※本稿は、OJTソリューションズ『トヨタリーダー1年目の教科書』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
メンバーには、それぞれバックグラウンドがある
今年配属されてきた新入社員の二人。どちらも採用試験でも着ていたと思われる紺のスーツに短く整えられたヘアスタイル。
彼らは自分の席を探すように、フロアを見回しています。迎え入れる側の私たちの目には、どちらも同じような若者に見えてしまいます。
言うまでもありませんが、二人はまったく別の人格を持った人間として、そこに存在しています。
もちろん、この二人だけではありません。フロアにいるすべてのメンバーは異なる家庭環境で育ち、異なる学校生活を送ってきました。
海外留学を経験した人もいれば、幼い頃から病気がちで入退院を繰り返しながら成長した人もいるでしょう。今、職場で同じ空間にいるのは、さまざまな人生を歩んできた人たちです。
マネジメントは「相手を理解することから」
リーダーの立場からすれば、メンバーみんなが「仕事が最優先」であってほしいところですが、そうとは限りません。一人ひとり、価値観は多様です。仕事のスキルアップや昇進を第一に考えているメンバーもいれば、なるべく早く会社から帰って家族との時間を大切にしたいと考えているメンバーもいます。仕事はお金を稼ぐ手段と割り切って、趣味にエネルギーを注ぎたいと考えている人もいるでしょう。
それぞれのメンバーが別の人間であることを受け入れ、それぞれが異なる価値観を持っていることを尊重してコミュニケーションすることが、リーダーとしての心構えの第一歩になります。
さて、先ほどの新入社員の二人が同じように見えているのは、私たちが、まだ彼らのことをよく知らないからです。
生い立ちや性格、趣味などの彼らのバックグラウンドを知り、二人の個性がわかってくるにしたがって、どのように仕事を教えたら良いか、ほめるときや叱るときはどんなことに気をつければ良いか、どう接したら安心して前向きに仕事に取り組んでくれるのかわかってくるでしょう。
見えないところで仕事のレベル低下が起きる
コミュニケーションは、お互いの考えや感情を発信し、それを受容することで成り立ちます。ただ一方的に話しかけても、コミュニケーションは成立しません。
「顔色が悪く、声も普段より元気がないな」などと五感を使ったり、「最近は、休憩時間に談話室に行っていないみたいだな。以前はよく行ってたのに」などと、これまで蓄積した情報と照らし合わせてみたり。メンバーの発しているサインに気づき、ちょっとした変化を感じ取ることが、コミュニケーションのポイントです。
また、より深いコミュニケーションをとるためには、心置きなく話せる信頼関係が必要です。
リーダーが信頼されていなければ、「あのリーダーは信頼できないから、レベルの高い資料をつくっても作業がムダになるかもしれない」とか「引き継いだ仕事でわからないところがあるけれど、リーダーには聞きづらいからごまかしておこう」ということが起こり得ます。
信頼関係や親密さが欠如した職場は、リーダーの見えないところで仕事のレベル低下が起きるのです。
親密さを深める速度には違いがある
ただし、信頼関係や親密さは、双方向のコミュニケーションによって徐々に醸成されていくものです。どちらかが一方的に追い求めて得られるわけではありません。
メンバーの中には、「仕事は真面目に一生懸命やるつもりだが、会社の人とは一線を引いた関係でいたい」という人もいます。逆に、どんどん踏み込んで来てほしいと思っている人もいます。心地よいと感じられる関係のあり方は、人それぞれです。
たとえリーダーが「みんなが遠慮なくものを言い合えるアットホームな職場」という理想を持っていても、メンバー全員が同じ気持ちであるとは考えにくいでしょう。
すぐに周囲と打ち解けて、すぐに安心して仕事に臨めるメンバーもいれば、心を開いて話せるようになるまでに時間が必要なメンバーもいるはずです。メンバー一人ひとりのスタンスを尊重し、双方向で信頼関係や親密さを深めていくことが大切です。
まずリーダー自身から変わるべき
では、具体的にリーダーは、どのように行動したらよいのでしょうか。
まず初めにすべきことは、リーダー自身のコミュニケーションのあり方を変えることです。リーダーがメンバーをコントロールするのではなく、まずはリーダー自身が、メンバーに対する接し方や働きかけ方を変えるのだという発想の転換が必要です。
まず初めにリーダーが変わらなくてはいけない理由は、大勢いるメンバーの意識や行動を変えることよりも、リーダーひとりが変わるほうが早いということもありますが、リーダー自身が「自分は変われた」という成長を実感して動き出すことで、メンバーの意識も変わっていくからです。
コミュニケーションが双方向であることも思い出してください。
そもそもリーダーの姿勢はそのままで、メンバーへの一方的な要求だけがキツくなったらどうでしょう。メンバーからすると、そんな理不尽な要求には応えたくありません。そうならないためにも、リーダー自身が先んじて変わることが必要なのです。
この前提に立ったうえで、次項から説明する信頼関係の構築方法を見ていきましょう
人との関係を良くするための基本心得
トヨタには、リーダーとメンバーの信頼関係を構築するため、基本とすべき人間関係の原則があります。それが、「人との関係を良くするための基本心得」です。
仕事ぶりが良いか当人に伝える
良いときは、ほめる
当人に影響ある変更は、前もって知らせる
当人の力をいっぱいに活かす
いずれも当たり前のことだと感じるかもしれませんね。とは言うものの、実際には、どれくらいできているでしょうか。
