介護保険を利用して安価にサービスを受けるためには、自治体から介護度を認定してもらう必要がある。適切な認定を受けるにはどうすればいいか。父母、叔父叔母4人の介護を担う小説家・フリーライターのこかじさら氏は「介護度認定の面接で親が『自分で何でもできる』と見栄を張り、実態とかけ離れた軽い区分にされてしまうケースは少なくない。面接前に普段の様子を正しく伝えるための準備が必要」という――。

※本稿は、こかじさら『寿命が尽きるか、金が尽きるか、それが問題だ』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。

日本の介護保険証、3種類
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介護認定面接時の高齢者あるある

老父母の対応に苦慮する日々。振り回され、時間が削られ、逆ギレされたまま黙っていられるほど私はお人好しでもできた人間でもない。正月三が日が明けたと同時に、地域包括支援センターに電話を入れた。

介護は、家族だけで抱え込めば早晩破綻する。40歳以上の健康保険加入者は全員、介護保険料を支払っているのだから、介護保険サービスを利用することを躊躇う必要はないのである。どんなサービスがどのくらい受けられるかは、要介護度(要支援1、要支援2、要介護1~5)によって異なるため、まずは住民票のある地域包括支援センター(高齢者保健福祉の総合窓口)に介護認定申請の手続きを依頼しなければならない。

書籍や雑誌よりも参考になるのは生の体験談

介護度を認定してもらわなければ、施設に入居することも、デイサービスを利用することも、ヘルパーさんをお願いすることもできないのだ。地域包括支援センターの介護支援専門員が我が家へ面接に来る日が決まると、どのようなプロセスを経て「要介護状態区分の決定」となるのか、どのような状態がそれぞれの介護度に当てはまるのか、どのように評価されるのかを調べまくる。

介護関連の書籍も、介護を特集した雑誌も、インターネット上の専門家のサイトも、もちろん参考になったのだが……。実際に高齢の親を介護している人やケアマネージャーからの生の情報は、目からうろこがボロボロと落ち、「なるほど、そういう行動を取るのか」と妙に納得する。と同時に、面接日までに介護者がやるべきことがわかってくる。しかも、こうした情報を提供してくれた人のほとんどが、同じ年代の老親を抱えた地元の同級生や同窓生なのだから本当にありがたい。

認知症の症状「取り繕い」で介護認定がピンチ

いよいよ当日、介護支援専門員に渡すべく、私は老父母それぞれの問題行動を箇条書きにしたA4のプリントを用意して面接に臨む。普段はできないことも、介護支援専門員の前では必要以上に張り切って、「特に問題はない。自分で何でもできる」と断言し、実態とはかけ離れた介護度に認定されてしまうことがよくあるという情報を事前に得ていたからだ。

こうした体面を保とうとする行動も、「取り繕い」と言われ、認知症の初期に見られる症状のひとつなのだとか。

面接と聞いて、老父母共に多少緊張しているのだろう。

「散らかってますけど、まあどうぞどうぞ」

「ご苦労様です」

やって来た介護支援専門員を、いつもとは違ったよそ行きの顔で迎え入れる。

「どうですか? 何か困ったことはありませんか」

「特にねーよ」

老父がのんきに答えた。それはそうでしょ。困っているのはあなたじゃなくて私なんだから。

「食欲はありますか」

「あるよ。よく食べてますよ」

食事のたびに、わがまま放題で「あれがやだ、これがやだ」と宣い、「だったら食わねー」と駄々をこね、家族を困らせているにもかかわらず、他人様にはやはりいい顔をしたいのだろう。しれっと優等生の答えをする。

「体調はいかがですか? 痛いところとかありませんか?」

「そうだなあ……。腰はいてーし、目はどんどん見えなくなるし、まあ、年だから仕方ねーんだけどよ」

打ち解けてくると、老父は実態そのままを話しはじめる。だがここで、気の強い老母が本領を発揮する。

老人ホームでのステナを抱いた先輩女性
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他人の前では「自分でできる」と見栄を張る母

普段は、「おー、腰が痛い」とか、「膝が痛くて階段を上がるのがやっとだ」とか、これ見よがしにアピールしては、整形外科への送り迎えをさせているにもかかわらず。「痒くて死にそうだから皮膚科まで大至急乗せてって」と、こちらの都合などお構いなしで指令を出してくるにもかかわらず……。

「痛いところもないし、何でも自分でできるから、息子や娘を当てにしなくても生活できてるのよね」

どや顔で主張しはじめる。さらには、「近所の人たちからも、しっかりしてるからとても90歳には見えないってよく言われるのよ」とか、「どこへ行っても年より若く見られて。つい最近も、カラオケに行ったら、声に張りがあるから70代かと思ったって言われちゃった」とか、聞かれてもいないことをベラベラとしゃべりまくっている。

