働き方が多様化し個人の自由が尊重されるようになった。そんな時代に、日本を代表するグローバル企業トヨタはどんなマネジメントを行っているのか。『トヨタリーダー1年目の教科書』(KADOKAWA)から紹介しよう――。

※本稿は、OJTソリューションズ『トヨタリーダー1年目の教科書』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

円になって拳を合わせるチーム
写真=iStock.com/whyframestudio
※写真はイメージです

信頼関係があると、互いに能力を発揮できる

近年、社内にとどまらず、企業と企業が提携してビジネスを展開したり、企業の垣根を越えた事業が誕生することは、珍しい出来事ではなくなりました。こうした他社との協業は、企業が存続していくうえで不可欠になっています。

では、こうした社風や企業文化の異なる人々が集まる協業の現場では、いったい何が最も重要だと思いますか。

それは、「人間力」です。

これまでの経験や価値観が異なる人たちが初めて出会い、一緒に考え、協力し、新たな価値を生み出すためには、お互いの理解が必要です。相手を「一緒に働きたい仲間」として認めて信頼関係を結ぶからこそ、お互いが存分に能力を発揮でき、限られた時間の中で結果を出すことができるからです。

スピード感が求められる時代だからこそ、コミュニケーションを重ねながら仕事の成果を迅速に導くことができる「人間力」の重要性がさらに高まっているのです。

家族的なモデルから、各自の人間性を尊重する関わりへ

人間力が求められるのは、もちろん社内においても同様です。

しかし、家族のような濃密な関係をつくったうえで人間力を発揮するやり方は、個人の自由やプライバシーが尊重される時代には難しくなりました。

たとえば、かつてのトヨタは、チームに家族的なモデルを投影して強い絆を結んでいました。

リーダーとメンバー、先輩と後輩は、親子や兄弟姉妹のような関係となり、一人前になるまで粘り強く仕事を教え教わり、仕事だけではなく人生の悩みも共有し、ともに解決を模索したものです。

こうしたやり方ができなくなった今、リーダーからの働きかけは、メンバー個々の人間性や多様性を尊重した関わりへとシフトしています。

ですが、「コミュニケーションを重ねて、深い信頼関係を結んでいく」というトヨタの伝統が失われたわけではありません。

現在のトヨタも、リーダーがメンバーの個性に応じた能力発揮を支援することによって信頼関係を醸成し、仕事面はもちろん、精神面でもメンバーが安心して働ける職場づくりを進めています。

“精神的な信頼関係”は時代遅れなのか

とはいえ、「信頼関係」という精神的なつながりを大切にするトヨタのチームづくりは、そもそも時代遅れだと感じられるでしょうか。

「リーダーとメンバーは、仕事だけでつながるドライな関係で十分なのでは?」「ビジネスチャットなどで、業務上必要なことだけをやりとりしたほうが、生産性は高まるのでは?」

そんなふうに思われるかもしれませんね。

ここに興味深い事例があるので、ひとつ紹介させてください。

グローバル企業の代表格であるGoogleは、組織における働き方の研究成果や事例、専門家のアドバイスを「Google re:Work(リワーク)」というウェブサイトにまとめ、発信しています。

その「マネージャー」の項目において、「効果的なマネージャーは仕事の面だけでなく個人的な面においても自分のチームを気にかけている」と指摘しています。

また、「マネージャーが個々のチームメンバーに対してそれぞれに対する気遣いを示すことが重要」とし、“共感”と“思いやり”という形で個人の精神面をサポートする重要性にも言及しています。

過去にGoogleでは、マネージャー職を廃止し、管理職のいない組織がこれまで通りに機能するかどうかを実験しています。結論からいうと、この試みは失敗に終わり、組織にとってマネージャーが極めて重要な存在であることがわかりました。チームメンバーを温かく精神的に支えるマネージャーの存在が、仕事の成果に直結していたのです。

これを受けてGoogleは、マネージャーとなる人材のスキルアップを図るための育成・サポートのしくみづくりに本格着手しています。

カリフォルニア州マウンテンビューにあるGoogleオフィスビル
写真=iStock.com/JHVEPhoto
※写真はイメージです

今後はさらにウェットな信頼関係が求められる

マネージャー教育の重要性は、トヨタもかねてより認識し、長年、取り組んできました。トヨタの考える「人間力のあるリーダー像」は、一見、ウェットで古くさく感じられるかもしれませんが、これからの時代を生き抜くために求められているものと共通しているのです。

リーダーがチームのメンバーを温かく包み込むことで、メンバーは安心して能力を発揮できます。上下関係に囚われず、「一緒に働く仲間」としてのリーダーの「人間力」がチームの成長を促すことができるのです。

トヨタで“おやじ”と呼ばれるリーダー

トヨタでは、現場の班長をまとめる組長や、さらにその上に立つ工長は、メンバーたちから“おやじ”と呼ばれてきました。

組長や工長は、長い時間をかけて担当工程のスキルを磨き上げてきた高技能者であるというだけではありません。部下の日々の様子に目を配って仕事や私生活の悩みがあれば相談に乗り、彼らが伸び伸びと仕事に集中できる環境を整えます。

そして、「ものづくりの原理原則」を自律的に追求し続けられる一人前の技能者に鍛え上げる、という役割も担っています。

つまり、“おやじ”という呼び名は、技能の面でも人材育成の面でも頼りになり、人間力が高く尊敬できる存在だというしるしであり、勲章なのです。

肩書を副社長から“おやじ”に

トヨタには、この“おやじ”を肩書きとしている人がいます。前副社長の河合満氏です。

2020年春闘の集中回答日を迎え、記者会見するトヨタ自動車の河合満副社長=2020年3月11日、愛知県豊田市
写真=時事通信フォト
2020年春闘の集中回答日を迎え、記者会見するトヨタ自動車の河合満副社長(当時)=2020年3月11日、愛知県豊田市

河合氏は、中学卒業後にトヨタ技能者養成所(現トヨタ工業学園)でものづくりを学び、鍛造部で腕を磨いてきた現場のたたき上げです。2015年に技能職出身で初の役員となり、2017年に副社長に就任しました。そして、副社長となった後も、執務室を鍛造の現場に置き続けました。鍛造工場には、鍛造の過酷な作業による汚れや汗を流すための浴場があります。

OJTソリューションズ『トヨタリーダー1年目の教科書』(KADOKAWA)
OJTソリューションズ『トヨタリーダー1年目の教科書』(KADOKAWA)

河合氏は、今でも現場の従業員たちと一緒に風呂に入って裸の付き合いをして、現場とともにあることを大切にしています。

2020年、河合氏の肩書きは、副社長から“おやじ”に変わりました。これは、リーダーとしてあるべき姿は高い技能と人間力にあふれた人物であるというトヨタの意思表示であり、河合氏はトヨタの中で、その役割を体現する象徴的な存在なのです。

個人の時代に人間力を持ち出すことは、一見、懐古的に思えるかもしれません。

しかし、リーダーが果たすべき基本的な役割や行動原則はコロコロ変わるものではありません。周囲に慕われ、どんな相手にでも堂々と自らの意見を主張できる人物のあり方は、むしろこれからの時代にますます重要なものです。