表情の印象が原因でチャンスを逃していないか

外資系企業勤務でエリート街道を歩むSさんが、ヘッドハンティングされました。実績は申し分なく、高額のオファーと今より上のポジションを提示され、転職は確実と言われました。ところが最終面接で、まさかの保留。

その理由をエージェントに聞いたところ、経営層が、「経歴は申し分ないが、話し方の印象がネガティブだ。表情が暗い。これでは部下の心を掌握できないし、社内折衝も難しいだろう。今回のポジションにはふさわしくない」と判断されてしまったそうです。

「話し方」でせっかくのチャンスを逃してしまったSさん。このように、いくら優秀であっても、印象で足を引っ張り、人生のチャンスを棒に振ることが現実に起こりえます。特に、人前や初対面の社内外の相手と頻繁にコミュニケーションを取る立場ともなれば、ご自身の印象を管理することは、必要不可欠です。

また、プレゼンテーションの場面で、第一印象の良しあしがその後の評価に影響を与えている可能性もあります。心理学の「ハロー効果」によると、人材を評価する際に、ある特定の評価が高いと感じた場合に、別の項目も高くしてしまうことがあるというものです。

例えば、落ち着いた表情、堂々とした話し方なら、プレゼンテーションの中身も価値あるものに違いないというバイアスがかかります。ただし、逆もあります。暗い、自信がなさそうな印象だと、内容までディスカウントして聞いてしまう傾向があるのです。

鏡に映ったマスクをした女性
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このように印象の重要性は知っていても、実際にご自身の印象について管理をしている方はさほど多くないようです。その理由が、自分の印象は生まれつきで、変わらないだろうという誤解です。表情によるご自身の印象は、どなたでも変えられます。表情は細かな筋肉の集合体のため、表情筋を簡単な方法で鍛えることで、表情も変わり自信がつきます。そして話し方の印象も、発声法や滑舌、表現技術を磨くことで影響力を高めることができます。

それでは、マスク解禁後の自分の印象に自信がつく今からでも遅くないポイントを3つご紹介します。

ポイント1 マスク生活で衰えた口元の筋力アップ法

「笑う門には福来る」という言葉がありますが、温かく柔和な笑顔は相手の心の扉を開く鍵といわれています。相手の心の扉が開かないうちに、いくら正論を熱心に述べても攻略は難しいでしょう。一方、笑顔でコミュニケーションを取れば、たったそれだけで聞いてもらえる可能性が高くなります。

日本語は、口を開かず、顔の表情筋を動かさなくても話せます。これが、日本人は無表情の方が多い一因かもしれません。そこに、マスク生活で無表情で話す「省エネモード」が染みついていると「表情筋」が衰えて固くなり、ご自身でコントロールしようとしても、きれいな笑顔が作りにくくなります。

それでは、表情筋をほぐして自然な笑顔を手に入れる簡単なトレーニング法をご紹介します。

表情筋と滑舌トレーニング

笑顔は、口角、頬、目、この3点を意識して作ります。

①口角を上げる
②頬の筋肉を無表情の状態よりも3センチ上にあげるような意識でキープする
③目を大きく開いて、眼輪筋(目の周りの筋)に力を入れる

トレーニングでは作り笑いでも心配ありません。筋トレだと考えてください。

では、次のステップです。この状態をキープしたまま母音練習で、表情筋を動かします。

日本語は、「あいうえお」5つの母音からなっています。

一つひとつの母音の口のかたちを正しく大きく動かして作りながら、表情筋を動かします。表情筋が柔軟になると同時に言葉の発音も明瞭になります。

・あ……口を縦にあける。この時、上の前歯が見えると、声が明るいトーンになります。上の前歯が唇で隠れていると、声がこもります。
・い……口角を上に引き上げる。この時、左右の口角が同じ高さになるようにします。口角の左右の高さが違うと卑屈な印象を与えます。
・う……唇をすぼめて、前に突き出します。
・え……「い」と同じように、口角を左右の高さが同じになるように引き上げます。
・お……「う」と同じように、唇をすぼめて、前に突き出します。

この母音の口の開き方を意識して「あいうえお」「いうえおあ」「うえおあい」「えおあいう」「おあいうえ」と反復練習をします。続いて、「いういう」体操(い・う・い・うの繰り返し)、「いうあ」体操(い・う・あの繰り返し)を追加します。朝、動かすと、表情と発音が整うだけでなく一日言葉が出やすくなりますので、歯磨きのついでに鏡を見ながら続けてみてください。表情筋の柔軟性が手に入り、ご自身の見せたい表情を整えることができます。