もうここまで来ると、「取り繕い」どころの騒ぎではない。呆れて顔を歪めている私のことなど目に入らないのだろう。「すごいですね」「確かに、お若いですね」と言われたい一心なのか、「秋におこなわれるカラオケ大会に、町内の代表で出てくれって区長さんから頼まれちゃって」猛烈な勢いでアピールしはじめる。だがしかし、我の強い老母が見栄を張ったがために、実態とはかけ離れた介護区分に認定されてしまったら、介護する側は堪ったものではない。

父母の見ぬ間に介護支援専門員に耳打ち

「でも、あちこちの病院へ行って、たくさん薬をもらってきてるよね」

様子を窺いつつ、さらりと割って入る。

「病院は、どちらへ行かれてるんですか」

「T病院に、I整形外科に、W眼科に、S皮膚科に……、歯医者にも行ってるよね」

お薬手帳を見せながら、こちらのペースで話を進めていく。

「病院へ行くときはどうしてるんですか? どこも、歩いて行ける距離ではないですよね」

聞かれた以上、答えないわけにはいかないと思ったのだろう。

「娘や息子に乗せてってもらって……」

つい3分ほど前、娘や息子を当てにしなくても生活できると豪語した手前、さすがにバツが悪いと思ったのか。モゴモゴと答えている。

「たくさんの薬を飲んでいるようですけど、どんな薬を飲んでいるか把握していますか?」

突然の質問に、老母の目は点になっている。攻めるなら、今だ! 耳の遠い老母に聞こえないような小さな声でそっとささやく。

「把握してるわけないじゃないですか。とにかく外出が大好きで、病院へ行きたい一心で、市販の薬で済むような大したことない症状でも大袈裟に騒ぎ立てるんですから」と。ここで、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

「転ぶといけないから、本当は足下に置いてあるものを片付けたいんですけど、母が絶対許さないんですよね。勝手なことをするなって食って掛かってきて」

介護支援専門員の耳元でささやき、台所に案内する。冷蔵庫や食器棚は言わずもがな。調理台の上にも、食材やら調味料やら洗剤やらが堆く積まれている。足下のカゴに入った溢れんばかりのラップ類に気づいた専門員が、「これはどなたが買っていらしたんですか?」老母と私の顔を交互に見た。私が首を横に振ると、「私だけど……」老母が答えた。

「どうして、こんなに買ってしまったんでしょうね」

スーパーやドラッグストアに行くたびに、目についたものを辺り構わず買ってくるのだから、理由を聞かれても答えられるはずがない。

アイスをプリンと間違え冷蔵庫に入れていたことが発覚

「ラップ類は腐るわけじゃないので、まだいいんですけど。こう言ったものは賞味期限がありますからね」と言いながら引出しを開け、中に押し込まれている20本ほどのチューブ入りの練り辛子やワサビなどを見てもらう。

「私がUターン移住する前に買ったものらしくて。すでに半分以上が賞味期限を過ぎたもので。冷凍室の中にも、5年以上も前の魚介類だとかミックスベジタブルだとかが放置されていて、それはさすがに捨てましたけど」

主演女優賞級の俳優が乗り移ったかのように眉を寄せ、ここぞとばかりに私は太いため息をつく。

「冷蔵庫の中を見せていただいてもいいですか?」

「もちろんです! 常に満杯御礼状態ですけど」

扉を開けたと同時に、カップに入ったチョコレートのアイスクリームがふたつ、目に飛び込んでくる。

「何これ? いつ買ってきたの?」

「さっき、前のお店で」

老母が悪びれることなくそう答えた。何を指摘されているのか、まだこの段階ではわかっていないのだろう。

「やだ。これ、アイスクリームだよ。ここは冷蔵室。アイスクリームは冷凍室に入れとかなきゃ溶けちゃうでしょ」

手に取ると、すでに溶けはじめている。

「えっ、アイスクリームなの? プリンかと思った」

いやいや、プリンなわけないでしょ! 専門員が目の前にいる手前、いつものような強い口調で言い返しては来ないが、動揺しているのは明らかだ。

「あれっ、間違えちゃったのかな……」

日本の認知症チェックリストの質問に答える人間の手
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普段は、自分の非を決して認めようとしない老母の目が左右に泳いでいる。ただ、こちらにとっては好都合だ。老母がやらかしてくれたことで、彼女の自己申告が如何に実態とかけ離れているかが明白になった。まあ要するに、「毎日買い物に出掛けては、余計なものを買ってきて腐らせてます」とか、「しょっちゅう鍋を焦がしてます」とか、「気に入らないことがあると怒鳴り散らします」とか、「年がら年中、言い争いをしてます」なんてことは、決して当人たちは言わないのである。

最後に親の日常を書面にまとめて専門員に渡す

面接を終えた専門員を庭先まで送りながら、用意しておいたA4のペーパーを手渡し、「病院で[長谷川式認知症スケール(アルツハイマー型認知症の判定に使われる)テスト]をすると、二人共30点満点中20点以上になりますし、足し算や引き算などの計算も得意なんですけど。このところ感情のコントロールが利かなくなってきていて。気に入らないことがあるとすぐ激高するので、その辺りのことをまとめておきました」と、口頭で付け加える。