ここでは、基本である4つの心得が持つパワーを、実践的なテクニックを交えて解説していきましょう。
心得1 当人に「仕事ぶりが良いか」を伝える
トヨタでは、メンバー一人ひとりが果たすべき役割と責任が明確になっています。
企業ビジョンや会社方針は、中長期計画や単年度の目標に置き換えられ、それが部課ごとに具体的な方針や目標となり、最終的には、メンバー各人の役割や任務に落とし込まれます。
そして、その各人の役割や任務が果たされたとき、遡行して自動的に最上位の企業ビジョンや会社方針が達成されるというしくみになっています。
そのため、リーダーは、メンバー一人ひとりに、「どんな仕事をしてほしいのか」「どんな役割と責任を担ってもらうのか」をきちんと決めて(メンバーと一緒に決めるのが望ましい)、決めた内容はメンバーにも熟知させ、共有するのです。
そして、それに対して、メンバーがきちんと役割を果たせたのか、それとも果たせなかったのか、仕事ぶりがどうだったのかを本人に伝えます。
さらに良くなるように“導く”役割
トヨタは「人間性尊重」、すなわち「人間の『考える力』を尊重すること」を大切にしています。そのため、メンバーが答えに辿り着くまで見守りますが、当然、行き詰まってしまうこともあります。
そうした場合は、時期を見計らって進捗を確認し、質問を投げかけることで問題を整理させます。リーダーの働きかけによって、本人には見えていなかった観点に気づかせ、自力で答えを導き出す手助けをします。
また、メンバー自身で答えに辿り着いたとしても、「答えしか合っていない」場合もあります。答えに辿り着くプロセスが正しかったかどうかの検証も必要です。
心得2 良いときは、ほめる
メンバーの働きは、営業成績のように数値化できるものばかりではありません。
優秀な営業成績の裏には、事務職からの献身的なサポートがあったのかもしれません。
あるいは、仕事の成果に直結しなくても、普段から休憩室を黙々と整理整頓してくれているような目立たないメンバーがいるかもしれません。
リーダーは、こうしたメンバーの陰のファインプレーや地道な気遣いを発見し、それをほめることを忘れてはいけません。
既にやっている仕事に「ほめる」を追加する
リーダー職は、仕事で優秀な成果をおさめた人材が昇進して担うケースが多いので、業務上で改善すべき点を指摘することは得意です。その一方で、メンバーの持つ長所や良い行いを見つけ出してほめることは不得手かもしれません。
けれどもそれは当然のことで、「ほめる」という行為は、ある日突然できるようにはなりません。コツを学んだり、ほめる機会を意識的につくって場数を踏んでいかなければ、案外難しいのです。
トレーナーの大嶋は、ほめる機会づくりに「週報」を活用したと言います。
先の企業では、週報でメンバーが役員に報告をする義務がありました。
そこで役員に、週報をただ読むだけでなく、必ず何かしらのコメントをして、メンバーの良い点を見つけてほめるように勧めました。
すると、これを続けていくうちに、「次は何をほめてくれるかな?」とメンバーのモチベーションが上がってきたようで、メンバーの報告内容が細やかになり、質も向上しました。
これは、リーダーが変わったことで、メンバーにも変化が起こった事例です。
リーダーが変わるといっても、急に人格が変わってしまうような変化は気恥ずかしいですし、相手も面食らうでしょう。けれども、週報のように、これまでも使ってきたコミュニケーションツールの使い方をちょっと変えてみるだけのやり方は簡単ですし、新たに取り入れるためのコストもかかりません。
また、ほめるタイミングは、基本的には「冷めないうち」ですが、他のメンバーが集まるときを狙い、みんなの前でほめることも効果的です。ほめられたメンバーの自尊心が高まりますし、それを見た他のメンバーも「自分もみんなの前でほめられたい」という気持ちになるでしょう。
心得3 当人に影響ある変更は、前もって早めに知らせる
メンバー自身の勤務態様の変更や異動、チームへのメンバーの加入・転出など、気持ちや環境づくりに準備が必要なことは、なるべく早めに伝えます。
何も説明しなければ、誤解や不満を抱えてしまう可能性もあります。
「なぜこのような判断が下されたのか」という理由をきちんと話し、会社の決めた変更を納得させる必要があります。
メンバー自身が望んでいた異動が内々に決まったときなど、本人にとって良い知らせも、社内のルールが許す範囲で、なるべく早めに本人に伝えます。
早く伝えることで、現在の部署での残りの時間を、より一生懸命働こうと考えてくれるかもしれません。メンバー自身も、引き継ぎのための資料作成に余裕を持って取り組むことができます。
心得4 当人の力をいっぱいに活かす
「この部署にいるからには、○○ができるようにならなければいけない」というレベルに到達するための教育はしっかりやらなくてはいけません。
けれども、人には得意・不得意が必ずあり、課題を乗り越えられないこともあります。
必須だからといって、「できないこと」ばかり指摘されていたら、仕事へのやる気そのものを失ってしまうかもしれません。
不得意なことをなくすのも大切ですが、仕事に関連した得意なものを見つけ、ほめて伸ばす意識を持つことが大切です。
仕事以外でも、メンバーとコミュニケーションをしっかりとっていれば、「趣味のプラモデルでハイレベルなジオラマをつくっている」とか「飲み会では発言数は多くないものの、そこにいる人たちが興味を持てる話題をうまく提供している」など、長所やプライベートでの得意分野を知る機会もあるでしょう。
そうした特性を仕事に活かす道を探してあげることも、メンバーの働きがいにつながっていきます。