ポイント2 マスク生活で浅くなった呼吸を改善する

2つ目のポイントは呼吸法です。マスクを装着していると口呼吸の浅い呼吸になりがちです。すると息苦しくなり、声が小さくやる気がなさそう、覇気がなさそうな印象になります。一方、リーダーにふさわしい影響力ある話し方は、鼻呼吸でたっぷり息を吸うようにするのがコツです。鼻呼吸は深い息を吸えるため、息の量が増えて声量が増します。これが、影響力のある声の基本です。

そして、この鼻呼吸と笑顔をセットにすると、声のトーンが明るくなりプレゼンや会議で説得力が増します。また、深い呼吸は副交感神経が優位になり、リラックス効果もあります。これが緊張を緩和します。人前で話す場面で緊張をする方には特におすすめです。

腹式呼吸の練習法

それでは、腹式呼吸の練習法をご紹介します。全身の力を抜いて気持ちよく行ってください。

①4カウントで鼻から息を大きく吸う
②肺にたっぷり息を入れたまま、いったん4カウント息を止める。その時、下腹を手で押して、手が跳ね返るくらい、腹筋に力を入れて、空気をためる
③なるべく長い息を口から気持ちよく吐き出す
④①~③を繰り返す

はじめは、難しいかもしれませんが、次第に慣れてくるはずです。

実際に会議などで発言するときには体をセットしてから声を出すといいでしょう。

体のセットの仕方
①姿勢を整える……背筋を伸ばす、肩と首の力みを取る
②呼吸を整える……鼻呼吸でたっぷり息を吸う
③表情を整える……頬の筋肉を上に持ち上げる(笑顔)
④アイコンタクト……相手を見る(目が向くところに気持ちが向きます)

そして、相手の胸辺りに山なりに言葉を届けるイメージで話すと、自然な抑揚がついて感じが良くなります。話し方が一本調子やキツイ印象を与えてしまう方はお試しください。

ポイント3 内面から整えるにはポジティブな表現を使う

続いては、内面から表情を整える方法を見ていきます。経営の神といわれる故・松下幸之助氏も「性格や精気は顔に出る」と語っていたように、人の表情には、その人の思考や考え方の癖、生きざまなどが表れています。思考の癖は言葉の癖として表出しやすいため、考え方の癖を変える方法のひとつとして、使う言葉を変えるアプローチがあります。つまり、表情、言葉、思考はリンクしているとも言えます。

そこで、プラスの提案を心掛けるのはいかがでしょう。例えば、「○○したらダメです」「それは無理です」と言わずに「こうしたらいかがですか」と提案をする。「その件は分かりかねます」ではなく「ただ今お調べします」と言う。「今週は間に合いません」でなく「今週は間に合いませんが、来週なら大丈夫です」とプラスの提案をする。こうした前向きな言動を習慣化することで内面を整えていくのも一手ではないでしょうか。

もうひとつ、言葉から整えるとってもシンプルな方法が、感謝を表す「ありがとう」を習慣化することです。感謝の言葉を述べることで周りの人を明るくし、仕事を円滑に進めることができます。何より、人が一番聞いているのは、自分の発する言葉です。相手に対する感謝の言葉は、自分に幸福感をもたらすというペンシルベニア大学・セリグマン教授の研究結果もあります。

例えば、「わざわざすみません」「お手数おかけして申し訳ございません」という言葉を「お気遣いいただきありがとございます」「ご協力いただきありがとうございます」と言い換えてみましょう。決して難しく思わず、身近なことから始めたいですね。

成功者は表情を巧みに活用している

今回は、マスクを外す日常でも自信を持ってコミュニケーションを取るための印象の整え方について見てきました。最後に、表情について私が気付いたことをお話ししておきます。

仕事を通じてさまざまな分野で活躍する方々にお会いしましたが、成功されている人は、非言語コミュニケーションツールとして、表情を巧みに活用しています。そして、一流といわれる方ほど、笑顔が魅力的です。笑顔が魅力的な方の周りには、多くの人や情報が集まってきます。

忙殺されるときもあるでしょうが、それでも「笑顔」を絶やさないことはプロの流儀だと教えていただきました。ぜひマスクを外した日常で、ご自身の表情や話し方を整えて、自信を持ってコミュニケーションを図っていきましょう。