認知症には記憶障害が表われる[アルツハイマー型認知症]のほかにも、幻覚や手の震えなどの症状が出やすい[レビー小体型認知症]や迷惑行動などを取るようになる[前頭側頭型認知症]などがあるそうだ(詳しいことは専門家のサイトや著書を参考にしていただきたい)。だからこそ長谷川式の判定では見落とされがちな症状を介護度に反映してもらうためにも、事前に打てる手は打っておくに越したことはないだろう。そう判断し、書面にまとめておいたのだった。

医療費の概念のための計算
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慣れない面接で疲れたのだろう。茶の間を覗くと、老父母は早くも船を漕ぎはじめている。

そんな二人を横目で眺めながら、

「お主ら、私を甘く見るでないぞー」

悪代官張りの台詞を心の中でつぶやく。そして、次の手を打つべく、老父母のかかりつけ医にそっと面会の予約を入れる。

主治医を味方に付けることも重要

面接を終えたからといって気を緩めてはいけない。要介護状態区分の決定までには、コンピューターの分析による一次判定と、介護認定審査会による二次判定(認定調査票の特記事項と主治医の意見書の整合性を確認する)を経なければならないのである。要は、主治医の意見書が介護認定に大きな影響を及ぼすということだ。

実際、失禁や妄想の症状があり、家族の負担がかなり重くなってきているにもかかわらず、「要支援2」のままで、「要介護1」にならなかったという介護経験者の話を聞いたことがあったので、念には念を押し、老父母の日々の言動を箇条書きにしたA4の用紙を持ってかかりつけ医の元へと私は急いだ。

「四六時中どうでもいいようなことで怒鳴り合っているので割って入ると、その矛先をこちらに向けてきて。先生、こんな状態が続いたら、こっちが参ってしまいます」

切々と訴えると、

「感情を抑えることができずに、同居する家族に理不尽な感情をぶつけてくるのは典型的な認知症の症状ですね」

認知症患者の家族が置かれている状況を熟知しているのだろう。こちらの心情をすぐにくみ取ってくれる。この段階でまずはホッとし、気持ちがほんの少し楽になる。一人で抱え込んだところでいいことなど何ひとつない。

同居家族以外は認知症になかなか気づかない

「ときどき様子を見に来てくれる従姉妹たちは、叔父さんも叔母さんも年齢の割にはしっかりしてるじゃないって言うんですけど……。実態はかなり怪しいと言いますか。二人とも手が付けられないくらい興奮して、つかみ合いのけんかをはじめることもあって」

眉間に皺を寄せ、ちょっと大袈裟なくらい困った顔をすると、

「そうですか。それは大変ですね。認知症というのは、まずは同居する家族が気づくものでして。だからこそご家族は対応に苦慮し、人によっては追い詰められてしまうんですけどね」

何度も頷きながら、ドクターはパソコン上のカルテに老父母の症状を打ち込んでいく。

そして、「おとうさんが怒鳴り散らすって、よくおかあさんはおっしゃってますが、おかあさんのほうもですか?」と、確認してくる。

「はい。母のほうもかなり怪しくなってきてまして、何をそんなに? って首を傾げるほど食って掛かってくることがあって。日々の些細なことでも、それが積み重なるとボディブローのようにきいてきますので、たとえ根治はしなくても、症状を抑える薬があれば処方していただきたいと思いまして」

「そうですか。わかりました。では、漢方薬と抗認知症薬を処方しておきますので、しばらく様子を見て、それでも状況が変わらないようでしたらまた考えましょう」

「はい、よろしくお願いします」

然るべき薬を出してもらうことももちろん大事なのだが、実態をかかりつけ医に理解してもらうことこそが何より大事なのだと、この日私は痛感する。

ピルディスペンサーに薬を整理するシニア男性
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認知症薬の効き目には個人差がある

ただ、これで一件落着といかないから高齢者介護はやっかいなのだ。あくまでもウチの老父母の場合なのだが、薬の効果のほどは不確かで。今現在もくだらない闘いは果てることなく続いているのである。

こかじさら『寿命が尽きるか、金が尽きるか、それが問題だ』(WAVE出版)
こかじさら『寿命が尽きるか、金が尽きるか、それが問題だ』(WAVE出版)

それでもまだ老父のほうは、「90過ぎると、何でもかんでも忘れちまうんだよ」と、自らの老いを認めてはいるのだが……。「私はしっかりしてるから一度聞いたこともやったことも絶対忘れない」と、老母は今も尚言い続けている。

だが実際は、忘れていることを忘れているだけ。

つい先日も、毎年誕生日やクリスマス、母の日など、折に触れて義姉が街でも評判のパティシエの店からケーキを買ってきてくれるというのに。毎回「おいしい、おいしい」と言いながら大きな口を開けてパクパク食べているというのに……。

「あそこのケーキおいしいらしいけど、まだ食べたことないんだよね。誰も、連れてってくれないし、買ってきてくれないから」

老母は自信満々にそう宣っていた。苦笑を浮かべている義姉の目の前で。