※本稿は、山口義宏『マーケティング思考』(翔泳社)の一部を再編集したものです。
成果を出すマーケティングチームの特徴
本稿では「成果を出すマーケティングチームとは、どういうものなのか」、逆に「成果が出ないマーケティングチームにはどういう状況と症状があるのか」を、チームの視点でひも解いていきます。
そして、「成果を出すマーケティング思考が浸透したチーム」になるための人材育成の成功法則、要件、ソリューションを解説します。
その内容は、筆者が取締役COOを務めるグロースXの人材育成ソリューション提供に基づいています。統計的に因果関係などを検証できている話ではありませんが、2022年10月までに約360社、累計約1万2000人の方を支援してきたので、それらの傾向や定性的な感触の知見には一定の意味があると考え、ここで共有していきます。
対象企業の内訳は、社員5人ほどのE事業者から社員数万人規模の大手企業までさまざまです。唯一、偏りが目立つのは、業種の30%は広告代理店やマーケティング業務用ITツールを提供する支援側の会社だという点です。
「実際に業績を高める成果を上げるマーケティングチームでは、組織としてメンバーの知識・スキルはどのようになっているのか?」。これが私たちの問いでしたが、360社のスキルレベルと定性的なインタビューから、2つの大きな発見がありました。
成果を出す「ダイヤモンド型組織」
1つ目の発見は、身も蓋もない話ですが、マーケティング知識・スキルのレベルが平均以上のメンバーの構成比が高いチームは、成果が出やすいというものでした。
裏を返して説明すると「チームのなかで少数の人だけ知識・スキルレベルが高く、他の大多数のメンバーはレベルが低いチームでは成果が出にくい」ということです。
マーケティングはチーム内で連携して進める仕事なので想像がつきやすい話ですが、これは私たちにとってもパワフルな気づきでした。
2つ目の発見は、知識・スキルはそのレベルだけでなく「内容」が偏っていないことも重要だという点です。後述しますが、「戦略力」「施策力」「AI・DX力」「チーム力」の4 要素が偏っている場合も、成果が出にくいことがわかりました。
私たちは、これらの気づきに基づいて、チーム内でのメンバーの知識・スキル分布の形からイメージし「ダイヤモンド型のチームを目指す!」という合言葉をキーワードにしています(図表1)。
組織ではよく2:8の法則といわれる俗説があり、2割のハイパフォーマーと8割のローパフォーマーが存在するといわれています。
しかし、8割の全員を引き上げることはできなくても、5~6割が引き上がったチームになると、そのインパクトは絶大です。大半が平均水準を超える「ダイヤモンド型組織」は、ひとつのわかりやすい目標になります。
エース孤立・機能不全症
ここからはマーケティングの知識・スキルのレベルの視点から、「成果が出やすい状態」に達していない課題を持つマーケティングチームの症状を解説していきます。マーケティングチームに何かしらの問題意識を感じている方は、どこかで思い当たるものが出てくるかと思います。
問題症状1:エースとほかのメンバーに差があり機能しない
チーム全体の知識・スキルレベルは低いが、エース人材だけレベルが高く、孤立し、機能しにくいチームの症状です(図表2)。
【よくある症状】
・エースだけ知識・スキルのレベルが高いスペシャリストで、さまざまな戦略策定や施策の実行を試みるが、現場メンバーの実行レベルが追いつかず成果が出ない
【この症状に陥りやすいチーム】
・経営判断でマーケティング強化方針となり、外部から実績ある専門家を連れてきたチーム
・創業者だけマーケティングが強く、他のメンバーの育成能力が弱いチーム
初心者集団・会話空中戦症
問題症状2:初心者ばかりで会話が成り立たない
チームメンバー全員の知識・スキルのレベルが低く、マーケティングの会話が空中戦になる症状です(図表3)。
【よくある症状】
・マーケティングを強化しようにも、共通言語となる知識や用語がないため、議論・会話がまったく噛み合わない非生産的な状態が続いてしまう
【この症状に陥りやすいチーム】
・マーケティング力が弱くても成り立ちやすかった、参入障壁が高いインフラ業種
・営業が強く、マーケティング不在でも売上が確保できていたチーム(BtoBに多い)
知識高レベル・連携不全症
問題症状3:知識はあるが連携できない
知識・スキルのレベルが高いメンバーは多いが、連携するための共通言語や定義がなく、連携が悪い症状です(図表4)。
【よくある症状】
