※本稿は、山口義宏『マーケティング思考』(翔泳社)の一部を再編集したものです。
専門家チームが見落としがちなこと
マーケティング施策のプロが集まっているのに、なぜ成果が出ないのか。
この問いに素直に答えると「施策の領域が増えて専門性が分断したなら、展開する施策領域ごとに専門家をチームに引き入れればいい」という話になります(図表1)。そのような専門家は、社員の場合もあれば、フリーランスや広告代理店への業務委託の場合もあるでしょう。お金のある会社は、そのように専門領域ごとに採用や外注で手当てをします。
これは一見、非常に良い解決策に思えます。しかし、このチームの布陣をそろえたはずなのに、マーケティング施策の展開で成果を出せないままの企業はたくさんあります。
理由は、「各領域の施策の知識を持ったプロが集まったチーム」の布陣では見落とされがちな落とし穴が2つ潜んでおり、その手当てができていないためです。
マーケティングチームが陥る2つの落とし穴
マーケティングチームが陥ってしまいがちな落とし穴は次の2つです。
1.各施策の指針になる「誰に?(顧客理解)」と「何を?(顧客価値)」が不在で、4P施策のアウトプットがずれ、施策で顧客の心と行動の変容ができず、成果が出ない
2.「何らかの施策を上手にやる」以前の判断として「そもそも、どの施策に投資配分して展開するか?」や「どの施策と施策の間の一貫性・連携が大切か?」という、4P施策への投資の全体最適化を担う指揮者が不在で成果が出ない
この落とし穴の話は非常に重要なので、一つひとつ説明します。
顧客理解と顧客価値が整理されていない
1つ目の落とし穴である「各施策の指針になる『誰に?(顧客理解)』と『何を?(顧客価値)』が不在で、4P施策のアウトプットがずれ、施策で顧客の心と行動の変容ができず、成果が出ない」(図表2)について見ていきます。
これは非常によくあるケースです。SEO、デジタル広告運用、動画制作、記事制作、PRなど何らかの施策を実行するノウハウや情報を持っている専門家が、「誰に?」の顧客理解と「何を?」の顧客価値の整理が強いとは限らないということです。
施策のプロでも顧客理解ができる人は1~2割
もちろん、何らかの特定施策の専門家という旗を立てつつ、顧客理解と顧客価値の整理も上手な人はいます。
さらにいえば各施策の領域で非常に高い打率で成果を出す一流のプロは、わざわざそれを「できます!」と主張しなくても、顧客理解と顧客価値が施策のディレクション基準になる重要性を理解し、依頼主や上司の意図を丁寧に確認しますし、そこが曖昧であれば自ら整理する力を持っています。
しかし、何らかの施策のプロを自任している人でそれができるのは、シビアに見れば1~2割かもしれません。その部分が期待できない場合は、顧客理解と顧客価値の整理は依頼主や上司側がやらなければ、施策の成果が出ることはありません。
投資の全体最適化ができていない
2つ目の落とし穴である「『何らかの施策を上手にやる』以前の判断として『そもそも、どの施策に投資配分して展開するか?』や「『どの施策と施策の間の一貫性・連携が大切か?』という、施策への投資の全体最適化を担う指揮者が不在で成果が出ない」(図表3)についても見ていきましょう。
売上を伸ばそうと何らかのマーケティング投資をする際、常にお金や人のリソースは限られます。それに対して「どの施策にどの程度配分するのか?」という投資配分の判断が、成果を出すうえで非常に重要です。同じリソースがあっても、商品の中身の改良、パッケージデザイン、広告、PR、店頭販促など、何にどの程度お金を使うのかの判断によって、成果は大きく変わります。
さらにいえば、メーカーが小売に卸して売るような商品であれば、小売側が売りたくなるような卸値設定、販売促進の支援、リベートの存在も、この投資リソースの配分にはかかわってきます。
施策に関する広くて浅い知識が必要
何らかの施策の専門家は、その施策には詳しくても、「そもそもこのタイミングで、どの施策から投資するべきなのか? 最適な投資配分はどの比率か?」の専門性や経験は備えていないことがあります。
また、仮にその判断をする知識や見立てがあったとしても、自分が担う施策の予算を削る方向の主張をする人は稀です。雇われていようが、外部の業務委託だろうが「自分が担う施策領域は、現在の事業局面で売上を伸ばすうえで重要ではない」などという話を自らする人はいません。
自らの仕事を失うリスクを負うため、口にしないのが常です。逆にいえば、これを正論として口にできる人は、仕事の引き合いに困らない自信がある腕の良いプロである可能性が高いです。
このように「施策候補を横並びで比較して、優先的に投資する施策を決める」には、それぞれ候補になる施策の知識がゼロでは評価ができません。
自分で実務を推進できるほどの深い知識は不要ですが、その施策で期待できる投資とリターンの金額の桁がずれないよう、施策を展開する場合の勘所くらいは押さえておかないと、全体最適の判断は難しくなります。つまり、施策投資の全体最適化の判断をするには、「施策に関する広くて浅い知識」が必要なのです。
施策間の連携・一貫性が重要
また、何らかの施策で成果を出そうとする場合、施策間の連携や訴求の一貫性は重要です。たとえば、商品・サービスが提供する本質的な価値とずれているけれど、上手に煽ったPRや広告を大規模に展開すれば、新規顧客を一時的に獲得できるかもしれません。
ただ、商品体験が事前の期待とずれれば、リピート顧客にはならず、LTV(顧客生涯価値)は伸びず、顧客獲得にかかった投資を回収できないためビジネスの持続性はありません。
商品と訴求との乖離ほど極端ではなくても、訴求内容が統一されていないことも、持続性を損なう要因になります。PRでのメディア報道やインターネットのバナー広告で期待させた訴求内容と、クリックして飛んだ先のLP(ランディングページ)の訴求がまったく異なる内容であれば、その期待値を維持できず、LPでの購買への転換率は下がってしまいます。
つまり、マーケティングで良い成果を上げるには、各施策の担当者同士が連携し、役割の分断を乗り越え、双方向で意見をすり合わせて調整しないといけません。
このような施策同士の連携を実現するには、それらのメンバーを束ねる上長や、施策を外部に委託しているなら事業会社内の発注者が、その判断と連携の動きをリードすることが不可欠です。ただ、マーケティングの施策の数は増える一方で、上長や発注者が目を光らせてリードするにも限界があります。
現場同士の連携が不可欠
せめて施策間の連携は、現場の施策担当メンバー同士で自発的に気づいて連携できるような意識とスキルを持つことが、現在のマーケティングで成果を出すチームの条件といえます。
SEOの担当者だけれど、広告運用やLPに関心を持つ。マス広告担当だけれどSNSや店頭現場の販促物の知識を持つ。こういった自分の担当や専門領域以外の知識を、浅く広くでも良いので学び、協働できるチームが実際に成果を出せるチームです。
「自分の領域しか知らず、学ばない人」だらけのチームでは、成果を出しにくい時代になっているのです。