・メンバーの多くが知識・スキルを持っている自負があるが、それぞれ使う用語や指標の定義がバラバラで共通言語がなく、課題認識や業務連携がかみ合わない
【この症状に陥りやすいチーム】
・伝統歴史のある大手企業で、教育投資も活発だが、組織間の風通しの悪いチーム
・腕の良い中途採用者が多いが、各々が出身母体の用語や指標の流儀を持ち込み、連携不全を起こしているチーム
知識とスキルの「内容」のバランスが重要
マーケティング知識・スキルのレベルのばらつきの視点から、3つの症状を解説しました。ここからは2つ目の発見である「マーケティングの知識・スキルの『内容』の偏りがあると成果が出ない」症状について説明していきます。
図表5は、マーケティングの知識・スキルを4種に分類し、それぞれのスキルの偏在パターンの症状を説明したものです。
マーケティングの知識・スキルの4種に含まれる要素
マーケティングの知識・スキルに含まれる要素は以下の4つです。
・施策力:商品・サービス、顧客獲得・広報PR、関係継続、販売
・AI・DX力:業務効率化DX、顧客体験向上DX、システム・データ活用、AI活用
・チーム力:組織設計・連携、採用・育成、外部パートナー活用、リスク管理
これらの要素も日々の検討で改善・変更されている状況で、かつ話が細かくなりすぎるため要素の説明は割愛しますが、4種の知識・スキルの間に偏りがあると成果が出にくく、次のような問題症状が顕在化します。知識・スキルはバランスよく高めないと、成果が出にくいということです。
1.戦略偏重・実装力不足症
戦略力だけが高く、他が弱いと、いわゆる頭でっかちで施策の実装展開力が弱く成果が出ません。学習経験は豊富だけれどビジネスの実践経験が少ないメンバーが集まると起こりやすい症状です。戦略で立てたことを、施策としてしっかり落とし込む、施策の試行錯誤を繰り返す手数を出せる能力の強化が有効です。
2.施策過多・近視眼症
施策力だけが高く、戦略力など他が弱いと、施策の手数が多くてもすぐに成果が行き詰まったり、施策の手応えを感じても収益インパクトが出ずに疲弊しやすくなります。短期的に数字をつくる馬力だけがある、営業志向が強いメンバーが集まると起こりやすい症状です。
成果が乏しくなってきた場合、異なる顧客理解を丁寧に深掘りし、これまでと異なる顧客層と顧客価値を組み合わせたコミュニケーション施策を開発し、新しい顧客層を獲得する能力を強化する。そして新規顧客獲得だけでなく既存顧客の継続率を高めることで売上をつくるような、目的に対して実現するアプローチの視野を拡げられる戦略力を強化することが有効です。
DX力だけは高いが成果が出せない残念なチーム
3.IT一本足・効率依存症
AI・DX力だけ高く、他の戦略力や施策力が弱いと、マーケティングのツール活用やデータ分析などのテクノロジー活用は手慣れていても、顧客理解、顧客価値、顧客行動の実態に即した施策にならず成果が出ません。ITエンジニア集団が自社事業に乗り出した初期に起こりやすい症状です。
AIやデータに強いと、事業をスケールさせる際に非常に強い武器になりますが、他の戦略力や施策力がないと事業のフェーズ1~2の前半の立ち上がりに苦労する傾向があり、それらの強化が有効です。
4.人材潤沢・機能不全症
チーム力だけが高く、他が弱いと、組織の空気が良くても、市場・顧客への理解や感度が低く、機能不全に陥りがちです。組織インフラは充実しているが事業立ち上げ経験のない、大企業の新規事業立ち上げチームで起こりやすい症状です。
人の優秀さと資金力のリソースがある場合は、初期投資は高くついても経験豊富な外部委託パートナーを巻き込んで推進し、その過程で戦略力と施策力のノウハウを学びながら、外部委託パートナーの細かな施策の知識を自社に取り込んでいくような動きが有効です。
「マーケティング思考人材」育成の成功法則
ここまでマーケティング知識・スキルの高低で3つ、知識・スキルの要素の偏りで4つの症状を説明してきました。自社や身近で、思い当たるものはあったでしょうか? 何らか思い当たったとしても、悲観する必要はありません。
むしろ何も問題症状のないマーケティングチームなどありませんし、どれほどレベルが高いチームになっても、市場の顧客は変わり続けるものなので、その変化に適応することは常に大変なことで、何らかの自社に不足する能力をつきつけられることの連続です。
症状の撲滅を目指すのではなく、目の前の症状やこれから起こるであろう症状を俯瞰して捉え、冷静に解決策の手を打てることを目指しましょう。